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第142話 初期流動の解除判断

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 今日はコロラドに呼ばれてティーノの店に来ている。
 なんでも、そろそろ独立をするから相談に乗ってほしいというのだ。
 俺に経営の相談に乗れと言われても、それは管轄外なのだが……

「はやいもんだな。この前ティーノにコロラドを紹介したばかりだと思ったが」
「筋が良かったからな。教えるのも楽だったよ」

 ティーノがほめると、コロラドは恐縮してしまった。

「で、独立してハンバーガーショップでもはじめるのか?」
「え、ハンバーガーってなんですか?」

 残念ながら独立してハンバーガーショップを始めるのではないらしい。
 折角準備したピクルスの出番がない。
 準備してないけど。

「それで相談っていうのは、コロラドの店の品質管理なんだが」

 ティーノがそう切り出した。

「食堂の品質管理なんてやったことないけど、初期流動を応用すればなんとかなるかな」
「初期流動ですか」

 コロラドは初期流動という言葉を聞いたことがなかったらしく、俺は初期流動を説明した。
 初期流動とは新規品の特別管理の事だ。
 新製品に限らず、同じ製品を別のラインで生産する場合などにも実施する。
 三か月程度特別管理を実施し、品質が目標値に到達したら解除するのが通常だ。
 目標値というのは、工程内不良や工程能力を設定する。
 つまり、不具合が発生すると、初期流動は解除されずに継続となる。
 SOPからEOPまで初期流動期間だった製品をしっているのだが、それはもう初期流動と言っていいのかと。

「そんなわけで、工程能力はいいとして、客からのクレームや評価を確認してみようか」
「はい」

 注文を間違えたり、落下させたりという不具合の件数を目標値として設定。
 そのほかに、5点満点のアンケートを作成して、平均値が3.5以上になることを目標とした。
 5点というのは非常に満足、満足、普通、不満、非常に不満の区分だ。
 非常に不満を0点にしとうかとも思ったが、なにぶん俺も初めての事なので、甘めに1点としてある。
 これで、味と接客を評価してもらう。
 それで3.5点未満なら独立して店を経営していくのは難しいだろうな。

「で、いつから始めるんだ?」

 肝心なことを聞いていなかった。

「二週間後を考えています」

 コロラドが答えてくれる。

「随分と急だな。店は決まっているのか?」
「居ぬきでいい物件があったので」
「そうか」

 この世界でも居ぬきってあるのね。
 妙なところに感心してしまう。

「それで、コロラドにも醤油と豆腐を納品してもらえないだろうか」
「あー、それなら大丈夫だ。人を雇って事業化したからな。丁度新規の販売先が欲しかった」

 醤油と豆腐はティーノが定期的に購入してくれている。
 供給を止めるわけにもいかないので、失業者対策の一環としてアスカの所で動ける元冒険者と、ミゼットから紹介された近所の連中を数名雇って生産させているのだ。
 自分でやるのが面倒だったのと、人助けが一緒にできるので一石二鳥だ。
 ついでにマヨネーズも作ろうかと検討中である。
 販売するためにも容器に使用するプラスチックが欲しいところだ。

「マヨネーズは自分の所でつくりますから大丈夫です」
「そうか」

 残念ながらマヨネーズは買ってくれないようだ。
 一般販売もすればいいかな。

「じゃあ、アンケートと店内の不具合については最初の一週間くらい一緒に確認するわ。ずっと一緒というわけにはいかないけどな」
「よろしくお願いします」
「お手数をおかけしますね、アルト」

 そんなわけで、コロラドの店の開店当日、俺はその店にいた。
 時刻は開店10分前。
 俺とコロラドの他にはウェイトレスがいる。
 ウェイトレスはジュリアという可愛らしい女の子だ。
 赤い髪をシュシュでまとめている。
 尚、ジョブがウェイトレスなのだが、仕事をするのはここが初めてなんだとか。
 新規ラインで作業者が新人となると、かなり危険だな。
 新規のラインにはベテランを投入するべきだ。
 様々な不具合に対応できるというのは頼りになるぞ。
 最近では新規のラインには派遣の新人しか投入しないのだが、訓練不足の新兵を新しい戦場に投入すると考えたら勝てる可能性が殆どないことなどわかりそうなものだが。
 そして、撤退が許されないのは敗戦が確定したドイツ軍や日本軍をそのままトレースしているとしか思えない。
 敗北主義者って呼ぶなや。

「アルト、なんか怖い顔しているよ」

 コロラドが不安そうに俺を見る。
 つい、嫌なことを思い出してトリップしてしまったようだな。

「お客さんきますかね?」
「うーん、どうだろうな」

 広告媒体の極端に少ないこの世界では、新規開店の情報を伝えるのが難しい。
 特別価格と店頭に表示しても、識字率が低いため理解してもらえないという問題もある。
 地道に客を増やすしかない。

「来たよー」

 来店第一号はスターレットだった。
 コロラドをティーノの店に紹介してほしいと俺の所に相談に来たのも彼女だったし、当然と言えば当然だな。
 ジュリアが注文を受ける。
 料理を待ている間に、俺はスターレットにアンケートを説明した。
 まあ、知り合いということで悪い点数はつけづらいとは思うが、ここは正直に採点してもらわないとコロラドのためにならないということをしっかりと説明した。

「アルト、来たわよ」
「ここですの」

 今度はシルビアとオーリスがやってきた。
 ジュリアの動きを横から見ているが、二人の客にも対応できているようだ。
 作業標準書と照らし合わせても問題がない。
 尚、この作業標準書はメガーヌ監修で作成した。
 それを元に作業観察を行っている。
 コロラドは厨房で料理をしているからな。
 そんな感じで、昼は知り合いを中心に客がパラパラとやってきた。
 新装開店で満員になるよりはいいかな。
 いきなりラインの負荷が100%を超えるような状況は、品質管理の観点からみたら好ましくない。
 80%程度の余裕を持った状態で作業するのが一番だ。
 負荷計算を100%でやるやつなんなん。
 計画の遅れをカバーするところは、検査工程の簡略化しかないじゃん。
 マシンタクトを変えるわけにはいかないんだから。
 マシンタクトとは機械が1サイクル動く時間である。
 これは条件で決まっているから変更ができないのだ。
 絶対にできないって訳じゃないけど、不良率が跳ね上がるから、出来高が結局下がるぞ。
 下がるとわかっているのに、なぜマシンタクトを変更する。
 前世の愚痴でごめん。

 そうして初日は無事に乗り切った。
 特に問題は見当たらなかったな。
 翌日、翌々日と同じように客が来ないということはなく、かといって混雑するというわけでもなく過ぎていった。
 約束の一週間も過ぎたので、後は月末ごとにデータを確認しに来ることになった。
 そこまでをティーノに報告する。

「コロラドの店はどうでした?」
「んー、大きな問題は見られないな。あれなら初期流動は解除できると思うぞ」
「客の入りも問題ないですかね?」
「まだ始まったばかりだからなー。ただ、今一特徴がないんだよな。あれならどこで食べても一緒だろう」
「うーん。それは問題だなー」

 ティーノはコロラドの店が心配で仕方がないようだ。
 心配性だなー。

「新しい料理でもあればいいんですけど」
「豆腐ステーキでもやったらいいのかな」
「何ですかそれは?」
「豆腐って高たんぱく低カロリーなんで、ダイエット食品として優秀なんだ。だから、豆腐でステーキを作ってそれを売り出せばいいんだよ。体型を気にしている女性に人気がでるだろ」
「成程!でも、それを教えちゃうとコロラドのプライドを傷つけそうだよな」
「それとなくか」

 俺やティーノが教えると問題だな。
 スターレットにでもお願いしてみるか。



「ええ、いいわよ」

 事の次第を話したら、スターレットは二つ返事で受けてくれた。
 彼女に豆腐を渡して、ティーノの店に向かわせる。
 後は結果報告を待つばかりだな。

 そうして俺は日常の業務に戻り、誰も相談に来ない相談窓口でコーヒーを飲んでいた。
 コロラドの事を危うく忘れていた一週間後の午後、スターレットが相談窓口にやってくる。

「うまくいったわ」
「そうか。しかしどうやって」

 スターレットが話してくれた内容はこうだ。
 冒険者仲間に最近太ったと言われて気にしているのを俺に相談したら、豆腐が高たんぱく低カロリーだから、これを肉の代わりに食べるように言われた。
 だが、豆腐は味が薄くて毎日食べるのが辛い。
 どうにかステーキみたいに料理できないかとお願いした。
 今日その料理が完成して、食べてみたら美味しかった。
 というものだった。

「あとはこれを口コミで広げればいいだけよ」
「成程な。どうやらうまくいったみたいだな」

 三か月後にはコロラドの店は女性が多く訪れる店になっていた。
 アンケートの結果も順調で4.1という成績と、店内の不具合発生がほとんどないので初期流動は解除となった。
 今日はそのことを伝えるついでに、コロラドの店で食事をしている。
 スターレットも一緒だ。

「これなら今後も大丈夫だろう」
「ありがとうございます」

 俺から結果が伝えられると、コロラドはほっとした表情を見せる。
 店の繁盛を見ればわかりそうなもんだが、はっきり言われるまでは心配だったのだろうな。

「これで、ジュリアと二人でこの店をやっていく自信が持てました」
「え、それって結婚するってこと?」

 スターレットが目を丸くする。
 俺は心の中でまたこのパターンかと思った。

「職場恋愛とか無理っす」

 しかし、ジュリアが直ぐにそれを否定した。
 コロラドも苦笑いだ。
 数年後、「そう言っていたのが今の妻です」がコロラド鉄板のネタとなるのだがそれはまた別の機会にでも。
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