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8章 魅了少女が不安すぎる!『前期』90~108話
エピソード1 好きを否定して
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八月の終わり。
夜の公園でシーソーに座る二人の姿があった。
片方が沈みもう一方は足を伸ばしても地面に着かないほど上がっている。
沈んだ方に座る少女は茶髪のミディアムヘアで、股下部分がしっかりと分かれているスカーチョと呼ばれるボトムスと首から逆三角形が広がっていく求心柄のニットをトップスに着ていた。
浮いている少女は袖口にフリルが施されたワンピースを着ていた。
「ボクと別れてほしい」
沈んだ方に座る少女、緒笛紫冬は真剣な表情で言う。
「けど、今更私はどうするの?」
浮いていた少女、池馬緑は足をぶらぶらと前後させる。
瞳に月明かりが灯らないように視線を下ろしていて、悲しみを落とし込んでいた。
「ごめん、けどボクは好きではないから。この恋は終わってしまったから、その」
「でも私、シフユから離れられないよ?」
シフユは手が届かない、それでも隣に座るミドリの表情を捉えてしまう。
泣いてはいないが、その表情は想像よりも遥かに固い。
眉は強張っていて頬は痙攣しそうなほど萎んでいる。
シフユは何も言い返せなかった。
好きだった人を自分の都合で傷つけてしまった罪悪感に、首を絞められるような重い苦しさ。
「私は女の子を好きにならなければ良かった。真っ当な恋をするつもりだったのに、男用のアカウントでマッチングしたのはシフユでしょ? 許されないよ、私の傍にいないなんて」
ミドリの言葉に飲まれていく。
重くなっていく頭、締め付けられる胸、力んでいた手がすとんとぶら下がる。
視界がだんだん狭まっていく。
シフユは瞬きを忘れて乾いた目が痛んだ。
ようやく瞼を閉じると、時間をかけて開いた。
ミドリは手をシーソーに着けて力を込める。
一瞬だけシーソーが動くと、音を立てて元の位置へ戻った。
振動がシフユの尻を通して背中に伝る。
「ごめんだけど、ボクは愛を君にはあげられない」
「それでもいい、一緒にいよう。決して次に進んではいけない。私をまた好きになるか、一緒に愛のない人生にしよう。シフユは私を壊したのだから」
ミドリの視線が冷たい。
ミドリがシーソーから下りたことを確認してシフユもシーソーから離れた。
「そうやって私の動きを確認して、私に合わせて。愛なんてなくても私はそれでもシフユが大好き。私のとこだよ、許されないから。別れてはあげる」
シフユは後悔した、恋人だったミドリは壊れてしまった。
見透かすような黒い視線、シフユの体を突き刺すように思える。
本気の恋をして恋人になったことは間違いない。
それでもシフユにとってミドリは恋愛対象ではなくなったのだ。
シフユがマッチングアプリで規約を破って男用アカウントを作ってマッチングした。ミドリは女性同士の恋に付き合って恋人になった。
シフユは元々バイセクシャルで女性が好きな時期も男性が好きな時期もどちらも好きでいる時期も存在した。
今はどちらかといえば男性を好きになる状態だろう、自らを分析する。
同性に対しても何度かマッチングして恋をしたことがある。だがミドリのように失恋と同性との恋愛に対する期待や罪悪感を纏った齟齬からおかしくなってしまったケースは初めてだった。
シフユにはミドリをこれ以上傷つける覚悟ができない。
むしろ罪悪感に打ち負かされてしまって声を出せないでいた。
「大好き。またね」
手を振って去っていくミドリ。
シフユはそれからも恋人らしいことは避けようとしたものの、ミドリと何度も会った。
ミドリの好意もたまにする恋人らしいことへの遠慮も苦しそうな表情も隣で見てしまう。
「ボクは間違えてた。これ以上は」
限界を迎えたシフユはマッチングアプリを使わない覚悟をした。アプリには元々恋人ができた用の設定が存在していて、カップル用のイベントに参加できたり人工知能を使ったデートプランの補助ができたり役立つ情報を受け取ることができたりする。
だがシフユは完全にアプリを退会するつもりでアプリの代表であるシュイロに申請をした。申請をしたのは『色欲』であるシフユは基本的にシュイロとの関係が存在するためである。
シュイロは当初退会許可を出すつもりだったが、シュイロと縁を切るつもりであることを伝えると一変した。シフユはイベントの美に関する部分を担当することが多く、服やメイク、会場の演出などを任されることも少なくない。ハロウィンイベントである仮面舞踏会では既にシフユの協力が必要不可欠だったのだ。そのため絶縁前提の退会を許可するわけにはいかないのだ。シュイロのことだからシフユが心配なのもあるだろう。
「そっか、これも無責任なのか。ならボクは」
元恋人の心を弄んだ、『好き』を雑に扱ったと思ったシフユは。
ミドリを裏切るわけにも、シュイロを突き放すわけにもいかず。
一つの逃げ道を、一番惨い道を選ぶことにした。
「ボクはここにいてはいけない」
シュイロは何か手を打つだろうか?
分からないが、シフユが動く方が先だろう。
だから思ってもいなかった。同じ処遇である『暴食』が動いて。一人の世話焼き男に会わせられることになるとは。
夜の公園でシーソーに座る二人の姿があった。
片方が沈みもう一方は足を伸ばしても地面に着かないほど上がっている。
沈んだ方に座る少女は茶髪のミディアムヘアで、股下部分がしっかりと分かれているスカーチョと呼ばれるボトムスと首から逆三角形が広がっていく求心柄のニットをトップスに着ていた。
浮いている少女は袖口にフリルが施されたワンピースを着ていた。
「ボクと別れてほしい」
沈んだ方に座る少女、緒笛紫冬は真剣な表情で言う。
「けど、今更私はどうするの?」
浮いていた少女、池馬緑は足をぶらぶらと前後させる。
瞳に月明かりが灯らないように視線を下ろしていて、悲しみを落とし込んでいた。
「ごめん、けどボクは好きではないから。この恋は終わってしまったから、その」
「でも私、シフユから離れられないよ?」
シフユは手が届かない、それでも隣に座るミドリの表情を捉えてしまう。
泣いてはいないが、その表情は想像よりも遥かに固い。
眉は強張っていて頬は痙攣しそうなほど萎んでいる。
シフユは何も言い返せなかった。
好きだった人を自分の都合で傷つけてしまった罪悪感に、首を絞められるような重い苦しさ。
「私は女の子を好きにならなければ良かった。真っ当な恋をするつもりだったのに、男用のアカウントでマッチングしたのはシフユでしょ? 許されないよ、私の傍にいないなんて」
ミドリの言葉に飲まれていく。
重くなっていく頭、締め付けられる胸、力んでいた手がすとんとぶら下がる。
視界がだんだん狭まっていく。
シフユは瞬きを忘れて乾いた目が痛んだ。
ようやく瞼を閉じると、時間をかけて開いた。
ミドリは手をシーソーに着けて力を込める。
一瞬だけシーソーが動くと、音を立てて元の位置へ戻った。
振動がシフユの尻を通して背中に伝る。
「ごめんだけど、ボクは愛を君にはあげられない」
「それでもいい、一緒にいよう。決して次に進んではいけない。私をまた好きになるか、一緒に愛のない人生にしよう。シフユは私を壊したのだから」
ミドリの視線が冷たい。
ミドリがシーソーから下りたことを確認してシフユもシーソーから離れた。
「そうやって私の動きを確認して、私に合わせて。愛なんてなくても私はそれでもシフユが大好き。私のとこだよ、許されないから。別れてはあげる」
シフユは後悔した、恋人だったミドリは壊れてしまった。
見透かすような黒い視線、シフユの体を突き刺すように思える。
本気の恋をして恋人になったことは間違いない。
それでもシフユにとってミドリは恋愛対象ではなくなったのだ。
シフユがマッチングアプリで規約を破って男用アカウントを作ってマッチングした。ミドリは女性同士の恋に付き合って恋人になった。
シフユは元々バイセクシャルで女性が好きな時期も男性が好きな時期もどちらも好きでいる時期も存在した。
今はどちらかといえば男性を好きになる状態だろう、自らを分析する。
同性に対しても何度かマッチングして恋をしたことがある。だがミドリのように失恋と同性との恋愛に対する期待や罪悪感を纏った齟齬からおかしくなってしまったケースは初めてだった。
シフユにはミドリをこれ以上傷つける覚悟ができない。
むしろ罪悪感に打ち負かされてしまって声を出せないでいた。
「大好き。またね」
手を振って去っていくミドリ。
シフユはそれからも恋人らしいことは避けようとしたものの、ミドリと何度も会った。
ミドリの好意もたまにする恋人らしいことへの遠慮も苦しそうな表情も隣で見てしまう。
「ボクは間違えてた。これ以上は」
限界を迎えたシフユはマッチングアプリを使わない覚悟をした。アプリには元々恋人ができた用の設定が存在していて、カップル用のイベントに参加できたり人工知能を使ったデートプランの補助ができたり役立つ情報を受け取ることができたりする。
だがシフユは完全にアプリを退会するつもりでアプリの代表であるシュイロに申請をした。申請をしたのは『色欲』であるシフユは基本的にシュイロとの関係が存在するためである。
シュイロは当初退会許可を出すつもりだったが、シュイロと縁を切るつもりであることを伝えると一変した。シフユはイベントの美に関する部分を担当することが多く、服やメイク、会場の演出などを任されることも少なくない。ハロウィンイベントである仮面舞踏会では既にシフユの協力が必要不可欠だったのだ。そのため絶縁前提の退会を許可するわけにはいかないのだ。シュイロのことだからシフユが心配なのもあるだろう。
「そっか、これも無責任なのか。ならボクは」
元恋人の心を弄んだ、『好き』を雑に扱ったと思ったシフユは。
ミドリを裏切るわけにも、シュイロを突き放すわけにもいかず。
一つの逃げ道を、一番惨い道を選ぶことにした。
「ボクはここにいてはいけない」
シュイロは何か手を打つだろうか?
分からないが、シフユが動く方が先だろう。
だから思ってもいなかった。同じ処遇である『暴食』が動いて。一人の世話焼き男に会わせられることになるとは。
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