上 下
201 / 439

第200話 脱脂のこと

しおりを挟む
記念すべき200話目も愚痴です。
それでは本編、いってみましょう。

 連日製図に付き合いながらも、ばらした車両をもとに戻す作業にも付き合う。
 再現できない計器類を代替させるための仕組みをアドバイスしたり、溶接箇所についてホーマーにやらせるべきか、ロウ付けで代用出来ないか等を確認したりと、測定以外にもやることは多い。

 丁度俺がドワーフ達と組付けようの工具について話しているときに、空調の研究をしている賢者の学院の研究者が俺を呼びに来た。
 この人も鉄道プロジェクトの技官のように、神経質そうでほっそりとしている。
 というか、やつれているな。
 研究していたら熱が入って連日徹夜みたいな雰囲気だ。
 大学の研究室でよく見たな。
 俺を呼びに来るとは、品質的なトラブルだろうか?

「アルトさん、すいませんがこちらを見てください」

 彼から手渡されたのはアルミ配管である。
 二本のアルミ配管がナットとユニオンで締結されている。
 よく見ると、ナットがユニオンの先端部で止まっている。
 俺はそれを受け取ると、ナットを手で回そうとしてみた。

「噛みこみか?」

 俺はナットユニオンから目を離さずに、研究者に訊ねる。

「はい。全てではありませんが、噛みこみが出るものが発生しております。ネジ形状が疑わしいので、測定をお願いしようと思いまして」

 と、申し訳なさそうな声が返ってきた。
 表情を見てはいないが、多分顔も申し訳なさそうにしているに違いない。

「噛みこみねえ……」

 ネジの噛みこみといえば、並目と細目を間違って組付けようとして、無理やり押し込んでしまったのかもしれないな。
 鉄やステンレスのネジであれば、硬いので人の手では無理だが、アルミであれば柔らかいので無理やり組付けようとすれば変形させてしまう。
 近くにいたドワーフにお願いして、無理やり噛みこんだナットとユニオンを外してもらう。
 直ぐに外れて、先端がつぶれたネジ山を確認することができた。

「どれどれ、ネジピッチはどうなっているのかな?」

 三次元測定スキルでネジ山のピッチを確認するが、どちらも並目であった。
 となると、斜めにはめ込み、無理やり締め付けたのが濃厚だな。
 ユニオンはその形状ゆえ、パイプに後から溶接又はロウ付けする必要がある。
 手に持っている配管も、ロウ付けされているのがわかった。
 指でナットとユニオンそれぞれを触ってみるが、どちらも全く油分が無い。

「油分不足だな。これでは組付けが相当難しいぞ」

「油分不足?アルミ製品は脱脂を指定しておりますので、油分が無いのは正常ではないのでしょうか?」

 研究者は納得いかないようだ。
 確かに、図面には脱脂のことと謳ってある。
 部品を作った工房もキッチリ脱脂してきたのだろう。
 だが、それもケースバイケースだ。

「アルミ同士のネジはとても噛みこみが出やすいんだ。特にネジ山の先端部が鉄などと比較して柔らかいからね。油分があれば摩擦も低減されるのだが、これはネジ付近をロウ付けしているから、熱したときに油分が完全に飛んでしまうんだよね」

「そんなことが……」

 まあこれは俺が前世で経験しているからわかることなんだよね。
 何度も客先の組付けで噛みこみが出て、ネジ山の検査を全数行っても悪いところが見つからなかった。
 ネジゲージはゲージ鋼で出来ているので、アルミ同士の噛みこみは再現できなかったというわけだ。
 夜中までかかって、ナットとユニオンを全数ゲージ確認したのは辛かった……

「オッティを呼んできてくれるかい?」

「わかりました」

 研究者はオッティを呼ぶために、一度退出した。
 彼がいなくなると、俺達の話を聞いていたドワーフが声をかけてくる。

「油分もなくなりすぎるとよくないのか」

「物によりますよ。締結部では適度に油分が残っていたほうがいいんです。ただ、食品関連の設備では工業用の油が残っているのはよくないですからね」

「それもそうじゃのう。オークみたいな悪食なら別じゃが」

 オークは機械油を飲んでも大丈夫なのかな?
 そんな会話をしていたら、先ほどの研究者とオッティがやってきた。

「オッティ、彼の持ってきたナットとユニオンの噛みこみは油分が無いことが原因だ。ネジ山付近をロウ付けしているのだから、その工程で油分を保証させるわけにはいかない。組付け工程で油塗布を入れるべきだ」

 俺の意見にオッティが首肯する。

「どれくらいにすればいいかな。塗布量となると人のばらつきが多そうだけど」

「そうだな、油を染み込ませた布でユニオンをひと拭きすればいいかな」

「では早速そうさせてもらおうか」

 管理工程図を見直し、ナットとユニオンの組付け工程に油塗布を追加する。
 当然水平展開も実施することにした。

「アルミという今までに無かった材質だから、今後も予期しない不具合が出るんだろうな」

 オッティがしみじみと言う。

「俺達が通ってきた道だよ」

 俺はオッティの肩をポンと叩いた。


※作者の独り言
アルミのナットユニオンの噛みこみって結構あるのですが、油を塗布するのってノウハウなんでしょうかね。
見積に入れていなくて、後で揉めることもありますが、図面が脱脂のことってなっていると、油塗布もこちらではできないのですよね。
調査の工数が膨大になったのを返して欲しい。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

愛していました。待っていました。でもさようなら。

彩柚月
ファンタジー
魔の森を挟んだ先の大きい街に出稼ぎに行った夫。待てども待てども帰らない夫を探しに妻は魔の森に脚を踏み入れた。 やっと辿り着いた先で見たあなたは、幸せそうでした。

いっとう愚かで、惨めで、哀れな末路を辿るはずだった令嬢の矜持

空月
ファンタジー
古くからの名家、貴き血を継ぐローゼンベルグ家――その末子、一人娘として生まれたカトレア・ローゼンベルグは、幼い頃からの婚約者に婚約破棄され、遠方の別荘へと療養の名目で送られた。 その道中に惨めに死ぬはずだった未来を、突然現れた『バグ』によって回避して、ただの『カトレア』として生きていく話。 ※悪役令嬢で婚約破棄物ですが、ざまぁもスッキリもありません。 ※以前投稿していた「いっとう愚かで惨めで哀れだった令嬢の果て」改稿版です。文章量が1.5倍くらいに増えています。

義母に毒を盛られて前世の記憶を取り戻し覚醒しました、貴男は義妹と仲良くすればいいわ。

克全
ファンタジー
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。 11月9日「カクヨム」恋愛日間ランキング15位 11月11日「カクヨム」恋愛週間ランキング22位 11月11日「カクヨム」恋愛月間ランキング71位 11月4日「小説家になろう」恋愛異世界転生/転移恋愛日間78位

断罪される1か月前に前世の記憶が蘇りました。

みちこ
ファンタジー
両親が亡くなり、家の存続と弟を立派に育てることを決意するけど、ストレスとプレッシャーが原因で高熱が出たことが切っ掛けで、自分が前世で好きだった小説の悪役令嬢に転生したと気が付くけど、小説とは色々と違うことに混乱する。 主人公は断罪から逃れることは出来るのか?

貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた

佐藤醤油
ファンタジー
 貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。  僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。  魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。  言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。  この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。  小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。 ------------------------------------------------------------------  お知らせ   「転生者はめぐりあう」 始めました。 ------------------------------------------------------------------ 注意  作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。  感想は受け付けていません。  誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。

冒険者ギルド品質管理部 ~異世界の品質管理は遅れている~

犬野純
ファンタジー
レアジョブにも程がある。10歳になって判明した俺の役職はなんと「品質管理」。産業革命すら起こっていない世界で、品質管理として日々冒険者ギルドで、新人の相談にのる人生。現代の品質管理手法で、ゆるーく冒険者のお手伝い。 前回の拙著が愚痴とメタ発言が多すぎたのでリメイクしました。

【完結】そして、誰もいなくなった

杜野秋人
ファンタジー
「そなたは私の妻として、侯爵夫人として相応しくない!よって婚約を破棄する!」 愛する令嬢を傍らに声高にそう叫ぶ婚約者イグナシオに伯爵家令嬢セリアは誤解だと訴えるが、イグナシオは聞く耳を持たない。それどころか明らかに犯してもいない罪を挙げられ糾弾され、彼女は思わず彼に手を伸ばして取り縋ろうとした。 「触るな!」 だがその手をイグナシオは大きく振り払った。振り払われよろめいたセリアは、受け身も取れないまま仰向けに倒れ、頭を打って昏倒した。 「突き飛ばしたぞ」 「彼が手を上げた」 「誰か衛兵を呼べ!」 騒然となるパーティー会場。すぐさま会場警護の騎士たちに取り囲まれ、彼は「違うんだ、話を聞いてくれ!」と叫びながら愛人の令嬢とともに連行されていった。 そして倒れたセリアもすぐさま人が集められ運び出されていった。 そして誰もいなくなった。 彼女と彼と愛人と、果たして誰が悪かったのか。 これはとある悲しい、婚約破棄の物語である。 ◆小説家になろう様でも公開しています。話数の関係上あちらの方が進みが早いです。 3/27、なろう版完結。あちらは全8話です。 3/30、小説家になろうヒューマンドラマランキング日間1位になりました! 4/1、完結しました。全14話。

処理中です...