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95話 ヴィヴィオビストロ騒動 ~エックスバーアール管理図から導かれる異常~ 1
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冒険者ギルドの窓口で相談者を待っていると、見慣れぬ若い女性の冒険者がやって来た。
見た感じは駆け出しの剣士といった格好である。
「相談いいですか?」
「はい。って、オーリスか」
彼女は変装したオーリスだった。
「今の私は鉄等級の冒険者、オルタネーターベルトよ。困っているから相談に乗って欲しいの」
いつもと口調が違うのはオルタネーターベルトという女性冒険者を演じているからか。
「内容次第ですね。犯罪の片棒はごめんですよ」
と前置きをしたが、オーリスはどこ吹く風だ。
彼女は相談窓口のカウンターに8枚の金貨を置いた。
「金貨、それも新品に近いですね」
傷が無く黄金に輝く金貨は、使われていないことを物語っている。
「そう。一見なんの変哲もない金貨。でも違和感があるの。全部別の場所から盗み出したのだけど、この違和感の正体がわからなくて」
「盗品の鑑定ならお断りですよ」
「そこをなんとか。なにか大きな事件に繋がりそうな予感がするのよ」
オーリスは金貨を手に取ると、それを俺の手に無理やり握らせてきた。
そして俺の目を見てにっこり笑う。
「どう、何か感じない?」
「オルタネーターベルトの手が温かいです」
「そうじゃなくて。真面目にやってよね」
冗談を言ったら怒られた。
なので、真面目に握った金貨を観察する。
「軽いかな」
「でしょ」
「ちょっと、一個ずつ重量を確認したいんだけど、いいかな?」
「ええ」
オルタネーターベルトの許可を取って、握った金貨を一度カウンターに置く。
そして一個ずつ重量を確認する。
「下限値ぎりぎりか」
この国の金貨の重量は公表されている。
その理由は、改鋳したさいに金の含有量を減らしたので、それが贋金だと人々が騒いだので、それを鎮静化させるために正式な金貨の重量を公表することになったのだ。
因みに、改鋳前は33.0グラムだったものが、現在は20.0~30.0グラムとなっている。
このレンジの広さは金の合金を作る技術が未熟で、金の含有比率にばらつきがあるのに加え、測定に使う秤の精度にもばらつきがあるので、こんな設定になってしまったという経緯がある。
そして、8枚の金貨は全て20.0グラムで出来ていた。
「違和感の正体はこの下限値ぎりぎりになっている重量ですね」
「それで違和感を感じるっていうのが理解できないんだけど」
「確率的にはありえない事が起きているっていえばいいんですかね。例えばですけど、コイントスで裏が20回連続で出たのに、コインはいかさまがされていないっていう状態ですね。いかさました痕跡があれば納得できるのに、それが見つからないので違和感があるのがこれです」
オルタネーターベルトにわかるように説明するとこうなるが、品質管理のツールではエックスバーアール管理図で描かれるグラフで出てくる異常が発生しているときのパターンで説明が出来る。
エックスバーアール管理図とは、製品の寸法や重量の平均値とばらつきを記録している管理図である。
その管理図で見られる異常の種類は複数あって、一つは管理値を外れた測定結果がある。
その他には、9点が中心線に対して同じ側(中心線以上または以下)にある、連続した4点が中央付近の領域から外れたところにあるなど、全部で8個の異常判定ルールが存在する。
この金貨のように公差下限ぎりぎりのものは、間違いなく管理値の外にあり、連続して中央値付近から外れており、中心線に対して同じした側になっているので、異常と判断することになる。
この状態ならば、普段から金貨を扱う人間にとっては違和感があるのは当然だ。
他の金貨と比較する必要もあるので、これだけを見て単純に判断するのはちょっと早いけど。
「有り得ないことが起こっているっていうことね」
「そうなんですけど、他の金貨との比較も必要ですね」
「ここにあるわ」
オルタネーターベルトは別の金貨を取り出した。
俺はそれを受け取ると、重量を測定する。
「25.3グラムですね。明らかに重量が違う」
重量を測定した後は外観の確認だ。
外観を見てから、その寸法を測定していく。
「建国王の肖像の髭の大きさに少し、具体的には235マイクロメートルのずれがありますね。型の作りがわからないから何とも言えませんが、8個の金貨と別で出してもらった金貨では、髭の大きさにずれがあります。8個の金貨での髭のずれはレンジで5マイクロメートルなので、型が違うっていう予想は間違っていないと思いますけどね」
8個の方のばらつきの少なさは異常だな。
金貨はおそらくは鋳造なんだろうけど、そんな加工精度が出るとは思えない。
NC切削でも無理だろうし、プレス加工でも無理だと思う。
「全てにおいて綺麗に整いすぎているということね。これは贋金なのかしら?」
「その結論は出せませんね。重量で判断する限りは本物です。型にしたって国家にひとつしかないという事は無いと思いますよ。だから、出来栄えが違うだけで、どちらも本物だっていう可能性はあります。ただ、何かしらの異常はあるのは間違いないですね」
「そう、それは面白くなってきましたわね」
興奮したのか、オルタネーターベルトの口調からオーリスの口調に戻った。
俺は心配になって忠告する。
「好奇心は猫を殺すっていいますから、あまり首を突っ込まない方がいいですよ。これが正規の物ではないとしたら、そんなことをする連中がまともだとは思えませんから」
「ご忠告痛み入ります。でも、こんなジョブですから、世の中の裏側を覗きたくなるのも仕方ありませんわね。また相談にのってもらいますわ」
そういうと、オルタネーターベルトは席を立って冒険者ギルドを出ていった。
見た感じは駆け出しの剣士といった格好である。
「相談いいですか?」
「はい。って、オーリスか」
彼女は変装したオーリスだった。
「今の私は鉄等級の冒険者、オルタネーターベルトよ。困っているから相談に乗って欲しいの」
いつもと口調が違うのはオルタネーターベルトという女性冒険者を演じているからか。
「内容次第ですね。犯罪の片棒はごめんですよ」
と前置きをしたが、オーリスはどこ吹く風だ。
彼女は相談窓口のカウンターに8枚の金貨を置いた。
「金貨、それも新品に近いですね」
傷が無く黄金に輝く金貨は、使われていないことを物語っている。
「そう。一見なんの変哲もない金貨。でも違和感があるの。全部別の場所から盗み出したのだけど、この違和感の正体がわからなくて」
「盗品の鑑定ならお断りですよ」
「そこをなんとか。なにか大きな事件に繋がりそうな予感がするのよ」
オーリスは金貨を手に取ると、それを俺の手に無理やり握らせてきた。
そして俺の目を見てにっこり笑う。
「どう、何か感じない?」
「オルタネーターベルトの手が温かいです」
「そうじゃなくて。真面目にやってよね」
冗談を言ったら怒られた。
なので、真面目に握った金貨を観察する。
「軽いかな」
「でしょ」
「ちょっと、一個ずつ重量を確認したいんだけど、いいかな?」
「ええ」
オルタネーターベルトの許可を取って、握った金貨を一度カウンターに置く。
そして一個ずつ重量を確認する。
「下限値ぎりぎりか」
この国の金貨の重量は公表されている。
その理由は、改鋳したさいに金の含有量を減らしたので、それが贋金だと人々が騒いだので、それを鎮静化させるために正式な金貨の重量を公表することになったのだ。
因みに、改鋳前は33.0グラムだったものが、現在は20.0~30.0グラムとなっている。
このレンジの広さは金の合金を作る技術が未熟で、金の含有比率にばらつきがあるのに加え、測定に使う秤の精度にもばらつきがあるので、こんな設定になってしまったという経緯がある。
そして、8枚の金貨は全て20.0グラムで出来ていた。
「違和感の正体はこの下限値ぎりぎりになっている重量ですね」
「それで違和感を感じるっていうのが理解できないんだけど」
「確率的にはありえない事が起きているっていえばいいんですかね。例えばですけど、コイントスで裏が20回連続で出たのに、コインはいかさまがされていないっていう状態ですね。いかさました痕跡があれば納得できるのに、それが見つからないので違和感があるのがこれです」
オルタネーターベルトにわかるように説明するとこうなるが、品質管理のツールではエックスバーアール管理図で描かれるグラフで出てくる異常が発生しているときのパターンで説明が出来る。
エックスバーアール管理図とは、製品の寸法や重量の平均値とばらつきを記録している管理図である。
その管理図で見られる異常の種類は複数あって、一つは管理値を外れた測定結果がある。
その他には、9点が中心線に対して同じ側(中心線以上または以下)にある、連続した4点が中央付近の領域から外れたところにあるなど、全部で8個の異常判定ルールが存在する。
この金貨のように公差下限ぎりぎりのものは、間違いなく管理値の外にあり、連続して中央値付近から外れており、中心線に対して同じした側になっているので、異常と判断することになる。
この状態ならば、普段から金貨を扱う人間にとっては違和感があるのは当然だ。
他の金貨と比較する必要もあるので、これだけを見て単純に判断するのはちょっと早いけど。
「有り得ないことが起こっているっていうことね」
「そうなんですけど、他の金貨との比較も必要ですね」
「ここにあるわ」
オルタネーターベルトは別の金貨を取り出した。
俺はそれを受け取ると、重量を測定する。
「25.3グラムですね。明らかに重量が違う」
重量を測定した後は外観の確認だ。
外観を見てから、その寸法を測定していく。
「建国王の肖像の髭の大きさに少し、具体的には235マイクロメートルのずれがありますね。型の作りがわからないから何とも言えませんが、8個の金貨と別で出してもらった金貨では、髭の大きさにずれがあります。8個の金貨での髭のずれはレンジで5マイクロメートルなので、型が違うっていう予想は間違っていないと思いますけどね」
8個の方のばらつきの少なさは異常だな。
金貨はおそらくは鋳造なんだろうけど、そんな加工精度が出るとは思えない。
NC切削でも無理だろうし、プレス加工でも無理だと思う。
「全てにおいて綺麗に整いすぎているということね。これは贋金なのかしら?」
「その結論は出せませんね。重量で判断する限りは本物です。型にしたって国家にひとつしかないという事は無いと思いますよ。だから、出来栄えが違うだけで、どちらも本物だっていう可能性はあります。ただ、何かしらの異常はあるのは間違いないですね」
「そう、それは面白くなってきましたわね」
興奮したのか、オルタネーターベルトの口調からオーリスの口調に戻った。
俺は心配になって忠告する。
「好奇心は猫を殺すっていいますから、あまり首を突っ込まない方がいいですよ。これが正規の物ではないとしたら、そんなことをする連中がまともだとは思えませんから」
「ご忠告痛み入ります。でも、こんなジョブですから、世の中の裏側を覗きたくなるのも仕方ありませんわね。また相談にのってもらいますわ」
そういうと、オルタネーターベルトは席を立って冒険者ギルドを出ていった。
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