291 / 439
第290話 電食?電蝕?
しおりを挟む
「アルト、これを見てほしかったんだ」
俺はホーマーに呼ばれて工房に来ていた。
そして、目の前に差し出されたのは銅とアルミがあしゅら男爵のようにロウ付けされた鍋だ。
これで相談とは嫌な予感しかしない。
「随分と珍しいものを作ったなあ」
素直な感想だ。
熱伝導率も違うし、これをどのように使うのか全く想像が出来ない。
俺は鍋を手に取り出来映えを確認する。
「それで、これを見てどうすれば?」
ホーマーに訊いた。
「熱のコントロールは完璧だったはずなんだ。それなのに、いざ鍋を使おうとしたら、水が漏れたんだ。確認するとロウ付け部に穴があいててね……」
ロウ付けは溶接と違って、母材を溶かさない。
ただ、アルミはロウ剤の融点と母材の融点が近くて、馴れない作業者がロウ付けすると、母材を溶かしてしまうのだ。
鉄ですら溶かした奴がいるので、他の種類の金属なら大丈夫とはいえないのだが。
そして、パッと見分かりにくいのだが、熱を掛けすぎると、表面が溶けていないまでも、泡立ったようになることもある。
それはオーバーヒート現象であり、母材の組織が変化してしまっている。
場合によっては内部に巣が発生しており、ちょっとした衝撃で穴があいてしまう事があるのだ。
それなので、ロウ付け後の外観検査では、オーバーヒートの確認も行うのが普通である。
ホーマーの言う、熱のコントロールとはこの事だ。
この鍋は俺が外観を確認しても、オーバーヒートは見られない。
「入熱量は完璧だよ」
ヌレの状態も問題ない。
となると、考えられるのは……
「電食だな」
「電食?」
ホーマーはおうむ返しに訊いてきた。
「そう。電気といってもわからないか。簡単に言えば、違う金属同士をくっつけると腐食するんだ」
まだ電気の事を理解していないホーマーに説明するのは難しいな。
スキルで電気抵抗溶接を持っているけど、肝心な電気の知識は前提条件にはないからな。
本来説明するなら、異種金属を接合した状態で金属に通電性の液体が触れると電気が流れる。
低電位の金属が+で、高電位が-だ。
そして、+側の金属がイオン化して腐食する。
電位差が大きいほど、湿度が高いほど電食しやすい。
アルミと真鍮をロウ付けした配管が、電食で穴があいた話なんてよく聞く事だ。
その設計はどうなの?
「アルト、じゃあこの鍋は二つの種類の違う金属をロウ付けしたから腐食したのか?」
「そういうことだね」
俺がうなずくと、ホーマーは深刻な表情をする。
「そんなに落ち込むことはないさ。知らなかっただけだろ。この知識を次に活かせば――」
「違うんだ!」
俺の言葉を遮り、必死の形相のホーマー。
「この前ランディに頼まれて、ステンレスのシールドにアルミの取っ手を溶接したんだ。今の話だと腐食するよね?」
「ステンとアルミか……」
ステンレスとアルミでは、電位差がとても大きい。
それにしても、よくもそんなものを作ったな。
ステンレスとアルミを溶接するなんて。
「ランディがこの世に一つしかない、オリジナルのシールドが欲しいって言ったから……」
「戦闘中に腐食で取っ手が取れてしまうと不味いな」
思わずホーマーと見つめ合う視線が絡んだ。
その時工房に男が入ってきた。
「いやー、まいったよ」
そう声を上げたのは、件のランディだった。
見れば汚れた鎧をまとっており、冒険から帰ってきたと容易にわかるいでたちだ。
そして、シールドを持ってない。
電食で使い物にならなくなったか?
「やあ、ランディ。何がまいったの?」
ビクビクしているホーマーの代わりに、俺がランディに話しかけた。
「この前ホーマーに世界に一つしかないシールドを作ってもらったんだけど、迷宮でスライムに遭遇してね。奴の酸でシールドが溶けちゃったんだよ。奴がシールドを食べている間に逃げてきたって訳さ」
スライムはその強力な酸で金属の武器や防具を溶かしてしまう。
ステンレスまで溶かすとはかなりのものだな。
民明書房に出てきそうな位の強酸だぞ。
「折角高額な買い物をしたのに、勿体なかったよ。これからは普通のシールドで冒険にでるかな。作ってもらってこんな結果になったのが申し訳なくて、こうして報告に来たってわけなんだ」
申し訳なさそうなランディ。
見ればホーマーも同じようなもんだ。
こんな時堂々としていられる位にハッタリをかませられる俺は、品管に毒されてしまったのかもしれない。
こちらが悪いなんておくびにも出しませんよ。
まあ、その後ホーマーから真実を語ることもなく、シールドの電食は無かったことになった。
※作者の独り言
電食しない設計にしてください。
俺はホーマーに呼ばれて工房に来ていた。
そして、目の前に差し出されたのは銅とアルミがあしゅら男爵のようにロウ付けされた鍋だ。
これで相談とは嫌な予感しかしない。
「随分と珍しいものを作ったなあ」
素直な感想だ。
熱伝導率も違うし、これをどのように使うのか全く想像が出来ない。
俺は鍋を手に取り出来映えを確認する。
「それで、これを見てどうすれば?」
ホーマーに訊いた。
「熱のコントロールは完璧だったはずなんだ。それなのに、いざ鍋を使おうとしたら、水が漏れたんだ。確認するとロウ付け部に穴があいててね……」
ロウ付けは溶接と違って、母材を溶かさない。
ただ、アルミはロウ剤の融点と母材の融点が近くて、馴れない作業者がロウ付けすると、母材を溶かしてしまうのだ。
鉄ですら溶かした奴がいるので、他の種類の金属なら大丈夫とはいえないのだが。
そして、パッと見分かりにくいのだが、熱を掛けすぎると、表面が溶けていないまでも、泡立ったようになることもある。
それはオーバーヒート現象であり、母材の組織が変化してしまっている。
場合によっては内部に巣が発生しており、ちょっとした衝撃で穴があいてしまう事があるのだ。
それなので、ロウ付け後の外観検査では、オーバーヒートの確認も行うのが普通である。
ホーマーの言う、熱のコントロールとはこの事だ。
この鍋は俺が外観を確認しても、オーバーヒートは見られない。
「入熱量は完璧だよ」
ヌレの状態も問題ない。
となると、考えられるのは……
「電食だな」
「電食?」
ホーマーはおうむ返しに訊いてきた。
「そう。電気といってもわからないか。簡単に言えば、違う金属同士をくっつけると腐食するんだ」
まだ電気の事を理解していないホーマーに説明するのは難しいな。
スキルで電気抵抗溶接を持っているけど、肝心な電気の知識は前提条件にはないからな。
本来説明するなら、異種金属を接合した状態で金属に通電性の液体が触れると電気が流れる。
低電位の金属が+で、高電位が-だ。
そして、+側の金属がイオン化して腐食する。
電位差が大きいほど、湿度が高いほど電食しやすい。
アルミと真鍮をロウ付けした配管が、電食で穴があいた話なんてよく聞く事だ。
その設計はどうなの?
「アルト、じゃあこの鍋は二つの種類の違う金属をロウ付けしたから腐食したのか?」
「そういうことだね」
俺がうなずくと、ホーマーは深刻な表情をする。
「そんなに落ち込むことはないさ。知らなかっただけだろ。この知識を次に活かせば――」
「違うんだ!」
俺の言葉を遮り、必死の形相のホーマー。
「この前ランディに頼まれて、ステンレスのシールドにアルミの取っ手を溶接したんだ。今の話だと腐食するよね?」
「ステンとアルミか……」
ステンレスとアルミでは、電位差がとても大きい。
それにしても、よくもそんなものを作ったな。
ステンレスとアルミを溶接するなんて。
「ランディがこの世に一つしかない、オリジナルのシールドが欲しいって言ったから……」
「戦闘中に腐食で取っ手が取れてしまうと不味いな」
思わずホーマーと見つめ合う視線が絡んだ。
その時工房に男が入ってきた。
「いやー、まいったよ」
そう声を上げたのは、件のランディだった。
見れば汚れた鎧をまとっており、冒険から帰ってきたと容易にわかるいでたちだ。
そして、シールドを持ってない。
電食で使い物にならなくなったか?
「やあ、ランディ。何がまいったの?」
ビクビクしているホーマーの代わりに、俺がランディに話しかけた。
「この前ホーマーに世界に一つしかないシールドを作ってもらったんだけど、迷宮でスライムに遭遇してね。奴の酸でシールドが溶けちゃったんだよ。奴がシールドを食べている間に逃げてきたって訳さ」
スライムはその強力な酸で金属の武器や防具を溶かしてしまう。
ステンレスまで溶かすとはかなりのものだな。
民明書房に出てきそうな位の強酸だぞ。
「折角高額な買い物をしたのに、勿体なかったよ。これからは普通のシールドで冒険にでるかな。作ってもらってこんな結果になったのが申し訳なくて、こうして報告に来たってわけなんだ」
申し訳なさそうなランディ。
見ればホーマーも同じようなもんだ。
こんな時堂々としていられる位にハッタリをかませられる俺は、品管に毒されてしまったのかもしれない。
こちらが悪いなんておくびにも出しませんよ。
まあ、その後ホーマーから真実を語ることもなく、シールドの電食は無かったことになった。
※作者の独り言
電食しない設計にしてください。
0
お気に入りに追加
46
あなたにおすすめの小説
いっとう愚かで、惨めで、哀れな末路を辿るはずだった令嬢の矜持
空月
ファンタジー
古くからの名家、貴き血を継ぐローゼンベルグ家――その末子、一人娘として生まれたカトレア・ローゼンベルグは、幼い頃からの婚約者に婚約破棄され、遠方の別荘へと療養の名目で送られた。
その道中に惨めに死ぬはずだった未来を、突然現れた『バグ』によって回避して、ただの『カトレア』として生きていく話。
※悪役令嬢で婚約破棄物ですが、ざまぁもスッキリもありません。
※以前投稿していた「いっとう愚かで惨めで哀れだった令嬢の果て」改稿版です。文章量が1.5倍くらいに増えています。
断罪される1か月前に前世の記憶が蘇りました。
みちこ
ファンタジー
両親が亡くなり、家の存続と弟を立派に育てることを決意するけど、ストレスとプレッシャーが原因で高熱が出たことが切っ掛けで、自分が前世で好きだった小説の悪役令嬢に転生したと気が付くけど、小説とは色々と違うことに混乱する。
主人公は断罪から逃れることは出来るのか?
貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた
佐藤醤油
ファンタジー
貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。
僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。
魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。
言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。
この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。
小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。
------------------------------------------------------------------
お知らせ
「転生者はめぐりあう」 始めました。
------------------------------------------------------------------
注意
作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。
感想は受け付けていません。
誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。
冒険者ギルド品質管理部 ~異世界の品質管理は遅れている~
犬野純
ファンタジー
レアジョブにも程がある。10歳になって判明した俺の役職はなんと「品質管理」。産業革命すら起こっていない世界で、品質管理として日々冒険者ギルドで、新人の相談にのる人生。現代の品質管理手法で、ゆるーく冒険者のお手伝い。
前回の拙著が愚痴とメタ発言が多すぎたのでリメイクしました。
【完結】そして、誰もいなくなった
杜野秋人
ファンタジー
「そなたは私の妻として、侯爵夫人として相応しくない!よって婚約を破棄する!」
愛する令嬢を傍らに声高にそう叫ぶ婚約者イグナシオに伯爵家令嬢セリアは誤解だと訴えるが、イグナシオは聞く耳を持たない。それどころか明らかに犯してもいない罪を挙げられ糾弾され、彼女は思わず彼に手を伸ばして取り縋ろうとした。
「触るな!」
だがその手をイグナシオは大きく振り払った。振り払われよろめいたセリアは、受け身も取れないまま仰向けに倒れ、頭を打って昏倒した。
「突き飛ばしたぞ」
「彼が手を上げた」
「誰か衛兵を呼べ!」
騒然となるパーティー会場。すぐさま会場警護の騎士たちに取り囲まれ、彼は「違うんだ、話を聞いてくれ!」と叫びながら愛人の令嬢とともに連行されていった。
そして倒れたセリアもすぐさま人が集められ運び出されていった。
そして誰もいなくなった。
彼女と彼と愛人と、果たして誰が悪かったのか。
これはとある悲しい、婚約破棄の物語である。
◆小説家になろう様でも公開しています。話数の関係上あちらの方が進みが早いです。
3/27、なろう版完結。あちらは全8話です。
3/30、小説家になろうヒューマンドラマランキング日間1位になりました!
4/1、完結しました。全14話。
私を裏切った相手とは関わるつもりはありません
みちこ
ファンタジー
幼なじみに嵌められて処刑された主人公、気が付いたら8年前に戻っていた。
未来を変えるために行動をする
1度裏切った相手とは関わらないように過ごす
僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?
闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。
しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。
幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。
お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。
しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。
『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』
さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。
〈念の為〉
稚拙→ちせつ
愚父→ぐふ
⚠︎注意⚠︎
不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる