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第二章 夏
第四十五話 水泳勝負
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宙を舞った千波を受け止めた後、バクバクと激しい鼓動を打つ心臓を胸の内に隠しながら、俺達は流れるプールでの遊泳を再開した。
千波もあの直後はなんとなく様子が変だったような気もするが、今は特に気にする素振りも見せていないので、とりあえず俺も一旦気にしないでおこう、うん。
そんなふうに割り切り、碧と一緒に千波と杏実さんが遊んでいるところに混ざってみたり、途中で見つけたジャグジーに入ってみたり、としているうちに時計の針は二つとも真上を指し、それを少し通り過ぎていた。
ああ、もうこんな時間なんだ、と楽しい時間の過ぎる速さをしみじみと感じていると、杏実さんが「そろそろお昼ご飯にしない?」と提案をした。
それを聞いた瞬間、なんだか無性にお腹が空いてきたような気がした。ずっとプールで泳いでたんだから当たり前かもしれないが。
杏実さんの提案に対し、指で丸を作りながら残り二人の反応を確認すると、二人とも賛同していた。
それを見て、嬉しそうな笑みを浮かべながら杏実さんが次なる質問を投げかける。
「じゃあ、お昼はどこで食べる?」
それを受け、俺は考える。このプール施設内には飲食ができる場所は二カ所。
一つは更衣室の外にあるフードコート。ファストフード店なんかがいくつか入っていたはず。
もう一つは、俺達が今いるプールエリアの一角にある屋台。種類は少ないが、お手頃な価格でおにぎりやサンドイッチといった軽食を売っている。
前者の方がしっかりと空きっ腹を満たし、午後にはしゃぐ分のエネルギーを補給できるのは間違いない。ただ、そこは更衣室の外にあるため、一度水着を脱いで普段着に着替える必要がある。
しかもその後にもう一度プールに入ろうと思うと、そこから再び水着に着替えなければならない。そう思うと結構な手間だ。
それに対し、後者の方は一旦更衣室に戻り、財布を持ってこっちに戻ってくるだけ。手間と言う程ではない。となると──────。
俺の考えがまとまり、口を開こうとしたタイミングで俺と同じ考えに至ったらしい千波が先に口を開いた。
「やっぱり、屋台の方が良いよね。着替えるのはちょっと……めんどくさい、かな」
千波が「めんどくさい」なんて口にするのなんか珍しいなぁ、なんて思いながらそれを聞いていると、杏実さんが千波の意見に同調する。
「だよね!じゃあ屋台で決定しようと思うけど、二人もそれで良い?」
俺と碧の方を振り返りながら言う杏実さんに俺達は首を縦に振って返す。
それを確認した杏実さんが財布を取りに行くために更衣室に向かおうと体の向きを変えると、碧が口を挟む。
「全員がそれぞれ財布取りに行ってたらそれこそめんどくない?誰か一人が取りに行って、一旦みんなの分払って後で回収して、残りの人が財布を待ってる間に何食べるか決める方が効率良いよ」
「確かに!碧君流石!!じゃあ、誰が財布取ってくるか決めよう!じゃんけんでいい?」
碧の言葉に杏実さんがテンポ良く言葉を返して話を進め、「俺が言い出したから俺が財布取ってくるよ」なんて言おうとしていたであろう碧がそれを見て苦笑を浮かべている。
そして、全員で平等に誰が取りに行くか決めようとしていた杏実さんを尊重するように、元々頭に浮かべていた言葉と違う言葉を選び、口に出した。
「だったら、ここはプールなんだし、じゃんけんじゃなくて泳ぎで決めようか」
碧の放った言葉に呆気に取られた後、俺達は真面目な水泳がしたい人のために用意されている25メートルプールに来ていた。
ここでみんなで泳ぎ、勝負をしようと言うのだ。
さらに、あの後に杏実さんがした提案により、最下位の人は一位の人にお昼を奢る、というルールも付け足されてしまった。これは勝たねば。
そんな訳で、俺たちは今、25メートルプールの中に入り、横並びになっている。
「じゃあ、俺がスタートって言ったら泳ぎ始めて、25メートルを泳ぎ切る速さを競うってことでいいよね?」
と碧が全員に向かって最終確認をする。
それに対し、俺と千波は首を縦に振り肯定。
しかし、杏実さんはそうせず、碧の言葉に口を挟む。
「男の子の方が体が大きくて力もあるから、ハンデ欲しい~」
杏実さんの言葉を受け、俺は確かにと思った。
男女の力の差があるのは当然で、このままではフェアな勝負にならない。こういう公平さを求めるところ、杏実さんも真面目だな。
そう思い、俺は思った事をそのまま口にすると、「でしょ~」と自慢げな声が返ってくる。
そして、その流れでこの声の主は悪戯っ子のような笑みを浮かべながら要求を口にする。
「だから、私と千波ちゃんは25メートルで、碧君と佑君は50メートルでどう?」
「ちょっと待って」
前言撤回。この子が求めているのは公平さなんかじゃなくて勝利だわ、これ。勝てるルールに作り替えようとしてる。
碧も杏実さんの要求を聞いて苦笑を浮かべている。そして、少し考えるような素振りを見せた後に口を開く。
「杏実のその要求を飲むのは厳しいね。流石に倍の距離は……」
そう言う佑を見て、杏実さんは笑い声を溢す。流石に冗談の要求だったらしい。
そんな杏実さんを見ながら、その代わりに、と碧が続ける。
「杏実と千波さんは自由に泳いでもらって、俺も佑は腕で水を掻くのを禁止して、バタ足だけで泳ぐってのはどうかな。これならまあまあフェアじゃないかって思うけど」
そんな碧の代替案に杏実さんは朗らかに「いいよ~!」と返す。
千波も控えめに手でオーケーサインを作っている。というか、千波は元々文句言ってなかったし、運動がまあまあ得意なはずなので普通にやっても負けない自信があったような気がする。
俺もまあ、頑張ればどうにかなるか、とその案に賛成。
これでルールが決まったので、あとは泳いで決着を付けるだけ。
俺達はそれぞれの邪魔にならないようにもう少し広がり、スタートの合図を待つ。
全員の準備ができているのを確認した碧が息を吸い込み、「スタート!」と力強く言い放つ。
それを耳にした瞬間、全員がプールの壁を蹴って勢いよく泳ぎ始めた。
結果、俺が最下位になった。
千波もあの直後はなんとなく様子が変だったような気もするが、今は特に気にする素振りも見せていないので、とりあえず俺も一旦気にしないでおこう、うん。
そんなふうに割り切り、碧と一緒に千波と杏実さんが遊んでいるところに混ざってみたり、途中で見つけたジャグジーに入ってみたり、としているうちに時計の針は二つとも真上を指し、それを少し通り過ぎていた。
ああ、もうこんな時間なんだ、と楽しい時間の過ぎる速さをしみじみと感じていると、杏実さんが「そろそろお昼ご飯にしない?」と提案をした。
それを聞いた瞬間、なんだか無性にお腹が空いてきたような気がした。ずっとプールで泳いでたんだから当たり前かもしれないが。
杏実さんの提案に対し、指で丸を作りながら残り二人の反応を確認すると、二人とも賛同していた。
それを見て、嬉しそうな笑みを浮かべながら杏実さんが次なる質問を投げかける。
「じゃあ、お昼はどこで食べる?」
それを受け、俺は考える。このプール施設内には飲食ができる場所は二カ所。
一つは更衣室の外にあるフードコート。ファストフード店なんかがいくつか入っていたはず。
もう一つは、俺達が今いるプールエリアの一角にある屋台。種類は少ないが、お手頃な価格でおにぎりやサンドイッチといった軽食を売っている。
前者の方がしっかりと空きっ腹を満たし、午後にはしゃぐ分のエネルギーを補給できるのは間違いない。ただ、そこは更衣室の外にあるため、一度水着を脱いで普段着に着替える必要がある。
しかもその後にもう一度プールに入ろうと思うと、そこから再び水着に着替えなければならない。そう思うと結構な手間だ。
それに対し、後者の方は一旦更衣室に戻り、財布を持ってこっちに戻ってくるだけ。手間と言う程ではない。となると──────。
俺の考えがまとまり、口を開こうとしたタイミングで俺と同じ考えに至ったらしい千波が先に口を開いた。
「やっぱり、屋台の方が良いよね。着替えるのはちょっと……めんどくさい、かな」
千波が「めんどくさい」なんて口にするのなんか珍しいなぁ、なんて思いながらそれを聞いていると、杏実さんが千波の意見に同調する。
「だよね!じゃあ屋台で決定しようと思うけど、二人もそれで良い?」
俺と碧の方を振り返りながら言う杏実さんに俺達は首を縦に振って返す。
それを確認した杏実さんが財布を取りに行くために更衣室に向かおうと体の向きを変えると、碧が口を挟む。
「全員がそれぞれ財布取りに行ってたらそれこそめんどくない?誰か一人が取りに行って、一旦みんなの分払って後で回収して、残りの人が財布を待ってる間に何食べるか決める方が効率良いよ」
「確かに!碧君流石!!じゃあ、誰が財布取ってくるか決めよう!じゃんけんでいい?」
碧の言葉に杏実さんがテンポ良く言葉を返して話を進め、「俺が言い出したから俺が財布取ってくるよ」なんて言おうとしていたであろう碧がそれを見て苦笑を浮かべている。
そして、全員で平等に誰が取りに行くか決めようとしていた杏実さんを尊重するように、元々頭に浮かべていた言葉と違う言葉を選び、口に出した。
「だったら、ここはプールなんだし、じゃんけんじゃなくて泳ぎで決めようか」
碧の放った言葉に呆気に取られた後、俺達は真面目な水泳がしたい人のために用意されている25メートルプールに来ていた。
ここでみんなで泳ぎ、勝負をしようと言うのだ。
さらに、あの後に杏実さんがした提案により、最下位の人は一位の人にお昼を奢る、というルールも付け足されてしまった。これは勝たねば。
そんな訳で、俺たちは今、25メートルプールの中に入り、横並びになっている。
「じゃあ、俺がスタートって言ったら泳ぎ始めて、25メートルを泳ぎ切る速さを競うってことでいいよね?」
と碧が全員に向かって最終確認をする。
それに対し、俺と千波は首を縦に振り肯定。
しかし、杏実さんはそうせず、碧の言葉に口を挟む。
「男の子の方が体が大きくて力もあるから、ハンデ欲しい~」
杏実さんの言葉を受け、俺は確かにと思った。
男女の力の差があるのは当然で、このままではフェアな勝負にならない。こういう公平さを求めるところ、杏実さんも真面目だな。
そう思い、俺は思った事をそのまま口にすると、「でしょ~」と自慢げな声が返ってくる。
そして、その流れでこの声の主は悪戯っ子のような笑みを浮かべながら要求を口にする。
「だから、私と千波ちゃんは25メートルで、碧君と佑君は50メートルでどう?」
「ちょっと待って」
前言撤回。この子が求めているのは公平さなんかじゃなくて勝利だわ、これ。勝てるルールに作り替えようとしてる。
碧も杏実さんの要求を聞いて苦笑を浮かべている。そして、少し考えるような素振りを見せた後に口を開く。
「杏実のその要求を飲むのは厳しいね。流石に倍の距離は……」
そう言う佑を見て、杏実さんは笑い声を溢す。流石に冗談の要求だったらしい。
そんな杏実さんを見ながら、その代わりに、と碧が続ける。
「杏実と千波さんは自由に泳いでもらって、俺も佑は腕で水を掻くのを禁止して、バタ足だけで泳ぐってのはどうかな。これならまあまあフェアじゃないかって思うけど」
そんな碧の代替案に杏実さんは朗らかに「いいよ~!」と返す。
千波も控えめに手でオーケーサインを作っている。というか、千波は元々文句言ってなかったし、運動がまあまあ得意なはずなので普通にやっても負けない自信があったような気がする。
俺もまあ、頑張ればどうにかなるか、とその案に賛成。
これでルールが決まったので、あとは泳いで決着を付けるだけ。
俺達はそれぞれの邪魔にならないようにもう少し広がり、スタートの合図を待つ。
全員の準備ができているのを確認した碧が息を吸い込み、「スタート!」と力強く言い放つ。
それを耳にした瞬間、全員がプールの壁を蹴って勢いよく泳ぎ始めた。
結果、俺が最下位になった。
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