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8章 魅了少女が不安すぎる!『前期』90~108話
その2 ヒウタと食欲の秋Ⅱ
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二品目が運ばれてきた。
一品目と同じように、ホールを切り出した一切れをさらに半分に切ったものである。
スポンジは鮮やかな黄色が特徴的である。そのスポンジと生チョコ、チョコを混ぜたチーズの三層が積み重なっていて、一番上にある生チョコの層にカスタードクリームが入った小さなシュークリームが乗っている。
「ここからは新作。どうぞご賞味あれ」
カワクロは誇らしそうに胸を張る。
コウミとアメユキは好きな投稿動画や放送中のドラマで盛り上がっていた。
カワクロが続ける。
「詳しく話したいのは『色欲』が起こした問題と、『色欲』の絶縁の覚悟について。シュイシュイは絶縁を阻止したいって思ってる」
カワクロは元気がない。
どうやらヒウタのカワクロに対する評価は間違っているらしい。
この人はシュイロに似ている。
「あの人は、シフユはバイセクシャルだから。女性としてのアカウントと男性としてのアカウントを持っている。アプリ入会時にどうやって面接を越えているのかは分からない。そして女性とマッチングして恋愛をして付き合ったうえで別れた。重大な規約違反と一人の人間を傷つけてしまった。だから絶縁なの」
カワクロはケーキを食べ進める。
フォークで一口食べる。
一瞬で溶ける。
あまりの美味しさに微笑んでしまいそうになるが、真面目な話をしている。
とカワクロを見る。
頬に手を当てて恍惚とした表情である。
幸せそうにして目尻までも下がっている。
「規約違反。そして傷つけた。けどあんまりじゃないですか。仮面舞踏会を手伝うことなく絶縁なんて」
「破滅したいってことなの」
カワクロは左手の親指を立てて軽く首に当てる。
そして、爪で首を掻くようにして右から左へ手を動かす。
「自分の罪に飲まれて、ならばいっそ」
「でもどうして僕なんですか?」
純粋な疑問だった。
アプリのためのアルバイトをしているヒウタであるが、仕事ではないならヒウタを頼る理由がない。
重大な問題に取り組ませるにしては期待できない人に手伝わせようとしている気がする。
シュイロや『色欲』であるシフユのためにと言った。誰でもいいから手が欲しいわけではないだろう。そこまで投げやりであれば、試食会と称して話しの場を設ける意味がない。
カワクロはヒウタを信用していることになる。
「この試食会は感謝の気持ちもある。ね、コウミたん」
カワクロがコウミの頭を撫でると、コウミはヒウタを見た。
一瞬戸惑った様子だったが、カワクロがヒウタを指差すと察したようだ。
笑みを湛えたコウミの表情。
「私、たくさん友達ができてありがとう。毎日、楽しい!」
ヒウタは一度目を見開く。
意識して瞬きをした。
胸の奥が熱くなっていく。
沸き立って吹き出しそうだ。
「そっか、それは良かった」
ヒウタの視界はだんだん色が薄まって遠くなっていく。さらに薄まって歪んでいくものだから、ヒウタは手の甲で強く拭った。
水滴、お湯? 手の甲に広がっている。
濡れている、泣いている。
間違いない、泣いてる。止まらない。
ヒウタは俯いて何度も何度も手の甲で拭く。
それを見ていてアメユキがハンカチを差し出して。
ヒウタは頷いてハンカチを受け取ると瞼に当てた。
これはきっと。
「ヒウタ、泣いてる?」
コウミは覗き込むようにヒウタを見る。
「嬉しくて。コウミさんは良い人だから、良かったって」
何を言ってるのか?
ヒウタは自分で自分が分からなかった。
ただ涙と共に言わなくても良いことまで出てきてしまったのだ。
「それで泣いてるの?」
コウミは微笑む。
「ほら言っただろ。絶対友達できるって。みんなに愛されてるって」
「うん。信じて良かった」
カワクロがケーキを食べ終えると、代わりに三品目が出てきた。
瓶にプリンとチョコソース、イチゴとブルーベリー、生クリームが入っている。
「私は感謝なの。私では、姉では足りなかった部分をヒウタは導いた。スイーツパーティのことは許してないけど、あの笑顔を見たらヒウタを信じるしかない」
真剣な眼差し。
ヒウタは怖気づいてしまいそうになる。
だがコウミの笑顔を見ると、カワクロの期待を裏切るわけにはいかない。
アメユキが美味しそうにプリンを食べている。断るわけにはいかない、ヒウタは決意する。
「ヒウタ、シフユを攻略して。そして仮面舞踏会を開催させる。それから私はそこで毎年もらえるお菓子を楽しみにできる。みんな幸せ」
するとコウミがカワクロの脇の下に手を入れてもぞもぞと動かす。
カワクロは身体をくねくねと捻らせて、最終的に汗だくで椅子に沈むようにもたれた。
だんだん伸ばした足の方向へ身体が引かれていく。
椅子から落ちる寸前で椅子の背を掴んで体勢を直した。
「コウミたん?」
「ねえねえそんなこと言って。シュイロさんもシフユさんも大事な人だから助けたいってのが一番でしょ? ちゃんと言わないと」
カワクロの顔がボッと赤くなる。
汗だくなことも相俟って艶やかに見える。
「な! 私は『暴食』。決して食欲以外が優先されることはない。だからお菓子のために」
カワクロはプリンを一口食べて、ゆっくりと視線をコウミへ。
コウミは首を傾げる。
カワクロは察した。それに、コウミの助言を無視するのは思想に反する。
「シュイシュイもシフユも助ける。コウミたんを救った君ならきっと」
「だってさ、にいに。こんな美味しいケーキを御馳走されたら全力で助けるしかないよね?」
「もちろん、僕に任せてください」
「まずはシュイシュイに考えを聞くこと。それからシフユの説得。よろしくヒウタ」
カワクロは立ち上がってヒウタに手を差し出す。
ヒウタも応えた。
カワクロの手は思った以上に小さくて、白くて、温かい。
「ヒウタ?」
一瞬考えてしまった間が不自然だと思われてしまったらしい。
ヒウタは理性を働かせて意識を反らす。
ようやく手が離れた。
「仮面舞踏会、楽しみですね」
プリンを食べ終えると解散になった。
カワクロはもう少し店で食べてから、店で新作の販売準備を進めるらしい。妹のコウミもそれを手伝う。
駅に着くとヒウタはアメユキに手を振る。
しかしヒウタの腕を掴んで離さない。
「今日の残りは私が欲しい。にいに?」
と愛しの妹が言うものだから。
ヒウタは頭を掻いてそれに従うのだった。
一品目と同じように、ホールを切り出した一切れをさらに半分に切ったものである。
スポンジは鮮やかな黄色が特徴的である。そのスポンジと生チョコ、チョコを混ぜたチーズの三層が積み重なっていて、一番上にある生チョコの層にカスタードクリームが入った小さなシュークリームが乗っている。
「ここからは新作。どうぞご賞味あれ」
カワクロは誇らしそうに胸を張る。
コウミとアメユキは好きな投稿動画や放送中のドラマで盛り上がっていた。
カワクロが続ける。
「詳しく話したいのは『色欲』が起こした問題と、『色欲』の絶縁の覚悟について。シュイシュイは絶縁を阻止したいって思ってる」
カワクロは元気がない。
どうやらヒウタのカワクロに対する評価は間違っているらしい。
この人はシュイロに似ている。
「あの人は、シフユはバイセクシャルだから。女性としてのアカウントと男性としてのアカウントを持っている。アプリ入会時にどうやって面接を越えているのかは分からない。そして女性とマッチングして恋愛をして付き合ったうえで別れた。重大な規約違反と一人の人間を傷つけてしまった。だから絶縁なの」
カワクロはケーキを食べ進める。
フォークで一口食べる。
一瞬で溶ける。
あまりの美味しさに微笑んでしまいそうになるが、真面目な話をしている。
とカワクロを見る。
頬に手を当てて恍惚とした表情である。
幸せそうにして目尻までも下がっている。
「規約違反。そして傷つけた。けどあんまりじゃないですか。仮面舞踏会を手伝うことなく絶縁なんて」
「破滅したいってことなの」
カワクロは左手の親指を立てて軽く首に当てる。
そして、爪で首を掻くようにして右から左へ手を動かす。
「自分の罪に飲まれて、ならばいっそ」
「でもどうして僕なんですか?」
純粋な疑問だった。
アプリのためのアルバイトをしているヒウタであるが、仕事ではないならヒウタを頼る理由がない。
重大な問題に取り組ませるにしては期待できない人に手伝わせようとしている気がする。
シュイロや『色欲』であるシフユのためにと言った。誰でもいいから手が欲しいわけではないだろう。そこまで投げやりであれば、試食会と称して話しの場を設ける意味がない。
カワクロはヒウタを信用していることになる。
「この試食会は感謝の気持ちもある。ね、コウミたん」
カワクロがコウミの頭を撫でると、コウミはヒウタを見た。
一瞬戸惑った様子だったが、カワクロがヒウタを指差すと察したようだ。
笑みを湛えたコウミの表情。
「私、たくさん友達ができてありがとう。毎日、楽しい!」
ヒウタは一度目を見開く。
意識して瞬きをした。
胸の奥が熱くなっていく。
沸き立って吹き出しそうだ。
「そっか、それは良かった」
ヒウタの視界はだんだん色が薄まって遠くなっていく。さらに薄まって歪んでいくものだから、ヒウタは手の甲で強く拭った。
水滴、お湯? 手の甲に広がっている。
濡れている、泣いている。
間違いない、泣いてる。止まらない。
ヒウタは俯いて何度も何度も手の甲で拭く。
それを見ていてアメユキがハンカチを差し出して。
ヒウタは頷いてハンカチを受け取ると瞼に当てた。
これはきっと。
「ヒウタ、泣いてる?」
コウミは覗き込むようにヒウタを見る。
「嬉しくて。コウミさんは良い人だから、良かったって」
何を言ってるのか?
ヒウタは自分で自分が分からなかった。
ただ涙と共に言わなくても良いことまで出てきてしまったのだ。
「それで泣いてるの?」
コウミは微笑む。
「ほら言っただろ。絶対友達できるって。みんなに愛されてるって」
「うん。信じて良かった」
カワクロがケーキを食べ終えると、代わりに三品目が出てきた。
瓶にプリンとチョコソース、イチゴとブルーベリー、生クリームが入っている。
「私は感謝なの。私では、姉では足りなかった部分をヒウタは導いた。スイーツパーティのことは許してないけど、あの笑顔を見たらヒウタを信じるしかない」
真剣な眼差し。
ヒウタは怖気づいてしまいそうになる。
だがコウミの笑顔を見ると、カワクロの期待を裏切るわけにはいかない。
アメユキが美味しそうにプリンを食べている。断るわけにはいかない、ヒウタは決意する。
「ヒウタ、シフユを攻略して。そして仮面舞踏会を開催させる。それから私はそこで毎年もらえるお菓子を楽しみにできる。みんな幸せ」
するとコウミがカワクロの脇の下に手を入れてもぞもぞと動かす。
カワクロは身体をくねくねと捻らせて、最終的に汗だくで椅子に沈むようにもたれた。
だんだん伸ばした足の方向へ身体が引かれていく。
椅子から落ちる寸前で椅子の背を掴んで体勢を直した。
「コウミたん?」
「ねえねえそんなこと言って。シュイロさんもシフユさんも大事な人だから助けたいってのが一番でしょ? ちゃんと言わないと」
カワクロの顔がボッと赤くなる。
汗だくなことも相俟って艶やかに見える。
「な! 私は『暴食』。決して食欲以外が優先されることはない。だからお菓子のために」
カワクロはプリンを一口食べて、ゆっくりと視線をコウミへ。
コウミは首を傾げる。
カワクロは察した。それに、コウミの助言を無視するのは思想に反する。
「シュイシュイもシフユも助ける。コウミたんを救った君ならきっと」
「だってさ、にいに。こんな美味しいケーキを御馳走されたら全力で助けるしかないよね?」
「もちろん、僕に任せてください」
「まずはシュイシュイに考えを聞くこと。それからシフユの説得。よろしくヒウタ」
カワクロは立ち上がってヒウタに手を差し出す。
ヒウタも応えた。
カワクロの手は思った以上に小さくて、白くて、温かい。
「ヒウタ?」
一瞬考えてしまった間が不自然だと思われてしまったらしい。
ヒウタは理性を働かせて意識を反らす。
ようやく手が離れた。
「仮面舞踏会、楽しみですね」
プリンを食べ終えると解散になった。
カワクロはもう少し店で食べてから、店で新作の販売準備を進めるらしい。妹のコウミもそれを手伝う。
駅に着くとヒウタはアメユキに手を振る。
しかしヒウタの腕を掴んで離さない。
「今日の残りは私が欲しい。にいに?」
と愛しの妹が言うものだから。
ヒウタは頭を掻いてそれに従うのだった。
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