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3章 任された仕事が難題すぎる!12~23話
エピソード4 偶然で
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そろそろ紫外線が気になるものだ。
それは美容を気にする人でなくとも、日に当たった肌がヒリヒリと痛むなら誰でも。
カズサは日傘を差して駅のホームのベンチに座っていた。
目当ての電車の到着時刻よりも余裕を持って準備したところ、十分ほど待つことになった。
利用客の多い駅のホームであれば、冷房のかかった待合室が用意されていることもあるが、カズサが待つホームには待合室はない。
そのため、今踏んでいるアスファルトは目玉焼きができるほど、腰を下ろすベンチは冬場のカイロほど熱い。
カズサが持っているハンディファンは今や若者の必須アイテムになりつつある。
通学については一時間目の講義よりは辛くはないが、昼からであるため日光が見下してくるような高い位置にある。
もう少し早く家を出ても良かったな。
「スマホでも使って待てば来るか」
カズサはスイーツパーティで出会った男性に連絡をする。
他の会話アプリで連絡を取ることも考えた。
しかし、尽くしてくれたシュイロのことを考えると罪悪感が襲う。
マッチングアプリのメッセージ機能も便利ではあるが。
電車がプシュッと音を出して止まる。
扉が開くと、髪が流れる。
冷えた空気が鳥肌を立てる。
カズサは扉近くの端の席に着いた。
背負いバッグを膝の上に置いてタオルを出す。
ホッと息をついて、汗を叩くように拭き取る。
再びスマホを開いて、最近できたカフェやスイーツの店を調べる。
美味しそうなスイーツは見るだけで元気が出るし、マッチング中の男性との話のタネにもなる。
停車して数人乗ってきた。
それから長い間停車はしない。
カズサは夢中になってスイーツを検索していた。
「あ、やっぱり」
低く落ち着いた聞き覚えのある声。
落ち着いたと表現したわりには抑揚が感じられた。
「んん?」
カズサは声が自身に向かっている気がして顔を上げた。
ぶれた焦点がだんだん合う。
優しい瞳、朗らかな笑顔。
カズサよりも頭一つ以上高い身長。
心地の良かった声。
暑がりで、いつも汗で大変そうで。
「カズサちゃん、久しぶり」
カズサの想い人だった。
「弱冷房の、二つ隣の車両に乗ってしまってて。時間ぎりぎりで乗ったから仕方ないけど」
電車が揺れる。
彼はバランスを崩して咄嗟にカズサの側の手すりを掴んだ。
彼の顔とカズサの顔が近づく。
「ごめん、踏ん張れなくて」
「運動神経はいいのに」
「最寄り駅まで時間なかったからバテバテ」
こうして話すのはいつぶりだろうか。
会話アプリで彼の彼女に連絡先を消された以来だ。
「そう、なんだ」
カズサはたどたどしい。
「元気だった? 最近顔合わせしていないから心配で」
連絡先が消されたとは言えないのだろう。
でも彼は昔から鈍感で、分からず屋で、そんなところすら魅力だと思っていた。
「元気だけど、私がこの暑さにでもやられたと思った?」
彼に彼女ができたことで苦しかった時期もあった。
連絡すらできなくて友達という関係の脆さを知った。
強がりでもいいから強く見せることにした。
強がれるだけでもカズサにとって十分なのだ。
「君の方が暑さに弱くて、融けちゃいそうになってより冷房の強い車両に移動してきたんでしょ?」
「言われちゃったな。カズサちゃんが元気で、また話せて良かった。俺も元気にやってるよ。写真投稿アプリ始めたんだ、フォローしていいかな?」
彼は友達百人作るような人で、その百人のために頑張ろうとする優しい人だった。
だから彼がカズサの運命の人だと思ってたし、カズサの友人のキリも似たような考えをして本気の恋をしていたのだ。
写真投稿アプリをフォローしても、そこでメッセージを取り合うのも、それくらいの関係は世の中に転がっているだろう。
好きだった相手なら、まさかキリが言っていた都合のいい関係にはならないが、ライトで浅い関係でも楽しいかもしれない。
会話アプリの連絡先が消されてしまったと友達伝いに聞いてしまったときは、この世の終わりのような気分だったが、今ならメッセージを送り合う友達にまで戻れるかもしれない。
「嫌かな? いろいろあってメッセージ出来なくて寂しかったこともある。大事な友達だったから」
彼は弱い声で言う。
彼は浮気するようなタイプではないことも、今の行動がもしカズサに恋心があったとしたらどれほど残酷なのか気づいていないことも知っている。
それだけ長い時間、カズサは彼に縛られていたのだ。
「私、スイーツが好きでよく投稿してて。スイーツ屋とか同じスイーツ好きばかりフォローしてるから」
「それでもいいから」
途端、おかしくなってしまって、カズサは笑った。
必死すぎるのも、スイーツのコミュニティに一人で入ることも、あまりにも滑稽だ。
そうか。
カズサは憧れる素敵な人よりも一緒に楽しんでくれる人と出会いたかったのだ。
「スイーツ好き?」
「好きだよ、たまに食べるから」
考えなしに、たまにと言ったのだろう。
しかし、その言葉で十分だ。
カズサは目的の駅に着いた。
「私、ここだから」
カズサが言うと、彼が慌てて写真投稿アプリを開く。
反対に、カズサはスマホを背負いバッグにしまった。
「君がどんなに魅力的でも。傷ついてきた不幸な恋愛なら、私には必要ない」
カズサは彼に聞こえるかどうかの声で言った。
残された彼は席に座って、遠ざかっていくカズサを見ていた。
彼がカズサを大切だと思っていたことも、付き合っている彼女を愛しているのも偽りではない。
カズサは改札を出て、乗り換え先のホームに出る。
待ち時間の間、先ほどまで調べていたスイーツ屋のリンクを、マッチングした相手に送る。
『一度だけ行ったことありますよ、すごく美味しいです』
返信が来た。
カズサは続く言葉を考えながら、
到着した電車に乗った。
それから想い人であった彼とその彼女がもめていることを友達伝いで聞いた。
彼が何かの拍子でカズサと会ったことを彼女に話してしまったらしい。
なぜカズサに喧嘩しているかを話したか分からないわけではない。
ただもう関係ないし、カズサのことで揉めたとしても責任を取る必要もない。
「美味しい、もっと頼んでいい?」
スイーツ屋のイートインスペースでカズサが言う。
「僕も食べるつもりだよ?」
その男性はメニュー表を嬉しそうに持つ。
流石に一日のデートで三店舗もスイーツ屋を回るのは厳しいだろう。
余程スイーツ好きの二人でなければ。
それは美容を気にする人でなくとも、日に当たった肌がヒリヒリと痛むなら誰でも。
カズサは日傘を差して駅のホームのベンチに座っていた。
目当ての電車の到着時刻よりも余裕を持って準備したところ、十分ほど待つことになった。
利用客の多い駅のホームであれば、冷房のかかった待合室が用意されていることもあるが、カズサが待つホームには待合室はない。
そのため、今踏んでいるアスファルトは目玉焼きができるほど、腰を下ろすベンチは冬場のカイロほど熱い。
カズサが持っているハンディファンは今や若者の必須アイテムになりつつある。
通学については一時間目の講義よりは辛くはないが、昼からであるため日光が見下してくるような高い位置にある。
もう少し早く家を出ても良かったな。
「スマホでも使って待てば来るか」
カズサはスイーツパーティで出会った男性に連絡をする。
他の会話アプリで連絡を取ることも考えた。
しかし、尽くしてくれたシュイロのことを考えると罪悪感が襲う。
マッチングアプリのメッセージ機能も便利ではあるが。
電車がプシュッと音を出して止まる。
扉が開くと、髪が流れる。
冷えた空気が鳥肌を立てる。
カズサは扉近くの端の席に着いた。
背負いバッグを膝の上に置いてタオルを出す。
ホッと息をついて、汗を叩くように拭き取る。
再びスマホを開いて、最近できたカフェやスイーツの店を調べる。
美味しそうなスイーツは見るだけで元気が出るし、マッチング中の男性との話のタネにもなる。
停車して数人乗ってきた。
それから長い間停車はしない。
カズサは夢中になってスイーツを検索していた。
「あ、やっぱり」
低く落ち着いた聞き覚えのある声。
落ち着いたと表現したわりには抑揚が感じられた。
「んん?」
カズサは声が自身に向かっている気がして顔を上げた。
ぶれた焦点がだんだん合う。
優しい瞳、朗らかな笑顔。
カズサよりも頭一つ以上高い身長。
心地の良かった声。
暑がりで、いつも汗で大変そうで。
「カズサちゃん、久しぶり」
カズサの想い人だった。
「弱冷房の、二つ隣の車両に乗ってしまってて。時間ぎりぎりで乗ったから仕方ないけど」
電車が揺れる。
彼はバランスを崩して咄嗟にカズサの側の手すりを掴んだ。
彼の顔とカズサの顔が近づく。
「ごめん、踏ん張れなくて」
「運動神経はいいのに」
「最寄り駅まで時間なかったからバテバテ」
こうして話すのはいつぶりだろうか。
会話アプリで彼の彼女に連絡先を消された以来だ。
「そう、なんだ」
カズサはたどたどしい。
「元気だった? 最近顔合わせしていないから心配で」
連絡先が消されたとは言えないのだろう。
でも彼は昔から鈍感で、分からず屋で、そんなところすら魅力だと思っていた。
「元気だけど、私がこの暑さにでもやられたと思った?」
彼に彼女ができたことで苦しかった時期もあった。
連絡すらできなくて友達という関係の脆さを知った。
強がりでもいいから強く見せることにした。
強がれるだけでもカズサにとって十分なのだ。
「君の方が暑さに弱くて、融けちゃいそうになってより冷房の強い車両に移動してきたんでしょ?」
「言われちゃったな。カズサちゃんが元気で、また話せて良かった。俺も元気にやってるよ。写真投稿アプリ始めたんだ、フォローしていいかな?」
彼は友達百人作るような人で、その百人のために頑張ろうとする優しい人だった。
だから彼がカズサの運命の人だと思ってたし、カズサの友人のキリも似たような考えをして本気の恋をしていたのだ。
写真投稿アプリをフォローしても、そこでメッセージを取り合うのも、それくらいの関係は世の中に転がっているだろう。
好きだった相手なら、まさかキリが言っていた都合のいい関係にはならないが、ライトで浅い関係でも楽しいかもしれない。
会話アプリの連絡先が消されてしまったと友達伝いに聞いてしまったときは、この世の終わりのような気分だったが、今ならメッセージを送り合う友達にまで戻れるかもしれない。
「嫌かな? いろいろあってメッセージ出来なくて寂しかったこともある。大事な友達だったから」
彼は弱い声で言う。
彼は浮気するようなタイプではないことも、今の行動がもしカズサに恋心があったとしたらどれほど残酷なのか気づいていないことも知っている。
それだけ長い時間、カズサは彼に縛られていたのだ。
「私、スイーツが好きでよく投稿してて。スイーツ屋とか同じスイーツ好きばかりフォローしてるから」
「それでもいいから」
途端、おかしくなってしまって、カズサは笑った。
必死すぎるのも、スイーツのコミュニティに一人で入ることも、あまりにも滑稽だ。
そうか。
カズサは憧れる素敵な人よりも一緒に楽しんでくれる人と出会いたかったのだ。
「スイーツ好き?」
「好きだよ、たまに食べるから」
考えなしに、たまにと言ったのだろう。
しかし、その言葉で十分だ。
カズサは目的の駅に着いた。
「私、ここだから」
カズサが言うと、彼が慌てて写真投稿アプリを開く。
反対に、カズサはスマホを背負いバッグにしまった。
「君がどんなに魅力的でも。傷ついてきた不幸な恋愛なら、私には必要ない」
カズサは彼に聞こえるかどうかの声で言った。
残された彼は席に座って、遠ざかっていくカズサを見ていた。
彼がカズサを大切だと思っていたことも、付き合っている彼女を愛しているのも偽りではない。
カズサは改札を出て、乗り換え先のホームに出る。
待ち時間の間、先ほどまで調べていたスイーツ屋のリンクを、マッチングした相手に送る。
『一度だけ行ったことありますよ、すごく美味しいです』
返信が来た。
カズサは続く言葉を考えながら、
到着した電車に乗った。
それから想い人であった彼とその彼女がもめていることを友達伝いで聞いた。
彼が何かの拍子でカズサと会ったことを彼女に話してしまったらしい。
なぜカズサに喧嘩しているかを話したか分からないわけではない。
ただもう関係ないし、カズサのことで揉めたとしても責任を取る必要もない。
「美味しい、もっと頼んでいい?」
スイーツ屋のイートインスペースでカズサが言う。
「僕も食べるつもりだよ?」
その男性はメニュー表を嬉しそうに持つ。
流石に一日のデートで三店舗もスイーツ屋を回るのは厳しいだろう。
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