51 / 156
6章 恋の価値が重大すぎる!48~66話
その1 ヒウタとメリア
しおりを挟む
早朝まで雨が降っていて。
二人が広場で顔合わせした頃、空はひどく曇っていた。
夏にしては涼しい。
「ヒウタ、どう? 私のお手製サイドテール!」
女性は首元ほどの髪を纏めて、右側に垂らす。
名前は初瀧米利亜。
ロングスカートながら、幼さを感じさせる。
円らな瞳、すらりと整えられたまつ毛。
光沢のある髪は生糸のように滑らかそうだった。
「いいと思う」
「照れちゃって。今日は私がリードするから。メリアって呼んでね」
メリアはヒウタの手を取る。
指と指を絡ませる恋人繋ぎ。
ヒウタは驚くが、その温もりから逃げられない。
「メリアさんは、慣れてます?」
「まさか」
「と言いますと」
「恥ずかしいけど、立ち止まっていても仕方ないので。恋は良い人を取り合う椅子取りゲームなので」
高い声。
耳を優しく撫でるような。
メリアは三つ年上の女性である。
そう考えると落ち着いた雰囲気が大人らしい。
「二人きりになりたいからカラオケ? 嫌とか?」
二人きりになりたいって!
心臓の音が煩わしい。
恥ずかしくなって目線を反らそうとするが定まらない。
「もしかして怖かったりした?」
メリアはヒウタの胸に顔を寄せる。
止まれ、心臓!
ヒウタはうるさい鼓動が恥ずかしくて祈る。
心臓が止まったら死ぬがその祈りの欠陥には気づいていない。
「ねずみって鼓動が早いんだっけ?」
「ねずみ?」
「かわいいでしょ、ねずみって。よくキャラクターに用いられるし」
「かわいいかもですね」
ヒウタは曖昧な返答をしてしまう。
仕方がない、女性への経験値が低いのだ。
「よし、カラオケへ」
「う、うん」
残る温もりから意識が拭えない。
もう自分の体ではないように熱がこもって。
汗が熱湯のようだった。
「ヒウタ、所詮恋人ごっこだよ?」
朗らかに笑う、メリア。
ヒウタは緊張で頭が回らない。
恋人という単語を出されて意識しすぎたか。
それにしても。
身体が重い気がする。
気のせいだろうか?
「カラオケ、もちろんフリータイムで!」
「フリータイム?」
「当然。歌うだけじゃなくて、話したいこともたくさんあるから」
「そっか。まさか歌い続けるのかと思った」
「カラオケは歌う場所だけど、簡単に二人きりになれるでしょ?」
「確かに」
二人きりに拘りすぎている気がする。
恋人ごっこと二人きり。
もしかして金目当て?
女性一人に抵抗できないなんてことあるだろうか?
アキトヨほど強ければ、むしろヒウタでは瞬殺か。
色仕掛けか?
後から怖い人が来る?
ぼったくり居酒屋がトラウマである。
金目当てだったらマッチングアプリを二度と使えないだろうし、人間不信に陥ってもおかしくない。
「歌おっか」
メリアはヒウタにマイクを渡す。
「僕から?」
「何でもかんでもレディファーストだと思ったら大間違いだから」
「思ってないですよ?」
ヒウタはこの雰囲気が楽しいと思った。
初対面とは思えない距離感。
過剰なほどのドキドキ感。
話しやすい環境。
「歌います」
一曲歌う。
メリアは手を叩いて嬉しそう。
歌い終えて。
「ドリンクバー行ってきます」
「私も行く。ほら、恋人ごっこ」
手を繋ぐ二人。
ヒウタはできるだけ自然体を装う。
なんてメリアには気づかれているが。
「私はウーロン茶かな。ヒウタは?」
「手を自由にしていいですか?」
「ケチ」
ケチ?
ヒウタは分からなくて固まる。
メリアはヒウタを見て笑うと手を離す。
「ちょっと注ぎにくかったので」
「ドリンク選んだら繋ぐよ? それだと」
「せめて部屋までは」
ヒウタはコーラにして。
部屋に戻ると、メリアが歌う。
甘美な歌声。
つい魅入ってしまう。
ジュースを飲むことさえも、いくつ曲を歌っているかも忘れて。
「すごい」
感心してヒウタは言葉を紡げない。
メリアはしたり顔でヒウタを見る。
「どう?」
「すごい上手で」
「そんなに褒めて。キスしてほしいってこと?」
「違いますけど?」
「惜しい!」
「惜しいって何ですか?」
「キスの味、知りたくない?」
距離を縮める、メリア。
ピンク色の唇が迫る。
柔らかそうで、キラキラしていて。
「チェックメイト」
ヒウタはカラオケのソファに押し倒されて。
ヒウタの上にメリアが乗る。
メリアは舌をペロッと出した。
「恋は戦争なもので」
メリアの表情がだんだん近づく。
「うぐっ」
腹部が圧迫された衝撃で声が出た。
メリアはソファから立ち上がる。
「もしかして重かった?」
「いや、ちょっと驚いただけで」
「キスしていい?」
「それは早すぎるというか。恋人からというか」
「私、恋人でもいいよ」
「初対面ですけど?」
「そっか。なら次の機会。結構気に入ったしまた会ってくれるよね」
「はい」
メリアは強引な人だった。
しかしキスは諦めたようで。
ヒウタとメリアで交互に歌ったり、一緒に歌ったりした。
カラオケを出て。
「お腹空いたね、何食べる?」
「牛丼かハンバーガー」
答えるヒウタを見て。
メリアはププッと吹き出す。
「隣にいるのが女の子ってこと意識した方がいいよ」
「確かに」
「手を繋いでくれるなら私はどこだっていいわ」
ヒウタは目を瞑って手を差し出す。
その瞬間、頬に温かい感触が。
……、濡れてる?
温かいけどざらざらしてて。
「ぺろっ」
「⁉」
ヒウタは目を開ける。
メリアはウィンクする。
「油断してるから頬舐めちゃった」
強引なメリアの行動に引いてしまうが。
心の中では楽しくなってしまった。
最終的に牛丼を食べて。
「またすぐに会いたい」
メリアの言葉に対して。
ヒウタは否定することができない。
「ちょっとは惚れてくれると嬉しいな」
「金目当てか?」
「こう見えてもお金持ちよ」
「それはそれで怖い」
「女の子に怖いなんて言うなんて」
しかしメリアは笑っていて。
ヒウタはメリアから受け取った温もりを忘れられないまま、家に帰るのだった。
二人が広場で顔合わせした頃、空はひどく曇っていた。
夏にしては涼しい。
「ヒウタ、どう? 私のお手製サイドテール!」
女性は首元ほどの髪を纏めて、右側に垂らす。
名前は初瀧米利亜。
ロングスカートながら、幼さを感じさせる。
円らな瞳、すらりと整えられたまつ毛。
光沢のある髪は生糸のように滑らかそうだった。
「いいと思う」
「照れちゃって。今日は私がリードするから。メリアって呼んでね」
メリアはヒウタの手を取る。
指と指を絡ませる恋人繋ぎ。
ヒウタは驚くが、その温もりから逃げられない。
「メリアさんは、慣れてます?」
「まさか」
「と言いますと」
「恥ずかしいけど、立ち止まっていても仕方ないので。恋は良い人を取り合う椅子取りゲームなので」
高い声。
耳を優しく撫でるような。
メリアは三つ年上の女性である。
そう考えると落ち着いた雰囲気が大人らしい。
「二人きりになりたいからカラオケ? 嫌とか?」
二人きりになりたいって!
心臓の音が煩わしい。
恥ずかしくなって目線を反らそうとするが定まらない。
「もしかして怖かったりした?」
メリアはヒウタの胸に顔を寄せる。
止まれ、心臓!
ヒウタはうるさい鼓動が恥ずかしくて祈る。
心臓が止まったら死ぬがその祈りの欠陥には気づいていない。
「ねずみって鼓動が早いんだっけ?」
「ねずみ?」
「かわいいでしょ、ねずみって。よくキャラクターに用いられるし」
「かわいいかもですね」
ヒウタは曖昧な返答をしてしまう。
仕方がない、女性への経験値が低いのだ。
「よし、カラオケへ」
「う、うん」
残る温もりから意識が拭えない。
もう自分の体ではないように熱がこもって。
汗が熱湯のようだった。
「ヒウタ、所詮恋人ごっこだよ?」
朗らかに笑う、メリア。
ヒウタは緊張で頭が回らない。
恋人という単語を出されて意識しすぎたか。
それにしても。
身体が重い気がする。
気のせいだろうか?
「カラオケ、もちろんフリータイムで!」
「フリータイム?」
「当然。歌うだけじゃなくて、話したいこともたくさんあるから」
「そっか。まさか歌い続けるのかと思った」
「カラオケは歌う場所だけど、簡単に二人きりになれるでしょ?」
「確かに」
二人きりに拘りすぎている気がする。
恋人ごっこと二人きり。
もしかして金目当て?
女性一人に抵抗できないなんてことあるだろうか?
アキトヨほど強ければ、むしろヒウタでは瞬殺か。
色仕掛けか?
後から怖い人が来る?
ぼったくり居酒屋がトラウマである。
金目当てだったらマッチングアプリを二度と使えないだろうし、人間不信に陥ってもおかしくない。
「歌おっか」
メリアはヒウタにマイクを渡す。
「僕から?」
「何でもかんでもレディファーストだと思ったら大間違いだから」
「思ってないですよ?」
ヒウタはこの雰囲気が楽しいと思った。
初対面とは思えない距離感。
過剰なほどのドキドキ感。
話しやすい環境。
「歌います」
一曲歌う。
メリアは手を叩いて嬉しそう。
歌い終えて。
「ドリンクバー行ってきます」
「私も行く。ほら、恋人ごっこ」
手を繋ぐ二人。
ヒウタはできるだけ自然体を装う。
なんてメリアには気づかれているが。
「私はウーロン茶かな。ヒウタは?」
「手を自由にしていいですか?」
「ケチ」
ケチ?
ヒウタは分からなくて固まる。
メリアはヒウタを見て笑うと手を離す。
「ちょっと注ぎにくかったので」
「ドリンク選んだら繋ぐよ? それだと」
「せめて部屋までは」
ヒウタはコーラにして。
部屋に戻ると、メリアが歌う。
甘美な歌声。
つい魅入ってしまう。
ジュースを飲むことさえも、いくつ曲を歌っているかも忘れて。
「すごい」
感心してヒウタは言葉を紡げない。
メリアはしたり顔でヒウタを見る。
「どう?」
「すごい上手で」
「そんなに褒めて。キスしてほしいってこと?」
「違いますけど?」
「惜しい!」
「惜しいって何ですか?」
「キスの味、知りたくない?」
距離を縮める、メリア。
ピンク色の唇が迫る。
柔らかそうで、キラキラしていて。
「チェックメイト」
ヒウタはカラオケのソファに押し倒されて。
ヒウタの上にメリアが乗る。
メリアは舌をペロッと出した。
「恋は戦争なもので」
メリアの表情がだんだん近づく。
「うぐっ」
腹部が圧迫された衝撃で声が出た。
メリアはソファから立ち上がる。
「もしかして重かった?」
「いや、ちょっと驚いただけで」
「キスしていい?」
「それは早すぎるというか。恋人からというか」
「私、恋人でもいいよ」
「初対面ですけど?」
「そっか。なら次の機会。結構気に入ったしまた会ってくれるよね」
「はい」
メリアは強引な人だった。
しかしキスは諦めたようで。
ヒウタとメリアで交互に歌ったり、一緒に歌ったりした。
カラオケを出て。
「お腹空いたね、何食べる?」
「牛丼かハンバーガー」
答えるヒウタを見て。
メリアはププッと吹き出す。
「隣にいるのが女の子ってこと意識した方がいいよ」
「確かに」
「手を繋いでくれるなら私はどこだっていいわ」
ヒウタは目を瞑って手を差し出す。
その瞬間、頬に温かい感触が。
……、濡れてる?
温かいけどざらざらしてて。
「ぺろっ」
「⁉」
ヒウタは目を開ける。
メリアはウィンクする。
「油断してるから頬舐めちゃった」
強引なメリアの行動に引いてしまうが。
心の中では楽しくなってしまった。
最終的に牛丼を食べて。
「またすぐに会いたい」
メリアの言葉に対して。
ヒウタは否定することができない。
「ちょっとは惚れてくれると嬉しいな」
「金目当てか?」
「こう見えてもお金持ちよ」
「それはそれで怖い」
「女の子に怖いなんて言うなんて」
しかしメリアは笑っていて。
ヒウタはメリアから受け取った温もりを忘れられないまま、家に帰るのだった。
0
お気に入りに追加
7
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
3年振りに帰ってきた地元で幼馴染が女の子とエッチしていた
ねんごろ
恋愛
3年ぶりに帰ってきた地元は、何かが違っていた。
俺が変わったのか……
地元が変わったのか……
主人公は倒錯した日常を過ごすことになる。
※他Web小説サイトで連載していた作品です
寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい
白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。
私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。
「あの人、私が
隣の席の女の子がエッチだったのでおっぱい揉んでみたら発情されました
ねんごろ
恋愛
隣の女の子がエッチすぎて、思わず授業中に胸を揉んでしまったら……
という、とんでもないお話を書きました。
ぜひ読んでください。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる