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第一章 春
第二十六話 星の瞬き
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今日、久しぶりに佑と帰ったからなのかな。
家に着いて、自分の部屋でベッドに横たわった私は、中学の頃に一緒に帰った日の事を思い出していた。
佑の家から中学までの道の途中に私の家があるので、タイミングが合った時は佑と二人で、あるいは他の子達も含めた複数人で下校する事が多かった。
そんな比較的頻繁に起こった佑との下校の思い出で特に印象に残っているのは、中学三年の夏の事。
中学に入った時から背が高かった私は、先輩の熱烈な誘いを受け、バスケ部に入部した。
運動はそこまで得意ではなかったから不安だったけど、せっかく誘いを受けたのだから、と日々の練習に本気で向き合った。
同じタイミングで入部した子達の大半は、いわゆるギャルグループというやつで、部活を本気でやる、といった感じではなく、練習なども休んで遊んでいる事が多い印象だった。
その子達が遊んでいる中、私は必死で先輩から様々な物を学ぶ事に時間を費やした。
中々技術は上達しなかったけど、練習への取り組みと、高い身長というのが顧問の先生の目に留まり、二年生になった頃には試合のメンバーに入れて貰えるようになった。おかげで試合経験を積むことができて、部活にとても充実感を感じていた。
でもそんな楽しい部活の日々は続かなかった。
私が三年生になった時に顧問の先生が変わった。その影響を私はもろに受けてしまった。
新しい顧問は本当にただの実力主義者だった。練習態度が悪くても、顧問への態度が悪くても、上手い人を試合で使って、熱心に練習していても下手な人は試合に出れなくなった。
そんな状況になった途端に、今まであまり練習に来なかったギャルグループが練習に来るようになった。
練習に来るといっても、来ているだけで碌に練習メニューもこなさずに、仲間内で好きにプレーして実力も顧問に見せつけるだけ。でも、それだけで顧問はその子達がバスケが上手いと認め、試合のメンバーに入れるようになった。
今までレギュラーだった私はベンチに回る事が多くなった。どれだけ練習しても、あの子達のセンスに勝てなかった。
それでも、努力し続ければ実を結ぶと信じて毎日練習に励んだ。自分の下手さを分かる事ができたから、一つずつ出来ない事を減らしていこうと頑張った。得意な事も少しだけだけど見つかったから、それを伸ばせるように頑張った。
そして、迎えた三年生にとって最後の大会となる夏の大会のメンバー発表。
顧問が読み上げたスターティングメンバー五人の中に私の名前はなかった。二年生の頃まで私が居たところにはすっかりギャルグループの一人が収まっていた。
努力は、センスに、勝てなかった。
試合のメンバー発表が終わり、一人で下校していた私の足は鉛がついたよう、という表現では表しきれないほど重かった。一歩踏み出す毎に悔しさが湧き出てくる。
ゆっくり、ゆっくりと家を目指して歩いていると、後ろから足音が近づいてくる音が聞こえた。超低速で歩いている私は邪魔になってしまうので道の端に寄って道を開けた。近づいてくる足音は私の横を通り過ぎる───事はなく、私の真横で停止した。そのまま声をかけられる。
「千波………?どうしたよそんなゆっくり……」
地面に落としていた目線を横に向けると、そこにはよく一緒に下校する男の子の佑がいた。
とりあえず、心配されたくなかったから「あ……なんでもないよ、うん、大丈夫…」と言うが、すぐに佑が声を上げる。
「いや、この状況で大丈夫な訳ないだろ!?何があったんだよ、千波……」
ああ、まあ、こんなとこ見られちゃったら言い訳はできないか。
できるだけ心配されないように気丈に振る舞いながら、何があったかを話した。
顧問が変わってからうまくいかなくなった事、真面目に練習してない子達にレギュラーを取られた事、努力が実を結ばなかったこと。一つずつ話していく内に、涙が溢れそうになったけど、どうにか堪えて、佑に心の本当の奥まで察されないようにした。はずだったのに。
佑が一言、なんでもない事かのように言った。
「千波、泣いてくれよ」
一瞬、思考が停止する。その中で、佑が続ける。
「悔しくて、悲しくて堪らないんだろ。俺と千波の仲なんだから、それくらいしてくれよ、させてくれよ」
佑の言葉を聞いて、この人の前でなら泣いてもいいんだ、自分に正直になっていいんだ、そんな事が頭に浮かんだ途端、涙が零れ落ちた。慟哭と嗚咽が止まらなくなった。
悔しい、悲しい、なんで努力は報われない、そう泣きじゃくる私の背を、黙って佑は泣き止むまで優しく撫で続けてくれた。
泣き止んで、顔を上げた私の心には星が瞬いていた。その星は、佑の顔を見ると輝きを増す。ああ、私はこの人に惚れてしまったんだな、ちょっと優しくされただけで惚れるなんて、私ってチョロいな、と思った。
それが、一番悲しくて、悔しくて、嬉しかった下校の思い出だった。
今日、久しぶりに千波と帰ったからなのか。
家に着いて、自分の部屋で着替える俺は、中学の頃に一緒に帰った日の事を思い出していた。
千波とは、下校の方向が同じだった事もあり、一緒に下校する事が多かった。仲間内でわいわいと帰るのが好きだった。その中で、千波と話す機会がどんどん増えていった。価値観や好きな事が被ることが多かった俺達はどんどん仲良くなり、徐々に俺は千波に惹かれていった。
そして、中学二年の頃、クラス内のいざこざに巻き込まれた俺を助けるために千波はちょっと無茶をした。
千波が無茶をしたと聞き、「なんでそこまで俺を助けてくれるんだ」と尋ねた俺に、「だって、佑と私の仲なんだから、これくらい当然だよ」と口にした千波の真っ直ぐな笑顔に俺の心は完全に捉えられた。
そして、迎えた中三の夏。もしかすると中学生活の中で一番印象に残っているかもしれない出来事が起こった。
他の友達とタイミングが合わず、一人で帰る事になった俺は少し早歩きで帰路を進んでいると、ゆっくりと歩く千波を見つけた。
あまりにいつもの千波と様子が違ったから、急いで近づいて声をかけた。心配する俺に、大丈夫だと千波は告げる。そんなわけない。絶対に何かあったはず。
そう思った俺は思わず声をあげていた。
「いや、この状況で大丈夫な訳ないだろ!?何があったんだよ、千波……」
俺の言葉に気圧されたのか、しばらく千波が黙りこくる。不安になってきた俺がもう一度何か言葉をかけようとすると、千波が口を開いた。
聞いているだけで悔しさが、理不尽さが込み上げてくる話がぽつぽつと語られる。その声はとても震えていて、涙を堪えているのが丸わかりだった。
そんな風に我慢しないで欲しい。そう思った俺の口からはつい言葉が零れ落ちていた。
「千波、泣いてくれよ」
自分でもびっくりするくらいストレートな要求。それを放った俺の口は止まらない。
「悔しくて、悲しくて堪らないんだろ。俺と千波の仲なんだから、それくらいしてくれよ、させてくれよ」
いつだか、俺が千波にかけられた言葉と同じフレーズが自然と現れていた。
俺の今の心の内を全て込めて伝えた言葉。
それを受けた千波はボロボロと涙を流して悔しさを叫んでくれた。
この時、やっと俺は千波と本当に向き合えたのだと思った。
そして、俺は、この子が、この、他人に弱さを見せるのが下手な優等生が、泣きたい時に涙を流せる場所になってあげたいと、そう思った。
家に着いて、自分の部屋でベッドに横たわった私は、中学の頃に一緒に帰った日の事を思い出していた。
佑の家から中学までの道の途中に私の家があるので、タイミングが合った時は佑と二人で、あるいは他の子達も含めた複数人で下校する事が多かった。
そんな比較的頻繁に起こった佑との下校の思い出で特に印象に残っているのは、中学三年の夏の事。
中学に入った時から背が高かった私は、先輩の熱烈な誘いを受け、バスケ部に入部した。
運動はそこまで得意ではなかったから不安だったけど、せっかく誘いを受けたのだから、と日々の練習に本気で向き合った。
同じタイミングで入部した子達の大半は、いわゆるギャルグループというやつで、部活を本気でやる、といった感じではなく、練習なども休んで遊んでいる事が多い印象だった。
その子達が遊んでいる中、私は必死で先輩から様々な物を学ぶ事に時間を費やした。
中々技術は上達しなかったけど、練習への取り組みと、高い身長というのが顧問の先生の目に留まり、二年生になった頃には試合のメンバーに入れて貰えるようになった。おかげで試合経験を積むことができて、部活にとても充実感を感じていた。
でもそんな楽しい部活の日々は続かなかった。
私が三年生になった時に顧問の先生が変わった。その影響を私はもろに受けてしまった。
新しい顧問は本当にただの実力主義者だった。練習態度が悪くても、顧問への態度が悪くても、上手い人を試合で使って、熱心に練習していても下手な人は試合に出れなくなった。
そんな状況になった途端に、今まであまり練習に来なかったギャルグループが練習に来るようになった。
練習に来るといっても、来ているだけで碌に練習メニューもこなさずに、仲間内で好きにプレーして実力も顧問に見せつけるだけ。でも、それだけで顧問はその子達がバスケが上手いと認め、試合のメンバーに入れるようになった。
今までレギュラーだった私はベンチに回る事が多くなった。どれだけ練習しても、あの子達のセンスに勝てなかった。
それでも、努力し続ければ実を結ぶと信じて毎日練習に励んだ。自分の下手さを分かる事ができたから、一つずつ出来ない事を減らしていこうと頑張った。得意な事も少しだけだけど見つかったから、それを伸ばせるように頑張った。
そして、迎えた三年生にとって最後の大会となる夏の大会のメンバー発表。
顧問が読み上げたスターティングメンバー五人の中に私の名前はなかった。二年生の頃まで私が居たところにはすっかりギャルグループの一人が収まっていた。
努力は、センスに、勝てなかった。
試合のメンバー発表が終わり、一人で下校していた私の足は鉛がついたよう、という表現では表しきれないほど重かった。一歩踏み出す毎に悔しさが湧き出てくる。
ゆっくり、ゆっくりと家を目指して歩いていると、後ろから足音が近づいてくる音が聞こえた。超低速で歩いている私は邪魔になってしまうので道の端に寄って道を開けた。近づいてくる足音は私の横を通り過ぎる───事はなく、私の真横で停止した。そのまま声をかけられる。
「千波………?どうしたよそんなゆっくり……」
地面に落としていた目線を横に向けると、そこにはよく一緒に下校する男の子の佑がいた。
とりあえず、心配されたくなかったから「あ……なんでもないよ、うん、大丈夫…」と言うが、すぐに佑が声を上げる。
「いや、この状況で大丈夫な訳ないだろ!?何があったんだよ、千波……」
ああ、まあ、こんなとこ見られちゃったら言い訳はできないか。
できるだけ心配されないように気丈に振る舞いながら、何があったかを話した。
顧問が変わってからうまくいかなくなった事、真面目に練習してない子達にレギュラーを取られた事、努力が実を結ばなかったこと。一つずつ話していく内に、涙が溢れそうになったけど、どうにか堪えて、佑に心の本当の奥まで察されないようにした。はずだったのに。
佑が一言、なんでもない事かのように言った。
「千波、泣いてくれよ」
一瞬、思考が停止する。その中で、佑が続ける。
「悔しくて、悲しくて堪らないんだろ。俺と千波の仲なんだから、それくらいしてくれよ、させてくれよ」
佑の言葉を聞いて、この人の前でなら泣いてもいいんだ、自分に正直になっていいんだ、そんな事が頭に浮かんだ途端、涙が零れ落ちた。慟哭と嗚咽が止まらなくなった。
悔しい、悲しい、なんで努力は報われない、そう泣きじゃくる私の背を、黙って佑は泣き止むまで優しく撫で続けてくれた。
泣き止んで、顔を上げた私の心には星が瞬いていた。その星は、佑の顔を見ると輝きを増す。ああ、私はこの人に惚れてしまったんだな、ちょっと優しくされただけで惚れるなんて、私ってチョロいな、と思った。
それが、一番悲しくて、悔しくて、嬉しかった下校の思い出だった。
今日、久しぶりに千波と帰ったからなのか。
家に着いて、自分の部屋で着替える俺は、中学の頃に一緒に帰った日の事を思い出していた。
千波とは、下校の方向が同じだった事もあり、一緒に下校する事が多かった。仲間内でわいわいと帰るのが好きだった。その中で、千波と話す機会がどんどん増えていった。価値観や好きな事が被ることが多かった俺達はどんどん仲良くなり、徐々に俺は千波に惹かれていった。
そして、中学二年の頃、クラス内のいざこざに巻き込まれた俺を助けるために千波はちょっと無茶をした。
千波が無茶をしたと聞き、「なんでそこまで俺を助けてくれるんだ」と尋ねた俺に、「だって、佑と私の仲なんだから、これくらい当然だよ」と口にした千波の真っ直ぐな笑顔に俺の心は完全に捉えられた。
そして、迎えた中三の夏。もしかすると中学生活の中で一番印象に残っているかもしれない出来事が起こった。
他の友達とタイミングが合わず、一人で帰る事になった俺は少し早歩きで帰路を進んでいると、ゆっくりと歩く千波を見つけた。
あまりにいつもの千波と様子が違ったから、急いで近づいて声をかけた。心配する俺に、大丈夫だと千波は告げる。そんなわけない。絶対に何かあったはず。
そう思った俺は思わず声をあげていた。
「いや、この状況で大丈夫な訳ないだろ!?何があったんだよ、千波……」
俺の言葉に気圧されたのか、しばらく千波が黙りこくる。不安になってきた俺がもう一度何か言葉をかけようとすると、千波が口を開いた。
聞いているだけで悔しさが、理不尽さが込み上げてくる話がぽつぽつと語られる。その声はとても震えていて、涙を堪えているのが丸わかりだった。
そんな風に我慢しないで欲しい。そう思った俺の口からはつい言葉が零れ落ちていた。
「千波、泣いてくれよ」
自分でもびっくりするくらいストレートな要求。それを放った俺の口は止まらない。
「悔しくて、悲しくて堪らないんだろ。俺と千波の仲なんだから、それくらいしてくれよ、させてくれよ」
いつだか、俺が千波にかけられた言葉と同じフレーズが自然と現れていた。
俺の今の心の内を全て込めて伝えた言葉。
それを受けた千波はボロボロと涙を流して悔しさを叫んでくれた。
この時、やっと俺は千波と本当に向き合えたのだと思った。
そして、俺は、この子が、この、他人に弱さを見せるのが下手な優等生が、泣きたい時に涙を流せる場所になってあげたいと、そう思った。
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