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75話 犯罪件数のパレート図

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 そして夜。
 俺たちはガゼールの案内で目的の監禁場所へと徒歩で向かう。
 犯罪ギルドから出てすぐの貧民街は、昼にもまして怪しい雰囲気となっている。
 仕事を終えた者たちを待ち構える、酒場に娼館に賭場。
 飲む打つ買うと三拍子揃って、日雇いの多いこの地域の客から、今日の日銭を搾り取ろうという完璧な布陣だ。
 こういうのはどこの世界でも同じか。
 しかし、どの店が安全で、どの店が危険なのか一見にはわからないな。
 そんなことを考えていたら、ガゼールに見透かされたのか

「ギルドの息のかかった安全な店を紹介してもいいんだぜ」

 と言われた。
 しかし、すぐにスターレットが

「アルトはそういういかがわしいお店には行かないよね」

 とブロックする。
 もちろん行くつもりもないので、頷いておいた。
 ガゼールは大袈裟に肩をすくめて

「そりゃ失礼。たしかにこんな美人を二人も連れてちゃ三人目は不要でしょうな。あ、連れ込み宿も経営してやすんで、よろしければご紹介しやすぜ。何回でも元気になる秘薬も用意してあるんで」

 ガゼールはゲヘヘと下衆な笑いをしてみせる。

「アルトにそんなもの必要なかったわよ」

 とシルビアが適当なことを言い返すが、スターレットはそれを真に受ける。

「アルト、まさかシルビアと?」

「いや、神に誓って何もないから」

「兄さん、いつか刺されますぜ」

 ガゼールは爆笑する。
 絶対シルビアが嘘を言ってるとわかってるよね?

 そんな感じで貧民街を抜けて、一般街へと入ってくる。
 明確な区切りや門などはないが、貧民街と比べて明らかに雰囲気が違うのがわかる。
 まず、娼婦が立ってない。
 そして、酔客はいるけどそれを狙う輩や、喧嘩がとても少ないのだ。
 正確な統計など無いだろうけど、犯罪の発生件数は絶対に少ないはずだ。
 ガゼールは俺の心が読めるのか

「ここいらで犯罪が少ないのは、ギルドが店の出店を取り仕切ってるからだ。不健全な店は貧民街にしか出店させてない」

 と教えてくれる。

「でも、ギルドの言うことを聞かない経営者だっていますよね?」

 俺は気になった事を訊いてみた。

「ああ、たしかに出店は止められないが、その後も経営できるかは別問題だな。すぐに店をたたむことになるぜ」

 あー、これは黒塗りの高級車が連日店の前に停車して、客が中に入れなくなるやつか。
 そりゃあ経営は立ち行かなくなるよね。

「治安維持ってのは綺麗事だけじゃないんだぜ。俺たちだって秩序ある状態の方がやりやすい」

「犯罪ギルドへの風当たりが強くならないようにと、実質的な出店許可の権益ですよね」

「ま、そのとおりなんだが、住民にだってメリットはあるだろうよ。領主と衛兵だけじゃ治安は維持できねえ」

 戦後の混乱期を思えばその通りか。
 やくざの取り仕切る闇市とか、安保闘争で警察だけでは手が足りないから、任侠団体に手助けして貰ったりと例がないわけじゃない。
 クリーン作戦と称して自治体や警察が繁華街を締め付けたことがあったが、結局店は地下に潜って営業を続けた。
 その結果、税金は払わなくなるわ、違法店だからと割りきって営業時間やサービス内容が違法になるわで、不の面も出てしまったことがある。

 完全に清らかなどなし得ないなら、秩序ある濁りは許容すべきなのかな。
 品質管理も同様に、判断に悩むような良品と不良品の間のグレーゾーンを、品管が保身のために全て不良品と判断していたら、製造はそのうち相談に来なくなる。
 すると、こちらの知らない品質の製品が出荷されていたりとなるわけだ。
 因果、原因があって結果がある。
 安易に全て不良品と判断することで、後の流出不良につながるというわけだ。

「どう言い繕うと、あんたたちは犯罪者なのよ」

 シルビアの突っ込みににもガゼールは動じない。

「否定はしねえけどよ、犯罪なんて無くならねえんだから、ある程度コントロールできた方が楽だぜ。そっちの兄さんの言葉を借りるなら、犯罪が無くなるまでの暫定対策だよ。ま、恒久対策は無理だろうけどな」

 石川五ェ門の辞世の句みたいなことを言う。
 が、それも真実。
 地球でも歴史を振り返ってみて、犯罪が無くなった事はない。
 法律が無ければ犯罪じゃないというのなら、人が集団生活をし始めた頃は、犯罪はなかったのだろうけど。

 そんなことを言いながら歩いて、今度は高級住宅街に入る。
 ここにくると徒歩の人は一気に減り、かわって馬車の比率が増えた。
 住民は裕福な商人や役人でも上の方の役職、それに貴族たちなので、雰囲気も落ち着いている。
 ただ、ガゼールによれば犯罪はあるのだとか。
 窃盗は金持ちが多いからわかるが、その他に変態趣味の連中が多く、少年少女の誘拐監禁や、行為中に死亡させてしまったりという表にでない犯罪が多いとか。
 金の力でいくらでも握りつぶせるってことだな。
 でも、そんなことを俺たちに話してもいいのか?

「それをあたしたちに解決しろっていうの?そうでもなきゃ、只で情報なんかよこさないでしょ」

 シルビアの質問にガゼールは少し困った顔をする。

「死体の処理も俺たちの仕事だが、こんな仕事をしていても、子供の死体を扱うときは嫌な気持ちになるもんさ。自分の子供と歳が近いと尚更な。貧民街の娼館なら、圧力をかけてなんとでも出来るが、ここらの住民が相手じゃ俺たちは何も出来ねえ。世間からみたらし尿みたいな俺たちも、最低限の線引きはしているつもりだ。俺たちに殺される連中は殺されて当然の奴らだが、子供たちはそうじゃねえ」

 彼らなりの線引きか。
 組織の意見か、ガゼールの考えかはわからないけど。
 なんとなく、ガゼールの考えに思える。

「今さら善行を積んで、天国にでも行くつもり?」

 シルビアの嫌みにガゼールは

「これしきのことじゃ何の足しにもならねえよ。どうせ逝く先は地獄だろうけど、変態どもも道連れにしてえじゃねえか。ま、本当に神様って奴がいるなら、こんな不公平な世の中を作った罪で、真っ先に地獄に堕ちて貰いたいがね」

 とおどけて返した。

 ステラの犯罪白書なんてものは無いが、犯罪の発生件数を地区ごとに集計して、それをパレート図にしたらどうなるだろうか?
 パレート図っていうのは棒グラフと線グラフで出来ている図のことだ。
 左から右に向かって件数を表す棒グラフが低くなっていき、逆に累計の比率を表す線グラフは高くなっていく。
 例えばステラの地区での犯罪件数のパレート図を作るのであれば、貧民街で60件、一般街で30件、高級住宅街で10件という場合に棒グラフはこのならびでそれぞれの件数を描き、線グラフは60%、90%、100%と上がっていく。
 QC七つ道具といわれる手法の一つで、品質の改善に使われる。
 これで何がわかるかといえば、一番問題になっていて、優先して解決すべき項目が明確になるということだ。
 この例でいえば、高級住宅街の犯罪を減らすよりも、貧民街の犯罪を減らす方が効率的であるというわけである。
 ただし、必ずしも一番左の項目から解決しなければならないというわけではない。
 パレート図を使うのは一般的にはQCサークルと言われる社員のボトムアップ活動だ。
 なので解決に必要な予算が膨大になるならば、それは一般社員の手に余るので、解決を後回しにする事だってある。
 解決手段が工場の建て替えだとしたら、そんなものは経営者判断になるので、QCサークルでは荷が重すぎる。

 ただまあ、治安をQC七つ道具を使って改善するような時が来ればやってみたい。
 そこにどんな問題があって、真因は何であり、改善すべきことはと考えてしまうのは職業病か。
 
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