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第一章 春

第三話 『推し』の好きな人?

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 入学してから二週間が経過した。
 その間、高校の授業に慣れつつ『推し』の杏実さんをなんとなく眺めていたわけだが、そうしているうちにとあることに気づいてしまった。
 それは、恐らく杏実さんはクラスメイトの幾田いくたあおに恋をしているということである。

 碧の出身中学が俺の中学の隣の学区だったこともあり、高校に進学する前から顔見知りだったので、俺は彼とすぐに仲良くなった。
 碧は極めて普通の男子で、特別賢いだとか、イケメンという訳ではない。ただ、人一倍優しさを持っていると思う。そして杏実さんはその優しさに当てられてしまったのだ。

 遡ること一週間前。

 移動教室の帰りで階段を登っている時のことだった。
 友達と談笑しながら歩いている杏実さんが持ち前のドジを発揮して何もない所で足を滑らせた。それだけであったなら、いつも通りだな、可愛いな、で済んだのだが問題はそこが階段だったこと。

 杏実さんが後ろ向きに倒れていき、階段から落下していくのが見えた。このままでは大惨事は免れない。だが少し離れた所にいた俺は手が届かない───が、杏実さんのすぐ後ろにいた碧は違った。
 持っていた教科書類をその場で手放し、落ちてくる杏実さんを受け止める。そしてその状態から目を合わせ、
「間に合って良かった…大丈夫?怪我とかない?」
とものすごく爽やかな笑顔と共に言い放ったのだ。

 その一部始終を見届けた俺や周りの人が「うわ、かっこよ」「あんなん惚れるわ~」と口々に呟く。
 その間に顔を真っ赤にした杏実さんは碧にお礼を言うと足早にその場から立ち去った。

 その翌日以降、杏実さんの行動の一つ一つが少しずつ変化していると感じるようになった。
 例えば授業中。まだ一週間しか杏実さんと一緒に授業を受けていないが、その短い期間でも先生の話を一言一句聞き逃さない姿から彼女の真面目な優等生といった様子が見てとれたのだが、今は時折少し離れた席の碧の方向に視線が向かっていて、授業に集中しきっていないのがわかる。
 例えば休み時間。友達と雑談している時もちらちらと碧の方に視線を向けて、ふとした瞬間に碧の視線とぶつかると、顔を赤く染めながら背けていたり、自分の席をたち、碧に話しかけに行こうとするも、碧の方向に少し向かったもののどうしていいか分からず、結局顔を赤くして自分席に戻ってきたりしている。

 なんというか…非常にわかりやすい。

 俺はこうした挙動をする生物を一種類しか知らない。
 その一種類とは『恋する乙女』である。

 いますぐにでもことの真偽を確かめたい所だが、あいにくまだそこまで杏実さんとの距離を詰められているわけではないので流石に聞くことはできない。
 そんなもどかしさを抱えつつ碧のところへ雑談をしにいく。

「碧~」
「うおっ!……なんだ佑か」

 まだ友達も少ないのか、休み時間というのにボーッと空を眺めていた碧に話しかけると、少し過剰に驚かれてこっちまで驚く。

「そんなに驚くなよ、話しかけただけだろ?」
「いや~、それがこの間階段で三柴さんを助けて以来ちょいちょい噂されててちょっと敏感になっててさ」
「あ~あれな。カッコよかったぞ」
「マジで恥ずいからやめてくれ…階段から落ちそうな子がいたら助けにいくのは当然だろ?それなのに周りから「カップル誕生」だとか「あれは惚れたな」とか言われてな……あれくらいで女の子が惚れる訳ないだろ…」

 実際の所、杏実さん自体で恐らく惚れてるのでなんとも言えない…。というか身を挺して女の子を助けるのを当然のことだとナチュラルに言い切れるこいつがすごい。
 なんて考えつつ、碧の話を聞いているうちに先生が教室に入ってくる。

「あ、やべ、席つかないと」
 そう言って自分の席につき、授業が始まるが頭の中は二人のことに支配されている。

(杏実さんは……ほぼ確実に碧に惚れてるよな。だけど碧の方はそこまで気に留めてない。できたばっかりとはいえ『推し』には幸せになってほしいからなぁ。……そうだ、俺は二人ともに接点があるから俺を介せば杏実さんが碧と話すチャンスが生まれるのでは?となるともうちょっと俺は杏実さんと仲良くならないとな…そのためには………)

 そんなことを考えていると教室にチャイムが響き、授業が終了した。
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