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94話 わくらば 13
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デイズルークスが商売を始めてから二か月が経過した。
それでも俺は暇さえあればデイズルークスの仕事を観察している。
「アルト、俺だってもう一人で大丈夫なんだから、いつまでもそうやってついていなくても平気だよ」
デイズルークスにそう言われるが、俺は首を横に振ってそれを否定した。
「初期流動期間は三か月。それを経過して問題がなければ解除する。そうすれば晴れて一人前だよ」
「だから、その『初期流動期間』って意味がわからないんだけど。他の奴らだって独立してから三か月も親方に見られるなんて無いと思うぜ」
デイズルークスは口吻をとがらせる。
初期流動期間とは量産開始後の特別管理期間である。
バスタブ曲線ではないが、量産開始直後は何かと不具合が出るのだ。
それを次工程に流出させないためにも、特別な管理を実施するのが通常である。
特別な管理といっても、検査頻度をあげたりとかダブルチェックの実施、それに作業観察の回数を多くするといったものであり、開発段階で行ったような性能試験をやるようなことは無い。
「それは品質管理に対しての知識が無いからだよ。例えばほら今購入してくれている常連のご婦人」
俺との会話の間にも客とのやり取りを継続しているデイズルークス。
今商品を受け取っているのはこのところ毎日来店してくれる高齢のご婦人だ。
しかし、それが仮の姿であることを俺は見抜いている。
「巷を騒がす怪盗ラパンが変装しているだけだよ」
「えっ!?」
俺が指摘するとご婦人はにやりと笑った。
「あらあら、見破られてしまいましたの」
「何しに来たんですか?まさかラパンともあろうお方が、ここのわずかな売り上げを狙うとも思えませんけど」
正体を見破られてなお余裕な態度のラパンに目的を訊いた。
「そうよね、気になりますわよね。実はここの人気を盗みに来たんですの。何かと評判のお店ですもの、盗んでみたくなるのが怪盗というものですわ」
「アルト、どうしよう……」
ラパンことオーリスが味を盗みに来たと聞いて、デイズルークスがうろたえる。
「心配しなくてもいいよ。簡単には盗めやしないから。その証拠に毎日通ってきているじゃないか。盗めるならとっくに来てないからね」
「御名答。パティシエに変装して相手のところに潜り込むことがあるかもしれないから、一通りのことは出来ると思っていましたけど、見て楽しむところまでは盗めませんでしたわ。その金型をいただければ可能なのですが、それはわたくしの流儀に反しますので」
「ほらね、ただの食いしん坊のいいわけだよ」
俺がそう言うと、デイズルークスは安心したようだ。
だが、気が付いたことがあったようだ。
「何でアルトはラパンを捕まえないの?」
「だって、俺はラパンが本当に盗んだものが何なのか知らないんだからね。ラパンを騙る誰かの可能性だってあるだろう」
オリハルコンを盗られたのはあったけど、あれは犯行といえるか微妙だしなあ。
それに、オーリスは捕まえたら間違いなく処刑される。
彼女には更正してもらいたいので、出来れば捕まえたくはない。
「アルトはわたくしに惚れてますのよ。だから捕まえられるわけありませんわ」
「アルト、スターレット姉ちゃんに言いつけるからな。それに、かなりの年上好きなんだな」
「いや、それは変装したラパンだから実際の年齢とは違うし。ってかそもそもラパンのことは好きじゃないから」
「あらあら、照れなくてもよろしくてよ」
「照れてなんかいません!」
そこは強く否定させてもらう。
オーリスの生い立ちには同情するけど、それと恋愛感情は別物だ。
そういえば、彼女も神による不遇ジョブの被害者か。
出会う順番が違ったらデイズルークスみたいに日の当たる道を歩ませられたかもしれないな。
今となっては怪盗としての過去は取り消せないし、彼女もその運命を受け入れているので、これから何とかしようというのは難しそうではある。
「でも、また明日も来たらどうするのさ?」
心配顔でこちらを見てくるデイズルークス。
「大丈夫だよ。今まで何もしてこなかったし、明日も変装は変えるだろうけど、また買いに来てくれるから。固定客として歓迎してあげないとね」
「そう言われてもなあ……」
「ほら、そんな心配していると標準作業が出来なくなるよ」
デイズルークスは俺の指摘で作業に集中しなおす。
慣れてくればどんな状態でも同じ作業が出来るようになるが、デイズルークスはいまだそのレベルには到達していない。
何か考え事をしていれば、その分作業の精度は落ちてしまう。
これは他の労働者も同じだな。
工場などではお客の工場見学があっただけで、普段と同じ作業が出来なくなってしまう作業者もいた。
こういうのは量産開始前だと中々わからない事で、不良が出て初めて気が付くことでもある。
「あんまり邪魔してもわるいので、それではごきげんよう」
オーリスは一礼すると去っていった。
デイズルークスの作業が通常通りに戻り、いつものようにドラ焼きと客をうまく捌いていく。
「まだまだ初期流動期間を解除するには早いかな」
独り言っぽく小さな声で言ったつもりだったが、デイズルークスの耳に入ったようだ。
「三か月まで行かずにアルトに解除を納得させてみるからな。いつまでもお守りされていたんじゃ、サクラが安心してくれないから」
「どんなの言わなければわからないじゃないか。ひとりでもやっていけるようになったって言えばいいだろう?」
目の前の少年はわざわざ正直にサクラに俺が観察を継続していることを報告しているのかと思ったが、どうやらそれは事情が違ったようだ。
それが次の会話でわかった。
「駄目だよ、スターレット姉ちゃんがサクラにいちいち報告するんだから。ここだと姉ちゃんも必ず立ち寄るから、アルトがいるのを毎回目撃されるんだぜ」
「まあそうだよなぁ」
スターレットも冒険者なので、仕事を受ける時や完了の報告で必ず冒険者ギルドにやってくる。
その入り口の脇で商売をしているのだから、どうやっても目に入るわけだ。
「で、どうやったら早く初期流動期間とやらを解除してくれるんだよ?」
「んー、明日失敗が無ければそれでいいか。異常があってもルール通りに対処できるようになってくれたら、それ以外は標準作業の遵守の確認でいいんだから簡単だろう?」
「簡単って言うなよ。一日中同じことを間違いなく繰り返すって難しいんだぜ」
「わかってるよ。それは痛いほどにね」
励ますつもりで言っただけで、同じ作業を繰り返すのがどんなに難しいのかは身に染みている。
ただし、それが出来れば神の決めつけた運命も変えられるのだから、工場の作業と違ってやりがいはあるんじゃないだろうか。
「チャンスは明日だけ。それで駄目なら三か月経過するのを待つからね」
「その言葉、取り消すなよ」
そして翌日、デイズルークスの初期流動期間は無事解除となった。
三か月と決めたルールを曲げるとは、自分もゆるくなったなあと思いながらも、無事に初期流動期間を乗り切った少年の未来に期待をしてしまう。
さて、彼はサクラと幸せな人生をどれだけあゆめるのだろうか。
それでも俺は暇さえあればデイズルークスの仕事を観察している。
「アルト、俺だってもう一人で大丈夫なんだから、いつまでもそうやってついていなくても平気だよ」
デイズルークスにそう言われるが、俺は首を横に振ってそれを否定した。
「初期流動期間は三か月。それを経過して問題がなければ解除する。そうすれば晴れて一人前だよ」
「だから、その『初期流動期間』って意味がわからないんだけど。他の奴らだって独立してから三か月も親方に見られるなんて無いと思うぜ」
デイズルークスは口吻をとがらせる。
初期流動期間とは量産開始後の特別管理期間である。
バスタブ曲線ではないが、量産開始直後は何かと不具合が出るのだ。
それを次工程に流出させないためにも、特別な管理を実施するのが通常である。
特別な管理といっても、検査頻度をあげたりとかダブルチェックの実施、それに作業観察の回数を多くするといったものであり、開発段階で行ったような性能試験をやるようなことは無い。
「それは品質管理に対しての知識が無いからだよ。例えばほら今購入してくれている常連のご婦人」
俺との会話の間にも客とのやり取りを継続しているデイズルークス。
今商品を受け取っているのはこのところ毎日来店してくれる高齢のご婦人だ。
しかし、それが仮の姿であることを俺は見抜いている。
「巷を騒がす怪盗ラパンが変装しているだけだよ」
「えっ!?」
俺が指摘するとご婦人はにやりと笑った。
「あらあら、見破られてしまいましたの」
「何しに来たんですか?まさかラパンともあろうお方が、ここのわずかな売り上げを狙うとも思えませんけど」
正体を見破られてなお余裕な態度のラパンに目的を訊いた。
「そうよね、気になりますわよね。実はここの人気を盗みに来たんですの。何かと評判のお店ですもの、盗んでみたくなるのが怪盗というものですわ」
「アルト、どうしよう……」
ラパンことオーリスが味を盗みに来たと聞いて、デイズルークスがうろたえる。
「心配しなくてもいいよ。簡単には盗めやしないから。その証拠に毎日通ってきているじゃないか。盗めるならとっくに来てないからね」
「御名答。パティシエに変装して相手のところに潜り込むことがあるかもしれないから、一通りのことは出来ると思っていましたけど、見て楽しむところまでは盗めませんでしたわ。その金型をいただければ可能なのですが、それはわたくしの流儀に反しますので」
「ほらね、ただの食いしん坊のいいわけだよ」
俺がそう言うと、デイズルークスは安心したようだ。
だが、気が付いたことがあったようだ。
「何でアルトはラパンを捕まえないの?」
「だって、俺はラパンが本当に盗んだものが何なのか知らないんだからね。ラパンを騙る誰かの可能性だってあるだろう」
オリハルコンを盗られたのはあったけど、あれは犯行といえるか微妙だしなあ。
それに、オーリスは捕まえたら間違いなく処刑される。
彼女には更正してもらいたいので、出来れば捕まえたくはない。
「アルトはわたくしに惚れてますのよ。だから捕まえられるわけありませんわ」
「アルト、スターレット姉ちゃんに言いつけるからな。それに、かなりの年上好きなんだな」
「いや、それは変装したラパンだから実際の年齢とは違うし。ってかそもそもラパンのことは好きじゃないから」
「あらあら、照れなくてもよろしくてよ」
「照れてなんかいません!」
そこは強く否定させてもらう。
オーリスの生い立ちには同情するけど、それと恋愛感情は別物だ。
そういえば、彼女も神による不遇ジョブの被害者か。
出会う順番が違ったらデイズルークスみたいに日の当たる道を歩ませられたかもしれないな。
今となっては怪盗としての過去は取り消せないし、彼女もその運命を受け入れているので、これから何とかしようというのは難しそうではある。
「でも、また明日も来たらどうするのさ?」
心配顔でこちらを見てくるデイズルークス。
「大丈夫だよ。今まで何もしてこなかったし、明日も変装は変えるだろうけど、また買いに来てくれるから。固定客として歓迎してあげないとね」
「そう言われてもなあ……」
「ほら、そんな心配していると標準作業が出来なくなるよ」
デイズルークスは俺の指摘で作業に集中しなおす。
慣れてくればどんな状態でも同じ作業が出来るようになるが、デイズルークスはいまだそのレベルには到達していない。
何か考え事をしていれば、その分作業の精度は落ちてしまう。
これは他の労働者も同じだな。
工場などではお客の工場見学があっただけで、普段と同じ作業が出来なくなってしまう作業者もいた。
こういうのは量産開始前だと中々わからない事で、不良が出て初めて気が付くことでもある。
「あんまり邪魔してもわるいので、それではごきげんよう」
オーリスは一礼すると去っていった。
デイズルークスの作業が通常通りに戻り、いつものようにドラ焼きと客をうまく捌いていく。
「まだまだ初期流動期間を解除するには早いかな」
独り言っぽく小さな声で言ったつもりだったが、デイズルークスの耳に入ったようだ。
「三か月まで行かずにアルトに解除を納得させてみるからな。いつまでもお守りされていたんじゃ、サクラが安心してくれないから」
「どんなの言わなければわからないじゃないか。ひとりでもやっていけるようになったって言えばいいだろう?」
目の前の少年はわざわざ正直にサクラに俺が観察を継続していることを報告しているのかと思ったが、どうやらそれは事情が違ったようだ。
それが次の会話でわかった。
「駄目だよ、スターレット姉ちゃんがサクラにいちいち報告するんだから。ここだと姉ちゃんも必ず立ち寄るから、アルトがいるのを毎回目撃されるんだぜ」
「まあそうだよなぁ」
スターレットも冒険者なので、仕事を受ける時や完了の報告で必ず冒険者ギルドにやってくる。
その入り口の脇で商売をしているのだから、どうやっても目に入るわけだ。
「で、どうやったら早く初期流動期間とやらを解除してくれるんだよ?」
「んー、明日失敗が無ければそれでいいか。異常があってもルール通りに対処できるようになってくれたら、それ以外は標準作業の遵守の確認でいいんだから簡単だろう?」
「簡単って言うなよ。一日中同じことを間違いなく繰り返すって難しいんだぜ」
「わかってるよ。それは痛いほどにね」
励ますつもりで言っただけで、同じ作業を繰り返すのがどんなに難しいのかは身に染みている。
ただし、それが出来れば神の決めつけた運命も変えられるのだから、工場の作業と違ってやりがいはあるんじゃないだろうか。
「チャンスは明日だけ。それで駄目なら三か月経過するのを待つからね」
「その言葉、取り消すなよ」
そして翌日、デイズルークスの初期流動期間は無事解除となった。
三か月と決めたルールを曲げるとは、自分もゆるくなったなあと思いながらも、無事に初期流動期間を乗り切った少年の未来に期待をしてしまう。
さて、彼はサクラと幸せな人生をどれだけあゆめるのだろうか。
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