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6章 恋の価値が重大すぎる!48~66話
エピソード8 またいつかは
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「結局振られて。一体恋は何やらと」
『さあな。タケシロ、頑張ったな』
「多少は頑張ってたと思いたい」
マッチングアプリの機能を経由して、トウヤはシュイロと通話していた。
話をしたい、トウヤは思った。
シュイロが忙しい合間を縫って応えたのは、シュイロが世話焼きだからだ。
『してやられたな。香水の匂いがバレて、それで振られたのか』
トウヤは自室から電話をしていた。
布団の上に水の入ったペットボトルを置いて。
バイトから帰って時間があったのだ。
飲み切れなかったペットボトル。
振られたことは致命傷ではないと思いたい。
それでも暑い夏、五百ミリリットルの水を余らせてしまうなら平気ではない。
汗は出る。
熱が体中にこもって。
たぶんそろそろ水分を摂らないと危険だ。
そう思って無理やり飲み込む。
大丈夫ではない。
「仕方ないとは思っています。罰が当たったので。あれほど人を傷つけてきた。この罰はそれなりにきついですね」
『そうか』
「ただあんなにも仲良くて心地良かったにも関わらず香水に気づいて、急に人が変わった気がして。カエデさんの隣が居場所ではなくなった感覚と、もう関係は終わったという感覚が輪郭を帯びて。血管が詰まって爆発するってくらい苦しくて」
『なら罰かもな』
「本当にあなたは変です。アプリに損失を与えた僕の話を聞いてくれる」
『これからに生かせるかもな、それだけ』
「次は僕みたいな人は速攻退会、それか始めから入会許可を出さない。それがいい」
トウヤは水を飲む。
電話の向こうからクスッと笑い声が聞こえた。
『恋愛セミナーでも考えるか。恋が分からない人がいても大丈夫なように』
「意味ありますか? 実践しないと分からないことばかりで」
『どうだろう。タケシロ、恋をして傷つけて傷ついて何か分かったか?』
トウヤは黙る。
深呼吸をして。
「みんなも僕も必死だったなって。運命って期待して、何よりも大事にして。おかしな判断を繰り返して。自分が自分ではない気がしてしまう。結構重大なもので」
『結婚して添い遂げることを考えると、友人よりも遅く出会うことだって少なくないのに遥かに長い時間を過ごす。必死になって当然、それほど重大なんだ』
「そりゃ、恋活アプリに興味を持つ人も少なくないですね」
『その通りだな。なあ、人間は好きか?』
トウヤは心を透かされた気がした。
ただあまりにも滑稽な質問をするものだから真剣に答えるべきか迷ってしまう。
シュイロは本気だろうから。
「少し苦手になった。けど少し分かることが増えた」
『そうか』
「怖いな、羨ましいなって。何が好きかどうしてあの人が良いのか、突き詰めるとすぐに分からなくなってしまって。でも心の隅にこびり付いてる。一生何かは忘れ切れなくて、そのすべてを背負ってまた人と交流する。意外と難しい気がして」
『また恋をしたいか?』
「流石に今は怖いばかり。でも楽しかったから。これくらいの痛みなら乗り越えたいから。乗り越える自信があるわけではないけど」
トウヤは笑う。
「またいつかは。いつかは絶対人を好きになったり好きを求めたりして。そういう生き方も悪くないから。僕にとって大事な人を見つけて。また運命なんて決めつけたがるんだろうなって」
『なんとかなりそうだな』
「もちろん、あなたの恋活アプリが使えるならまた。年齢制限もあるので分かりませんが」
『そうだな。私も乗り切ったら年齢制限のないアプリにするか社会人用を別に作るか考えようかな』
「何を乗り切るんですか?」
『好きだった人、大事にした人、引き摺ってしまう人。私にも一人くらいいるからな。なんて話しすぎた。誘導されるなんて不覚!』
「自爆ですよ。変な人」
『ははは、そうだな。タケシロ』
冷静な口調。
改まった様子。
「?」
『君のこれからの出会いが君にとって良いものでありますように』
トウヤは頭を掻く。
「あなたはお人好しです」
通話を終える。
痛みから逃れたわけではない。
この傷は罰だ。
それでも自分の先の未来に期待しよう。
あのお人好しの願いを、祈りを無下にはできない。
「描くか」
パソコンを立ち上げる。
液晶タブレットの電源を入れて。
ペンをタブレットに乗せる。
トウヤの瞳には苦しさがあった。
その痛みはいつ治るだろうか、そもそもいつか治るのだろうか。
しかしトウヤは絶望しない。
この失恋は致命傷ではない、それは間違いない。
恋の重大さを知った、それでもすべてを理解した気にはなれない。
「うん、この構図で」
芝生で転がる二人の男女。
男性も女性も中性的に見える。
手を繋いで。
青い空をのんびりと眺めている。
「またいつかは、恋をしようか」
レイヤーを加えて。
トウヤはさらに描き込んでいった。
『さあな。タケシロ、頑張ったな』
「多少は頑張ってたと思いたい」
マッチングアプリの機能を経由して、トウヤはシュイロと通話していた。
話をしたい、トウヤは思った。
シュイロが忙しい合間を縫って応えたのは、シュイロが世話焼きだからだ。
『してやられたな。香水の匂いがバレて、それで振られたのか』
トウヤは自室から電話をしていた。
布団の上に水の入ったペットボトルを置いて。
バイトから帰って時間があったのだ。
飲み切れなかったペットボトル。
振られたことは致命傷ではないと思いたい。
それでも暑い夏、五百ミリリットルの水を余らせてしまうなら平気ではない。
汗は出る。
熱が体中にこもって。
たぶんそろそろ水分を摂らないと危険だ。
そう思って無理やり飲み込む。
大丈夫ではない。
「仕方ないとは思っています。罰が当たったので。あれほど人を傷つけてきた。この罰はそれなりにきついですね」
『そうか』
「ただあんなにも仲良くて心地良かったにも関わらず香水に気づいて、急に人が変わった気がして。カエデさんの隣が居場所ではなくなった感覚と、もう関係は終わったという感覚が輪郭を帯びて。血管が詰まって爆発するってくらい苦しくて」
『なら罰かもな』
「本当にあなたは変です。アプリに損失を与えた僕の話を聞いてくれる」
『これからに生かせるかもな、それだけ』
「次は僕みたいな人は速攻退会、それか始めから入会許可を出さない。それがいい」
トウヤは水を飲む。
電話の向こうからクスッと笑い声が聞こえた。
『恋愛セミナーでも考えるか。恋が分からない人がいても大丈夫なように』
「意味ありますか? 実践しないと分からないことばかりで」
『どうだろう。タケシロ、恋をして傷つけて傷ついて何か分かったか?』
トウヤは黙る。
深呼吸をして。
「みんなも僕も必死だったなって。運命って期待して、何よりも大事にして。おかしな判断を繰り返して。自分が自分ではない気がしてしまう。結構重大なもので」
『結婚して添い遂げることを考えると、友人よりも遅く出会うことだって少なくないのに遥かに長い時間を過ごす。必死になって当然、それほど重大なんだ』
「そりゃ、恋活アプリに興味を持つ人も少なくないですね」
『その通りだな。なあ、人間は好きか?』
トウヤは心を透かされた気がした。
ただあまりにも滑稽な質問をするものだから真剣に答えるべきか迷ってしまう。
シュイロは本気だろうから。
「少し苦手になった。けど少し分かることが増えた」
『そうか』
「怖いな、羨ましいなって。何が好きかどうしてあの人が良いのか、突き詰めるとすぐに分からなくなってしまって。でも心の隅にこびり付いてる。一生何かは忘れ切れなくて、そのすべてを背負ってまた人と交流する。意外と難しい気がして」
『また恋をしたいか?』
「流石に今は怖いばかり。でも楽しかったから。これくらいの痛みなら乗り越えたいから。乗り越える自信があるわけではないけど」
トウヤは笑う。
「またいつかは。いつかは絶対人を好きになったり好きを求めたりして。そういう生き方も悪くないから。僕にとって大事な人を見つけて。また運命なんて決めつけたがるんだろうなって」
『なんとかなりそうだな』
「もちろん、あなたの恋活アプリが使えるならまた。年齢制限もあるので分かりませんが」
『そうだな。私も乗り切ったら年齢制限のないアプリにするか社会人用を別に作るか考えようかな』
「何を乗り切るんですか?」
『好きだった人、大事にした人、引き摺ってしまう人。私にも一人くらいいるからな。なんて話しすぎた。誘導されるなんて不覚!』
「自爆ですよ。変な人」
『ははは、そうだな。タケシロ』
冷静な口調。
改まった様子。
「?」
『君のこれからの出会いが君にとって良いものでありますように』
トウヤは頭を掻く。
「あなたはお人好しです」
通話を終える。
痛みから逃れたわけではない。
この傷は罰だ。
それでも自分の先の未来に期待しよう。
あのお人好しの願いを、祈りを無下にはできない。
「描くか」
パソコンを立ち上げる。
液晶タブレットの電源を入れて。
ペンをタブレットに乗せる。
トウヤの瞳には苦しさがあった。
その痛みはいつ治るだろうか、そもそもいつか治るのだろうか。
しかしトウヤは絶望しない。
この失恋は致命傷ではない、それは間違いない。
恋の重大さを知った、それでもすべてを理解した気にはなれない。
「うん、この構図で」
芝生で転がる二人の男女。
男性も女性も中性的に見える。
手を繋いで。
青い空をのんびりと眺めている。
「またいつかは、恋をしようか」
レイヤーを加えて。
トウヤはさらに描き込んでいった。
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