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第1章

第3話 水色の少女

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 あの四国旅行からもう二週間だ。
 吹き出しメッセージには依然、既読の二文字はつかず放置されたまま。
 唐突にこのような殺害予告を送ってくるとはどういう事か。動機も、目的もさっぱり分からない。
 ふざけてるのか。だいたい、手紙よりも携帯スマホで送った方が効率も良いだろうに。
 外からプロペラ音が聞こえてくる。しかも大きい。カンに障る。こんな時に――。

 ――! 突如辺りが丸ごと一瞬にして破裂する――吹き荒ぶ暴風。 
 眩い光の中であらゆるものが滅茶苦茶に吹っ飛ばされ、その嵐に覆われていく目の前の世界。
 両手で視界と自分の身を守るのが精一杯で、荒ぶる風の中に一枚の紙も手から離れて彼方に吸い込まれるように飛んでいく。
 同時に、意識さえも飛んでいくような錯覚――。

 目の前の世界が落ち着きを取り戻したのを察し、両手を下ろすとそこは見慣れたさっきまでの空間は無くなっていた。
 辺りにはデタラメに瓦礫やガラスの破片などが散乱している。

 それだけではない。大破してひっくり返されたミニテーブル、中から食器が崩れ落ちた棚。壁から剥がれ落ちたカレンダー。
 外の廊下側から壁をぶち破るように開けられた大きな穴。
 そこから眩しい日差しとともに、真冬の凍える風が吹き込んでくる。

 一体、何が起こったのか。鉄生には何も分からなかった。
 部屋に爆弾が仕掛けられていたのだろうか。
 いや、それならば血だらけにならず生きている自分と、壁に開けられた大きな穴はなんなんだ。
 外側からもたらされた何らかの衝撃によってあの壁が粉砕され、それに巻き込まれたというのか。

 にわかにも信じがたい。夢でも見てるんじゃないだろうか。いや、それ以前に本当にここはさっきまでの部屋なのか。
 まるで中東の紛争地帯にある、爆破によって荒れ果てた民家のように変わり果てた家。
 それはニュースのVTRで映るものよりも凄惨で――自分の家であることも相まって――現実なのか、そうじゃないのか、分からなくなるほど信じがたい光景。

「よく生きていたわね。ま、直撃を避けて撃ったから当然か」

 混乱している鉄生に向けて、若い女の声が聞こえた。壁に開いた廊下方面の穴から現れた小さな人影。
 歩きながら黒い特殊なゴーグルを用済みと言わんばかりに外すと、その声の主の、透き通った美しい蒼き双眸が露になる。
 外からの日差しが当たって美しく涼しげな水色のツインテール。
 黒いリボンをし、襟と袖に青いラインが入った黒コートを着ていて、外からの風でコートの裾がなびく。
 白い肌も相まって――身長は子供のように小さいが中学生くらいか――美しい水色の少女は自信に満ちた表情をし、鉄生を見た。

「ま、まさか……お前がオレの家をこんなにしたのか!?」
 先ほどのセリフを聞いて、まさかと思った。

 目の前の少女が、自分の部屋を一瞬でこんなにするなんて、常識的に有り得るだろうか。
 いや、有り得ないだろう。だからこそ、さっきの口振りからそのまさかであると突きつけられたも同然であった。

「そうよ! 遠くからロケットランチャーを撃ち込ませてもらったわ」
「お前……人様の家をこんなにして、弁償代高くつくぞ!!」
「フッ、弁償代? 請求とれるもんならやってみなさい!」

 激高する鉄生に向けて、少女の腰のホルダーから取り出された一丁の回転リボルバー式拳銃。そこから素早く放たれた銃弾。
 鉄生は銃声から、何とか間一髪正面横に飛び込み、鉛の脅威から難を逃れた。
 だが、突っ付した瞬間に緊急信号の如く、早まる心臓の鼓動とともに気づく。

 これは遊び事じゃない――本物マジだ、と。
 その証拠、背後を見るとコンクリートの壁に銃弾が刺さっていた。目を擦った。これは冗談ではない。
 危なかった――こんなもの、一歩間違えれば頭、もしくは心臓を撃ち抜かれかねない。
 とっさの反射神経で避けた自分が生きている心地がしない。

「へえー、珍しいわね。素人があたしの銃を避けるなんて」
 声がした方を見ると、関心しながら平然と、少女は右手にある銃を人差し指を軸とし、回転をさせていた――そう、西部劇では定番のガンプレイ。
 銃は彼女の手で円を華麗に書き続け、やがて銃口が上に向けられて止まる。

「あたしはイリア。捜してたわ。アンタを仕留めにやってきたの」

 余裕な笑みを浮かべる、イリアと名乗った少女。
 仕留めにきたという言葉から、先ほど読んだ手紙の内容が蘇る。
 壁に刺さった銃弾もあって、ようやく理解した。というあの手紙に書かれた言葉の意味を。

「さっきのはマグレにすぎないわ。一般人パンピーのアンタに勝ち目はない。降伏するか、ここで蜂の巣になりなさい!! 金田鉄生!!」
 ――今どきパンピーなんて古臭い言葉知ってるなんてどういうつもりだ……

 銃口が再度、鉄生に向けられる。このままでは勝ち目はないに等しい。
 向こうは銃を持っていても身長が低く華奢な少女。体格的な意味では近づければ取り押さえることも不可能ではない。
 が、そうすれば今度こそ、銃弾で大きな体をたちまち蜂の巣にされる危険を伴う。

 ――何かないか……何か……
 対抗策を探すべく、向こうの銃口に注目しながら辺りの床に視線をわずかに向け、無意識に自分のポケットを手当たり次第触る。

 あった。一枚のカード。
 先ほど開封したばかりの真新しいクレジットカードが無意識とはいえ、パジャマの胸ポケットの中に入っていた。
 とにかく命さえあれば、これ一枚でどこへでも逃げ延びられる――そう直感し、危険を顧みず全速力で彼女の横を突っ切り、一目散に逃げ出した。

「あっ、こら!! 待ちなさーい!!」
 まさか一般人パンピーが猪突猛進で無謀なマネに出るとは思わなかったのだろう。一瞬の隙を突かれて標的に横切られてしまった。

 ――クソッ! なんでこんなことになるんだよ……訳が分からん……
 後ろからの制止の声に振り返らず、廊下を走る。
 階段を下りて、エントランスの方へと向かう――が、遠方に見える物騒な大群を見つけた時、Uターンして裏口の方へと回った。
 ボタンを開けた黒スーツにサングラスをかけたいかにも危ない連中。マンションのエントランスに続く扉を開けて、続々と騒々しく上がり込んで来ているのを遠くから。
 回り道を通って裏口から出た鉄生は、クレジットカード一枚を手に自宅のマンションから命からがら脱出した――。
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