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8章 魅了少女が不安すぎる!『前期』90~108話
エピソード2 愛したということ
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駅近くの喫茶店にシフユとミドリはやって来た。
写真投稿アプリでも流行っている店でこだわりのハンバーガーと手作りデザートが強みである。店に入るとすぎにショーケースがあって、モンブランやショートケーキ、シュークリームにプリンが並んでいる。
デザートにはドレスアップされたような華やかさがあった。
「どう、シフユ?」
ミドリは窺うような笑みを見せる。
その視線がシフユを捉える。
「うん、ボクもあとで頂こうかな」
「そうだね!」
案内に従って二人は席に着いた。
シフユの目の前にいるには大好きだった元恋人である。恋愛対象ではなくなったとして振ったのはシフユであるが嫌いになったわけではない。しかし、息苦しい雰囲気でも応えるしかない生き方が悔しかった。
ミドリの生き方を狂わせた罪悪感から、シフユからは誘えないもののミドリと出掛けることを断れないでいた。
「ほら見て、ロボットが運んでる。配膳ロボット、かわいい」
シフユはミドリを見る。
こうして見るとミドリは普通のかわいい女性である。まさか離れることを許さないとシフユに言い放つようには見えない。
ロボットには操作用のタブレットと三段の棚があった。底に見え隠れする車輪を自在に操って移動する。棚の上にはメロンソーダの上にバニラアイスが乗った飲み物と、カラーピックが刺さったハンバーガーが乗っていた。ハンバーガーの皿には皮付きのフライドポテトが添えられている。
「あれがいいわ。シフユ、来て良かった」
ミドリは胸を撫で下ろした。
恋人をやめてからミドリの様子はおかしかったが、いつもというわけではない。
時折見せる好きだった姿。
それが最も離れられない理由だった。
「そうだね。今日はボクが奢るよ」
「そんなことさせられないよ。だってシフユが私の誘いに来てくれたわけで、むしろ払うなら私」
「分かった。自分の分は自分で払うよ」
「うんうん。ね、デザートセットもある! 何食べよう、秋限定だって。さっきのモンブラン」
目を輝かせるミドリ。シフユは息を吐いて、メニュー表を眺める。
だらだらと続く関係。だがそれももうすぐ終わるだろう。
ミドリの誘いを断る強さがシフユの中にはなかった。だからせめて離れよう、ミドリはシフユがいないところで生きて元の自分を取り戻すべきだ、シフユは信じている。
「ボクはプリンにしようかな」
「決まり?」
「そうだね。ボクは滑らかプリンかな、溶ける感じで美味しいらしい」
メニューを頼むとそれから二人は大学での出来事を中心に会話した。基本的にミドリの話しを聞いているが、時折餌を欲しがる雛のような目をする。シフユはその表情を見ると、取ってつけたようなオチも見つからない話をして延ばしていく。話すネタがない状態ではないが、手札を覗かれることを警戒していた。
「あ、パンズが光ってる」
ロボットのタブレットを操作すると、ロボットはキッチンへ戻っていく。
ミドリはハンバーガーのパンズやパティの脂の光沢を見て、蕩けるような表情になる。シフユはミドリを見ると、フォークでポテトを突いた。
「これ美味しそうかな」
アイスコーヒーを舌の上で転がしてシフユは言う。鼻を抜ける苦みと舌から上顎を突くような酸味が旨いらしい。視線の先のハンバーガーには、瑞々しいレタスやトマト、酢が浸みたピクルスが挟んである。
「美味しい。小麦の焦げが丁度よくてしっかり香って。ふわふわパンズ、ジューシーな肉。レタスとトマトの爽快感と甘さ。本当に美味しい」
ミドリは満足そうに頬に手を当てる。
シフユもつい笑みを零した。
それでももう恋愛ではない。好きだった人として、一度は愛した人として。シフユの罪悪感は増していく。離れられないのはこれ以上ミドリを不幸にする覚悟も資格もない気がするから。
「モンブラン甘い、シフユも一口食べる」
「ああ、うん。……美味しい」
ミドリはモンブランを食べて驚いたシフユを見て幸せそうにもう一口を放る。
「今月末から仕事があって忙しくて。例の人から仕事もらったから」
「あー、分かってるよ。応援してる」
「だよね。それと、大学祭は他に回る人がいるから今年は」
「男? それとも女? 二人きりじゃないなら行ってきていいよ。うん、四人以上なら。三人なら一人恋のキューピットにしてしまえば好きな人誘って簡単に揃っちゃうし。何個行くの?」
「四つかな。去年よりも多いから。刺激にもなるだろうから、次の仕事に生かすために」
「そうなんだ。もちろん、同じ人たちと回るのも駄目だよ、発展したらルール違反だから」
ミドリの凍った視線がシフユを捉える。
シフユは首の後ろを掻いて頷く。笑顔を作ってミドリに見せた。
「分かってる。もうボクは恋しないつもりだから」
シフユが言うと、ミドリはシフユの目を見ながら顔を近づける。
「違う」
ミドリは再びモンブランを食べ進める。
淡々とした黒い言葉がシフユの胸にこびりつく。
シフユは滑らかプリンを口に運ぶ。一瞬で溶けて甘みと濃厚さが広がっていく。
「うん、そうだね。ボクは二度と恋はしないから」
「そう、私また怒っちゃうところだった。ごめんね、シフユ」
ミドリは朗らかな表情になる。
どろっとした苦しさが喉を詰まらす。
その度に溶けるプリンを流し込む。
「大丈夫」
シフユは表情を見ずに言う。
彼女を変えてしまったのはシフユの身勝手さだ。だから壊れていくミドリを見捨てて進むわけにはいかないし、もう幸せになってはいけないのだろう。
ならせめて。
ミドリが満足できるように壊れたボロボロの関係に答え続けるしかない。
そして機が来たら、贖罪に代えて決断通りに進めるしかないのだ。
食事を終えて店の前で分かれる。
シフユは街路樹の枯れ葉を見つける。栄養を補い切れない木が下す一種の間引き。必要がないものは冬を迎える前に落ちる。
シフユはスマホを出して街路樹の写真を撮る。水色の空、焦げ茶色の葉に、僅かに緑色や黄色を含んだような幹。シフユは笑った。
「何に見惚れてるんだか」
落ち葉を踏み鳴らす。
冷えた風がシフユを包んだ。
写真投稿アプリでも流行っている店でこだわりのハンバーガーと手作りデザートが強みである。店に入るとすぎにショーケースがあって、モンブランやショートケーキ、シュークリームにプリンが並んでいる。
デザートにはドレスアップされたような華やかさがあった。
「どう、シフユ?」
ミドリは窺うような笑みを見せる。
その視線がシフユを捉える。
「うん、ボクもあとで頂こうかな」
「そうだね!」
案内に従って二人は席に着いた。
シフユの目の前にいるには大好きだった元恋人である。恋愛対象ではなくなったとして振ったのはシフユであるが嫌いになったわけではない。しかし、息苦しい雰囲気でも応えるしかない生き方が悔しかった。
ミドリの生き方を狂わせた罪悪感から、シフユからは誘えないもののミドリと出掛けることを断れないでいた。
「ほら見て、ロボットが運んでる。配膳ロボット、かわいい」
シフユはミドリを見る。
こうして見るとミドリは普通のかわいい女性である。まさか離れることを許さないとシフユに言い放つようには見えない。
ロボットには操作用のタブレットと三段の棚があった。底に見え隠れする車輪を自在に操って移動する。棚の上にはメロンソーダの上にバニラアイスが乗った飲み物と、カラーピックが刺さったハンバーガーが乗っていた。ハンバーガーの皿には皮付きのフライドポテトが添えられている。
「あれがいいわ。シフユ、来て良かった」
ミドリは胸を撫で下ろした。
恋人をやめてからミドリの様子はおかしかったが、いつもというわけではない。
時折見せる好きだった姿。
それが最も離れられない理由だった。
「そうだね。今日はボクが奢るよ」
「そんなことさせられないよ。だってシフユが私の誘いに来てくれたわけで、むしろ払うなら私」
「分かった。自分の分は自分で払うよ」
「うんうん。ね、デザートセットもある! 何食べよう、秋限定だって。さっきのモンブラン」
目を輝かせるミドリ。シフユは息を吐いて、メニュー表を眺める。
だらだらと続く関係。だがそれももうすぐ終わるだろう。
ミドリの誘いを断る強さがシフユの中にはなかった。だからせめて離れよう、ミドリはシフユがいないところで生きて元の自分を取り戻すべきだ、シフユは信じている。
「ボクはプリンにしようかな」
「決まり?」
「そうだね。ボクは滑らかプリンかな、溶ける感じで美味しいらしい」
メニューを頼むとそれから二人は大学での出来事を中心に会話した。基本的にミドリの話しを聞いているが、時折餌を欲しがる雛のような目をする。シフユはその表情を見ると、取ってつけたようなオチも見つからない話をして延ばしていく。話すネタがない状態ではないが、手札を覗かれることを警戒していた。
「あ、パンズが光ってる」
ロボットのタブレットを操作すると、ロボットはキッチンへ戻っていく。
ミドリはハンバーガーのパンズやパティの脂の光沢を見て、蕩けるような表情になる。シフユはミドリを見ると、フォークでポテトを突いた。
「これ美味しそうかな」
アイスコーヒーを舌の上で転がしてシフユは言う。鼻を抜ける苦みと舌から上顎を突くような酸味が旨いらしい。視線の先のハンバーガーには、瑞々しいレタスやトマト、酢が浸みたピクルスが挟んである。
「美味しい。小麦の焦げが丁度よくてしっかり香って。ふわふわパンズ、ジューシーな肉。レタスとトマトの爽快感と甘さ。本当に美味しい」
ミドリは満足そうに頬に手を当てる。
シフユもつい笑みを零した。
それでももう恋愛ではない。好きだった人として、一度は愛した人として。シフユの罪悪感は増していく。離れられないのはこれ以上ミドリを不幸にする覚悟も資格もない気がするから。
「モンブラン甘い、シフユも一口食べる」
「ああ、うん。……美味しい」
ミドリはモンブランを食べて驚いたシフユを見て幸せそうにもう一口を放る。
「今月末から仕事があって忙しくて。例の人から仕事もらったから」
「あー、分かってるよ。応援してる」
「だよね。それと、大学祭は他に回る人がいるから今年は」
「男? それとも女? 二人きりじゃないなら行ってきていいよ。うん、四人以上なら。三人なら一人恋のキューピットにしてしまえば好きな人誘って簡単に揃っちゃうし。何個行くの?」
「四つかな。去年よりも多いから。刺激にもなるだろうから、次の仕事に生かすために」
「そうなんだ。もちろん、同じ人たちと回るのも駄目だよ、発展したらルール違反だから」
ミドリの凍った視線がシフユを捉える。
シフユは首の後ろを掻いて頷く。笑顔を作ってミドリに見せた。
「分かってる。もうボクは恋しないつもりだから」
シフユが言うと、ミドリはシフユの目を見ながら顔を近づける。
「違う」
ミドリは再びモンブランを食べ進める。
淡々とした黒い言葉がシフユの胸にこびりつく。
シフユは滑らかプリンを口に運ぶ。一瞬で溶けて甘みと濃厚さが広がっていく。
「うん、そうだね。ボクは二度と恋はしないから」
「そう、私また怒っちゃうところだった。ごめんね、シフユ」
ミドリは朗らかな表情になる。
どろっとした苦しさが喉を詰まらす。
その度に溶けるプリンを流し込む。
「大丈夫」
シフユは表情を見ずに言う。
彼女を変えてしまったのはシフユの身勝手さだ。だから壊れていくミドリを見捨てて進むわけにはいかないし、もう幸せになってはいけないのだろう。
ならせめて。
ミドリが満足できるように壊れたボロボロの関係に答え続けるしかない。
そして機が来たら、贖罪に代えて決断通りに進めるしかないのだ。
食事を終えて店の前で分かれる。
シフユは街路樹の枯れ葉を見つける。栄養を補い切れない木が下す一種の間引き。必要がないものは冬を迎える前に落ちる。
シフユはスマホを出して街路樹の写真を撮る。水色の空、焦げ茶色の葉に、僅かに緑色や黄色を含んだような幹。シフユは笑った。
「何に見惚れてるんだか」
落ち葉を踏み鳴らす。
冷えた風がシフユを包んだ。
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