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第30話 選別業者になろう

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「この前カイロン伯爵が来たと思ったら、今日は将軍がこちらに見えたのね」

 この街を管轄している将軍が、どういう訳か冒険者ギルドにやって来たのだ。
 今は応接室でギルド長が対応している。
 シルビアが俺の横で将軍が入っていった応接室のドアを見ている。
 仕事はどうした?

「何か問題かしらね?」
「小泉局長の猫が餌を食べないか、教頭先生が蟻地獄物産に嵌められて、先物で大損したか」
「何よそれ」

 伝わるわけ無いですね。
 暫くすると将軍が帰り、ギルド長が俺達のところに来た。
 仕事もせずに遊んでいるシルビアが怒られるのかな?

「二人ともちょっといいか」
「なんでしょうか」

 ギルド長が俺達に話したのは、将軍からの苦情であった。
 苦情というのは、最近冒険者のトレインが多くて、迷宮の入口を守っている兵士達にも被害が出ているというのだ。
 冒険者の管理はどうなっているのかということで、こちらに顔を出したのだという。
 トレインの増加と同じ時期から、死亡事故も増えている。
 この二つになにか共通点はあるのだろうかとも。

「ここ最近トレインで処罰された冒険者を調べて欲しいんだ」
「調べるといっても、名前は判っているのであれば、自分達の仕事ではないのでは?」
「いや、処罰された冒険者の共通点と言えばいいのかな」
「なるほど、層別ですね」

 層別とはデータを特徴別に分けることだ。
 品質管理では不具合をその種類ごとに分けて、どんな不具合がどんな比率で発生しているのかを見るのに使う。
 早速俺は層別に取り掛かった。
 シルビアも手伝ってくれる。
 そうして見えてきたことがあった。

「クエストを受けたギルドはこっちと向こうと共通点はないが、等級試験については全て向こうの冒険者ギルドで合格した連中だな。シルビアが覚えていないんだから」
「そうね。でもそれがどう関係するの?」
「つまり、例えば銀等級の冒険者がいたとして、向こうの冒険者ギルドで銀等級にランクアップした冒険者は、本来は銀等級の実力がないって事だ。だからトレインや死亡事故が増えているんだろうな。死亡した冒険者についても調べてみよう」
「わかったわ」

 それから、冒険の最中に死亡した冒険者についても調べてみた。
 こちらもシルビアがランクアップ試験で合格させた記憶は無いそうだ。
 冒険者の等級は全国の冒険者ギルドで共通だ。
 どこかの冒険者ギルドで等級が認められたら、他に行ってもその等級として扱われる。
 カイロン伯爵の冒険者ギルドは、運転免許の卒業検定を簡単に合格させる教習所だと思って貰えばいい。
 そして、そうやって簡単に合格させると、免許取得後に事故が多くなるというのが定番だ。
 まさか異世界に来てからも、似たような事に遭遇するとは思ってもいなかった。
 念の為冒険者ギルドに残っている記録も確認したが、死亡時の等級について、こちらで合格させた冒険者は居なかった。
 ここまでデータが偏るなら、向こうのランクアップ試験に問題があるといって間違いないだろう。
 集まったデータをギルド長に報告した。
 ギルド長はそれを将軍に報告する。
 その結果を受けて、俺とシルビアがギルド長に呼ばれた。

「冒険者の等級を再確認して欲しいといわれたよ。今迷宮にいる冒険者を優先にして欲しいとのことだ」
「迷宮に居る冒険者をどうやって」

 これは所謂選別作業だ。
 前世では出荷した製品に不良品が混入している場合、納品先に確認作業をしに行くことがしばしばあった。
 今回も、迷宮に出荷された冒険者の中に、規格を満たさないものが混じっているので、それを選別する必要がある。
 だが、選別作業で重要なのはその選別方法である。
 外観目視で判るのか、測定しないとわからないのか。
 測定しなければならない場合、測定具はどうするのか。
 そういう事を決めてから選別しないと、何度も同じ製品を選別することになるのだ。
 今回も冒険者の等級の適切性という目に見えない物なので、どうやって選別していいのか俺には判らない。

「その場で試験してやればいいのよ」

 シルビアが相変わらず短絡的なのだが、彼女ならそれができるのも事実。
 でも、迷宮内で試験するのもリスクあるんじゃないかな?

「一先ず街に戻るように説得しましょう」

 現地で選別出来ない以上は、連れ戻すしか無いだろう。
 ギルド長も少し考えていたが、一度引き返してもらうように説得して欲しいと言ってきた。
 今回説得の対象になるのは、向こうの冒険者ギルドでランクアップした冒険者だけなので、人数はそんなに多くはないだろう。
 ただ、迷宮が広いので、対象がどこまで潜っているのかは正直わからない。
 できる範囲での選別になる。
 範囲が特定できないなんて、品質管理としては口が裂けても言えないのだが、事実を受け止めるのも重要だな。
 あれ、ひょっとしてこういう時のためにリコールのスキルがあるのか?
 というか、どうしてカイロン伯爵のギルドのミスを俺達が尻ぬぐいなんだ?

「ギルド長、どうして我々が動くのでしょうか」

 俺は疑問をギルド長にぶつけた。

「私も将軍に同じことを訊いたよ。そうしたら、カイロン伯爵は対策を諦めたそうだ」

 なるほどね。
 極稀に遭遇したことがあったが、中小企業の中には不具合の対策を諦める会社がある。
 自分達にノウハウが無いから、どう対策をしてよいのかわからないのだ。
 今回もそのパターンだな。

「まずは、これ以上不適切な階層にチャレンジしないように、向こうの冒険者ギルドのランクアップ試験を一時停止しましょう。そして、ランクアップした者を再試験します」
「そうだね、将軍をとおしてカイロン伯爵にお願いしてみるよ」

 そう、まずは不良を作り続けているラインを止めなければならない。
 対策ができるまでは同じ不良が発生するからだ。
 あちらがその判断を出来ないのなら、こちらから指示をするしかない。
 急なことだったので、迷宮に潜って冒険者を説得できるのは俺とシルビアしか居なかった。
 二人だけだと余り深い階層までは行けないのだが、行けるところまででよいと言われたので、その条件で迷宮に潜った。

「これで何回目よ」

 シルビアがイライラしている。
 地下7階層付近からプチトレインに巻き込まれること両手で足りず。
 俺も数えるのが面倒になって途中から止めた。
 なんとも中途半端な選別作業になったが、こちらも命懸けなので仕方がない。

「ヒヤリハットの法則からしたら、もっと小さいトレインが無数に発生していることになるな」
「ヒヤリハットってなによ?」
「重大な事故の下に小さな事故が29件あって、さらに小さな事故は300件発生しているっていう法則だよ。もっとも、数字は不確かで比率は正確じゃないけどね」
「それならなんとなくわかるわ。プチトレインになる前の、単独か少数のモンスターから逃げている冒険者はもっと多いってことでしょ」
「そうだね」

 迷宮内は思った以上に秩序がなく、やはり能力が未達な等級の冒険者が多い。
 客観的な評価で等級を決める仕組みが必要だな。
 二人だけでこれ以上進むのは危険と判断し、、その日は街に帰った。

「ギルド長、等級管理の草案をもってきました」

 翌日俺はギルド長の執務室を訪ねた。
 シルビアは朝から等級再試験をしており、忙しそうにしているのでここには居ない。

「どんなものだい?」
「自分の等級に見合ったクエスト成功数が半年間で50以上、失敗が10以下で尚且つ連続の失敗が無しならランクアップ。失敗数が11以上ならランクダウンとしましょう。これなら試験官の能力に左右されません」
「失敗が10って多すぎないかい」
「失敗数を少なくしすぎると、撤退の判断が遅れますので、これくらいがいいのかなと」
「なるほどね。ただ、試験官を解雇する訳にもいかないんだが、彼等はどうするつもりだい」
「指導員として残ってもらいましょう。ランクアップのための指導は必要だと思います」
「そうだね、王都の本部に掛け合ってみよう」

 この世界は通信手段がないので、俺の案が採用されるのには数か月かかることとなった。
 でも、これが採用されたことで、全国共通の評価がなされることになったのである。
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