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8章 魅了少女が不安すぎる!『前期』90~108話
その1 ヒウタと食欲の秋
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時は遡って九月下旬。
ヒウタはガラス張りの店に来ていた。
テーブルには他に、アメユキ、コウミ、カワクロがいた。
貸し切りで他に客はいない。
とはいえ、午前十一時から通常営業であるため、比較的早朝であるが。
コウミはベレー帽と肩掛けバッグ、紺色のパーカーワンピースに身を包む。
カワクロはジーンズと橙色のインナーに、焦げ茶色のジャケットを合わせていた。
ヒウタは無地の白いシャツと黒いズボンを着ている。対して、アメユキはロングスカートとパーカーを選んでいる。
「まずは自己紹介なの。私はカワクロ、このチョコケーキ専門店の商品開発を担当してるから。今日はコウミたん、ヒウタ、アメユキちゃんにうちのケーキの感想を聞きたくて」
「どうして僕なんですか?」
「過去問ちらつかせたら来るから。それに本当に妹いるのかなって怖くなったの。信用できないの」
アメユキが立つ。
紙袋から箱を取り出してカワクロに渡す。
「私のにいにがお世話になっております。これは拘りミルクのバームクーヘンで、家にあると取り合いになるくらい美味しいです」
「できた妹なの」
「ほわあ、かわいい。アメユキちゃんって何歳?」
コウミは目を輝かせてアメユキを見る。
身長はぎりぎりコウミやカワクロの方が高い。そして、コウミとカワクロだと僅かにコウミの背が高いだろう。つまり、三人は大体同じくらいの背である。
「中学二年生です。こんなに綺麗な人が、うちの搾りたて雑巾みたいな笑い方をする兄と関わってくれるだけでも大変ありがたいです」
「アメユキ? また変な言葉を覚えて。お兄ちゃん許しませんよ?」
アメユキはヒウタの言葉を気にする様子もない。紙袋をカワクロに渡して笑顔を見せていた。
ヒウタは涙を堪えた。
「それにしても大事な試食会に呼んでいただけて。私、チョコケーキ大好きです!」
「とっても楽しみ。ねえねえ、新作はもちろんだけど看板商品も食べてもらう?」
「その予定かな。えっへん、私のケーキを食べればヒウタは以前のやつを詫びながら土下座する、なの」
カワクロが根に持っているのは、ヒウタがスイーツパーティにてカワクロの買い占めを阻止した件である。カワクロは、アプリの代表であるシュイロに『暴食』と言われるほど食への興味強くて、大量に食べて、食べ物のためなら暴走する。
スイーツパーティはアプリ主催のもので他に客が来ている以上、ヒウタは買い占めを防ぐことにした。そのことを未だに思っているらしい。
「いや、どれだけ美味しくても買い占めは良くないと思う。コウミさんどう思いますか?」
「ヒウタの言う通り、みんなで楽しく食べるべきって思うよ」
「コウミたんが言うなら」
カワクロは悔しそうに下唇を噛む。
アメユキは首を傾げる。
「じゃあ、ケーキ食べよう。チョコの生クリームとチョコムース、チョコのスポンジが積まれててチョコを存分に味わえるから。美味しいと思うな」
「流石コウミたん、良さを熟知してる。分かったかヒウタ、そういうことなの。じゃ、ヒウタはここまでということで」
「何も食べてないが?」
「ん? ん? ん?」
妹のコウミから買い占めに関して指摘をされて拗ねたらしい。
「ねえねえ、意地悪しない」
「してない。恨みを解き放つだけ」
「楽しい雰囲気がいい」
「うう、もう言わない。コウミたん嫌いにならないで」
「もちろん。私、ねえねえ大好き!」
カワクロの表情がパッと明るくなる。雨上がりに雲の隙間から日が差していくような清々しさであった。
そして、ついに一品目。いくつか食べるということで、一つのピースをさらに半分の大きさにしている。
ケーキの一番上には通常の生クリームが渦を巻いていた。生クリームの上にはミントの葉が優しく乗っていて、ブルーベリーには僅かに霜が付いていた。
鼻孔をチョコレートの濃厚な甘さが抜けていく。
「わあ、すごい!」
アメユキは鼻を近づけていた。
ヒウタは早速フォークで一口サイズに切る。
「溶ける、……美味い」
口に入れた瞬間、ガツンとチョコの濃い甘さを感じると、ムースが溶けて口の中にチョコが広がる。スポンジの確かな食感とチョコの控えめな甘さが下から支えてくれる。
生クリームの甘い脂が次の一口を催促する。
「相変わらず美味しい。私の傑作なの」
「ねえねえ天才。何度食べても飽きない」
「うんうん。コウミたんに言われると嬉しいな。ふふ、ヒウタもアメユキちゃんも改めて感想を聞く必要は無さそう。体は正直。あ、ヒウタは変顔やめてなの」
「いや笑顔になってただけだが?」
「ならいいや。これが私の店のベースの味で次からは新商品。……の前に飲み物を用意してもらう。抹茶オレの温かいもの。これも私の拘りなの」
コーヒーカップが運ばれてきた。
抹茶オレの上に微少の泡が立っている。
「で、本題。シュイシュイが言ってたけど、仮面舞踏会イベントを開催するらしい。そのためには特殊メイクや服を用意する必要がある。だから、『色欲』の人を頼りたいそうなの。けどこのままではアプリから退会して、シュイシュイや私たちとの縁を切るって。ヒウタ、シュイシュイのためによろしく。これはアルバイトではない、私の頼み。そのための試食会」
シュイシュイとはアプリの代表であるシュイロのことである。
話をまとめるとイベントの開催には『色欲』少女の力を借りたいが協力してくれるような関係ではなくなる。チョコケーキ食べる以上、働くよな? ってことらしい。
「『色欲』の人ってことはまたすごそうな人ですね。退会って一体何が」
「もう少し詳しく話そう」
ヒウタとカワクロに対して、アメユキとコウミが抹茶オレを飲みながら楽しそうに話している。
互いに笑顔で仲も良いだろう。
そんな中、カワクロはヒウタの目を見る。
カワクロの瞼には力が入っていて、キリッとした強い視線がヒウタに届く。
ヒウタも抹茶オレを一口啜る。
一瞬舌を火傷しそうになるが、すぐに口を離して事なきを得る。
「アプリのため、シュイロさんのため。なら僕はやれることはしたいです」
「よろしい、なの」
カワクロの声ははっきりとしていた。
ヒウタはガラス張りの店に来ていた。
テーブルには他に、アメユキ、コウミ、カワクロがいた。
貸し切りで他に客はいない。
とはいえ、午前十一時から通常営業であるため、比較的早朝であるが。
コウミはベレー帽と肩掛けバッグ、紺色のパーカーワンピースに身を包む。
カワクロはジーンズと橙色のインナーに、焦げ茶色のジャケットを合わせていた。
ヒウタは無地の白いシャツと黒いズボンを着ている。対して、アメユキはロングスカートとパーカーを選んでいる。
「まずは自己紹介なの。私はカワクロ、このチョコケーキ専門店の商品開発を担当してるから。今日はコウミたん、ヒウタ、アメユキちゃんにうちのケーキの感想を聞きたくて」
「どうして僕なんですか?」
「過去問ちらつかせたら来るから。それに本当に妹いるのかなって怖くなったの。信用できないの」
アメユキが立つ。
紙袋から箱を取り出してカワクロに渡す。
「私のにいにがお世話になっております。これは拘りミルクのバームクーヘンで、家にあると取り合いになるくらい美味しいです」
「できた妹なの」
「ほわあ、かわいい。アメユキちゃんって何歳?」
コウミは目を輝かせてアメユキを見る。
身長はぎりぎりコウミやカワクロの方が高い。そして、コウミとカワクロだと僅かにコウミの背が高いだろう。つまり、三人は大体同じくらいの背である。
「中学二年生です。こんなに綺麗な人が、うちの搾りたて雑巾みたいな笑い方をする兄と関わってくれるだけでも大変ありがたいです」
「アメユキ? また変な言葉を覚えて。お兄ちゃん許しませんよ?」
アメユキはヒウタの言葉を気にする様子もない。紙袋をカワクロに渡して笑顔を見せていた。
ヒウタは涙を堪えた。
「それにしても大事な試食会に呼んでいただけて。私、チョコケーキ大好きです!」
「とっても楽しみ。ねえねえ、新作はもちろんだけど看板商品も食べてもらう?」
「その予定かな。えっへん、私のケーキを食べればヒウタは以前のやつを詫びながら土下座する、なの」
カワクロが根に持っているのは、ヒウタがスイーツパーティにてカワクロの買い占めを阻止した件である。カワクロは、アプリの代表であるシュイロに『暴食』と言われるほど食への興味強くて、大量に食べて、食べ物のためなら暴走する。
スイーツパーティはアプリ主催のもので他に客が来ている以上、ヒウタは買い占めを防ぐことにした。そのことを未だに思っているらしい。
「いや、どれだけ美味しくても買い占めは良くないと思う。コウミさんどう思いますか?」
「ヒウタの言う通り、みんなで楽しく食べるべきって思うよ」
「コウミたんが言うなら」
カワクロは悔しそうに下唇を噛む。
アメユキは首を傾げる。
「じゃあ、ケーキ食べよう。チョコの生クリームとチョコムース、チョコのスポンジが積まれててチョコを存分に味わえるから。美味しいと思うな」
「流石コウミたん、良さを熟知してる。分かったかヒウタ、そういうことなの。じゃ、ヒウタはここまでということで」
「何も食べてないが?」
「ん? ん? ん?」
妹のコウミから買い占めに関して指摘をされて拗ねたらしい。
「ねえねえ、意地悪しない」
「してない。恨みを解き放つだけ」
「楽しい雰囲気がいい」
「うう、もう言わない。コウミたん嫌いにならないで」
「もちろん。私、ねえねえ大好き!」
カワクロの表情がパッと明るくなる。雨上がりに雲の隙間から日が差していくような清々しさであった。
そして、ついに一品目。いくつか食べるということで、一つのピースをさらに半分の大きさにしている。
ケーキの一番上には通常の生クリームが渦を巻いていた。生クリームの上にはミントの葉が優しく乗っていて、ブルーベリーには僅かに霜が付いていた。
鼻孔をチョコレートの濃厚な甘さが抜けていく。
「わあ、すごい!」
アメユキは鼻を近づけていた。
ヒウタは早速フォークで一口サイズに切る。
「溶ける、……美味い」
口に入れた瞬間、ガツンとチョコの濃い甘さを感じると、ムースが溶けて口の中にチョコが広がる。スポンジの確かな食感とチョコの控えめな甘さが下から支えてくれる。
生クリームの甘い脂が次の一口を催促する。
「相変わらず美味しい。私の傑作なの」
「ねえねえ天才。何度食べても飽きない」
「うんうん。コウミたんに言われると嬉しいな。ふふ、ヒウタもアメユキちゃんも改めて感想を聞く必要は無さそう。体は正直。あ、ヒウタは変顔やめてなの」
「いや笑顔になってただけだが?」
「ならいいや。これが私の店のベースの味で次からは新商品。……の前に飲み物を用意してもらう。抹茶オレの温かいもの。これも私の拘りなの」
コーヒーカップが運ばれてきた。
抹茶オレの上に微少の泡が立っている。
「で、本題。シュイシュイが言ってたけど、仮面舞踏会イベントを開催するらしい。そのためには特殊メイクや服を用意する必要がある。だから、『色欲』の人を頼りたいそうなの。けどこのままではアプリから退会して、シュイシュイや私たちとの縁を切るって。ヒウタ、シュイシュイのためによろしく。これはアルバイトではない、私の頼み。そのための試食会」
シュイシュイとはアプリの代表であるシュイロのことである。
話をまとめるとイベントの開催には『色欲』少女の力を借りたいが協力してくれるような関係ではなくなる。チョコケーキ食べる以上、働くよな? ってことらしい。
「『色欲』の人ってことはまたすごそうな人ですね。退会って一体何が」
「もう少し詳しく話そう」
ヒウタとカワクロに対して、アメユキとコウミが抹茶オレを飲みながら楽しそうに話している。
互いに笑顔で仲も良いだろう。
そんな中、カワクロはヒウタの目を見る。
カワクロの瞼には力が入っていて、キリッとした強い視線がヒウタに届く。
ヒウタも抹茶オレを一口啜る。
一瞬舌を火傷しそうになるが、すぐに口を離して事なきを得る。
「アプリのため、シュイロさんのため。なら僕はやれることはしたいです」
「よろしい、なの」
カワクロの声ははっきりとしていた。
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