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6章 恋の価値が重大すぎる!48~66話
エピソード1 人を好きになるということ
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初めてのお酒はジュースみたいだった。
とはいえ、甘くて飲みやすい酒を選んだのは自分自身だが。
誕生日が来て二十歳になったらまず一口と思っていた。
でも最近はしんどいことが多くて。
どうしても酔いたくて缶を六つ。
風呂上がりに、二階の自分の部屋で雨を聞きながら。
「たぶんもう、どうにもならないよな」
ベッドに座る。
空になった二つの缶は床に転がっている。
まだ酔いたいのだ。
この青年の名前は、竹白刀矢。
先日、友人と揉めて、その収拾はつかないだろう。
「絶縁だろうな」
酒が進む。
ベッドの横にある勉強机には、液晶タブレットが置いてある。
一枚くらい描こうと思ったが、ラフさえも完成できないのだ。
それだけこの痛みは。
「致命的なんだろうな」
お菓子の袋を開ける。
塩味の効いた一口サイズのせんべい。
甘い酒にはちょっと合わないだろうか。
トウヤは、何度も友人とのメッセージを開く。
大喧嘩の跡。
胸が痛む。
謝ればたぶん戻れるだろう。
メッセージ画面の端に表示された名前。
赤糸未来。
トウヤの親友だった。
「一緒に描いてきた。二人で競いたかった、叶えたかった」
トウヤとミライはイラストレーターを目指すライバルだった。
互いに意見を出し合ったり、集まって一緒に描くこともあった。
しかし、ミライは好きな人ができて。
ミライはだんだんトウヤと過ごす時間を減らして。
彼女ができたと聞いたとき、祝ってやるつもりだった。
ミライはイラストレーターを目指さないと言って、描くイラストの数を大きく減らしていった。
トウヤには分からない、どうして彼女ができたら夢を捨ててしまうとは。
「分からないな」
また一つ缶を転がす。
屋根を滑る雨水がポトンと音を立てて。
勉強机の前に立っても液晶タブレットには触ることができず。
代わりに利き手に缶を。
「一緒に描いてたときの方が長いのに、なんでそんなぽっと出のやつを好きになって、なんでイラスト描かなくなって」
好きな人ができた、そう笑うミライの表情が脳裏にこびりつく。
幸せなんだろうとも思う。
それはちゃんと分かる。
でも恋の価値が、優先順位がどうしてそんなに高いのか分からなかった。
「少しは酔った」
飛べそうなふわふわ感。
女の子はいい香りがするらしい。
手は温かいらしい。
すごく魅力的で美しいらしい。
なるほど、イラストにはないものが少なくない。
それでも、どうして。
どうして、あまり話さなくなって。
どうして、会えなくなって。
どうして、イラストを描かなくなって。
どうして、そんなにも楽しそうで幸せそうで。
どうして、つまらない人間になって。
どうして、どうして、どうして。
一人、部屋で泣き崩れるか。
酒のペースが早くなる。
「しんどいこと、多いな」
お菓子の袋は空になって。
雨はちょっぴり弱くなって。
ようやく瞼が落ちてきて。
その隙をどうしても逃したくなくて。
雑にベッドで倒れる。
「そういや、本気で好きになったことないのか。女の子」
アイドルとか女優とか、学校でよくモテる女性とか、可愛いとか綺麗とかそれは分かる。
愛おしいが分からない。
「恋の価値とは。俺が人を好きになったとき、その人をどれだけ愛せるだろう? 生きる上で何が一番大事だろう」
なんて考えすぎてしまうから変に頭が覚醒して。
でも首回りは熱くて。
喉は渇いて。
そのくせ、トイレが異様に近くて。
この夜を越えるなんて不可能な気さえする。
恋はそんなにも悩めるものだろうか?
楽しいものだろうか?
今あるものを捨ててでも続ける価値があるか?
二人の中の友情が崩れて、イラストも描かなくなって、全部めちゃくちゃになっても続ける価値があるのか?
ない、トウヤは確信する。
だからこそ、トウヤはアプリをインストールする。
いや、普段なら気にもしないだろうマッチングアプリ。
初めて飲んだ酒が背中を押してくれる。
良くも悪くも、トウヤはマッチングアプリを始めることにした。
そろそろ。
この夜を向かい撃とう。
頑張ろうとするほど眠気は吹き飛ぶが。
それでも。
日が高く昇るまでは眠っていよう。
それが課題のない夏休みを過ごす大学生の特権だ。
眠るのが一番楽で、しんどくないのだ。
「おやすみ、するか」
空いた缶から、酒の甘くてふわふわさせる魔力。
目を瞑って。
起きたときには、昼を過ぎていた。
頭が重い。
二日酔いというやつか。
リビングに行ってコップに水道水を注ぐ。
水を呷る。
朝食兼昼食、親が残した残飯を。
食えるものを詰めたら、部屋に戻って。
無理やりイラストを作る。
納得できるか、は分からない。
それでも描くしかない。
恋に現を抜かしたミライに釣られて、トウヤまで夢を投げる必要はないのだ。
とはいえ、甘くて飲みやすい酒を選んだのは自分自身だが。
誕生日が来て二十歳になったらまず一口と思っていた。
でも最近はしんどいことが多くて。
どうしても酔いたくて缶を六つ。
風呂上がりに、二階の自分の部屋で雨を聞きながら。
「たぶんもう、どうにもならないよな」
ベッドに座る。
空になった二つの缶は床に転がっている。
まだ酔いたいのだ。
この青年の名前は、竹白刀矢。
先日、友人と揉めて、その収拾はつかないだろう。
「絶縁だろうな」
酒が進む。
ベッドの横にある勉強机には、液晶タブレットが置いてある。
一枚くらい描こうと思ったが、ラフさえも完成できないのだ。
それだけこの痛みは。
「致命的なんだろうな」
お菓子の袋を開ける。
塩味の効いた一口サイズのせんべい。
甘い酒にはちょっと合わないだろうか。
トウヤは、何度も友人とのメッセージを開く。
大喧嘩の跡。
胸が痛む。
謝ればたぶん戻れるだろう。
メッセージ画面の端に表示された名前。
赤糸未来。
トウヤの親友だった。
「一緒に描いてきた。二人で競いたかった、叶えたかった」
トウヤとミライはイラストレーターを目指すライバルだった。
互いに意見を出し合ったり、集まって一緒に描くこともあった。
しかし、ミライは好きな人ができて。
ミライはだんだんトウヤと過ごす時間を減らして。
彼女ができたと聞いたとき、祝ってやるつもりだった。
ミライはイラストレーターを目指さないと言って、描くイラストの数を大きく減らしていった。
トウヤには分からない、どうして彼女ができたら夢を捨ててしまうとは。
「分からないな」
また一つ缶を転がす。
屋根を滑る雨水がポトンと音を立てて。
勉強机の前に立っても液晶タブレットには触ることができず。
代わりに利き手に缶を。
「一緒に描いてたときの方が長いのに、なんでそんなぽっと出のやつを好きになって、なんでイラスト描かなくなって」
好きな人ができた、そう笑うミライの表情が脳裏にこびりつく。
幸せなんだろうとも思う。
それはちゃんと分かる。
でも恋の価値が、優先順位がどうしてそんなに高いのか分からなかった。
「少しは酔った」
飛べそうなふわふわ感。
女の子はいい香りがするらしい。
手は温かいらしい。
すごく魅力的で美しいらしい。
なるほど、イラストにはないものが少なくない。
それでも、どうして。
どうして、あまり話さなくなって。
どうして、会えなくなって。
どうして、イラストを描かなくなって。
どうして、そんなにも楽しそうで幸せそうで。
どうして、つまらない人間になって。
どうして、どうして、どうして。
一人、部屋で泣き崩れるか。
酒のペースが早くなる。
「しんどいこと、多いな」
お菓子の袋は空になって。
雨はちょっぴり弱くなって。
ようやく瞼が落ちてきて。
その隙をどうしても逃したくなくて。
雑にベッドで倒れる。
「そういや、本気で好きになったことないのか。女の子」
アイドルとか女優とか、学校でよくモテる女性とか、可愛いとか綺麗とかそれは分かる。
愛おしいが分からない。
「恋の価値とは。俺が人を好きになったとき、その人をどれだけ愛せるだろう? 生きる上で何が一番大事だろう」
なんて考えすぎてしまうから変に頭が覚醒して。
でも首回りは熱くて。
喉は渇いて。
そのくせ、トイレが異様に近くて。
この夜を越えるなんて不可能な気さえする。
恋はそんなにも悩めるものだろうか?
楽しいものだろうか?
今あるものを捨ててでも続ける価値があるか?
二人の中の友情が崩れて、イラストも描かなくなって、全部めちゃくちゃになっても続ける価値があるのか?
ない、トウヤは確信する。
だからこそ、トウヤはアプリをインストールする。
いや、普段なら気にもしないだろうマッチングアプリ。
初めて飲んだ酒が背中を押してくれる。
良くも悪くも、トウヤはマッチングアプリを始めることにした。
そろそろ。
この夜を向かい撃とう。
頑張ろうとするほど眠気は吹き飛ぶが。
それでも。
日が高く昇るまでは眠っていよう。
それが課題のない夏休みを過ごす大学生の特権だ。
眠るのが一番楽で、しんどくないのだ。
「おやすみ、するか」
空いた缶から、酒の甘くてふわふわさせる魔力。
目を瞑って。
起きたときには、昼を過ぎていた。
頭が重い。
二日酔いというやつか。
リビングに行ってコップに水道水を注ぐ。
水を呷る。
朝食兼昼食、親が残した残飯を。
食えるものを詰めたら、部屋に戻って。
無理やりイラストを作る。
納得できるか、は分からない。
それでも描くしかない。
恋に現を抜かしたミライに釣られて、トウヤまで夢を投げる必要はないのだ。
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