上 下
102 / 108

100話 ヴィヴィオビストロ騒動 ~エックスバーアール管理図から導かれる異常~ 6

しおりを挟む
 公都に到着して宿にチェックインした。
 宿は湖のほとりに建てられており、そこの窓からは公爵の居城が見える。
 湖は人造湖であり、その中央に大きな岩があってその上に城が建っている。
 城は青空と一緒に湖面に写り、その転写された姿は波によって揺らいでいる。
 城と岸を繋いでいるのは一本の橋であり、そこを通る以外は湖を泳いで絶壁と呼べるような垂直の城壁をよじ登るか、空を飛んでいくことになる。
 高位の冒険者であれば可能だろうが、軍隊で攻めるとなると鉄壁の守りを見せてくれることだろう。
 俺の隣ではティーガタも城を見ている。

「城に盗みに入るにしても、あの橋を渡ることになりそうですね。だとしたら、ラパンの変装を見破るためにあそこの橋で検問をしますか?」

 俺は城を見たままティーガタに話しかける。

「いいや、ラパンのことだ。我々が橋で検問をしているとなれば泳いで城を目指すかもしれん。空はやつのスキルでは無理だろうがな。いや、いままで我々に見せたスキル以外を持っている可能性は否定できんから、そう思い込むのも危険か」

「だとすると、どこで待ち構えます?」

「一番いいのは奴が盗もうとしているものの前だな」

「でも、今の時点ではそれはなんだかわかってませんよね」

「ああ。公爵領で一番のたからものと予告してきおったが、それがなんだかわからんからな」

「あ、それってじゃあ必ずしも公爵の居城にあるわけではないんですね」

 俺はその事に気づいてティーガタに訊いてみた。

「確かにその可能性もあるか。しかし、奴の性格からして我々の警備があついところに盗みにくるのは間違いない。例えばこの領地のどこかに金山があったとして、結婚式当日で警備が手薄な金山に盗みに入るのであれば予告状などださんだろうな。他のコソ泥なら警備をさらに手薄にするためにやりそうだがな」

「随分とラパンのことを買ってますね」

「まあな。それくらいでもなければ専属捜査官などおかんよ」

「因みに、他に専属捜査官がいる犯罪者ってなにがあるんですか?」

「王都の犯罪ギルドなんかは複数の捜査官がおる。強盗、誘拐、薬物売買、闇オークションなど手広くやっておるから、一人じゃ手が回らんからな」

「ステラの犯罪ギルドに対して専属捜査官がいないのは、組織の規模が小さいからか」

「地方都市になるとスラムの治安などは犯罪ギルドが取り締まっている場合もあり、完全に排除すると今度は無秩序になるってこともあるからな。上層部はその辺を天秤にかけておるんだ。それに、地方はその土地の領主が強い権力を持っており、王都から捜査官を派遣するにも政治が絡む」

「本当に世の中単純じゃないですね」

「まったくだ」

 その後しばらくは無言で城を眺めていたが、グレイスが呼んでいるとジーニアが伝えに来て、俺とティーガタはグレイスの部屋に行く事になった。
 グレイスの部屋には既に他のメンバーも集まっており、グレイスの前にあるテーブルにはキャシュカイから預かった指輪が置かれていた。

「アルト、この指輪を鑑定してもらえるかしら」

 グレイスに頼まれたので首肯して、指輪を手に取る。

「鑑定も出来るのか?」

 ティーガタは俺の作業標準書のスキルを知らないので、他のジョブのスキルが使える事を知らない。
 ワイバーンとの戦闘でスリープの魔法を使ったのに、指輪の鑑定もするのが不思議なのだろう。

「真似事ですけどね」

 と回答して鑑定を開始する。

「随分と古いですね。魔法文明時代に作られている」

「それにしては綺麗だけど」

 スターレットが俺の手元を覗き込む。

「魔法が付与されているから劣化しにくいんだろうね。対になる指輪が有って、それと一緒に鑑定しないと効果はわからないっていうところまでは鑑定できたよ」

「じゃあ、お姫様はもう一つ指輪を持っていたっていうこと?」

「どうだろうね。でも、キャシュカイがこれしか持っていなかったんだから、もう一つは別のところにあるんじゃないかな。お姫様が二つ持っていたとは限らないよ。鑑定はここまでかな」

 俺は指輪をグレイスに返却した。
 グレイスはそれを受け取ると、眉間に皺を寄せる。

「何かありますか?」

 俺はその意味が理解できずにグレイスに訊ねてみた。

「対になる指輪があって、それを別の人物が所有していたら、この指輪を取り返しにくるんじゃないでしょうか」

 彼女は真剣な顔でそう答えた。

「お姫様を攫った連中が対になる指輪の所有者だったら、お姫様の所持品に指輪が無い事に気づいてあの場所に戻ったとして、そこで指輪が見つからなかった時に我々が所有していると気づくでしょうか?」

 俺の問いに答えたのはティーガタだった。

「連中はこちらの馬車を見ている。所有しているかどうかはわからなくとも、襲って荷物を確認すればいいと考える可能性はあるな。見た感じ荒事には慣れていそうだったから、手荒な手段に出ると思っていたほうがいい」

「最悪指輪を渡せば許してもらえますかね?」

「目撃者は消すのがセオリーだな。あの時は最優先が姫様の身柄の確保だったから、こちらがワイバーンと戦闘になった隙に引き上げたのだろうけど、目撃者は処分しておきたかっただろうからな。ただし、これは連中が指輪の所有者だったとしたらという仮定の話だがな」

「それで合っていると思う」

 そう言って会話に加わってきたのはオルタネータベルトだった。

「ヴィヴィオビストロ公爵は金と銀の指輪を所有していて、公式な行事の時は奥様とそれぞれを指にはめて参加されていたから。その指輪は愛の証で代々受け継がれているっていうのは公爵領なら子供でも知っている話よ」

「となると、伯爵が指輪を取り返しにくる可能性どころか、確定でいいのか。結婚式直前だしね」

 と言って、テーブルの上に置かれた金貨をみて、それだけじゃないんだろうなと思いため息をついた。
 それを見られたのか、シルビアに金貨について訊かれる。

「アルト、こっちの金貨はどうなの?」

「これは道中で話したように何の魔法もかかってない金貨ですね。ただ、普通と言えないのは重量が軽くて贋金とされる基準ぎりぎりだし、流通している金貨と比較して肖像の髭が大きい。でも、目で見ただけじゃそれには気づかないでしょうね」

 ティーガタは金貨を手に取るとじっくりと眺めてからこちらを見る。

「贋金とは言えないが、製造コストは普通よりも軽い分だけ安いか。一枚二枚ならそうでもないが、大量に作っているとしたら差分儲かるな」

「元々の金貨だって、金の比率が下がっていますから、作れば作るほど国が儲かるようになっていますよ。金の地金と同じ価値は無いものに、国家の保証だけで価値を付加していますからね」

 これは地球の歴史を見てもそうだ。
 江戸時代よりも前は金貨は金地金の価値とイコールだったが、江戸時代にはそれが崩れる。
 紙幣も金本位制が崩れてしまってからは、その価値を担保するものは国力しかない。
 日本の一万札の製造原価、紙としての価値には一万円もない。
 日本という国が無くなってしまえば、一万円札は単なる紙でしかなくなる。
 この国でも改鋳によって金貨の金属としての価値は下がってしまった。
 だからこそ、そこに贋金を作って本物と変わらない出来栄えで流通させて、利益を上げる余地が存在してしまうのだ。
 ただ、この金貨が贋金と決まっているわけではないが。

「しかし困ったな」

 ティーガタは金貨をテーブルに戻して、手で顎を触る。

「何が困るんですか?」

「明日にはヴィヴィオビストロシフォン伯爵の元に出向いて、警備計画を立案する為に城の中を見せてもらおうと思ったのだが、わしも聖女様と一緒にいたのが知られているだろうから、簡単にはいかんかもしれんな」

「そういうことですか」

 なんだか状況が複雑になってきたな。
 これは無事にステラに帰る事が出来るのだろうか。
 そんな不安がよぎる。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

転封貴族と9人の嫁〜辺境に封じられた伯爵子息は、辺境から王都を狙う〜

HY
ファンタジー
主人公は伯爵子息[レインズ・ウィンパルト]。 国内外で容姿端麗、文武両道と評判の好青年。 戦場での活躍、領地経営の手腕、その功績と容姿で伯爵位ながら王女と婚約し、未来を約束されていた。 しかし、そんな伯爵家を快く思わない政敵に陥れられる。 政敵の謀った事故で、両親は意識不明の重体、彼自身は片腕と片目を失う大ケガを負ってしまう。 その傷が元で王女とは婚約破棄、しかも魔族が統治する森林『大魔森林』と接する辺境の地への転封を命じられる。 自身の境遇に絶望するレインズ。 だが、ある事件をきっかけに再起を図り、世界を旅しながら、領地経営にも精を出すレインズ。 その旅の途中、他国の王女やエルフの王女達もレインズに興味を持ち出し…。 魔族や他部族の力と、自分の魔力で辺境領地を豊かにしていくレインズ。 そしてついに、レインズは王国へ宣戦布告、王都へ攻め登る! 転封伯爵子息の国盗り物語、ここに開幕っ!

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

【心】ご都合主義で生きてます。-商品開発は任せてください。現代知識を使い時代を駆け上る。-

ジェルミ
ファンタジー
現代知識を使いどこまで飛躍できるのか。少年は時代を駆け上る。 25歳でこの世を去った男は、異世界の女神に誘われ転生を選ぶ。 男が望んだ能力は剣や魔法ではなく現代知識だった。 商会を駆使し現代知識を開花させ時代を駆け上る。 ※本作はカクヨム様にも掲載しております。

冒険者ギルド品質管理部 ~生まれ変わっても品管だけは嫌だと言ったのに~

犬野純
ファンタジー
レアジョブにも程がある。10歳になって判明した俺の役職はなんと「品質管理」。産業革命すら起こっていない世界で、品質管理として日々冒険者ギルドで、新人の相談にのる人生。現代の品質管理手法で、ゆるーく冒険者のお手伝い。一番のファンタジーは毎日不具合が出ているのに、客先のラインを停止させない作者の会社。愚痴とメタ発言が多いので、これをベースにもっと小説のような作品を書くことにしました。こちらは同業者の方達と同じ辛さを共有できたらいいなと リメイクしたほう。 愚痴少な目。 https://www.alphapolis.co.jp/novel/647631500/829334015

みんなで転生〜チートな従魔と普通の私でほのぼの異世界生活〜

ノデミチ
ファンタジー
西門 愛衣楽、19歳。花の短大生。 年明けの誕生日も近いのに、未だ就活中。 そんな彼女の癒しは3匹のペット達。 シベリアンハスキーのコロ。 カナリアのカナ。 キバラガメのキィ。 犬と小鳥は、元は父のペットだったけど、母が出て行ってから父は変わってしまった…。 ペットの世話もせず、それどころか働く意欲も失い酒に溺れて…。 挙句に無理心中しようとして家に火を付けて焼け死んで。 アイラもペット達も焼け死んでしまう。 それを不憫に思った異世界の神が、自らの世界へ招き入れる。せっかくだからとペット達も一緒に。 何故かペット達がチートな力を持って…。 アイラは只の幼女になって…。 そんな彼女達のほのぼの異世界生活。 テイマー物 第3弾。 カクヨムでも公開中。

婚約破棄された検品令嬢ですが、冷酷辺境伯の子を身籠りました。 でも本当はお優しい方で毎日幸せです

青空あかな
恋愛
旧題:「荷物検査など誰でもできる」と婚約破棄された検品令嬢ですが、極悪非道な辺境伯の子を身籠りました。でも本当はお優しい方で毎日心が癒されています チェック男爵家長女のキュリティは、貴重な闇魔法の解呪師として王宮で荷物検査の仕事をしていた。 しかし、ある日突然婚約破棄されてしまう。 婚約者である伯爵家嫡男から、キュリティの義妹が好きになったと言われたのだ。 さらには、婚約者の権力によって検査係の仕事まで義妹に奪われる。 失意の中、キュリティは辺境へ向かうと、極悪非道と噂される辺境伯が魔法実験を行っていた。 目立たず通り過ぎようとしたが、魔法事故が起きて辺境伯の子を身ごもってしまう。 二人は形式上の夫婦となるが、辺境伯は存外優しい人でキュリティは温かい日々に心を癒されていく。 一方、義妹は仕事でミスばかり。 闇魔法を解呪することはおろか見破ることさえできない。 挙句の果てには、闇魔法に呪われた荷物を王宮内に入れてしまう――。 ※おかげさまでHOTランキング1位になりました! ありがとうございます! ※ノベマ!様で短編版を掲載中でございます。

辺境領主は大貴族に成り上がる! チート知識でのびのび領地経営します

潮ノ海月@書籍発売中
ファンタジー
旧題:転生貴族の領地経営~チート知識を活用して、辺境領主は成り上がる! トールデント帝国と国境を接していたフレンハイム子爵領の領主バルトハイドは、突如、侵攻を開始した帝国軍から領地を守るためにルッセン砦で迎撃に向かうが、守り切れず戦死してしまう。 領主バルトハイドが戦争で死亡した事で、唯一の後継者であったアクスが跡目を継ぐことになってしまう。 アクスの前世は日本人であり、争いごとが極端に苦手であったが、領民を守るために立ち上がることを決意する。 だが、兵士の証言からしてラッセル砦を陥落させた帝国軍の数は10倍以上であることが明らかになってしまう 完全に手詰まりの中で、アクスは日本人として暮らしてきた知識を活用し、さらには領都から避難してきた獣人や亜人を仲間に引き入れ秘策を練る。 果たしてアクスは帝国軍に勝利できるのか!? これは転生貴族アクスが領地経営に奮闘し、大貴族へ成りあがる物語。

公爵令嬢は父の遺言により誕生日前日に廃嫡されました。

夢見 歩
ファンタジー
日が暮れ月が昇り始める頃、 自分の姿をガラスに写しながら静かに 父の帰りを待つひとりの令嬢がいた。 リリアーヌ・プルメリア。 雪のように白くきめ細かい肌に 紺色で癖のない綺麗な髪を持ち、 ペリドットのような美しい瞳を持つ 公爵家の長女である。 この物語は 望まぬ再婚を強制された公爵家の当主と 長女による生死をかけた大逆転劇である。 ━━━━━━━━━━━━━━━ ⚠︎ 義母と義妹はクズな性格ですが、上には上がいるものです。 ⚠︎ 国をも巻き込んだ超どんでん返しストーリーを作者は狙っています。(初投稿のくせに)

処理中です...