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84話 わくらば 3

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「今日から三人でおねがいします」

 スターレットは自分が泊まっている冒険者の宿に帰ると、デイズルークスとサクラを追加することを宿のおばちゃんに告げた。
 カウンターにいるおばちゃんは見た感じ40代のふくよかな女性だ。
 美人という訳ではないが、客商売にはうってつけの愛嬌がある顔立ちである。
 彼女は俺たちを指でさして確認をしてきた。

「四人じゃないのかい?」

「アルトは別よ」

 どうやら俺も勘定に入っていたらしく、彼女としては人数があってないと思って確認をしたようだ。
 まあ、普通はそう思うよなあ。

「でもねえ、三人部屋なんてないよ。あと二部屋追加で使うのかい?」

「そんなにお金に余裕が無いから、今の部屋に三人で泊まるの。でも、この二人には食事を付けて欲しくって」

「あいよ。それじゃあその分の料金が上乗せになるけどいいね。それと、毛布も追加だね」

 おばちゃんは追加料金の計算をはじめる。

「無理を言ってごめんね」

「いいんだよ。失敗続きの冒険者なんかだってお金が無くて、節約のために相部屋にするなんてのはざらにあるからね。どんな事情かはしらないけど、その子らは行く当てもないんだろう?」

「そう。ひとり立ちできるまでは面倒をみないといけなくて」

「随分と長いねえ。スターレットが仕事で長期間いないときはどうするんだい?」

「お金は前払いしていきます。この子たちは連れていくわけにはいかないから」

「だろうね。まあ、無理して稼ごうとしないことだね。スターレットが仕事出来なくなったら、この子達も路頭に迷うことになるからね」

「気を付けるよ。あ、部屋に行く前に食事していきます。こっちは四人分で」

「じゃあ、直ぐに作るからあっちのテーブルで待ってな」

 おばちゃんに言われて宿にある食堂に移動する。
 おばちゃんは厨房へと消えていった。
 ちなみに、サクラは消化器系に異常はないので、食事は特別なものを用意する必要はない。

 四角いテーブルで俺とスターレットが隣りどうしに座り、対面にデイズルークスとサクラが座った。
 座ると同時にデイズルークスが

「いつまでもスターレットに世話になるわけにはいかない。俺、働くよ」

 と言ってきた。
 スターレットはまたお姉さんモードになる。

「働くっていっても何をするの?冒険者にはまだなれないんだから、迷宮で薬草の採取は出来ないし、させないわよ」

 それを聞いたサクラはひどく驚いた。

「デイズルークスが迷宮に。本当なの?」

 問い詰められて、デイズルークスはしぶしぶそれが事実であると認めた。

「危ないじゃない」

「入ってすぐのところだから危なくなんてない!」

 強めの口調で否定するデイズルークスだが、迷宮に危険がないところなんて無い。
 冒険者がモンスタートレインで入り口まで戻ってくることがあれば、当然その前に通る場所にいれば巻き込まれることだってある。
 戦闘能力の無いものが気軽に入れるような場所ではないのだ。
 俺が注意しようかと思ったが、それは出来なかった。
 なぜならば、スターレットが椅子から勢いよく立って、対面のデイズルークスの頬を思いっきりひっぱたいたからである。

「なにするんだよ!」

 叩かれて一瞬呆けていたデイズルークスであったが、すぐにスターレットに文句を言った。

「今のを避けられないような未熟者が、危なくないなんて言わないの!!」

 宿の中に怒気をはらんだスターレットの声が響き渡る。
 幸い、この時間は冒険者の殆どが出払っており、迷惑になるということはない。

「もしも、デイズルークスが迷宮で死んでいたら、サクラはどうなっていたと思うの?」

 と、今度は諭すように優しく語りかける。

「じゃあ、どうすればいいっていうんだよ。サクラの治療にお金がいるんだ。お金を稼ぐ手段なんて、他に思い付かないんだよ!」

 デイズルークスは涙目になって反論した。
 聞き分けの無い子供。
 といってしまえばそうなのだが、こんな子供にそういう運命を背負わせた神は、全能ではないんだろうとしか思えない。
 神が全能ではないのは前世も現世も同じか。
 前世の俺みたいな死に方は、避けようと思えば避けられた。
 それは大人だからだ。
 しかし、こどもが紛争や災害などで死亡することがあるのに、そこに全能の神がいるとするならどういう意図があるのか訊いてみたい。
 宗教に勧誘してくるやつは決まって「神が与えた試練」と言うが、乗り越えられない試練を与えてくるなんてブラック企業と同じだ。
 目の前で泣いている少年も、それを見てオロオロしている病弱な身体となった少女も、今の状況はなんの因果があってのことか。

「アルトがなんとかしてくれるわよ」

「俺?」

 スターレットに解決方法を見つけるように振られたが、いきなりだったので間抜けな声で聞き返してしまった。

「そうよ。デイズルークスが出来る仕事を考えて」

「うーん、そう言われてもねえ。そういえば、デイズルークスのジョブを訊いていなかったね。どんなジョブなの?」

 俺に言われると、デイズルークスは小声でこたえる。

「農夫」

「いや、別に農夫だって恥ずかしいジョブじゃないぞ」

「俺だって、スターレットみたいに冒険者になって大金を稼ぎたかったんだ」

 どうやらデイズルークスは冒険者に憧れており、なおかつ大金が稼げると思っているらしい。
 でも、そんな大金を稼げる冒険者なんて頂点の一握りだし、そこまで到達するのに何年かかるかわかっていない。

「私、そんなに稼いでいないからね。稼いでいたらもっといいところに住んでるわよ」

 スターレットがそう言った時にタイミング悪く、おばちゃんが出来上がった料理を持ってきた。

「ぼろい宿でわるうござんしたね」

「あ、そういうつもりで言ったんじゃないです……」

 ばつの悪そうなスターレットに、デイズルークスとサクラが思わず吹き出してしまった。
 思えばようやく見られた笑顔だったかもしれないな。
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