上 下
8 / 39
第1章

第8話 決着のつけ方

しおりを挟む
 暗く、光の粒が流れていく空間を走り続ける電車。
 もしかしたら先回りした追っ手が乗り込んでいて、いきなり襲ってくるかもしれない――そんな不安は都心に近づくにつれて消えていた。
 東京駅の事件のニュースを見てから、自分がどうなるとか不安よりも別の感情がある使命感となって奮い立てる。
 城崎への疑念と憤りが互いに交錯し、薪のように火花を散らし、闘魂となって燃える。

 それをぶつけるべく、向かう場所はもう決まっている――渋谷だ。
 あそこには城崎の家がある。社会人になっても時々、上がり込んでは一緒にゲームをするぐらいの仲であった。
 
 だが、今回は遊びにいくのではない。理由を問いただすのだ――直接会って確かめる。場合によっては一発殴ってもいい。最悪、もう二発でも。
 なぜ無関係な人々に危害を加えてまで――非道な手段を使ってまで――十三万カネを返してもらおうとするのか。
 話し合いという道を選ばず、ここまで事態を大きくした挙句、こちらの命を狙おうとするのかを。

 ――城崎。お前の怒りや憎しみは、オレを本気で裏切るほどまで肥大していたというのか……?

 もはや、それ以外に決着のつけ方は思いつかなかった。
 すべては鉄生の過失――こうして逃げ回っている間にも沢山の人間が苦しみ、危険に見舞われている。
 ネズミのように逃げ回っては、自分の犯した罪から逃げているも同じ。
 逃げて一生後悔するくらいならば――事件の原因として多くの人間に恨まれる立場になるくらいならば――せめてこの手で城崎を叩いてでも止めてやる。
 そう決め、膝の上に置いてあった両手の拳を強く握った。
 
 どこか適当な駅で降りて電話でコンタクトをとるのはやめた。直接、この言葉で訊く他ない。
 電話をすれば、もしかしたらそれを逆手に取られ、居場所が敵に気づかれてしまうかもしれない。
 ネットである噂を耳にした。今の時代、警察が捜査でよく用いる、スマホの発信元から人の居場所を特定する技術が闇社会にも広がっているという。

 ただのオカルトかもしれない。真実は定かではないが、殺し屋が関わっている以上、敵にどんな闇社会に精通する人物がいるかも分からない。
 が、実はそれは半分、ただ一人だけの強がりに過ぎなくて。

 怖い。電話するのが。気持ちは十分だというのに。
 電話した先が、小学校の頃からの親友で事件のすべてを操っている存在と考えると、何を喋っていいのかが途端に分からなくなる。
 いや、そもそも電話した先は本当に城崎なのだろうか。

 もしも城崎じゃない全くの別人だったらと考えるととてもその先が予想できない。そうなると電話越しではもはや言葉が出ない。
 相手にはあの水色の少女みたいなただの黒服とは違う特殊な殺し屋だっている。
 これだけは言える。違う人間が出る可能性は濃厚だ。
 
 家に城崎がいるのかは分からない。だが、今は賭けでも行ってみる他ない。
 それに街だ。たとえ黒服が大量に待ち受けていたとしても最悪、警察に通報する手もある。

 電車が渋谷に着くと、人混みに紛れて降りる。
 人の列の中に入って地上を目指す。渋谷駅の地下は常に多くの人が川のようにごった返す、いわば迷宮だ。
 立ち止まっている場所もない――とにかく人が絶えず右往左往する――騒々しくて窮屈な通路。

 光射す階段を駆け上がって、電車のモニュメントと忠犬の像が目印の広場へ出る。横断歩道、広場を埋め尽くし、地下以上に沢山の人でごった返している。
 冷える気候ながらも、暖かい日差しに照らされるとこのコートも少々暑く感じる。
 城崎の家はここから街外れに向かって歩いた先だ――。

「フッフッフ、待っていたわよ! 金田鉄生」

 歩を進めた途端、人がこれでもかと行き交う中を、例のあの水色の少女――イリアが自信に満ちた顔で歩み寄ってくる。
 真冬の日差しによって、近づいてくる際の水色のツインテールと青い双眸は美しく輝いていた。
 まるで鉄生がここから上がってくるのを分かっていたかのように――。
しおりを挟む

処理中です...