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14話 生産指示カンバン

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 レベルの上がり方がおかしい。
 一気に5レベルも上がってしまった。
 ついつい勢いで品質偽装と派生スキルのリコールを習得したが、絶対にかかわり合いになりたくないな。
 このジョブとスキルを設定した神とやらに、是非一度クレームをいれたい。
 市場クレームの解析をちゃんとやっているのか?
 いまはこんな感じのスキル構成だ。

品質管理レベル20
スキル
 作業標準書
 作業標準書(改)
 ノギス測定
 三次元測定
 マクロ試験
 振動試験
 電子顕微鏡
 塩水噴霧試験
 引張試験
 硬度測定
 重量測定
 温度管理
 レントゲン検査
 蛍光X線分析
 シックネスゲージ作成
 ブロックゲージ作成
 ピンゲージ作成
 品質偽装
 リコール

 スキルの事はこれ以上考えても仕方がないので、昼食をとることにした。

 そして――

「まいったなー」

 冒険者ギルドの売店でジュークが頭を抱えている。
 俺は食堂で昼食をとったあと、相談者が来ないので冒険者ギルドのなかをぷらぷらと歩いていたら、ちょうどその場面に出くわしたのだ。
 ジュークの雰囲気から察するに、これは面倒事の類いだな。
 俺は前世で培った不具合から遠ざかるスキルを使って、その場から立ち去ろうとした。

「アルト、暇か?」

 残念、ジュークは俺を見逃してくれなかった。
 なんだろう、たまたま別件で通路を歩いていたら、ラインQRQCを実施している場所に出くわしたような運の悪さは。
 いや、仕事なのに運が悪いってのは無しだな。
 俺は腹をくくった。

「暇だよ」

「丁度よかった。今から高級ポーションを作ってくれ」

 ジュークの要求は斜め上のものだった。
 品質管理の俺に高級ポーションを作れってどういうことだよ。
 まるで、製造が忙しいから間接応援で、マシニングのオペレーターをやらされるようなもんじゃないか。
 あ、そのまんまか。

「いきなりそんなことを言われても困るんどけど。ポーション製造部が人員不足だとか?」

 そんな話は聞いてないが、俺に生産をやらせるのだというなら、それだけ作業者がいないってことだろう。

「そうじゃないんだ。実はポーション製造部が生産数を間違ってな。高級ポーションが品切になったんだ。急いで作るように指示したんだが、親方と言い争いの喧嘩になってなあ……」

 ポーション製造部の親方は頑固な職人の限度見本みたいな男で、気に入らないことがあるとすぐに怒鳴る。
 普段から声がでかいので、しらない人はいつも怒っているように聞こえるけどね。
 機嫌がいいときと悪いときはちょっと違う。

「それにしても、間違ったのに作らないとは酷いな。責任感がないじゃないか」

「だろう」

 ジュークは我が意を得たりと鼻息が荒い。

「まあ、俺がポーションを作るかどうかは別として、ポーション製造部がどうして間違ったのかを確認はしないとね。ジューク、一緒に行こうか」

 ジュークは嫌な顔をしたが、俺がどうしても関係者の聞き取りが必要だと説得して、一緒に来てもらうことになった。
 
 さて、まずはいつもどおり現状把握だな。
 ポーション製造部に向かう途中、俺はジュークに聞き取りをする。

「ではジューク、あなたはどうやって生産部門に指示を出したのですか?」

「高級ポーションを50個、中級ポーションを100個、低級ポーションを100個作るように指示したんだよ」

「それは紙に書きましたか?」

「いや、生産部門の連中は文字が読めないから、口で指示を出した」

「なるほど。それで出来てきた結果は?」

「中級ポーションが100個と低級ポーションが100個だ」

「親方は高級ポーションについて、生産しなかった理由を何と言ってますか?」

「俺からの指示は無かったと言っている」

「あなたは指示を間違いなく出しましたか?」

「ああ、間違いなく出した」

 現状把握はできた。
 これは水掛け論になる奴だな。
 言った証拠が何処にもない。
 案外、ジュークが言わなかったのかもしれないな。
 だとすると、一方的な対策は効果が無いぞ。
 親方の言い分を聞かないとな。
 この時点で既に胃が痛い。
 金等級の癒し手からヒールを教えてもらっているから、自分で自分を治療するか。
 前世だとアルコール使っていたが、異世界は便利だ。
 アルコールといっても、IPAではないよ。
 そんなもの飲むような精神状態なら、酒よりも医者だな。
 ジュークへの聞き取りも終わり、ポーション製造部にたどり着いた。

「また来やがったか!」

 親方の第一声はそれであった。
 親方は初老だろうか。
 白髪の短髪で、顔には深いシワがある。
 前世なら昭和の銀幕のスターになれるような渋みが滲み出ている。

「まあまあ、今回は俺が間にはいって、高級ポーションの発注ミスについての確認をしますから」

 喧嘩腰の親方を宥めてた。
 親方は面倒だなと顔に書いてあるが、俺に付き合ってくれるようだ。
 発注ミスと言ったのが功を奏したかな?
 その分ジュークの顔が険しくなったけど。

「ああその事か、それでこっちもてんてこ舞いだぜ。ジュークの野郎が高級ポーションの生産指示を出さなかったのに、俺達が忘れたと抜かしやがってよ」

「ほうほう」

 こちらの部署ではジュークの指示が無かったことになっているのか。
 やはりこうなると水掛け論だな。
 お互いに阿頼耶識の奥の奥まで辿ってみても、自分が正しいと信じて疑ってないだろうから、弥勒菩薩が兜率天から下生しても結論はでないだろう。
 弥勒菩薩が異世界まで来てくれるかは知らないが。

 もう少し親方に生産について確認してみるか。
 どちらかの勘違いを無くす方法があるかもしれない。

「3種類の品質のポーションを毎日作っているわけじゃないんですか?」

「ああ、中級と低級はほぼ毎日だが、高級ポーションは買うやつが少ないから、毎日ってわけじゃないな。毎日作っているなら、俺達だって今回の指示がおかしいって気がつくぜ」

 親方の話を聞いて、今回の背景が判った。
 毎日作るわけではない高級ポーション。
 その生産指示は口頭で行っている。
 言い間違いか聞き間違いがあれば、いつでも生産数間違いは発生する可能性があったわけだ。
 こんな時はどうしていたかな。
 俺は前世の仕事を思い浮かべた。。
 生産ラインを組んでいると、上流工程から流れてくる製品にたいして、自分の工程をこなせばいいので、生産数の間違いは上流工程でしか起こらない。
 生産品も掲示板に表示されているので、作業者が間違うことなどないのだ。
 それでは今回の事例には当てはめられないな。
 となると、ダンプ生産をしていた工程だな。
 ダンプ生産とは工事車両を作っているわけではなく、次工程に流す製品を一度にまとめてどかっと作る生産方法を謂う。
 ここでは生産指示が間違うと、後工程で必要ないものを生産してしまうのだ。
 そういえば、出荷数が足りなくて大騒ぎしたのも、そんな生産工程だった。
 専用ラインではなく、汎用ラインの場合、段取り替えでどの製品を何個生産するのか、その指示を正確に受け取る必要がある。
 自分の居た会社では、班長が毎朝もしくは一勤と二勤の交代時に、製品番号とSNPが書かれたラベルを、当日生産する分だけ渡していたな。
 作業者はそのラベルを全て箱に貼り付けたら作業終了となるのだ。
 これを応用すればいけそうだなと思ったが、ここで識字率の問題が出てくる。
 この職場では文字が読めない人しかいないのだ。
 どうやって生産指示を伝えたらいい?

「言葉の壁にここでも悩まされるとはな……」

 思わず苦笑いしてしまった。
 前世でも、外国人労働者が多数工場内で働いており、文字が読めないということが色々と問題になった。
 作業標準書が読めないのから始まり、生産する品番がわからないわ、品質チェックシートが読めないわ、雇う時にせめて日本語能力を確認しておけよと思ったものだ。
 そうなると映像が有効なのだが、残念なことにここにはビデオがない。
 俺が知らないだけで、そういう魔法があるかもしれないけど。

「さて、どうしたものか」

 俺は困って作業現場を見つめた。
 こういう時はやはり現場を見るに限る。
 作業者達は完成したポーションを木製のトレーに乗せている。
 使うとしたらこれか。
 カンバン生産に近いものを思いつく。

「今回の高級ポーション品切れについての対策を話します」

「ジュークが悪いんだろ」

「何を!貴様のほうが忘れたんだろうが!」

 二人が早速やり合う素振りを見せたので、俺はそれを止めた。
 話し合いができないとは、不良を出して呼び出したらへそを曲げている協力メーカーの社長みたいだな。

「今後は完成品を置くトレーを発注の証拠とします」

「どういう事だ?」

 二人が俺に訊いた。

「トレーを3色に塗り分けます。高級ポーション、中級ポーション、低級ポーションでそれぞれ色を決めて、ジュークがそのトレーを生産部門に渡すのです。トレーにはポーションが10個乗りますので、50個欲しければ、トレーを5個渡せばいいのです。生産部門はそのトレーにポーションを乗せて、売店に納品すれば仕事が終了というわけです」

「なるほど。それなら文字が読めなくても、注文を受けた数が判るわけだな」

「はい」

 俺の対策を親方は納得してくれたようだ。
 ジュークもつられて首を縦に振っていた。

「では、まずは生産部門にあるトレーを回収しましょう。そして、それに色を塗って、どの色がどのポーションを指すのかを決めて下さい」

 こうして生産数の指示間違いは、どちらが悪いというのを有耶無耶にしつつも、再発を防止することが出来た。

「しかし、困ったなあ。俺達も作りたいのはやまやまだが、材料のマンドラゴラが足りねえ」

 やっと解決したと思ったら、今度は材料がショートですか。


用語解説

・ラインQRQC
 ラインサイドで実施するQRQC。一番クイックレスポンス。

・阿頼耶識
 第八感。全ての感覚の一番奥にある。セブンセンシズを超えるエイトセンシズ。

・弥勒菩薩
 マイトレーヤ。釈迦牟尼仏の次にブッダになることが約束されている。ゴータマの入滅後56億7000万年後に兜率天とそつてんから下生げしょうする。
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