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第一章 春

第十六話 前期球技大会幕間 お弁当

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「碧君とハイタッチしたから手洗いたくない………」

 そう呟く杏実さんに苦笑しつつ、
「いや、洗いなよ笑、今から弁当食べるんだから」
と返答する。


 球技大会の予選を終え、現在は昼休み。午後からの決勝トーナメントに向けて、生徒の大半が昼食をとっている。

 俺の返答を聞いた杏実さんは、「確かに……ドッヂボールやったから絶対汚れてるし………」とボソッと呟きながら、渋々といった様子で水道の水に手を浸し始めた。
 ちなみに、俺は先程顔を真っ赤にして隠れていた杏実さんを見つけてしまった罰として、杏実さんが手を洗うのに付き添わされている。というか、恋愛相談の相手を務めさせられている。

「あー、もう、なんで最後に投げたボールあんな風になっちゃったんだろ。あんな投げ損ないで相手を倒しても碧君にすごいって思ってもらえないよ……」
と、先程の試合のラストシーンを振り返って嘆いている杏実さんに

「ある意味スーパープレーだったから……うん、碧の印象には残ったんじゃない?」
と、思い出し笑いを堪えつつ茶化すと、杏実さんの頬が膨らむ。

「ごめんごめん」とすぐさま軽く謝ると、杏実さんは頬から空気を抜き、代わりに質問する。

「佑君は、何かいい案ある?碧君に好印象を持ってもらうための」
「そりゃ、やっぱ試合で活躍することじゃない?あとは、午前からやってるけど応援で後押しとか」
「だよね………はぁ、頑張らなきゃ。まずは普通にまっすぐ前にボールを投げるところから!」
「そうだね、まずはそこからだよね」

 そんな会話を交わしつつ、手を洗った杏実さんと共に碧やみんなの待つ昼食スペースへと向かった。



 昼食スペースへ向かっている最中、不意に後ろから声をかけられる。

「あれ?佑と……杏実ちゃん?」

 振り返った先にいたのは俺の想い人───千波、そしてその友達。二人とも手に弁当箱が入ったトートバッグを携えているので、この二人もどうやら今から弁当を食べるところのようだ。

 これは、チャンスなのでは?今から誘えば、一緒に昼ごはんを食べれるかもしれない。こういうとこでひよってたら関係も進展させれない。
 だから、勇気を振り絞って──────

「千波、良かったら一緒にお昼食べない?」
と誘ってみた。

 結果は──────

「あー、ごめん佑。私、クラスの子ともう約束してるんだよね」

 ですよねー。そりゃこんな可愛い子をクラスの子が昼ごはんに誘わないとかありえないよね。

「あ、なら気にしないで。俺が急に誘ったやつだし。クラスの方楽しんできて~」

 そうして、突発的に発生した想い人との邂逅が終了した。
 あー!千波と一緒に弁当食べたかったぁ!


 碧達と昼食エリアと決めた木陰へと向かうと、まだ人はまばらだった。まだ碧も来ていない。ので、持っていたレジャーシートを木陰に敷いていると、碧がやってくる。

「お、佑と杏実と……他にももう何人か来てるのか。みんな早いな」
「別に俺もついさっき来たとこだぞ」
「ならいいか。あんま時間も無いし、さっさと昼ごはん食べちゃうか」
「だな」

 俺と碧、杏実さんと、その友達たちがレジャーシートに各々腰を下ろし、弁当を広げると、たちまち鮮やかな色の世界が広がる。

 適当に談笑しつつ弁当を食べていると、ふと碧が呟く。

「卵焼きってそれぞれの家で結構違うよな」

 急に何を……ってああ、そうか、俺が今卵焼きを箸で掴んでるのを見て思ったのか。
 その碧の言葉に一番反応しているのは、当然といえば当然だが、杏実さんである。

「確かに違い出るよな。ちょっと交換して食べてみるか?」

 俺がそう提案すると、杏実さんの目が非常に分かりやすく輝く。

「え……と、私も、交換していい?」

 杏実さんのその言葉に、碧が普通に「あー、別にいいよ」と答えると、とても嬉しそうにしている。

 俺の弁当箱の中に残る卵焼きは一つ。となると、

「半分ずつ交換でいい?」

 そう二人に尋ねると、別に問題ないという旨が返ってきたので一安心。
 早速切り分けて、碧と杏実さんの弁当箱の中に俺の卵焼きをそっと置く。すると、二人からも俺の弁当箱にそれぞれの卵焼きが届く。

 早速杏実さんのから食べてみる。あ、甘い。これ結構砂糖使ってるね。同時に碧も杏実さんの卵焼きを食べたらしく「ん、甘くておいしい」と呟いている。

 その言葉に杏実さんの表情が綻ぶ。

「おいしかった?実はね……今日の卵焼きは私が作ったんだよ!」
「え、これ杏実が作ったの?普通においしい。俺の家のしょっぱめだから新鮮」

 碧からの素直な賞賛を受け、杏実さんはもう満身創痍だ。そうして固まってしまった杏実さんに気づかず、反応がないことを疑問に思ったのか碧が杏実さんの顔のすぐ近くで名前を呼ぶ。
 すると、呼ばれたことに反応して目を覚ました杏実さんは当然ながら、至近距離で碧の顔を見ることになるわけで。それで慌てた杏実さんが、何を思ったか自分の弁当箱に入っていた唐揚げを一口でぱくり。
 慌てて食べたものだから、杏実さんはそれを喉に詰まらせてしまう。

 すると、今度は碧が慌てる番。しかし、冷静に近くにあった自分の水筒のお茶を杏実さんに飲ませると、喉に詰まったものは流れていったらしく、一安心。

「あー、良かった。急に杏実が喉を詰まらせるからビビったよ」
「けほっ、ありがと……碧君………今ので涙出たからちょっと顔洗ってくるね」

 そう残すと、杏実さんは一人で水道へと歩いて行った。



 一人で水道に来た私は、ただひたすらに顔を洗っていた。涙が出たのも本当だけど、それよりも顔の熱さが止まらない。
(だって、水筒のお茶を飲ませてくれたあれって…………………間接キス…………になっちゃってるよね………?)
 そう考えると、さらに顔が熱くなっているような気がする。これじゃまともに碧君の顔も見れないよ………。


 そうして、昼休みが終わっていく。
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