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第二章 夏

第三十六話 七夕

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 今朝、いつも通りに教室に登校すると、そこにはいつも通りではない光景が広がっていた。

 教卓の隣に堂々と立てかけられている笹。そしてその横には長方形に切られた紙が並んでおり、同じ物が笹の葉にぶら下がっている。それを見て、俺は今日が七夕である事を思い出した。


 短冊がいくつかぶら下がった笹を、小学生の頃は毎年短冊に願いを書いてたなぁ、と思いながらぼんやりと眺めていると、杏実さんが嬉々として短冊を持って俺の方へとやってくる。

「せっかくだから、お願い事書こうよ!」

 そう言いながら俺の答えを待たずに杏実さんが短冊を手渡してくる。

「まあ、せっかくだし良いよ。けど……誰が用意したのよこれ」
と杏実さんから短冊を受け取りながら疑問を投げかけると、間をおかずに「あ、先生が朝持ってきてたよ~」と杏実さんが答える。
 いや、用意したの先生かよ。と内心で俺がツッコんでいるうちに杏実さんはパタパタと碧の方へと駆けていく。
 俺に短冊を渡した時に杏実さんが自分用とは別にもう一枚短冊を持っていたので、碧にも書いてもらうつもりだろう。
 それにしてもお願いか……。何書こうかな。



 俺が短冊に何を書くかを悩んでいるうちに、気づけば昼休みになっていた。
 自分でも悩みすぎだろ、とは思うけど、短冊に書くような事が思いつかないから仕方がない。人目に付く所に飾る物に「千波と付き合えますように」なんて書くわけにもいかないし、かと言って「学力向上、無病息災」なんて書いてもつまらないし。

 そうして悩んでいると、「お~?佑君悩んでるねぇ」なんて言いながら杏実さんがやってきた。

「杏実さんはもう書いたの?」

 俺がそう訊くと、杏実さんは親指を立て、意気揚々と手に持っていた短冊を掲げる。
 杏実さんの短冊には、女の子らしい可愛い丸文字で「想いが実りますように」と書いてあった。

 なるほど、確かにこの書き方なら「何に対するどんな想いか」が分からないから周りから変に悟られる事はない。
 よく考えられているな、と感心して杏実さんを見ると、「どうだ、上手くやったでしょ」という声が聞こえてくる気がするようなドヤ顔を見せつけられた。可愛い。

 杏実さんの短冊を見て、他人には分からないように自分の本当の想いを書く、という方法に気づいた途端、俺の頭が一気に回転する。その勢いのままに短冊を書き上げる。
 そしてそれを杏実さんに見せると、杏実さんはふふ、と笑った。

「なんか……佑君っぽいね」

 そう溢した彼女の視線の先には、勢いのある文字で「イイ男になりたい!」と書かれた短冊が風に揺られていた。



 そして書き上げたそれを飾ろうと思い、笹の所に持っていくとまあまあ多くの短冊が笹に吊られていた。
 その中の一つに、杏実さんの視線は注がれている。
 当然ながら、杏実さんの興味の対象は碧の短冊であり、そこには「レベルアップしたい!」と書いてあった。
 碧の願い事の内容的には俺の願い事とちょっと似てるのかな?なんて思いながら、俺もその隣に自分の短冊を並べて吊るす。
 そして、満足気に笹を見た時に目に入った「世界平和!!あと、モテたい!!大喜」と書かれた短冊に笑いを誘われるのであった。



 日が落ち、夜が深まり出した頃、スマホが震え、メッセージアプリに通知がやってきた。送り主は杏実さん。
 こんな時間に何の用だろう、と思って送られてきたメッセージを開くと、こんな事が書かれていた。

『ちょっと外に出て空を見てよ!綺麗に天の川が見えるよ!』

 それを見て、部屋のベランダに顔を出すが、住宅街の明かりで星が見えなかったので、急いで靴に履き替え、近くの明かりの無い土手へと向かう。

 近所の中で一番星がよく見える土手には、俺と同じように星を見に来たと思われる人がちらほらといる。
 そして、俺はその中に紛れている一人の女の子に目を奪われる。
 スラっとしたスタイル、ボブに切り揃えられた髪。間違いなく俺の『想い人』だ。大きめのシャツとショートパンツというラフな格好で星を見に来たのだろう。
 後ろから近づいた俺の足音を気にして振り向いた彼女の目が俺の姿を捉え、一瞬だけ驚きの表情を見せてから声を発する。

「佑も天の川見に来たの?」
「うん。綺麗に見えるって聞いたから」

 そうして少しだけ言葉を交わして、空に目をやると、壮大な夜空に沢山の星が瞬き、川を描いている。
 今度はそれに目を奪われ、思わず声を失う。

 織姫と彦星にちなんだロマンチックな話でもしようかと思ったが、静かな夜空を邪魔するのも無粋だと思い、千波と二人で並んで、輝く夜空を眺めていた。
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