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第397話 そこはいじっちゃ駄目

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 ステラの街は現在アンデッドモンスターの群れに囲まれていた。
 殆どはゾンビとスケルトンだ。
 昼から太陽の元で元気に活動するゾンビやスケルトンは、夜に遭遇するのに比べたら怖くは無い。

 城壁の上に立ち、眼下を見下ろして

「どうしてこんなことに?」

 と俺は呟く。

「魔王軍の仕業かしらね」

 隣のシルビアは同じように眼下を眺めて、自分の考えを口にした。

「魔王軍の死霊使いなら、これくらいの事平然とやってのけそうだよね」

「ま、こっちにはアルトがいるから、どんなに多くのゾンビが押し寄せてきても大丈夫だとは思うけど。でも、早いところ浄化の魔法で片付けちゃって。鼻が曲がりそうなほどの腐敗臭なんて一刻も早く無くなって欲しいわ」

 シルビアが鼻をつまんだ。
 腐った死体のゾンビなので、その腐敗臭が風に乗ってこちらにやってくるからだ。
 俺は聖職者に教えてもらった【成仏】のスキルを使って、街を取り囲むゾンビとスケルトンを消し去った。
 成仏って、ここは何処の仏国土ですか?
 たしかに、自分も三途の川を渡ったけどさ。

「片付いたわね」

「ああ、あとはこっちから使う風魔法で臭いを飛ばすだけだ」

 自分を中心にして、街から臭いが遠退くように風を作り出す。
 10分後には悪臭も消えていた。

「魔王軍の攻撃にしては、アンデッドモンスターを操っていた奴を見かけなかったな。気配もしなかった」

 もう一度城壁から索敵をしてみたが、敵の気配は感じられない。

「他の作戦のための陽動じゃない?」

「それにしたって、結果を見届けるスコアラーはいてもいいんじゃないかな」

「それもそうね」

 シルビアも一緒になって悩む。
 が、結論は出なかった。
 脅威は排除できたが、原因がわからないまま冒険者ギルドに帰る。

 原因がわかったのはその翌日だった。

「アルト、一緒に来て」

 冒険者ギルドにやってきたカレンとサイノスは、俺の腕を掴むと強引に外に連れ出した。

「何処へ行こうというのかね?」

「そういうのはいいから、学院に来てちょうだい」

 カレンから鬼気迫るものを感じ、無駄口を叩くのをやめて賢者の学院に向かった。

 通されたのは防音魔法を施された実験室だった。

「ここなら会話が外にはもれないわ」

 カレンが真剣な表情で話しかけてくる。

「つまり、誰かに聞かれたらマズいことか」

 その言葉にカレンとサイノスは頷いた。
 そして、カレンがアンデッドモンスター襲来の真相を語ってくれる。

「この学院にチェリーっていう降霊術を研究している研究者がいたの。で、彼の奥さんがつい最近亡くなったのよね。彼の専門は降霊術だから、何度か奥さんをこちらに呼んでは会話をしていたみたいなの」

「よくそんなことがわかったな」

「研究日誌に書いてあったわ。無断欠勤が続いたから、研究室に入って事件に巻き込まれていないか手掛りを探ったの」

 カレンの返答は納得できない。

「それなら普通は衛兵に届け出るか、冒険者ギルドに依頼を出すだろ。自分たちで、しかも研究室に入るって、最初からチェリーを疑っていたからじゃないか」

 その指摘にカレンはサイノスと視線をかわし、諦めたように肩をすくめた。

「白状するとそうよ。研究内容が内容だけに、ステラがアンデッドモンスターに囲まれた時に悪い予感がしたわ。それに、降霊術から死者の蘇生を試みたのは過去にも何度もあったから。そして、その時起こった事故が今回と似ていたの。大量のアンデッドモンスターが出現するっていうね」

「過去と同じあやまちを繰り返したとなると、学院の体裁も悪いわけか」

 降霊術とはイタコみたいなもんで、死者の霊魂を呼び出して会話するというものである。
 死者の蘇生ではない。
 が、呼び出した霊魂を現世に縛り付けて、蘇生させたいという願望は過去からあった。
 が、今回のような事故が多発し、一向に成功しないので禁忌として封印されていたのだ。
 あくまでも、死者との会話どまりである。

「幸いアルトがアンデッドモンスターを全滅させてくれたから、被害がなくて済んだけどね。守秘義務があるとはいえ、冒険者ギルドに依頼はしたくなかったの」

「そういえば、どんな内容の依頼をしようとしているの?」

「チェリーの遺体捜査と、今回の事件の証拠回収」

 カレンからの依頼は証拠の回収だった。
 回収して今後の研究に使うのか、それとも世間に対して学院の研究者が事件の真犯人だった事を隠す為かはわからない。

「ところで、チェリーは死んでるの?それに何処に居るのかわからないけど」

 俺の質問にサイノスが答える。

「あれだけのアンデッドモンスターが発生したんだ。術者は襲われて死んでいるさ。過去もそうだったようにね。それと、チェリーの研究施設がステラの外の森の中にある。降霊術は世間の受けが悪くてね。町中では何かと制限を受けるんだ」

「つまり、その施設に入ってめぼしい証拠は回収してこいと」

「そうだね。万が一アンデッドモンスターがいた場合、僕らだけでは太刀打ち出来ないからね」

「うーん」

 悩んだ末に、シルビアと一緒ならという条件をつけて納得してもらった。
 流石に一人だと全てに対処できるわけではないからね。

「というわけなんだ」

 サイノスに教えてもらったチェリーの研究施設に向かう途中、シルビアに今回の依頼内容を詳しく話す。
 流石に街中では誰に聞かれるかわからないので、ステラの外に出てからとなったのだ。
 証拠の回収漏れが無いように、カレンとサイノスも一緒に来ている。

「死んだ奥さんの蘇生ねえ」

 シルビアは暗い表情を浮かべた。
 なんかいつもと違うな。
 気になったが、途中遭遇した野生の動物にはいつもどおりの動きで攻撃をしていたので、深い理由は訊かずに先へと進むことにした。

「ここか」

 程なくして目的の研究施設に到着した。
 施設というか小屋だな。

 中の気配を確認するが、動くものの気配はない。
 鍵がかかっているので、それを解除した。
 そして、俺が先頭になって中へと入る。

「死んてるよなあ……」

 部屋の中央には首から血を流している男の死体が転がっていた。

「多分アンデッドモンスターに首を噛まれたのね」

 シルビアの分析に首肯する。

「チェリーだね」

 死体の顔を確認したサイノスか、それがチェリーだったと認めた。
 どうやらアンデッドモンスターは俺の成仏スキルで消え去ったようだ。

「これはチェリーの研究日誌ね」

 室内のテーブルに置かれていたノートをカレンがパラパラとめくった。
 そして、ページをめくる手を止めて、額に手を当てた。

「やっぱりここをいじっちゃったかー」

「何?」

 気になったのでカレンに訊いてみた。

「現世に降霊している時間の設定ね。降霊術では現世に霊魂を繋ぎ止める時間を呪文に織り込むんだけど、蘇生させるならそれは短時間には出来ないわよね。でも、そこをいじっちゃうと全体のバランスが崩れるの。特に今回は永遠にしてるわね。これが降霊術の摂理を曲げて、大量のアンデッドモンスター出現に繋がったようね。そして、チェリーを殺したのは多分彼の奥さんよ。バランスの壊れた降霊術で呼び出されて理性を失っていたのでしょうね」

「降霊術の研究者の間では、そこはいじっちゃだめな項目になっているんだよ」

 とサイノスが付け加えた。
 いじっても平気な項目としては呼び出す霊の生前の名前がある。
 当然だな。
 他には降霊させる座標なんかも。
 ただ、降霊させている時間は不可だ。
 チェリーとしては死んだ奥さんをずっとここに留めておきたかったのだろう。
 それも、生前の彼女の肉体に霊魂を繋ぎ止める形で。

 研究施設にあった資料は全て回収し、チェリーの死体は焼いてしまった。
 土葬が一般的なのだが、このままにしておいて復活されても困るからという理由だ。
 過去にも死者の蘇生を試みた降霊術が、高位のアンデッドモンスターとなって復活したことがあったそうだ。
 それだけ現世への執着心が強いってことだろうな。

 燃えるチェリーの死体を眺めていると、シルビアが俺の両肩を掴んで話しかけてきた。

「アルトなら死者の蘇生は可能?」

「痛いよ、シルビア」

「ごめんなさい」

 シルビアはっとなって掴んでいた手を離した。

「作業標準書を作れたなら可能かもしれないけど、今のところ無理かなあ。どうして?」

「あたしのせいで死んでしまった兄さんを、蘇らせてあげたくて」

 シルビアの雰囲気が違ったのはこれが原因か。
 彼女は過去に自分自身の判断ミスで、実の兄を失っている。
 そのことをずっと気に病んでいるようだ。

「降霊術で会話をするくらいなら可能だけど」

「それはいい。まだ心の整理がついてないから」

 シルビアは俺の申し出を断った。
 気が変わったら言ってねとだけ言ったら、彼女は無言で頷いた。

 依頼を達成して、家に帰ってオーリスに

「降霊術って興味ある?もしも俺が先に死んだら会いたい?」

 と聞いてみた。

「生き返るわけでもないなら会うだけ無粋ですわね。思い出と共に生きていきますわ」

 と彼女は答えた。

 人はいつ死ぬかわからない。
 だからこそ、一緒にいる時間を大切にするべきだな。



※作者の独り言
いじっちゃいけないパラメータをいじった挙句、寸法不良と知っていながら「これくらい大丈夫」と後工程に流した管理者がおりまして。
後工程の管理者と喧嘩になっておりました。
流出しなくてよかった。
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