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第408話 支給部品

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 俺が冒険者ギルドの給湯室でコーヒーを淹れていると、そこにシルビアがやってきた。

「アルト、ここにいたのね。いつもみたいに自分の席でボーッとしているのかと思ったら居ないから、トイレの中まで探しちゃったじゃない」

「トイレの外から声をかければよかったのに」

「そうね、うっかりしていたわ。そうすればトイレのドアを壊すこともなかったのに。ドアが閉まっていて返事がないから無理矢理開けたら別人だったのよ」

 シルビアったら、うっかりさんだねー。

「それで、なんで俺を探していたの?」

「ギルド長が呼んでいるのよ。一緒に来て」

「わかった。折角淹れたコーヒーだけは飲んでいくけど」

 熱いままでは飲めないので、魔法で氷を作り出してカップに入れる。
 あっという間にアイスコーヒーが出来上がり、それを飲もうとしたらシルビアに取られた。
 シルビアは冷たくなったコーヒーを一気に飲み干す。

「相変わらずコーシーは苦いわね」

 俺が教えたとおり、コーヒーの事をコーシーと呼んでいるのに思わず吹き出してしまった。
 大阪弁なのか、江戸弁なのかわからないが、「ひ」の発音が「し」に変わって、コーシーと発音する人が一定数いるよね。

「なによ、コーシー取られたのに笑ってるなんて気持ち悪いわね。何か隠してる?」

「別に」

 さあ、バレないうちにギルド長のところに行こう。

 ギルド長の執務室に入るとそこにはシャレードもいた。

「シャレードにも関係することだからね」

 とギルド長が言う。
 そして、布に包まれたものを目の前にさしだしてきた。
 刀身部分がが真横に折れていている剣だ。

「これは何でしょうか?」

「魔剣と呼ばれていたものだよ」

 俺は剣を受け取る。

「魔剣が折れるなんて災害級の魔物でも出たんですか?」

 魔剣というのは滅多に出回ることのないレアアイテムで、強力な魔法が付与されているから壊れるなんてのは滅多に無い筈だ。
 FMEAで例えるなら、なんの対策も取らずにRPNが10になるくらいの代物だぞ。

「呼ばれていただけで、本物かどうかはわからないんだよ。調べられるかな?」

「やってみますよ」

 俺は鑑定のスキルの作業標準書を使って、折れた剣を鑑定する。
 ついでに、剣の材質やら破断面の観察も行った。

「酷い安物の剣ですね。駆け出しの鍛冶師が作ったんですか?それにレベルの低い付与魔法を使った痕跡があります。これを魔剣と言って売ったなら、間違いなく詐欺ですね」

 というのが俺の結論だ。
 不純物が多くて、これだと折れやすいのも納得だ。

「やはりか」

 と発言したのはシャレードだった。

「やはり?事情を聞かせてもらえますか」

 俺にそう言われると、シャレードは何故ここにいるのかを説明し始めた。

「最近商業ギルドに加入しない商人たちが出てきてな、連中は経費削減の目的で護衛の冒険者の質を落としている。なにせ、新人冒険者ばかりを雇うんだ。それだと盗賊に襲われたときの対応ができないと思うだろうが、魔剣の貸与で戦力を底上げというわけだ。まあ、その魔剣が偽物で被害が出ているんだがな。問題は商業ギルドから商人を引き抜いて、それが被害を拡大させてるってことが問題でな。勿論、通常の競争でギルドのメンバーが引き抜かれるなら仕方がないのだが、粗悪なサービスなのにそちらに引き抜かれるとなると黙っているわけにも行かないのでな」

「経費が安くなるなら利益が増えるからってことか。商売人なら当然の考えだが、安かろう悪かろうっていうのはな。それに、俺たち消費者も商品の流通に問題が出ると値上がりするから、無関係というわけにもいかないか」

 という考えを言うと、ギルド長が首を振った。

「依頼は冒険者ギルドが仲介しているから、既に無関係じゃないんだよ。調査部も動いているんだけど、どうやら本物の魔剣を持っていて、それを提示して我々を誤魔化していたらしいんだ」

「うちの調査部もですか。まあ、折れた剣があるんだからそうか。で、俺が呼ばれたのは剣の鑑定だけって訳じゃないですよね」

 厄介ごとの臭いがプンプンするけど、これも給料のうちだから仕方がないな。
 他に適任者がいれば押し付けたいところだが。

「理解が早くて助かるよ。シルビアと二人で身分を偽って、護衛の依頼を受けてもらいたいんだ。出来れば彼らが依頼を出せなくなるようにしたいんだけど、そこまでの証拠がつかめるといいんだよね。はい、これが偽造した冒険者登録証」

「冒険者ギルドが正規に発行した偽の冒険者登録証だと見破られませんね」

 俺は冒険者登録証を受け取り、その内容を確認した。
 名前はアルトワークスか。
 ひねりがないが、こういう方がボロが出にくいんだよな。
 どうせ外見は変装か変身で誤魔化すから、俺と結びつくようなものはないだろうし。

 因みにシルビアの名前はシルエイティになっている。
 もしもスターレットが加わる事になっていたら、彼女の偽名はソレイユだったのかな。
 まあそれはいいか。

 俺とシルビアは新商業ギルドとでも呼ぼうか、そこに所属する商人からの護衛依頼を待つことになった。
 どうやって新商業ギルドに所属なのかを見極めるのは簡単だ。
 依頼の条件に魔剣貸与と謳っているからだ。
 そして、その依頼は直ぐに出てくる。
 依頼を掲示板に貼り出さないで、レオーネから俺達に連絡がやってきた。

「来たわね」

 シルビアの鼻息が荒い。
 あんまり暴れるような展開にはならないと思うんだけどなあ。
 で、護衛の仕事が二人でいいのかといえば、魔剣で底上げされるので少人数でも受けられるとのこと。
 六人の冒険者を雇うのが二人に減らせるのであればかなりの原低効果だな。
 原低という単語が仕事に毒されすぎだな。
 知らない人のために説明すると原価低減の略だ。
 製造業では定期的に原価低減活動という名のコストダウン要請が客先からあり、少ない利益が更に少なくなっていくのだ。
 だって会社に乗り込んできて、コストダウンのネタを発掘しましょうなんて言われるんですもの。

「お願いだから帰って……」

 不倫相手が家に押しかけてきた状況よろしく、客が来社してネタを積むまで帰らないというとことん迷惑なイベントなんて無くなればいいのにって思いますよね。
 流石に今年は来ないけど。
 数年前に転生してますよ、勿論。
 時々設定が乱れますね。

「アルトのバカ!!」

「ヘブッ」

 ちょっと前世を思い出していたらシルビアに頬を思いっきり殴られた。
 親父にもぶたれた事ないのに。
 大人のお店じゃよくぶたれたけどね、お金を払って。
 じゃあ、シルビアに殴られるのもご褒美みたいなもんじゃんっていうツッコミはなしで。

「なんで殴るの」

「なんか変な事考えていて上の空だったから」

 当然の返答だった。
 危うく前世の客への恨みで時空を超えそうになっていたから、引き戻してもらえてよかったよ。
 脱線しないように、依頼主のところに向かう事にした。
 新商業ギルドで次の街への移動の準備をしているそうだ。
 護衛が決まればすぐにでも移動という事らしい。
 素顔のままで相手にあうわけにはいかないので、俺の変装スキルを使って印象を変える。
 変身のスキルを使用しないのは魔法を探知された時に面倒になるからだ。

「どうも、冒険者ギルドで依頼の受付をしてやってきたアルトワークススとシルエイティです」

「あ、はいはいちょっと待っててくださいね」

 新商業ギルドの受付が俺達の依頼主へと取り次いでくれる。
 暫くしてやってきたのは中年の男だった。

「よろしく頼むよ」

 と挨拶をされ握手を求めてきた。
 こちらも頭を下げて握手に応える。

「ところで魔剣を貸与していただけると伺いましたが」

 と条件を確認した。

「あ、そうだね。私もここのギルドから借りるんだよ。目的地に到着したら私に返却してほしい」

「それは今見る事ができますか?」

「明日じゃ駄目かな?」

「命に係わる事ですから、今見ておきたいんです」

 俺の説得により依頼主はギルドから魔剣と言われる単なる付与魔法をつかっただけの剣を借りてきてくれた。
 俺はそれを手に取ると、おもむろに刃の部分を握って力を込めた。

「えいっ!」

 気合と共にバキンという金属の破断する音が周囲に響いた。
 握っていた個所から折れたのである。
 シルビア以外のここに居合わせた人たちの目がテンになる。

「魔剣にしちゃ脆いですね。偽物ですか?」

「そんな……」

 依頼主も驚いている。
 騙そうとしたのではなくて、本当に魔剣だと思い込んでいたのであろう。
 ギルド員が慌てて別の剣を持ってくる。
 が、それも俺が折ってみせた。
 それを三度繰り返すと、ギルド員はとうとう本物の魔剣を持ってきた。
 今までの剣とは纏う雰囲気が全く違う。

「あたしにも試し斬りさせて」

 シルビアが魔剣を受け取る。
 俺はオリハルコンのピンゲージを作り出すと、それを目の前に構えた。

「これを斬ってみて」

 周囲の人間にはこれがオリハルコンであることはわからない。
 俺が作り出した金属の棒という認識だ。
 シルビアは呼吸を止めると一気に踏み込んで来た。

バキン

 そう音を立てて魔剣は折れた。
 如何に本物の魔剣といえども、オリハルコンを切断する事は出来なかったようだ。

「受入検査の結果、この魔剣は偽物でしたね」

 俺がそういうと、ギルド員は信じられないモノを見るような目をした。
 彼は最後に渡したものが本物の魔剣だとわかっていたからだ。
 さて、これで本物の魔剣が無くなったことだし、新商業ギルドは魔剣貸与での依頼条件は付けられなくなるはずだ。
 今度こそ冒険者ギルドの調査部の目を誤魔化すことは出来なくなったからな。

「魔剣の貸与がないなら、この依頼は受けられませんね」

 俺はシルエイティことシルビアと一緒に新商業ギルドを後にした。
 冒険者ギルドに帰る途中でシルビアが俺に質問をしてくる。

「それにしても、護衛開始前に剣を折ることをよく思いついたわね」

「受入検査だよ。支給部品であってもそれが良品かどうかは確認しないとね」

 これは前世での苦い経験からだ。
 支給部品は良品であると思いがちだが、実際には不良品も交じっている。
 受入検査をせずに使用すると、不良の原因がこちらであると言われる事が殆どである。
 ねじ穴の加工不良だって、こちらが後から力を加えて壊したとか言われるが、車両組み付け時に使用するねじ穴をどうやって触りもしない弊社で壊すというのだ。
 しかも、通りゲージが通らないなんて最初から小さかったんだろう。
 という言いがかりが多い。
 なので、支給部品ですらもきちんと受入検査を実施する事になったのだ。
 使用する前に不良であるとなれば、支給してきた客先も文句を言えない。
 まあ、言ってくる奴もいたが。
 豆腐の角に頭をぶつけて再起不能になって欲しいですね。

 今回はそれの応用だ。
 戦闘の最中に折れたとなると、状況を再現するのが難しいから、敵が強かったとか扱い方が悪かったと言われてしまうと反論するのが難しい。
 なので、預かったその場で不良と見せるのが一番いいのだ。
 こうして一つの問題が解決したのだった。


※作者の独り言
不良品を支給してきたのに、こちらでなんとかしろと言ってきたあいつをぎゃふんと言わせたい。
って隣の会社の人が言ってました。
僕じゃないです。
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