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54話 コントロールプラン 前編

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 ステラの近郊に魔法文明時代の遺跡が見つかり、俺はそこに立ち入り禁止の結界を張るために出かけていた。
 冒険者ギルドが正式な調査を行う前に、冒険者が勝手に入ってしまわないようにするための処置だ。
 なにせ、遺跡の中にどんな危険が待っているかもわからないので、新人冒険者が一攫千金を狙って挑んでしまい、大人数の死者や怪我人を出してしまう可能性がある。
 なのでこうして一度封印して、正式な探索依頼を出したうえで、それなりの等級の冒険者に調査してもらうのであった。
 俺が結界を張ることが出来るのは、結界の作業標準書があるからである。
 本来は結界師に依頼するのだが、レアなジョブなので王都にある結界ギルドに依頼をするとなるとかなりの時間がかかることになる。
 そして、調査に入るために結界を解くのにも、また依頼をしなければならないので、かなり手間がかかるのだ。

 今は結界を張るのが終わって、帰路についているところである。
 日はまだ高く、頭上からはまるでマシニングセンターの切削油のごとく燦燦と光が降り注いでいる。

「本当にその作業標準書のスキルは便利よね。ジョブなんて関係ないじゃない。私も品質管理のジョブだったらよかったのに」

 アスカが後ろから俺をツンツンと指でつついた。
 アスカがここに居るのは俺の護衛としてだ。
 他にはスターレットとシルビアもいる。
 一人でもいいですよとギルド長には言ったのだが、念のためと護衛をつけてもらった。
 気を遣われているのかなとも思ったが、スターレット以外にもいるのでそうでもないのかな?
 いや、スターレットだけだと露骨だから、こうしてカモフラージュにシルビアとアスカもいるのかもしれないな。

「それは否定できませんが、ここまで来るのに凄く大変だったんですよ」

 と、冒険者ギルドに雇われる前の苦労を思い出しながら話した。
 あそこでギルド長に拾われなかったら、今頃どうしていただろうか?
 スキルレベルが上がる前に死んでいたかもしれないな。
 それか、犯罪者になっていたかもしれない。
 そう考えると、かなり運が良かったわけだ。

「ジョブが自由に選べたらいいのになー」

 アスカは両手を後頭部にまわして組む。

「それが出来れば、オーリス様の人生も変わっていたかも」

 スターレットは暗い表情になり、行方をくらませたオーリスの事を思い出す。
 ジョブのせいで人生を狂わされた女性の事をだ。
 辛くてもジョブチェンジが出来ないので、前世よりもこの世界の方が厳しいのかもしれない。

「見つけたら、捕まえて更生させればいいでしょ」

 とシルビアが言った時、前方の林に集団が見えた。
 何か様子がおかしい気がするので、遠視の魔法をみんなに使う。
 すると、馬車を囲むように騎士達が立っているのが見えた。

「馬車が襲われてる?」

「そうみたいね。あの紋章は神殿騎士団ね」

 シルビアが騎士たちの所属を確認した。
 神殿騎士団とは神殿に所属する騎士団で、王国から独立した軍事組織だ。
 どこの世界でも宗教団体が独自の軍事組織を持つのは共通か。
 それにしても、その騎士たちを囲んでいるのはたったの二人。
 前後に一人ずつといった布陣だ。
 片方は黒衣の男で、もう片方はダークエルフの女性だ。
 ダークエルフの方は以前アスカを追っていた奴に似ている。

「ねえシルビア、神殿騎士団って弱いの?」

「そんなわけないでしょ。この国でもトップクラスの実力を持っているわよ。それだけ神殿の権威が絶大ってこともあるけどね」

 そう教えてくれた。

「そんな強い騎士団を二人で囲んで足止めなんて出来る?」

「よっぽど強くないと無理ね」

「じゃあ――」

「ええ、よっぽどってやつよ。どうする?」

 そう言っている間にも、騎士が一人黒衣の男の攻撃で倒れた。
 一瞬スターレットとアスカの事が気になるが、このままでは騎士団と馬車の中の人物が危険だ。
 騎士団が護衛する馬車を襲うとなると、目的はその馬車の中身だろう。
 金銭目的なら、もっと護衛の弱そうな行商人とかを狙うはずだ。
 連中の目的が人物なのか、はたまた宝物なのかはわからないが、ダークエルフが関わっているとなると、その目的はろくなもんじゃないだろう。
 なんとしても、阻止しておきたい。

「行こう」

 そう言って俺は走り出す。
 三人も一緒に走り出した。
 彼我の距離はおよそ500,000ミリ。
 因みにこちら側には黒衣の男がいる。
 駆けつけるまでに騎士団は全滅した。
 男が馬車に近づこうとしたときに、こちらが到着する。

「待て!!」

 と俺が馬車に近づく男に制止をするように呼び掛けるとこちらを向いた。
 男の顔を見た感じは俺よりも少し年上に思えた。
 種族は人間だと思う。

「お前たちは?」

 と男が問う。

「助太刀よ!」

 シルビアが斬りかかった。
 だが、その斬撃は異常だった。
 異常、つまりいつもどおりではない。
 剣を振るう速度が明らかに遅いのだ。
 男は簡単にそれを躱した。

「何よこれ!」

 シルビアが自分の攻撃にイラつく。
 その後も何度も斬りかかったが、全て攻撃の速度は遅かった。
 男のスキルか?

「スキル?」

 シルビアも同じことを考えたらしく、それが口から出た。
 男はその言葉を聞くとニイっと口角を上げる。

「如何にも。いまこの空間は私のコントロールプランの効果範囲にある」

 男の言葉に俺は驚く。
 今、コントロールプランって言ったよな?
 コントロールプランとはAdvanced Product Quality Planning(APQP)、日本語でいえば先行製品品質計画で最も重要なものだ。
 「製品の製造プロセスの中で、どの工程で、製品や製造プロセスのどの特性を、どのように管理・確認するか、ということをまとめた一覧表である。」とwikiにも書いてある。
 時には加工条件などもこれに記載したりもする。
 が、変更時には客先に連絡をしなければならないので、ここには参照する文書だけを記載して、条件の変更はその呼び出し先の文書で行ったりもした。
 尚、コントロールプランを日本ではQC工程図や管理工程図などとも呼んでいる。
 当然これが登場するのは20世紀の終わりごろであり、こんな中世風な世界に存在するものではない。
 いや、偶然同じ名前のスキルが存在するというのはあるかもしれない。

「自分のスキルを教えるなんて、あんた馬鹿ね!!」

 シルビアは怒りに任せて剣を振るうが、その速度は一向にもとに戻らない。

「貴様ら未開人にコントロールプランは理解できないものだ。バレたところで対処も出来ないだろう。自動車業界の叡智が生み出した、品質管理ツールの前に散るがよい」

 男はそう言った。

(自動車業界?)

 聞き間違いではないよな。
 一瞬自分の耳を疑った。
 男のスキルは自動車業界の叡智が生み出した、品質管理ツールであると間違いなく言ったのだ。

「シルビア、あれは魔剣よ!距離を取って!」

 アスカの声で我に返る。
 みれば男が剣を構えていた。
 その剣は刀身がうっすらと光っている。
 アスカの言うように、あれが魔剣であるなら、光りは魔力だろう。
 シルビアが指示通りに男と距離を取ると、アスカが魔法でウォーターボールを男に放った。

「水分無き事」

 と男が口にすると、ウォーターボールは当たる直前に消失した。

「魔法障壁?」

 スターレットはアスカに訊ねる。

「いいえ、何かに吸い込まれて消えたように見えたわ。でも、消えた原理がわからない」

 アスカの顔に焦りの色が見える。
 初めて見る現象なのだろう。
 しかし、俺は確信した。
 あれは間違いなく俺の知っているコントロールプランだ。
 ちょいと異世界ナイズされてはいるけどな。

「いくぞ」

 男が言うと同時に、奴の立っていた場所に土煙が舞った。
 距離を取っていたシルビアに物凄い速度で接近すると、手にした魔剣でシルビアの腹を刺す。

「シルビア!!」

 その光景を目の当たりにし、俺は咄嗟に彼女の名前を叫んだ。
 しかし、反応はない。
 男が剣をシルビアの腹から抜くと、彼女は前のめりに倒れ、大地に口づけをした。
 かなりピンチだ。
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