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初めての仕手戦

21 挑発

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 清算日まで残り3日となった。
 価格は再び上昇して50万マルクを突破。
 値が軽いのは現物がほとんど出てこないのに加え、激しい値動きで破産する参加者が続出して、板が薄くなってしまったことによる結果だ。
 先物取引の建玉は売り方の買い戻しでもう殆どない。
 あれだけ賑わっていた連日の取引が嘘のようである。

 ハーバー商会が金融街に構える事務所の中には、この日もブリュンヒルデが来ていた。

「現物を集めるのに金がかかりましたが、かなりの量を押さえられましたな。さらなる値上がりを期待して、抱え込まれているものは市場には簡単には出てこないでしょうから、実質もう売ってくる奴はいませんな」

 ハーバーがブリュンヒルデにそう報告をした。
 ブリュンヒルデはうなずくと、出されていた紅茶を飲んだ。

「もう売り方は軒並み破産して、期先ですら取引が成立しなくなりましたな」

「これで、ローエンシュタイン辺境伯にはハーバー商会を通じて、1キロ30万マルクで塩を購入してもらう契約に同意してもらえますかしらね」

 ブリュンヒルデが再びローエンシュタイン辺境伯に突き付けた条件は、最初の提示の倍の金額となっていた。
 返答を渋る辺境伯にプレッシャーをかけに来たのである。

「そうなるとよいですな」

 ハーバーが相づちをうったところで従業員が異変に気付く。

「ハーバー様!」

「どうした?」

「巨大な売り板が出ました」

「なんだと?」

 ハーバーが慌ててマジックアイテムを確認する。
 先物は50万マルクで4000枚の売り注文が出ていた。
 翌月にも翌々月にもそれぞれ4000枚が出されていた。

「これが出せるのはヨーナスか」

 その言葉にブリュンヒルデの眉もピクリと動いた。

「今更こんな注文に付き合う必要はありませんな」

 とハーバーは鼻で笑う。
 しかし、ブリュンヒルデは気になったことがあった。

「受渡日に現渡出来なかったらどうなるのかしら?」

「それは全額を違約金として支払うことになります」

 それを聞いてブリュンヒルデは少し考えた。

「こんなバカみたいな売りを出して、全て約定した時のことを考えないのかしら?」

「何か手立てがあるのでしょうな。ヨーナスが色々なところで資金をかき集めていたと聞いております」

「ハーバー、貴方ならこの売りを出すのに何をするかしら?」

「塩の調達に目処を立てますな。しかし、ローエンシュタイン家の管理地に塩を産出するような場所があったとして、採掘のための人足を集めていた様子はない。ならば、他領からの輸入でしょうな。だとすれば、ヨーナスが集めたのは仕入れの資金かと」

「これは明らかに私に対する挑戦ですわよね」

 そこにまた従業員がやってきた。

「ハーバー様、ご報告したいことが」

「今度はなんだ?」

「マクシミリアン様が大通りで塩を無料で振る舞っております」

 その報告にハーバーとブリュンヒルデは驚く。

「それは本当か?」

「はい。持ち帰りは認めずに、その場で舐めるだけですが、塩の入手が出来なくなった住民が長蛇の列を成しています。そして、もうすぐ塩の価格は暴落するから我慢してくれと言ってました」

「そうか、ご苦労」

 ハーバーは従業員を下がらせた。
 そして、ブリュンヒルデに進言する。

「やはり、塩の調達の目処がたったようですな。しかし、これはチャンスです」

「チャンス?」

 ブリュンヒルデはハーバーの意図するところがわからなかった。

「相手は塩の調達が出来たことで、価格を崩せると思っています。なので、あんな売り板を出してきたのでしょうけど、仕入れのために資金をつかってしまったので、手元には殆ど残っていないはずです。自身があるからこそ、余力のない全力の張り方をしてきたので、その足元を掬ってやるのです」

「ハーバー、貴方にはその方法があるというのですね」

「はい。このままではマクシミリアン様に相場で負けたままですからな。先ずは堂々と勝負を受ける宣言をいたしますか。相手の油断を誘うためにも。自分たちのシナリオ通りに事が運んでいると思わせるのです」

「わかりましたわ」

 こうしてハーバーとブリュンヒルデは従業員にマクシミリアンが居た場所を聞き、そこに馬車で向かったのだった。
 二人が到着しても塩を求める人々の行列は出来ていた。
 マクシミリアンだけではなく、ヨーナスと彼の従業員が列を捌いている。

「ごきげんようマクシミリアン様」

 ブリュンヒルデが挨拶をすると、マクシミリアンも手を止めて挨拶をした。

「これはブリュンヒルデ様。ヨーナス、しばらく頼む」

「はい」

 マクシミリアンは住民の相手をヨーナスにまかせて、ブリュンヒルデの相手をすることにした。

「本日はどのようなご要件でしょうか?こちらにいる住民たちは塩の値上がりで困っている者たちでございます。そのよなところに買い占めを行っている貴女様がお見えになるのは、不測の事態を招きかねませんが」

 マクシミリアンは住民たちに聞こえないように小声で言う。
 彼らはブリュンヒルデが公爵令嬢で、買い本尊であることを知らないのだ。

「あの売り板が本気なのかを確認したくて」

「ああ、そのことでしたら――」

 マクシミリアンが答えようとしたとき、その会話に乱入した者がいた。

「マクシミリアン、お前どういうつもりだ?」

「アルノルト兄上、どういうつもりとは?」

 乱入してきたのはアルノルトだった。
 ものすごい剣幕でマクシミリアンに詰め寄る。

「400トン分の売り板を出した事だ」

「それは塩の入手の目処がたったからですよ。我が領地で産出する塩のね」

「そんなもの何処にも無いだろうが!」

 その言葉を聞いてマクシミリアンはため息をついた。

「兄上、なんでそれをブリュンヒルデ様の前で言っちゃいますかね」

「この女に持っていかれるくらいなら、俺が買いをぶつけてやる。ヨーナス!」

 アルノルトに呼ばれて、ヨーナスもこちらにやってきた。

「なんでございましょう?」

「マクシミリアンの売りに買いをぶつける」

「それは構いませんが、アルノルト様ですと500枚がいいところですよ」

「かまわん。少しでもあの女に渡る金が減ればそれで良い」

 そのやり取りを見ていたハーバーがブリュンヒルデに耳打ちする。

「アルノルト様が領内の塩の産出地をご存知ないとなると、やはり輸入してくるつもりでしょう。お任せください、必ずや阻止してみせます」

 ブリュンヒルデは頷くと、マクシミリアンに向かって

「残りの売り板、全て買わせていただきますわ。期先も含めて注文を出した事を後悔なさい」

 と宣言した。

「後悔などしませんよ。ブリュンヒルデ様もどうか引き渡し日には現金をご用意下さい。引受け事故があっては困りますので」

 マクシミリアンは自信たっぷりに言い返す。
 ハーバーは心のなかでほくそ笑む。
 その自信が命取りになるのだと。
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