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第一章 春

第二十七話 応援前線

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 不審者騒動から一週間。

 心の整理や警察からの聞き取り調査などを終えた杏実さんが教室に戻ってきた。
 しかし、一週間ぶりに戻ってきた杏実さんは明らかに浮いていた。一週間も休んでいたから?否、それは杏実さんの服装が原因であった。

 俺達の通う北燈高校は衣替え期間というものを設けていない。なので、いつ制服を変えても問題はない。が、少し暑くなる、あるいは寒くなって、クラスの誰かが制服を変えると、クラス全体が慌てて制服を変えだすという風潮がある。
 今回、杏実さんが休んでいた一週間のうちに気温が上がり、みんなが夏服に変えたのだが、休んでいた杏実さんは当然ながらそんな変化を知らなかったため、一人だけ冬服、という状況が生まれてしまった。

 そんなわけで、少し居心地悪そうにしている杏実さんだが、周りの子達は特に気にすることもなく話しかけている。聞こえてくる内容は、当然、不審者騒動の被害に遭った杏実さんへの心配だ。あの件は学校側が誰が被害に遭った、という情報などは明かしていないが、女子高生の情報収集力は凄まじく、正確な情報をどこからか入手している。

 周囲の心配に対し、杏実さんはもう大丈夫だから安心して欲しいと伝えていた。実際にあの件に関わっている俺から見ても、あれを引きずっているという様子は見られなかったため、本当に安心だ。

 と、杏実さんの会話を見守っていると、始業三分前というやや危なげな時間になって碧が登校してきた。もちろん碧も夏服姿となっている。
 それを見た杏実さんの顔にパッと花が咲く。あ、これは多分碧の夏服の感想を俺に言いに来るやつだ、と思っていると、同時に先生も入室し、朝のHRホームルームの用意を始めたため、席を立つ事が難しくなる。
 あ~、杏実さん、話に来るタイミング逃したな。そう思って杏実さんに目を向けると、見るからに残念そうにしている。そんな杏実さんを尻目に、先生の合図でHRが始まるのであった。

 HRの最中、碧の事が話したくてうずうずしているのか、少し落ち着きがなかった杏実さんは、HRが終わると、一目散に俺の方へ、とたとたと駆けてくる。

 そして、第一声に放った言葉が、「夏服カッコよすぎる……!」である。ちなみに、北燈高校の夏の制服はごく普通の白カッターシャツとセーラー服なので特別な物ではないと付け加えておく。

「そこまでかよ」と苦笑して俺が呟くと、杏実さんの言葉の応酬が始まる。

「だって、あの爽やかな顔に白のカッターだよ!?似合わないはずがないじゃん!!あと、一番上のボタン留めてないのはちょっと色気あるし、それに襟の所だって──────」

 うん、完全に好きな人補正がかかってるな。いや、俺も昨日夏服になった千波とたまたま遭遇してときめいていた俺が言えた話じゃあないけども!

 そうして会話をしていると、碧が寄ってきて会話に混ざる。

「あ~、杏実さん復活したんだ。心配してたんだよ。あの後大丈夫だった?」

 そう声をかけられた杏実さんが何か不自然なほどに落ち着きがない。顔を紅くし、少し口ごもってからようやく言葉を発する。

「あっ……うん、大丈夫……ありがと…」

 そうして、ようやく放った言葉はものすごく小声だった上に、目線も碧からずれている。
 あれ、なんかおかしいぞ?球技大会を経て、大分普通に碧とも会話できるようになっていたはずなのに、元通りに、なんなら悪化している。

 もうすぐ一限が始まりそうだということで、碧が自分の席に戻ったのを確認し、杏実さんに小声で尋ねる。

「あの日、碧となんかあった?」

 俺の質問に対し、少しだけ考える素振りを見せてから杏実さんが口を開く。

「…‥あの日、ね。泣いてる私に何回も何回も優しい言葉をかけてくれたの。ずっと側にいてくれたの。だから、かな…、碧君の輝きが強すぎてまともに関われない……」

 えーと、それはつまり。

「好きって気持ちが増えすぎて、また喋れなくなってるってこと?」

 俺が尋ねると、杏実さんは固い動きで首を縦に振る。
 となると、中々これは面倒くさい事になりそうだ。また一から杏実さんを碧に慣れさせないといけない。
 とりあえず、何かしらのアドバイスをしようと、口を開きかけたその時、一限開始のチャイムが鳴った。そのため、「後でまた話そ」という俺の一言で一旦会話をここで終了し、席に戻る。


 授業を終えると、俺は一目散に杏実さんの下は向かった。休み時間は有限だ。そして、杏実さんに俺の考えを伝える。

「やっぱり前と同じで、ちょっとずつ話して杏実さん自身が碧に慣れていくしかないと思うんだ」
「うん……やっぱそうだよね。でも………今の私が話しても絶対言葉に詰まったりして、上手くいかないから……。それで嫌われたりしたらって思うと………」

 だよな、怖いよな、嫌われるの。俺も千波と関わり始めてすぐの頃は会話一つする毎に余計な事言っちゃってないか、ちゃんと話せてるか気にしてた。だから話に行くのが怖いっていうのはめちゃくちゃわかる。でも、そこで動けないと何も進まない。
 だから、碧と話す時は俺も一緒に行くから勇気を出して話しに行こう───杏実さんにそう言おうとした時、後ろから声が飛んでくる。

「何話してるんだい、お二人さん」

 杏実さんの碧への恋心に関わる話をしているのを碧に聞かれた、という最悪な想像をしながら振り向くと、俺の視線の先にいたのは、二人の男子。
 最近良く関わるようになった、クラスメイトの石森いしもり舜太しゅんたと、大泉おおいずみ直紀なおきであった。

 最悪の想像は免れたが、この二人がどこまで聞いていたか次第では大きな問題になりかねない。二人が次に何を言うかに神経を張っていると、直紀が口を開く。そして、そこから衝撃的な一言が生まれる。

「佑と杏実ってよく二人で話してるけど、付き合ってるのか?」

 俺と杏実さんが?そんなわけないだろう。
 でも、周りからはそう見えてるのだろうか。
 あ、でもさっき話してた事は聞かれてなさそうだ、よかった。

 そんな考えが頭には浮かんでいるのに、放たれた一言の衝撃からなのか、言葉が出ない。
 横に目を向けると、隣の杏実さんも混乱していて声を出せていない。

 俺と杏実さんが何も言えずにいて、無言の肯定が発生してしまおうとした時、舜太が口を挟む。

「違うよ、直紀。この二人は付き合ってないよ」

 良かった、何故かは分からないけど、舜太が否定してくれた。そう心を撫で下ろそうとした時、舜太が、だって───と続ける。その先で放たれた言葉に俺はさっきよりも大きな衝撃を受けた。

「だって───杏実さんが好きなのは佑じゃなくて碧だから」

 俺と杏実さんと舜太と直紀。その四人にしか聞こえない声量で放たれたその言葉は、俺達の周りの時間を完全に止めていた。



 少し手伝っているとはいえ、第三者の立場のはずの俺でさえ、大きな衝撃を受けた。となると、当事者の杏実さんの受けた衝撃はどれほどだろうか。そう思い、目を向けると、杏実さんは呆気に取られた表情で固まっていた。
 俺が杏実さんに目を向けているうちに、直紀がいち早く止まった時間からの復活を果たし、口を開く。

「え、舜太、そんなのどこで知ったんだ?俺は、そんな話聞いたことないぞ…」

 そんな呟きに、舜太は飄々と返す。

「僕は碧と席が前後だからね、結構こっちに視線が向いてるのを感じるんだよ。それで、疑惑を持ってたら、今日の朝、碧が教室に入ってきた時に杏実を見たら、表情が一気に変わったから、それで確信したよ」

 そんな舜太の言葉を受け、杏実さんが非常にわかりやすい子なのだというのを再認識する。そういえば、俺が杏実さんの恋心に気づいたのも杏実さんのわかりやすい態度と行動だったっけ。
 そう思い出していると、舜太が確認するように、止まった時間から復活して顔を真っ赤に染めている杏実さんに向かって口を開く。

「そんな感じで合ってる?」

 その言葉に、杏実さんはゆっくりと首を縦に動かす。それを見た舜太は、やっぱりか、と笑みを浮かべる。
 そして、今度は俺の方を向き、口を開く。

「で、佑は、杏実が碧と仲良くなれるように手伝ってたって感じ?」
「そこまでお見通しなのかよ…」

 俺が今日何度目か分からない驚きを覚えていると、舜太はこれに関してはただの勘だと告げる。

 すると、今度は今まで黙っていた直紀が口を開く。

「佑、そんなことしてたのか。水臭ぇ、俺たちにも手伝わせてくれよ」

 その言葉に対し、今度は杏実さんが声を上げる。

「そんなことしてくれなくても大丈夫だよ……!ただでさえ佑君に手伝って貰ってるだけでも感謝しきりなのに……」

 杏実さんが申し訳なさから遠慮をするが、直紀は引き下がらない。

「いいや、俺達が手伝いたいんだ!やらせてほしい!杏実さんには幸せになって貰いたいんだ!」

 その言葉を聞いて、俺はこんな事を確信していた。
 ああ、この二人も俺と同じだ、杏実さんが『推し』なんだ、と。
 だったら、そっちに手を貸さねば。

「杏実さん、この二人も、俺もだけど、好きで手伝いたいんだよ。だから申し訳なさとか感じずに受け取って貰えないかな」

 俺の言葉を受けた杏実さんは涙を目に浮かべながら呟く。

「だって、好きな子とまともに話す事すらできないこんな私なんかを手伝うなんて………」

 自分の事をけなしながら、あくまでも俺達が時間を無駄にしないように断ろうとする杏実さん。
 そんな彼女に、俺が言う。

「碧とちゃんと話す事さえできない、そんな杏実さんだからこそ手伝いたいって思えるんだよ。まあ、俺達が出来ることなんてちょっとしたアドバイスくらいだけど」

 俺の言葉に心を打たれたか、それとも食い下がらない俺達を説得するのを諦めたのか。杏実さんが泣き笑いを浮かべてこう言った。

「だったら……手伝うの、お願いしても、いい、かな…?」

 その言葉を聞いた俺達三人は声を揃え、「もちろん」と答える。そして、何を思ったか、直紀がこんな事を言う。

「俺と、舜太と、佑、この三人で杏実を手伝うわけだろ?なんかチーム名みたいなの欲しくない?」

 その提案に舜太がすぐに乗り、意見を出し始める。

「そうだな、『杏実応援団』とかだと安直すぎるかな?」

 他二人がどうにもやる気なので、仕方なく俺も乗って、考えを提示する。

「やっぱ応援団だと安直すぎる気がするからちょっとだけ変えよう。そうだな……『杏実さん応援前線』とか?」

 言った後に、これも安直すぎるか、と思ったが、他二人の感触がどうにも良い。二人揃って、いいな、なんて言っている。言い出した俺がやっぱダメ、なんて言えるはずもなく、チーム名がそれに決定される。
 決まってしまったので、口の中でその名前を転がすと、文字の並びはありきたりすぎるような気もするが、語呂は良い、と思った。そんな蛇足に、杏実さんは優しく微笑みを浮かべていた。

 そうして、新たに増えた二人を加え、合計四人で、碧と会話するための作戦会議を始めるのであった。
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