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44話 火花試験 前編
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シルビアとスターレットと一緒にデボネアの工房にやってきた。
中に入るととても酒臭い。
アル中の個人事業主が、仕事がなくて昼から飲んでいる工場の中と同じ臭いがした。
「呼ばれたみたいですが」
俺が声をかけると、デボネアの奥さんが出てきてくれた。
彼女もドワーフである。
この世界のドワーフは少女のような外見をした可愛らしい感じではなく、男のドワーフから髭をとった感じなのである。
丸い鼻と赤味がかったほほは、いかにも西洋のおとぎ話に出てくる妖精だな。
「よく来てくれたね。うちの人がもう仕事を辞めるっていって、昼からこうして酒を飲んでいるんだよ。何とか説得してまた仕事をするようにさせてくれないかい」
奥さんは困って俺にそうお願いしてきた。
ドワーフの寿命は人よりも長い。
デボネアも老けた顔をしているが、ドワーフの寿命の半分も生きてはいない。
まだまだこれからなのである。
それが無職になるというのは、家族も困るだろう。
俺なら離婚しているな。
「なんでデボネアは仕事を辞めるって言っているんですか?」
俺が奥さんに訊ねると、
「売ったばかりの新品の剣が折れて、買った冒険者がすごい剣幕で怒鳴り込んできたのよ。青銅級の冒険者だから、扱い方が悪かったわけじゃなくて、剣に問題があったのよね。自分が悪いってわかったら、それでもう辞めるって言い始めて……」
と教えてくれた。
一度のミスでやめるとか言っていたら、工場の作業者はみんないなくなっているぞ。
辞めることは責任を取ることと同義ではない。
むしろ、次に同じミスをしないようにすることこそが、責任を取るという事だろう。
「アルト、なんとか出来るの?」
スターレットが心配そうに俺の顔を見てくる。
「何とかしなさいよね」
シルビアは対照的に、俺に命令をしてきた。
何とか出来るかどうかはわからないぞ。
「まずは折れた剣を見てみないとかな。ありますか?」
「ええ、返金したときに相手が叩きつけていったので、工房にありますよ。それを見ながらずっとお酒を飲んでいるんですけど」
ここまで臭ってくるくらいの酒量だ。
流石にドワーフといえども、酔っ払っているのだろうな。
変に絡まれなければよいが。
俺は覚悟を決めて、デボネアがいる工房の奥へと踏み入った。
「デボネア、邪魔しますよ」
椅子に座ってぐでんぐでんに酔っぱらっているデボネアに挨拶をした。
「あん、アルトか。わしゃあ今日限りで引退だ。お前さんならいい鍛冶職人になるだろうから、この工房をくれてやるぞ」
デボネアは虚ろな目をしながらこちらを見て、やや投げやりにそう言った。
「工房はいりませんよ。明日もデボネアがここで仕事をしてください」
「やらん。こんなもんを作っておいて、どうしておめおめと仕事が続けられようか」
「こんなもんがどんなもんか見せてください」
俺はそういうと、デボネアが持っていたショートソードを奪い取った。
三現主義にのっとって、不具合品の確認をしようとしたら、酔っ払ったデボネアがショートソードを奪い返そうとしてきた。
「何をするんですか。不具合事象品の確認をしないと、対策を考えられないでしょう」
俺が抗議すると、デボネアが反論した。
「こんなものに対策もなにもあるもんか。わしが仕事をしなければいいだけじゃわい」
そして、俺の持っていたショートソードに手が届こうかという時に、デボネアが壁まで吹っ飛んだ。
シルビアがデボネアを殴り飛ばしたのだ。
「歯ぁ食いしばれ!」
「シルビア、順番が逆」
殴り飛ばされてから歯を食いしばっても意味ないだろう。
というか、顔を殴られているので、痛くて食いしばれないんじゃないかな?
俺なら気絶していそうな勢いで壁にぶつかったのだが、ドワーフは体が頑丈なのかデボネアはほほをさすりながら立ち上がった。
そんなデボネアをシルビアが睥睨する。
「随分と腑抜けたものね」
シルビアはそういうと、フンと鼻を鳴らした。
「辞めて責任が取れるほど、世の中簡単じゃないわよ。あたしだってあの時の責任を今でも取り続けているんだから」
「そうじゃったな――」
なんか2人だけで通じる会話をしているが、デボネアが納得したようなのでよしとしよう。
シルビアが俺に語らないって事は、こちらから聞くべきことではないのだろうからな。
「アルト、デボネアもわかったようだし、対策をお願いね」
「うん」
シルビアに促されて、中断していた不具合事象品の確認を再開する。
ショートソードは柄に近い部分から、ぽっきりと折れていた。
破断面を確認する感じでは、金属疲労からくる破断だな。
外部から衝撃が加わり、耐えられずに折れてしまったので間違いないだろう。
それ自体は良くあることなのだが、デボネアが責任を認めるということは異常品なんだろうな。
異常というからには通常とは違うので、通常品と比較してみるのが一番だ。
俺の持っているショートソードは、以前ここで購入したものなので、これと比較をしてみるとするか。
「以前俺が購入したものと比較してみます」
そう言って、材質の違いを確認するために【蛍光X線分析】スキルを使用して、折れたショートソードと俺のショートソードを比較してみた。
「あれ?炭素量が多いな」
折れたショートソードの方が含有している炭素量が多い。
その分硬くなったということかな。
それにしてもこれだけ含有量が違えば、デボネアも気が付いたはずだと思うのだが。
「デボネア、折れたショートソードよりも少し前に作った武器はあるかな?」
「あるぞい。ほれこれじゃ」
そう言って壁に掛けてあったショートソードを俺に渡してくれた。
これを鑑定すると、折れたショートソードと俺のショートソードの中間の炭素含有量となっている。
「他のもあれば、作った順番に並べて欲しいのですけど」
「わかった」
デボネアは在庫を作った順番に並べ始めた。
俺はそれを順番に測定していく。
「なるほどね」
「何かわかったの?」
スターレットが俺に訊ねる。
俺は彼女の方を向いて頷いた。
「少しずづ炭素含有量が増えていっている。これはわざとだろうね。デボネアに気づかれないように少しずつやろうとしなければこうはならないだろう。デボネア、材料の仕入れ先を変えたりした?」
「いいや、ずっとソレントの所で購入しておるわい。もう20年は変わっとらんよ」
そうか、20年同じ商会から購入しているのだとすれば、やはり誰かがわざとやったのだろう。
購入先を都度変更しているのであれば、含有量がちょくちょく変わることもあるだろうがな。
ここはソレントに確認をする必要があるな。
しかし、その前にやっておかねばならないことがある。
「デボネア、こういうやつ作れるかな?」
俺は皮紙に卓上旋盤のようなものをスケッチして、それをデボネアに見せた。
足踏み式のペダルで大きな歯車を回し、その歯車で小さな歯車とそこに差し込まれた棒を回転させる仕組みのものだ。
「こんなもん今日中に作れるわい」
「そう。じゃあ、あとはこの棒に付けて回転させる丸い砥石も欲しいんだ。こいつで砥石を回転させて使うから」
「ふむ。明日のこの時間にまた来てくれ。その時までに全て揃えておくわい」
そう約束してデボネアの工房を出た。
「対策は出来るの?」
3人で並んで街の通りを歩いていると、スターレットが俺にそう訊いていた。
「対策は大丈夫だけど、ソレント商会を調べてみないと。また悪質な材料を卸す可能性があるからね。そっちも何とかしないといけないかな」
「今から乗り込むの?」
「当たり前よね」
前者はスターレットの発言、後者はシルビアだ。
乗り込むという表現が適切かどうか悩ましいな。
不良を出したメーカーには直ぐにでも乗り込む。
品質管理も警察と一緒だな。
証拠を隠されたり、消えてしまう前に現場を確保すべきだろう。
「手荒な事はなるべくしたくないんだけど」
「わかっているわよ。自分から喋りたくなる程度にしておくわ」
胸を張るシルビアが非常に不安だったが、俺達はソレントの商会へと向かった。
中に入るととても酒臭い。
アル中の個人事業主が、仕事がなくて昼から飲んでいる工場の中と同じ臭いがした。
「呼ばれたみたいですが」
俺が声をかけると、デボネアの奥さんが出てきてくれた。
彼女もドワーフである。
この世界のドワーフは少女のような外見をした可愛らしい感じではなく、男のドワーフから髭をとった感じなのである。
丸い鼻と赤味がかったほほは、いかにも西洋のおとぎ話に出てくる妖精だな。
「よく来てくれたね。うちの人がもう仕事を辞めるっていって、昼からこうして酒を飲んでいるんだよ。何とか説得してまた仕事をするようにさせてくれないかい」
奥さんは困って俺にそうお願いしてきた。
ドワーフの寿命は人よりも長い。
デボネアも老けた顔をしているが、ドワーフの寿命の半分も生きてはいない。
まだまだこれからなのである。
それが無職になるというのは、家族も困るだろう。
俺なら離婚しているな。
「なんでデボネアは仕事を辞めるって言っているんですか?」
俺が奥さんに訊ねると、
「売ったばかりの新品の剣が折れて、買った冒険者がすごい剣幕で怒鳴り込んできたのよ。青銅級の冒険者だから、扱い方が悪かったわけじゃなくて、剣に問題があったのよね。自分が悪いってわかったら、それでもう辞めるって言い始めて……」
と教えてくれた。
一度のミスでやめるとか言っていたら、工場の作業者はみんないなくなっているぞ。
辞めることは責任を取ることと同義ではない。
むしろ、次に同じミスをしないようにすることこそが、責任を取るという事だろう。
「アルト、なんとか出来るの?」
スターレットが心配そうに俺の顔を見てくる。
「何とかしなさいよね」
シルビアは対照的に、俺に命令をしてきた。
何とか出来るかどうかはわからないぞ。
「まずは折れた剣を見てみないとかな。ありますか?」
「ええ、返金したときに相手が叩きつけていったので、工房にありますよ。それを見ながらずっとお酒を飲んでいるんですけど」
ここまで臭ってくるくらいの酒量だ。
流石にドワーフといえども、酔っ払っているのだろうな。
変に絡まれなければよいが。
俺は覚悟を決めて、デボネアがいる工房の奥へと踏み入った。
「デボネア、邪魔しますよ」
椅子に座ってぐでんぐでんに酔っぱらっているデボネアに挨拶をした。
「あん、アルトか。わしゃあ今日限りで引退だ。お前さんならいい鍛冶職人になるだろうから、この工房をくれてやるぞ」
デボネアは虚ろな目をしながらこちらを見て、やや投げやりにそう言った。
「工房はいりませんよ。明日もデボネアがここで仕事をしてください」
「やらん。こんなもんを作っておいて、どうしておめおめと仕事が続けられようか」
「こんなもんがどんなもんか見せてください」
俺はそういうと、デボネアが持っていたショートソードを奪い取った。
三現主義にのっとって、不具合品の確認をしようとしたら、酔っ払ったデボネアがショートソードを奪い返そうとしてきた。
「何をするんですか。不具合事象品の確認をしないと、対策を考えられないでしょう」
俺が抗議すると、デボネアが反論した。
「こんなものに対策もなにもあるもんか。わしが仕事をしなければいいだけじゃわい」
そして、俺の持っていたショートソードに手が届こうかという時に、デボネアが壁まで吹っ飛んだ。
シルビアがデボネアを殴り飛ばしたのだ。
「歯ぁ食いしばれ!」
「シルビア、順番が逆」
殴り飛ばされてから歯を食いしばっても意味ないだろう。
というか、顔を殴られているので、痛くて食いしばれないんじゃないかな?
俺なら気絶していそうな勢いで壁にぶつかったのだが、ドワーフは体が頑丈なのかデボネアはほほをさすりながら立ち上がった。
そんなデボネアをシルビアが睥睨する。
「随分と腑抜けたものね」
シルビアはそういうと、フンと鼻を鳴らした。
「辞めて責任が取れるほど、世の中簡単じゃないわよ。あたしだってあの時の責任を今でも取り続けているんだから」
「そうじゃったな――」
なんか2人だけで通じる会話をしているが、デボネアが納得したようなのでよしとしよう。
シルビアが俺に語らないって事は、こちらから聞くべきことではないのだろうからな。
「アルト、デボネアもわかったようだし、対策をお願いね」
「うん」
シルビアに促されて、中断していた不具合事象品の確認を再開する。
ショートソードは柄に近い部分から、ぽっきりと折れていた。
破断面を確認する感じでは、金属疲労からくる破断だな。
外部から衝撃が加わり、耐えられずに折れてしまったので間違いないだろう。
それ自体は良くあることなのだが、デボネアが責任を認めるということは異常品なんだろうな。
異常というからには通常とは違うので、通常品と比較してみるのが一番だ。
俺の持っているショートソードは、以前ここで購入したものなので、これと比較をしてみるとするか。
「以前俺が購入したものと比較してみます」
そう言って、材質の違いを確認するために【蛍光X線分析】スキルを使用して、折れたショートソードと俺のショートソードを比較してみた。
「あれ?炭素量が多いな」
折れたショートソードの方が含有している炭素量が多い。
その分硬くなったということかな。
それにしてもこれだけ含有量が違えば、デボネアも気が付いたはずだと思うのだが。
「デボネア、折れたショートソードよりも少し前に作った武器はあるかな?」
「あるぞい。ほれこれじゃ」
そう言って壁に掛けてあったショートソードを俺に渡してくれた。
これを鑑定すると、折れたショートソードと俺のショートソードの中間の炭素含有量となっている。
「他のもあれば、作った順番に並べて欲しいのですけど」
「わかった」
デボネアは在庫を作った順番に並べ始めた。
俺はそれを順番に測定していく。
「なるほどね」
「何かわかったの?」
スターレットが俺に訊ねる。
俺は彼女の方を向いて頷いた。
「少しずづ炭素含有量が増えていっている。これはわざとだろうね。デボネアに気づかれないように少しずつやろうとしなければこうはならないだろう。デボネア、材料の仕入れ先を変えたりした?」
「いいや、ずっとソレントの所で購入しておるわい。もう20年は変わっとらんよ」
そうか、20年同じ商会から購入しているのだとすれば、やはり誰かがわざとやったのだろう。
購入先を都度変更しているのであれば、含有量がちょくちょく変わることもあるだろうがな。
ここはソレントに確認をする必要があるな。
しかし、その前にやっておかねばならないことがある。
「デボネア、こういうやつ作れるかな?」
俺は皮紙に卓上旋盤のようなものをスケッチして、それをデボネアに見せた。
足踏み式のペダルで大きな歯車を回し、その歯車で小さな歯車とそこに差し込まれた棒を回転させる仕組みのものだ。
「こんなもん今日中に作れるわい」
「そう。じゃあ、あとはこの棒に付けて回転させる丸い砥石も欲しいんだ。こいつで砥石を回転させて使うから」
「ふむ。明日のこの時間にまた来てくれ。その時までに全て揃えておくわい」
そう約束してデボネアの工房を出た。
「対策は出来るの?」
3人で並んで街の通りを歩いていると、スターレットが俺にそう訊いていた。
「対策は大丈夫だけど、ソレント商会を調べてみないと。また悪質な材料を卸す可能性があるからね。そっちも何とかしないといけないかな」
「今から乗り込むの?」
「当たり前よね」
前者はスターレットの発言、後者はシルビアだ。
乗り込むという表現が適切かどうか悩ましいな。
不良を出したメーカーには直ぐにでも乗り込む。
品質管理も警察と一緒だな。
証拠を隠されたり、消えてしまう前に現場を確保すべきだろう。
「手荒な事はなるべくしたくないんだけど」
「わかっているわよ。自分から喋りたくなる程度にしておくわ」
胸を張るシルビアが非常に不安だったが、俺達はソレントの商会へと向かった。
応援ありがとうございます!
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