規約違反少女がマッチングアプリで無法すぎる!

アメノヒセカイ

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7章 のんびり少女が悠長すぎる!67~89話

その20 ヒウタと三人で

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 夏休みが終わると、残り短い二週間程度で講義のお試し期間がある。
 騙されてはいけないがお試しとは名ばかりで、この期間でさえもレポートが出されて採点対象であることに注意する必要がある。
 ただ講義の紹介や導入部分、基礎的な内容であるため難しい内容は少ない。
 前期で基礎科目があり後期に応用科目がある数講義については例外であるが。
 その期間が終わって十月に入るとすぐに夏は終わる。
 急いで衣替えをする家庭もあれば徐々に秋服や冬服を増やしていく家庭もあるだろう。
 結局、衣替えを済ませるまでは運ちゃんはトアオの家に残っていたようで、十月中旬の今日がようやく離れて最初の休日らしい。
 近況報告も兼ねて運ちゃん、トアオ、ヒウタで集まった。
 今日の目的地は、気軽な価格で本格ナポリタン、ピザなどのイタリア料理が食べられると話題の店である。
 駅からは近くなく駐車場も少ない場所にあるため、運動ついでに長時間歩くことになった。
 駅で集まった三人だが、途中でトアオが悲鳴を上げてヒウタが背負って店まで。
 運ちゃんは冷たい視線を送っていた。それはトアオに対してであるが。
「この怠け者!」
 運ちゃんが吠えると、トアオは目を細めて瞼をピクピクと痙攣のように動かす。
「私、『怠惰』だけど。あ、そういえばもう一人の友達と仲直りしました!」
 トアオは店の前でようやく地に足を。
「それ諦めただけだと思うわ」
「ケチ、いじわる。ふわあ、眠かった」
 トアオは席に着くと綿がふわふわしてそうなアウターを椅子に掛ける。
 運ちゃんが脱いだアウターと同じ生地で肌触りが滑らかそうである。
「トアオちゃんが紺色、あたしが白色。名前からね、あたしマシロだから。昔買ったやつ」
 三人はナポリタンを三人分、ピザを一皿頼んだ。
「一人でもできるようになった?」
「ん? え、えーと。初日に遅刻したので最強人工知能『ふぉーている』に起こしてもらってる」
 流石は『怠惰』である。
「はあ、だらしない。今のマンションよりも広かったなって思うけど。もう戻りたいとは思わないから」
「分かってる。一人で生きるから。あ、ヒウタさん。来週私の家に来る? お菓子もジュースもあるから一緒にだらだらしようよ」
「だらだらしてるのトアオさんだけですよね? 清潔にはしてるようですが、三食ともお菓子にしてました」
「ヒウタくん行ったの?」
「あ」
 地雷を踏んだヒウタである。
 運ちゃんの目がだんだん蔑むようなものに変わっていく。
 秋の寒さが運ちゃんに冷静さを与えた。夏はどうしても暑くて判断が鈍ってしまうらしい。
「運ちゃん、私は一人暮らし頑張ってるから。ね? 元気出して」
「はあ、無防備だし。そして、ヒウタくんも世話焼きだし。心配だ、二人とも」
「私たちデートしたから!」
「で、進展は?」
「ん? なにそれ、美味しいの?」
 トアオは手元の水を飲む。
「ヒウタくん?」
「運ちゃんさん?」
「まあ何でもいいわ。吊り橋効果で補正されてただけみたい」
「ごめんなさい。……」
 ヒウタは下を向く。
 大皿にピザと円盤状のカッター、それぞれにナポリタン、フォークが運ばれてきた。
 ヒウタがおおよそ六等分に切る。
 そして、自分の取り皿に二切れ置く。
「僕は運ちゃんさんと話してマッチングアプリを使うのをやめました。自分とちゃんと向き合いたいとか、出会いを増やさずにじっくり考えたいことが増えて」
「いいと思うわ」
 運ちゃんが頷くと、ヒウタはピザに集中する。香りを楽しむとスマホで写真を何枚か取る。次に咥えてチーズを伸ばす。咀嚼すると目尻が下がって蕩けた表情になる。
 トアオは運ちゃんの耳元で囁く。
「私もう一押し、かな?」
「トアオちゃん、いつの間にぐいぐいと」
「運ちゃんはどうするの?」
 二人はヒウタに聞こえない声で話しを進めた。
「あたしはまずはいろいろ挑戦することにした。恋をするには出会いだけじゃなくて自分磨きも大事だって思ったから。だからその、譲った。磨いた後にちゃんと恋する」
「未練は? 私、いいの?」
「未練どころじゃないから。あたしは一歩引いとく。頑張りなよ、あたしの親友」
 運ちゃんはトアオの頭を撫でる。
 運ちゃんは遠くを見つめるような視線で窓の外を見る。
 トアオはそれに気づくと拳を強く握る。
「その通り。私が勝つ! って言ってもヒウタさんは冗談だと思ってるかもだけど」
「かもね。あたしも分からないわ」
「うん、けど頑張ることに変わりない。私はヒウタさんが好きだから」
「恋する乙女? あたしがかわいくなる魔法教えようか。といっても十分かわいいと思うけどね」
 運ちゃんはトアオの耳元で話す。
 ピザを一通り味わったヒウタはトアオの目をじっと見る。
 二人でこそこそ話すものだから興味が出た。
 運ちゃんは大皿からピザを取ってそのまま齧る。
「あ、美味しい」
「だろだろ、僕も驚いたから」
「トアオちゃんもほら!」
「あ、本当に美味しい。大当たりだ、来て良かった」
「そうそう、ナポリタンも格別だぞ。これが平和か、しみじみ。生きてて良かった」
「私はどうせパーツ集めするつもりだったから。手伝ってくれたのがヒウタさんで良かった、助かった、生きて使命を全うできた」
「良かった。君を助けることができて」
 ヒウタはトアオに微笑む。
 運ちゃんは息を吸って吐いた。
「ほらほらイチャつくな! あたしが残りのピザも食べてやる!」
「私のだから」
「だったらもう一個頼む? 僕が奢るから」
「え、ヒウタさんが払うなんて。私が払うよ」
「トアオちゃん言ったな! 全額奢りか?」
「運ちゃんは私の部屋掃除してくれるならね」
「ヒウタくんは?」
「ヒウタさんはなんでもいい、けど奢るよ」
「どうして、トアオちゃん」
「え、それは、ええと、命の恩人だからです!」
「あ、ケチだね。言いたいことは言わないと!」
「いじわる」
「流石親友同士、本当に仲がいいな、いいもの見たし僕が奢ろうか?」
「ヒウタさんが奢るなら私が出します。命懸けの旅は私のせいだし」
「あたしも命懸けの旅だったけど? どうしてトアオちゃんはヒウタくんだけなの?」
「トアオさんと運ちゃんさんは仲良いな!」
 三人は結局トアオの奢りでピザを追加した。
 店を出ると冷え込んだ風が三人を包む。
 照りつくような太陽も、足を焼くようなアスファルトも、汗を催促する風もない。
 駅でヒウタは二人と分かれる。
 トアオから一通のメールが来た。

『また会いましょう』

 ヒウタは嬉しくて頬が緩んでしまう。
 メッセージ画面を閉じようとすると、つい履歴が見えてしまう。
 そこには懐かしいメッセージがあった。
『私はあなたが怖い』
 ヒウタは手が冷たくて手袋をした。
 吐いた息は白い。ただ煙はすぐに消える。
 秋が来た。
 だが既に冬の足取りを感じる。
 と同時に確かに夏は存在し終わっていることを意識する。
 



 これは外気が寒さを覚えるまでの晩夏の物語、そして一人の少女の一つの恋が終わるまでの物語である。
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