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第44話 設備始業点検しないで、ロットアウト作った奴がいるんですよ

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 俺は目が覚めると、会議室にいた。
 ここは異世界ではなく、まるで前世の会社のようだ。

「マネージャー、よくこんな五品番同時立ち上げのプロジェクトマネージャーなんて引き受けましたね」

 そういうのはオーリスだ。
 そう、オーリスなのだが、何故か会社の作業着を着ている。

「各プロジェクトの進捗をモニターに映します」
「これは……」

 モニターに映し出された進捗表をみて愕然とする。

「既に工試が始まっているのに、オフツールが完成していないだと?それに、こっちはPT2でもラインが完成していないのか」
「マネージャー!」

 俺がモニターを見ていると、オーリスが叫んだ。

「品番AのCPKが1.33を下回りました。量産で品質を維持できません」
「何故だ」

 ドンっとテーブルを叩いた。
 一度やってみたかったのだが、手が痛い。

「生産技術が加工条件をロストしたそうです。前回生産時の条件を再現できません」
「全数検査を徹底させろ。流出で食い止める」
「CPK更に低下。1.00を割りました。rpnも上昇中。あ、100を越えました。ダブルチェックでも防ぎきれません」
「どういうことだ!」
「金型を磨きすぎて磨耗したようです」
「まだ、量産開始前だぞ!!」

 なんてことだ。
 ここに来てこの様か。

「マネージャー、大変です!」
「今度はどうした?」
「品番Bのプレス機が完全に沈黙!」
「何故だ?」
「作業者が段取りを間違えて、金型を挟み込みました。金型も使い物になりません」
「あれも来週には納品だろ」
「はい。納期を延ばしますか?」
「いや、客先イベントのスケジュール的に無理だな。試作時の金型を投入する」
「しかし、あれは未完成ですよ」
「手直ししてでも部品が作れればそれでいい。試作課に応援を依頼しろ」
「はい」

 五品番同時立ち上げとか、営業も自分の会社の実力を考えろよな。
 こんなもん、利益もでないぞ。

「海外工場より緊急入電」
「どうした?」
「ベテランの作業者が給料の良い同業他社に転職してます。ラインを維持出来ません。至急応援を求むと」
「こっちだっていっぱいいっぱいだ。断れ」
「あっ!」
「何か」
「専務が応援を出せと言って、ベテラン作業者を派遣しました」
「こちらの量産作業者だろ。SOPまで時間がないんだぞ。新規で教育なんか出来るか!」
「『人員は足りているはずだ』とおっしゃいました」
「ちっ、現場も見ないでよくもそんなことが」

 職場に掲げてあるスローガンに「足りぬ足りぬは工夫が足りぬ」とあるが、そのスローガンを掲げて日本は戦争に負けたんだぞ。
 少しは歴史を学んで欲しい。

「品番C、SOPを突破。納入が開始されました」
「防衛ラインを初期流動まで後退。そこで決着をつける」
「不良率目標5%に対して、現在15%ですが」
「初期流動を解除出来ないじゃないか」
「あっ!」
「今度は何だ?」
「PT1で良品が取れません」
「わかった、特採申請を行う。それまでなんとかもたせるように伝えてくれ」

 もうボロボロだ。
 なんで、品質管理なんて仕事をしているのだろうか。
 辞めたい。
 今すぐにでも、この会社を辞めたい。
 特採申請を提出後、俺はヤスリを持って、製品の修正に向かった。
 時刻は既に22時。
 このままでは明日の出荷に間に合わないかもしれないと、絶望の中バリをヤスリで除去していく。

「マネージャー、手伝いますよ」
「班長!」

 気がつけば、夜勤の班長が部下を連れて、俺のところに来ていた。
 みんな手にはヤスリを持っている。

「二直の生産はいいのか?」
「最低限の人員は残してきました。会社がどうにかなるかならないかの瀬戸際なんです。品質管理だけに運命を背負わせる訳にはいかんでしょ。さ、修正方法を教えてください」
「班長……」

 そこで目が覚めた。
 どうやら、あまりにも暇で、相談窓口で眠ってしまったようだな。
 それにしてもまったく、なんて夢を見るんだ。
 実話に近い悪夢じゃないか。
 やれやれだなと首を振り、目を覚ますために顔を洗った。
 そして、相談窓口に戻ってくると、見たことある人物達がいる。

「おや、カイエン隊じゃないか。また何か相談かい?」

 以前、迷宮ダイオウヤンマの目の色の違いを見分けたいと相談に来た、カイエン隊のメンバーがまた相談にやって来た。

「今日はクロスボウが動かなかった事について相談があるんだけど」
「動作不良か」

 カイエンが頷く。

「弓手のナイトロです」

 ナイトロと名乗ったのは、カイエンと同年代の若い男だった。
 彼も木等級の冒険者であり、ジョブは弓師だという。
 クロスボウは前の冒険の際、モンスターの攻撃を受けていたのだそうだ。
 そのときに部品が壊れていたが、気がつかずに今回の冒険に持っていったら使えなかったと。
 どうやら、トリガーと弦を固定している部品の連動が出来なかったみたいだな。
 事実の確認はこんなものかな。

「さて、ナイトロ。これから聞くことに、正直に答えてくれるかな」
「はい」
「まず、どうしてクロスボウでモンスターの攻撃を受けたんだい?君は後衛だろう」
「迷宮バッタがカイエンの脇を抜けてきたんだ。俺は盾を持っていないから、手に持っていたクロスボウで、咄嗟に迷宮バッタの攻撃を受けたんだ」
「クロスボウで敵の攻撃を受ける事は普通なのか?」
「クロスボウしか持ってないから、それは普通だと思ってる。矢がなくなれば、クロスボウで相手を殴ることだってあるぞ」

 そういうもんなのか。
 クロスボウにそんな衝撃を加えたら、今回のような動作不良や、照準のずれが発生しそうだな。
 前世で現場作業者が、落下させたノギスで測定していたのを思い出す。
 クロスボウが壊れるのを再現トライしてみたいが、残念ながら俺にはそんな予算がないので諦めよう。

「さて、故障の原因はそんなところか。次は、どうして故障に気がつかなかったのかだな。迷宮バッタの攻撃を受けてから、クロスボウは使わなかったの?」
「その時はカイエンが駆け付けてくれて、迷宮バッタを倒してくれたから、俺はクロスボウを使わなかったな。その日の最後の敵がそいつだったし」
「今回の冒険をするまで気が付かなかったと」
「クロスボウを持ったチェックはしたんだけど、動作確認まではしなかったな」

 これが動作不良を見逃した真因だな。
 あとは、これをどうするかだな。
 冒険者としての経験が豊富なシルビアに聞いてみるか。

「私もクロスボウは使ったこと無いけど、昔パーティーを組んでいた弓手が使っていたわね。毎回照準の確認はしていたわよ」
「ありがとう」

 やはり、毎回動作確認は必要だな。
 それと、異常発生時の復旧手順としての動作確認か。

「クロスボウは冒険に行く前に動作確認をしましょう。冒険者ギルドの訓練所に的を用意しますので、照準の調整も兼ねてそこで確認して下さい。それと、冒険途中にクロスボウに衝撃が加わった場合は、その場で動作確認を行ってから、冒険を続けるようにしてください」

 これはいうなれば設備始業点検だな。
 設備が正常に動作するのかを確認してから生産を始める。
 変化点があった際は、一度生産を停止して、設備の動作を確認してから再度生産を開始する。
 品質チェックとは別で、設備が正常かどうかを確認するのだ。
 これを怠ると、大きな不良に繋がるんだよな。
 というわけで、品質チェックと設備仕業点検を両方やる必要があるのである。

「変化点があったら直ぐに確認、ついつい見落としがちよね」
「お、シルビアも品質管理がわかってきたじゃないか」

 カイエン隊が帰った後、訓練所で的を設置していたらシルビアがそう言ったので、俺はちょっと感心した。
 昼間見た夢は最悪だったが、いつかこの世界が前世よりも品質が良い世界になるかもしれない。
 シルビアの言葉から、そんな期待を抱いた。
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