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71話 久し振りの作業
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グレイスと話た翌日、俺はデボネアに洗濯バサミの相談をするため、彼の店に向かうことにした。
冒険者ギルドの職員なので、一度職場に出勤してから外出する旨を伝えて、それからデボネアのところに向かおうとしたら、シルビアに見つかった。
面白そうだから一緒に行くと言われて、シルビアと冒険者ギルドを出ようとしたら、仕事の依頼を確認しに来たスターレットと鉢合わせになる。
スターレットとシルビアの間に見えない火花が見えたので、3人でデボネアのところに行くことになった。
別にシルビアとはなにもないのだけど、シルビアがスターレットをからかうから話が拗れるんだよね。
スターレットは俺の腕を強引に引っ張ると、朝の賑わいの去った通りを進んでいく。
シルビアがからかうように反対の腕を引っ張るので、俺は大岡裁きの子供のようになってしまった。
状況がより悪いのは二人が本気を出すと俺がちぎれるってことかな。
ディアスフェンドネーゼ!
「ちょっと、痛い、痛い」
「痛いっていうのは生きている証拠よ」
小学生みたいなことを言うシルビア。
でも、これ昔は工場の現場でもよく聞いたな。
新人が怪我すると、ベテランがそうやって言うのだ。
怪我をしながら危ない作業は何かを覚えろ、死ななくて良かったなって事なんだけど、行き過ぎたOJTですね。
もう今の時代となってはそんなものはみませんけど。
「アルトも本気を出せばシルビアくらい振りほどけるでしょ!」
こちらは不機嫌なスターレットさん。
まあその通りなんですが、本気を出す訳にもいかないでしょうと言い返したい。
言い返すとまた怒るんだろうけど。
そんなまた裂き状態、いや、実際には腕が裂かれる状態で通りを引きずられる形に。
通行人の視線が痛い。
恥ずかしいなあと思いながら曲がり角に差し掛かった時だ、とても強い殺気を後ろから向けられたのを感じた。
「【障壁】」
魔法でバリアを作ると、直後にバリアに何かが当たった。
振り返るとバリアに刺さったダガーナイフが目に入った。
刃には液体が塗られているが、間違いなく毒だろうな。
殺すつもりで投げたダガーナイフに、鎮痛剤は塗らないだろう。
何かが飛んでくる気配がしたので、飛んで躱したら通行人に当たる可能性があったから、バリアで受けたのだ。
判断を間違えなくて良かった。
バリアにダガーナイフが当たったことで、シルビアが真顔になって最初に俺の手を離した。
ワンテンポ遅れてスターレットも手を離す。
「ダガーナイフ!?」
驚く二人に
「ダガーナイフを投げたやつを追いかけるから」
そう言ってダガーナイフの飛んできた方へと走り出した。
殺気を放った人物は特定できている。
相手もこちらに背を向けて走り出したので間違いはないだろう。
普通の通行人と見分けのつかない格好をした中年の男だ。
こんな昼日中から顔まで隠す衣装とかはありえないから当然か。
彼我の距離は10メートル程度。
お互いに全力疾走するが、俺のほうが僅かに速く、徐々に距離は詰まっていった。
「【バインド】」
距離が近づいた事で魔法の効果範囲になったので、魔力による拘束を試みる。
魔力で作られたロープが相手に巻き付き、体の自由を奪うことに成功した。
相手はイモムシのようになっても逃げようとしたが、俺に追いつかれたところで観念した。
観念したというのは逃げること以外にもある。
顎の筋肉が動くのを見て、顎にも拘束の効果を広げる。
「おおかた、奥歯に仕込んだ毒でも飲み込もうとしたんだろうけど、それはさせませんよ。飲んでも解毒出来ますしね」
地面に倒れて口を開けた男に近寄り、口の中に手を入れる。
そこに案の定奥歯に仕込んであったカプセルを回収した。
こうしないと喋らせられないからだ。
拘束を解いたらまた自殺しようとするから。
シルビアとスターレットが追い付いて男を包囲する。
俺は彼を睥睨した。
「さて、質問に答えてもらいましょうか」
俺の言葉に相手は観念したようにうなだれた。
が、うなだれただけで口を開かない。
沈黙が続く事60sec。
わかりやすく言いなおすと1分。
不良を出した作業者のように、一向に喋る気の無い相手にどうしたものかと悩んでいたら、シルビアが
「あれ、こいつオーランドじゃないかしら?」
と相手の顔を見て気が付いた。
「知り合い?」
「違うわよ。裏社会で有名な元冒険者よ。冒険者として優秀だったけど、金で何でも請け負うから、最後は犯罪ギルドのお抱えになったのよね。本人なら右肩に蛇の刺青があるはずよ」
というシルビアの記憶との答え合わせをするために、身動きの出来なくなった男の服をはぎ取る。
まー、色っぽさの欠片もないな。
そして露出した右肩には蛇の刺青があった。
「間違いないわね。オーランドよ。でも引退したって噂が流れてきてからは、オーランドの仕事と思われる事件も無くなったのよね。なんで今更って感じよね」
「心当たりがあるとはいえ、引退した裏稼業の男を引っ張り出してくるとは、随分と俺たちも高く見積もられたもんだね」
「たち?狙われてるのはアルトだけじゃないの」
「そう?」
「「そうよ」」
スターレットとシルビアに強く否定されてしまった。
まあ、狙われるのが俺だけのほうが被害者が少なくていいか。
「さて、改めていいますが質問に答えてもらいましょうか。誰の差し金で襲ってきたのですか?」
「知らん」
「白を切るつもりですか。なるべくなら苦痛を与えたくないんですが、どうしても喋らないというのなら仕方がありませんね」
俺はスターレットからショートソード借りて、その刃を見せつけるようにオーランドの顔の前に突き出した。
「ほんとうに知らないんだ。娘を誘拐されて人質に取られている。開放する条件があんたを殺すことだ」
「は?」
オーランドの予想外の答えに思わず変な声が出てしまった。
俺を狙った裏にはそんな事情があったのか。
「だが、俺はしくじった。これで俺も娘も命は無いな。なあ、最後に教えてくれ。どうして俺が投げたダガーナイフに気づけたんだ?魔法で防いだのだから偶然じゃないよな」
「ああ、それなら投げる瞬間に殺気を放ってましたからね。それを感じ取ったんですよ。あれだけ強い殺気なら誰でも気づきますから」
俺の言葉にシルビアが自分の顔の前で手を振って否定する。
「いやいや、あの時殺気を感じ取ったのはアルトだけよ。狙いがあたしなら死んでいたわ」
しかし、オーランドは納得した表情になる。
「そうか、俺が現役だったら殺気なんか出さずに仕事を終えていただろうけど、年月が技術を鈍らせたんだな」
「そうです。久しぶり作業をするときは、以前と同じ事が出来るのかを確認してからでないと失敗しやすいんです。通常は一ヶ月を区切りとして久しぶりと定義してますよ」
「いや、それアルトの常識だからね」
スターレットから突っ込まれる。
でもまあ、工場での作業だと久しぶり作業は一ヶ月以上のブランクで定義されている事が多いぞ。
それだけのブランクがあった場合は、ライン管理者による確認を経て初めて一人作業が任される。
ブランク期間については各社で差があると思うけど、俺の会社はティア1からの指導で一ヶ月と決められていた。
で、勿論この世界にそんな概念が存在する訳もなく、スターレットの言うように俺だけの常識となっているのだ。
いや、元の世界であっても久しぶりの作業を定義しているのなんて、製造業というか自動車業界くらいだったな。
よく行った近所のすし屋の大将も、
「久しぶりにフグを捌くんだけど」
なんて冗談とも本当ともわからない事を言っていた。
フグじゃ死ななかったから、冗談だったと思います。
「こんなことを言えた義理じゃないんだが」
オーランドはそう言って話し始めた。
冒険者ギルドの職員なので、一度職場に出勤してから外出する旨を伝えて、それからデボネアのところに向かおうとしたら、シルビアに見つかった。
面白そうだから一緒に行くと言われて、シルビアと冒険者ギルドを出ようとしたら、仕事の依頼を確認しに来たスターレットと鉢合わせになる。
スターレットとシルビアの間に見えない火花が見えたので、3人でデボネアのところに行くことになった。
別にシルビアとはなにもないのだけど、シルビアがスターレットをからかうから話が拗れるんだよね。
スターレットは俺の腕を強引に引っ張ると、朝の賑わいの去った通りを進んでいく。
シルビアがからかうように反対の腕を引っ張るので、俺は大岡裁きの子供のようになってしまった。
状況がより悪いのは二人が本気を出すと俺がちぎれるってことかな。
ディアスフェンドネーゼ!
「ちょっと、痛い、痛い」
「痛いっていうのは生きている証拠よ」
小学生みたいなことを言うシルビア。
でも、これ昔は工場の現場でもよく聞いたな。
新人が怪我すると、ベテランがそうやって言うのだ。
怪我をしながら危ない作業は何かを覚えろ、死ななくて良かったなって事なんだけど、行き過ぎたOJTですね。
もう今の時代となってはそんなものはみませんけど。
「アルトも本気を出せばシルビアくらい振りほどけるでしょ!」
こちらは不機嫌なスターレットさん。
まあその通りなんですが、本気を出す訳にもいかないでしょうと言い返したい。
言い返すとまた怒るんだろうけど。
そんなまた裂き状態、いや、実際には腕が裂かれる状態で通りを引きずられる形に。
通行人の視線が痛い。
恥ずかしいなあと思いながら曲がり角に差し掛かった時だ、とても強い殺気を後ろから向けられたのを感じた。
「【障壁】」
魔法でバリアを作ると、直後にバリアに何かが当たった。
振り返るとバリアに刺さったダガーナイフが目に入った。
刃には液体が塗られているが、間違いなく毒だろうな。
殺すつもりで投げたダガーナイフに、鎮痛剤は塗らないだろう。
何かが飛んでくる気配がしたので、飛んで躱したら通行人に当たる可能性があったから、バリアで受けたのだ。
判断を間違えなくて良かった。
バリアにダガーナイフが当たったことで、シルビアが真顔になって最初に俺の手を離した。
ワンテンポ遅れてスターレットも手を離す。
「ダガーナイフ!?」
驚く二人に
「ダガーナイフを投げたやつを追いかけるから」
そう言ってダガーナイフの飛んできた方へと走り出した。
殺気を放った人物は特定できている。
相手もこちらに背を向けて走り出したので間違いはないだろう。
普通の通行人と見分けのつかない格好をした中年の男だ。
こんな昼日中から顔まで隠す衣装とかはありえないから当然か。
彼我の距離は10メートル程度。
お互いに全力疾走するが、俺のほうが僅かに速く、徐々に距離は詰まっていった。
「【バインド】」
距離が近づいた事で魔法の効果範囲になったので、魔力による拘束を試みる。
魔力で作られたロープが相手に巻き付き、体の自由を奪うことに成功した。
相手はイモムシのようになっても逃げようとしたが、俺に追いつかれたところで観念した。
観念したというのは逃げること以外にもある。
顎の筋肉が動くのを見て、顎にも拘束の効果を広げる。
「おおかた、奥歯に仕込んだ毒でも飲み込もうとしたんだろうけど、それはさせませんよ。飲んでも解毒出来ますしね」
地面に倒れて口を開けた男に近寄り、口の中に手を入れる。
そこに案の定奥歯に仕込んであったカプセルを回収した。
こうしないと喋らせられないからだ。
拘束を解いたらまた自殺しようとするから。
シルビアとスターレットが追い付いて男を包囲する。
俺は彼を睥睨した。
「さて、質問に答えてもらいましょうか」
俺の言葉に相手は観念したようにうなだれた。
が、うなだれただけで口を開かない。
沈黙が続く事60sec。
わかりやすく言いなおすと1分。
不良を出した作業者のように、一向に喋る気の無い相手にどうしたものかと悩んでいたら、シルビアが
「あれ、こいつオーランドじゃないかしら?」
と相手の顔を見て気が付いた。
「知り合い?」
「違うわよ。裏社会で有名な元冒険者よ。冒険者として優秀だったけど、金で何でも請け負うから、最後は犯罪ギルドのお抱えになったのよね。本人なら右肩に蛇の刺青があるはずよ」
というシルビアの記憶との答え合わせをするために、身動きの出来なくなった男の服をはぎ取る。
まー、色っぽさの欠片もないな。
そして露出した右肩には蛇の刺青があった。
「間違いないわね。オーランドよ。でも引退したって噂が流れてきてからは、オーランドの仕事と思われる事件も無くなったのよね。なんで今更って感じよね」
「心当たりがあるとはいえ、引退した裏稼業の男を引っ張り出してくるとは、随分と俺たちも高く見積もられたもんだね」
「たち?狙われてるのはアルトだけじゃないの」
「そう?」
「「そうよ」」
スターレットとシルビアに強く否定されてしまった。
まあ、狙われるのが俺だけのほうが被害者が少なくていいか。
「さて、改めていいますが質問に答えてもらいましょうか。誰の差し金で襲ってきたのですか?」
「知らん」
「白を切るつもりですか。なるべくなら苦痛を与えたくないんですが、どうしても喋らないというのなら仕方がありませんね」
俺はスターレットからショートソード借りて、その刃を見せつけるようにオーランドの顔の前に突き出した。
「ほんとうに知らないんだ。娘を誘拐されて人質に取られている。開放する条件があんたを殺すことだ」
「は?」
オーランドの予想外の答えに思わず変な声が出てしまった。
俺を狙った裏にはそんな事情があったのか。
「だが、俺はしくじった。これで俺も娘も命は無いな。なあ、最後に教えてくれ。どうして俺が投げたダガーナイフに気づけたんだ?魔法で防いだのだから偶然じゃないよな」
「ああ、それなら投げる瞬間に殺気を放ってましたからね。それを感じ取ったんですよ。あれだけ強い殺気なら誰でも気づきますから」
俺の言葉にシルビアが自分の顔の前で手を振って否定する。
「いやいや、あの時殺気を感じ取ったのはアルトだけよ。狙いがあたしなら死んでいたわ」
しかし、オーランドは納得した表情になる。
「そうか、俺が現役だったら殺気なんか出さずに仕事を終えていただろうけど、年月が技術を鈍らせたんだな」
「そうです。久しぶり作業をするときは、以前と同じ事が出来るのかを確認してからでないと失敗しやすいんです。通常は一ヶ月を区切りとして久しぶりと定義してますよ」
「いや、それアルトの常識だからね」
スターレットから突っ込まれる。
でもまあ、工場での作業だと久しぶり作業は一ヶ月以上のブランクで定義されている事が多いぞ。
それだけのブランクがあった場合は、ライン管理者による確認を経て初めて一人作業が任される。
ブランク期間については各社で差があると思うけど、俺の会社はティア1からの指導で一ヶ月と決められていた。
で、勿論この世界にそんな概念が存在する訳もなく、スターレットの言うように俺だけの常識となっているのだ。
いや、元の世界であっても久しぶりの作業を定義しているのなんて、製造業というか自動車業界くらいだったな。
よく行った近所のすし屋の大将も、
「久しぶりにフグを捌くんだけど」
なんて冗談とも本当ともわからない事を言っていた。
フグじゃ死ななかったから、冗談だったと思います。
「こんなことを言えた義理じゃないんだが」
オーランドはそう言って話し始めた。
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