金田鉄生の逃避行 ~追われる二十七歳の男と追撃する少女~

オウサキ・セファー

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第1章

第7話 導火線

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 ……無い! どこにも無い!
 布団をもう一度どかし、カバンやスーツケースの中を弄り、スマホケース、まさかと思って財布の中……捜してもどこも見つからない。

 昨日の夜までは確かにあった。
 夕食後に城崎と高谷たかやが屋上の露天風呂から帰ってくるのを待っている間、下のフロアでお土産を買う支払い時に確かに使った。それが鉄生の覚えている最後の使用した記憶である。

 その後はしばらく、携帯ゲームで遊ぶ元濱もとはまをよそに部屋でくつろぎ、長風呂の高谷よりも先に帰ってきた城崎と入れ替わりで露天風呂に入った。
 しかしこの時、タオルや浴衣、下着と一緒にスマホごとそれを脱衣所へ持って行ったのか、なかったのか……よく覚えていない。

 スマホケースに入ったそれは、スマホとまさに一心同体。
 鉄生にとっては常日頃当たり前に持ち歩いている物であり、無意識でも持ち歩く物。ゆえに記憶を掘り返しても持ち出したかそうじゃないか――分からなかった。
 
 起きて早朝、三人より一足早くに目が覚めて、朝風呂に行こうとした鉄生は、いつの間にかスマホケースから無くなっていることに気づいた。
 ――落としたのかもしれない!
 とっさに部屋を出て、エレベーターまでの通路、お土産屋までの床をくまなく探る。ホテルのクロークに尋ねてみるが、届けられていない。

 遠く離れた脱衣所まで行ってみたが、見つからなかったため、再度部屋に戻って捜し回る。
 何としても見つけなければならない。ほぼ金欠になるのもそうだがもう一つ理由がある。
 ホテルのチェックアウトが刻一刻と迫っている。
 今日は愛媛の――松山の名所を観光して、昼過ぎの電車で三時間半かけて遠く離れた隣の香川へと向かう。そう、このホテルにはもう戻って来れない。

「はあ!? クレジットカードを失くした!?」

 朝食後に部屋で事実をそのままに話すと、城崎の大袈裟なリアクションが飛んだ。どこを当たっても結局見つからなかった。
 横で腕を組む高谷、忘れ物がないか自分の荷物の最終チェックを隣でする元濱。

「そうなんだよ! 昨日までは確かにあったのに。このままだとオレはどうすればいい! 通帳もない! カネも少ししかない! ほぼ金欠状態だ! チェックアウトまで一時間ある。探すの手伝ってくれ――」

「悪いが却下だ。今日は松山城や道後温泉とか見て回るから、隅々まで観光する時間が足りなくなる。少し早いけどさっさとチェックアウトしよ」
 頼む前に――その提案を先読みされたかのように――高谷にあっさり遮られる。

「おい、金田。タカちゃんの言う通りだ。諦めろ。カネだったら誰かに借りればいいだろうが」

 元濱に先ほどからずっと、内包していた一番の解決策をストレートに勧められる。
 確かにカネを借りれば解決出来るだろう――しかし、それは返すという手間が生じる。
 鉄生はそれが面倒臭かった。が――。

 部屋を出て、これから観光へ行く。予定外でも見て回りたくなる所が出てくるかもしれない。カネを余分に持っていないと自分だけが置いてかれるかもしれない。

 宿泊した部屋に鍵をかけ、フロントに向けて廊下を歩いている最中。その思いに負けて、四人でエレベーターを待っている途中――、
「城崎ィ!! お前を見込んで頼みがある!! カネ、貸してくれえ!!」

 無駄に大きな声で、かつ必死に藁にもすがるような声で頭を下げた。
 ったくしょうがねえなぁ、と肩をすくめた当人はその場で札束五万円を鉄生に手渡した。

「ほら。僕は万が一のことを考慮して、余分に引き出してるから貸してやるよ。ちゃんと後で返してくれよ?」
「ありがと! 恩に着る」

 鉄生は感謝しながら両手を合わせた――が、この時、城崎はこれっぽっちも思っていなかった。
 この時は親切でカネを貸してやったのに、この後、まさか借りた側に――しかも小学校五年の頃からの親友に――使

 同時に、当初はカネを借りることは不本意であった鉄生。
 結果的に借りたことで――宿命だったのかもしれないが――逆にそれが彼の精神を大きく揺さぶった。
 それは金欠とは別の意味で無意識に、奥底から彼を追い詰める。

 慣れない現金払いによる苛立ち、愛着のあったクレジットカードを失くした喪失感。終いには空港に着く前から降り注いでいた大量の雨粒。
 そこから抜け出したい――駆られる思い――突き動かされた感情。

 逃げたかった。
 効率のためならば面倒臭いを徹底的に排除し、狡猾で自分勝手な行動に出たのも、ただ解放されたかったから。
 効率重視で、そのためならば時に自分勝手、強引、型破りな手段に出ることも辞さないクセのある性格。
 カネを借りる以前から内包していた――いつからそこにあったのかも見当がつかない――いつ爆発するか分からない爆弾。
 この時、その導火線は既に焼かれ始めていた――。
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