規約違反少女がマッチングアプリで無法すぎる!

アメノヒセカイ

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7章 のんびり少女が悠長すぎる!67~89話

その15 ヒウタと宴

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 回転寿司店で夕食を食べることになった。
 トアオと運ちゃんが隣同士で、向かいにヒウタが座っている。
 ヒウタは粉茶を湯呑みに入れて、レーン側にある蛇口からお湯を注ぐ。
 トアオはタッチパネルを手元に置いた。
「水、二人分よろしく」
 運ちゃんはパッチパネルを覗く。
「僕もかな。お茶熱いし」
「みんな猫舌なんだ」
 トアオは微笑む。
 ヒウタがコップを三つ運んできた。
 テーブルには脂の乗ったマグロの握りが三皿置いてあった。一皿二貫でワサビと醤油はテーブルに置いてあるものを使うらしい。
「始めはマグロ! だよね、トアオちゃん」
「その通り。これを食べてから各々好きな物を頼もう」
 ヒウタは小皿に醤油を入れてワサビを溶かす。
 視線を感じた。
「運ちゃんさん?」
「変わってるでしょ。あたしたちシャリの上に一度ワサビ置くけど?」
 運ちゃんは握りを醤油に浸けて口の中に放り込む。
 うっとりとした表情を見せる。
 続いてトアオも。
 頬に手を置いて幸せそうだ。
「あ、美味しい」
「次はタコの唐揚げにきつねうどん、ショートケーキとオレンジジュース。天むすも食べたい」
 トアオは素早い手捌きで次々と注文していく。目にも留まらぬ早さだった。
「回転寿司ってお祭りみたいだよね。食べたいものが食べられる。あたしは貝汁でも頼もうかしら? ヒウタくんは?」
「ネギトロ巻き、鉄火巻き、イカ握り、タコの握りも。祭りらしいので食べます」
「そうそう、あたしたちはいつ死ぬか分からないからねえ」
「なんて不謹慎な!」
 料理がレーンを流れてくる。ヒウタとトアオで受け取ってテーブルへ。既にテーブルに皿を置く余地が無くなった。
 トアオがタコの唐揚げに付属のレモンをかける。酸味が鼻を抜けて舌まで伝わる。つい涎が滲み出てしまう。衣のこんがりとした香ばしさが追い打ちをかける。
「あとでキスする?」
「ええ、え?」
 理解ができなかった。
 トアオはヒウタの目をじっと見る。
「いいけど、ヒウタさん部外者なのに頑張ってきた。今は食事中だからその後だけど」
 トアオの唇はマグロの切り身のように光沢があった。
トアオの丸々とした瞳がヒウタを捉え続ける。
ヒウタは逃げるように鉄火巻きを葉巻のように咥えた。
「ほらほら大チャンスだぞ、ヒウタくん。あたしはモテるからかわいいのは間違いないけど、トアオちゃんは街中で人の足を止めるような美少女だからね。小柄だけど高身長じゃないと! って人でなければ誰もが欲しがる美少女。それでもキスをしない?」
「しませんよ、どうしてもキスをしたい男みたいに」
「そう。茶碗蒸し食べよ」
 トアオの目線がヒウタから離れた。
 ヒウタはトアオに言葉を掛けようとして、声になる前につぐむ。
ヒウタは箸を持ってイカ握りを頬張る。プルッとした食感、滑らかな舌触り。すぐに一皿分の二貫を完食した。
「暗いね、宴なのに」
 運ちゃんが悲しそうに言う。
「うん、すべてヒウタさんのせい。もうキスはしない、無報酬で」
 トアオは俯いて、ショートケーキをスプーンで食べる。
 スプーンがスポンジを切ろうとすると、ケーキ全体がスプーンの先に向かうように歪曲する。一口サイズに切れると、元に戻ろうと勢いづいて横たわる。トアオは続く一口でスポンジだけを取った。
「怒ってるね、トアオちゃん。その気持ち分かるよ。イライラするとケーキ倒しちゃう気持ち」
 そっちかよ! とツッコミたくなったヒウタだが空気を読んで控えた。
 トアオがケーキを食べ終えると茶碗蒸しが運ばれてきた。
 ヒウタはトアオの手元にあるタッチパネルに手を伸ばす。
 始めは目を合わせないトアオだったが、諦めてヒウタに渡す。
 ヒウタは遠慮がちに受け取っていなり寿司を頼んだ。
 ヒウタがタッチパネルをトアオに渡すと、トアオは顔を上げた。
「ごめんなさい。けど私にとってもファーストキスなのに汚物みたいに嫌がらなくても」
 トアオは泣き出してしまった。
 ヒウタにとって想定外でテーブルにあるお手拭きの袋を渡そうとする。
 テーブルの端にティッシュ箱を見つけて、お手拭きの代わりに何枚か摘まんで渡した。
「そういうことじゃないからトアオさん。僕の問題だから。トアオさんが魅力的で綺麗な人なのは分かっているけど、ちゃんと好きでキスしたいでしょ?」
「けど、マッチングだし、二回目のデートだし、獣みたいな目でキスさせていただきたいです! って土下座くらいじゃないと、私が魅力ないみたい」
 ……、ん?
 ヒウタは分からなかった。自分の常識が間違っているのかとか、トアオの考えが分かる言動をどこかでしていたのか考えた。目の前で笑いすぎて泣いている運ちゃんを見れば、ヒウタの考えが間違っているわけでも無さそうだ。
「あはははは、トアオちゃん面白い」
「面白くない」
 トアオは即答した。
「私、二回目のデート人生初だから。マッチングアプリは使ってるけど初めてだった。ヒウタさんも私が哀れだって思ってる?」
 一滴の涙。
 ヒウタが気づいたときにはもう遅かった。
 トアオは止まらない涙を握り拳で拭い続ける。右手、左手、右手、左手。
 一瞬見えた目がひどく赤い。
「トアオさん、僕は、……」
「私先に休む。車で休むから」
 トアオさんは寿司屋から出ていった。
 テーブルを見るとトアオが頼んだ皿はすべて綺麗になっていた。
 運ちゃんはヒウタの肩をポンと叩く。
「女心って難しいよね。特にトアオちゃんはあたしでも分からないことがあるから。トアオちゃんはさ、少しは素直になったつもりだよ?」
 運ちゃんは甘エビをシャリから離して醤油に浸けて食べる。
 箸で器用に殻を出して空いた皿に乗せた。
「あれでもね、機械なら器用なのに対人となると超不器用。トアオちゃんと喧嘩してヒウタくんに怒られて、あたしは気づいた。トアオちゃんだってあたしを心配してたこと。それにあたしだけに頼らないように友達も恋人も必死に探してたこと。トアオちゃんは『怠惰』って言われるような性格じゃないけど強いて言うなら」
 ヒウタの心臓が鳴った。
 運ちゃんはヒウタの肩に手を置いて下を向く。
「強いて言うなら怖くて怖くて何度も負けてきた。人間が怖いから対面の当日に布団から出られなくなって、自作の人工知能に考えさせてもどうしていいか答えが出なくて、ようやく家を出て何時間を遅刻して集合場所へ。けどさ、一回だけ笑顔だった、分かる?」
 運ちゃんの手が熱を籠っていく。
「ヒウタくんがトアオちゃんを見つけてくれたあの日だけは本当に嬉しそうだった。上手く時間に間に合わせて会うことは何度か会った。でも勇気が出なくて何度も出会えなかったのにヒウタくんが見つけてくれたって、会ったことがない私を信じてくれたって幸せそうだった。友達で十分だから、あたしの親友を傍に置いてくれない?」
 涙が溢れる運ちゃん。
 ヒウタは肩に乗った手を下ろしてお茶を呷る。
 そのぬるさがすっと喉を駆ける感覚。
「やっぱりトアオさんのこと大好きなんですね」
「何年親友だと思ってる?」
「トアオさんも運ちゃんさんのこと大好きです」
「それは分かる。あたしたちはそういう仲だから」
「喧嘩したくせに」
「うるさい。食べたなら車に戻るぞ。トアオちゃん泣いちゃったからあたしがよしよししてやる」
「分かりました」
「なら走れ!」
「乱暴な」
「ヒウタくんが泣かせたんだからな」
 会計を済ませて車に戻った。
 扉を開ける。
 ……、あれ。
 ヒウタは周りを見渡す。
「トアオさん?」
 運転席に座る運ちゃんを見ると青ざめていた。
「あ、ああ」
「運ちゃんさん?」
 運転席を覗くと、運ちゃんが右足のスニーカーを膝に乗せているのが見えた。
 え?
 いや、そういうことか?
 これって。
 違う、いやその可能性しかない。
 運ちゃんがエンジンを点けてハンドブレーキを下ろすが一向に進まない。
 ただヒウタの眼も光を失っていた。
「ト、トアオさんはトイレですかね? 結構緊急だった、みたいな、そんなわけないか」
 ヒウタは頭を抱える。しかし考えがまとまらない。
「あたしが車に戻るのを引き留めれば良かった。くそ」
 運ちゃんは再びハンドブレーキを上げた。
 そして激しく頭を掻く。
「トアオちゃんが誘拐された、ちゃんと敵だろうな」
「僕もそうは思うんですけど」
 信じられない。
 運ちゃんは助手席を指差した。
 そこには大きなクリオネ型のメカが転がっている。
「車が半ドアだった。そして『ふぉーている』が雑に置かれている。トアオちゃんがこの旅で勝利条件といった『ふぉーている』を雑に置くわけがない、しかも半ドアの車内で。あたしの親友は誘拐された」
 運ちゃんはうずくまった。
 ヒウタは放心状態だ。
 もしもう少しでも警戒していたら、運ちゃんは自分を責めていた。

 


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