87 / 90
五章L:神は高らかに告げる
七話:二人の本懐
しおりを挟む
ゼラと俺の話し合い……もとい尋問は続いていた。
「なんでもいいの……本当になんでもいいのよ? リンさんとの幼少期の思い出を事細かに、時系列に沿って教えてちょうだい」
鼻息を荒らげてゼラは言う。まるで獲物を前にした獣のようだ。いつもなら恥じらいは無いのかなどと言ったり、悪態をついたりしているところだが、あまりに必死なその様子を見た俺は内心恐怖していた。あまりふざけたことを言ったら、その時点で噛み殺されそうだ。
「幼少期……幼少期と言っても私がリンと知り合ったのはだいたい六歳以降のことですけど、そこからでいいですか?」
「…… アンタ、リンさんと幼なじみじゃないの?」
「……正確に言えば、幼なじみではないですよ。 とある貴族に従者として向かい入れられたきっかけがリンというか……」
言葉を選びながらゆっくりと言う。
何も音がしないので顔をあげると、ゼラは黙って首を傾げていた。しばらくして、俺に詰め寄る。
「なんだか気になる言い方するじゃない。 まるでリンさんの推薦があったから拾われた……みたいな」
「あ……え、えぇっと……」
さて……どこまで誤魔化したものか……。目線を宙に浮べる。クソっ……振られるのがいきなりすぎて、何も準備していなかった。咄嗟の機転も今は利かなさそうだ。上手く言葉がまとまらない。
「言っとくけど、嘘ついてはぐらかすんじゃないわよ 」
おっかない顔のゼラに釘を刺された。ゼラは眉間にシワを寄せ、顔をずいずい近づけてくる。俺は少しずつ後退しようとしたが、ゼラが俺の右手首をがっちり掴む。そして、こちらにもたれ掛かるように顔を近づけた。
その目は真っ直ぐ俺に向けられる。目の中に俺の姿が映り、思わず目を逸らした。
「アンタ何かを隠してるわよね。今思えばアンタから上司とかリンさんの話は聞いたことあるけど、アンタの家族やら出自の話は聞いたことないわ。 騎士なのに」
「き、騎士とそれ関係あります!?」
「大ありよ。騎士にはまあまあ名のある家系じゃないとなれないじゃない。貴族の家に従者として雇われて礼節を教わって育てられてから軍門に下るのが普通でしょ? アンタはその家のことも、自分の家のことも一言も言わない。……何かあるのよね?」
「そんなことは……」
「それだけじゃないわ。 アンタの異様すぎる多趣味。全部付き合いで始めたにしては知識が深すぎない?」
「……急にハマった……とか……じゃ、ダメです……かね?」
苦し紛れにそう言って見上げると、ゼラは下唇を噛んでいた。
そして、ぽつりぽつりと呟く。
「アタシはね……アンタを信じたいの。 ここまで一緒にやって来て、分かったのよ。アンタは人殺しを手段にするようなゲスじゃないって」
震えるゼラの声が、俺の頭に響く。
「……ご冗談を。私は確かにリンを殺し損ねたんですよ。 惨めな男の話を掘り返さないでいただきたい……──っ!?」
そう言って首をそっぽに向けようとするも、顎を掴まれ前に向けられる。ゼラはまっすぐに、覗き込むように俺の目だけを見ていた。
「アンタの言う話で、そこが信じらんないのよ。アンタは理由なくそんなことをする人間じゃない。それに、理由があってもそんなことはしないはず。 何がアンタをそうさせたの?」
「なんだっていいでしょう? 一時の気の迷いですよ。というか、過ぎた推理は身を滅ぼしますよ? 人間には……触れられたくないことの一つや二つ……」
「……」
しばしの沈黙の後、いきなりゼラは俺の背中に手を回して体重を預けてきた。
「な、何を……」
困惑しているのもつかの間、気がつけばゼラは俺を抱きしめていた。
「……ゼラ?」
俺の左肩に顎を預け、痛いほどに両腕を締める。
「ごめんなさい……リンさんの話を聞くのに乗じて聞き出せるかなって思ったの。 前々から……その……気になってたんだけど……いざ聞くとなるとちょっと照れくさくて……それで……」
少しずつ、ゼラの声が震えていく。
「……」
俺はゼラの肩を掴んで引き剥がした。
「ローレル……」
「はぁ……今回ばかりは、私の負けです。 言いますよ」
「……本当に?」
ゼラは伏し目がちにこちらを見る。
「ええ。 私に二言はありませんか……ら……」
俺は言葉を失う。上げられたゼラの顔はニンマリと笑っていたのだ。
「……騙しましたね? 泣き落としは卑怯ですよ」
「ふふふっ。 騙される方が悪いのよ」
そう返す声も、どこか震えている。なんでこんな伝え方しか出来ないんだ俺らは。内心そう嘆きながら、不敵な笑みを浮かべるゼラの方を見る。口元の微笑みはあるが、目は真剣そのものだった。
「アンタの全てが知りたいわ。一から十まで全部言いなさい。 この先で腹の底がわかってないやつと一緒に骨を埋めるかもしれないなんて、アタシは……嫌よ」
「……わかりました。言えばいいんでしょう? 後悔したって知りませんから」
ため息を一つつき、口を開く。少し緊張して口先が震える。今まで数々の話をしてきた俺だが、俺自身の話をするなんて初めてだ。
「この話は、私がリンと出会った頃までさかのぼります。私がリンと初めて会ったのは十年以上前ですが……その頃私は乞食をしていました」
「……は、はぁ!? 」
まったく、俺も良いリスナーを得たものだ。ゼラは目を白黒させて口を開けていた。
「なんでもいいの……本当になんでもいいのよ? リンさんとの幼少期の思い出を事細かに、時系列に沿って教えてちょうだい」
鼻息を荒らげてゼラは言う。まるで獲物を前にした獣のようだ。いつもなら恥じらいは無いのかなどと言ったり、悪態をついたりしているところだが、あまりに必死なその様子を見た俺は内心恐怖していた。あまりふざけたことを言ったら、その時点で噛み殺されそうだ。
「幼少期……幼少期と言っても私がリンと知り合ったのはだいたい六歳以降のことですけど、そこからでいいですか?」
「…… アンタ、リンさんと幼なじみじゃないの?」
「……正確に言えば、幼なじみではないですよ。 とある貴族に従者として向かい入れられたきっかけがリンというか……」
言葉を選びながらゆっくりと言う。
何も音がしないので顔をあげると、ゼラは黙って首を傾げていた。しばらくして、俺に詰め寄る。
「なんだか気になる言い方するじゃない。 まるでリンさんの推薦があったから拾われた……みたいな」
「あ……え、えぇっと……」
さて……どこまで誤魔化したものか……。目線を宙に浮べる。クソっ……振られるのがいきなりすぎて、何も準備していなかった。咄嗟の機転も今は利かなさそうだ。上手く言葉がまとまらない。
「言っとくけど、嘘ついてはぐらかすんじゃないわよ 」
おっかない顔のゼラに釘を刺された。ゼラは眉間にシワを寄せ、顔をずいずい近づけてくる。俺は少しずつ後退しようとしたが、ゼラが俺の右手首をがっちり掴む。そして、こちらにもたれ掛かるように顔を近づけた。
その目は真っ直ぐ俺に向けられる。目の中に俺の姿が映り、思わず目を逸らした。
「アンタ何かを隠してるわよね。今思えばアンタから上司とかリンさんの話は聞いたことあるけど、アンタの家族やら出自の話は聞いたことないわ。 騎士なのに」
「き、騎士とそれ関係あります!?」
「大ありよ。騎士にはまあまあ名のある家系じゃないとなれないじゃない。貴族の家に従者として雇われて礼節を教わって育てられてから軍門に下るのが普通でしょ? アンタはその家のことも、自分の家のことも一言も言わない。……何かあるのよね?」
「そんなことは……」
「それだけじゃないわ。 アンタの異様すぎる多趣味。全部付き合いで始めたにしては知識が深すぎない?」
「……急にハマった……とか……じゃ、ダメです……かね?」
苦し紛れにそう言って見上げると、ゼラは下唇を噛んでいた。
そして、ぽつりぽつりと呟く。
「アタシはね……アンタを信じたいの。 ここまで一緒にやって来て、分かったのよ。アンタは人殺しを手段にするようなゲスじゃないって」
震えるゼラの声が、俺の頭に響く。
「……ご冗談を。私は確かにリンを殺し損ねたんですよ。 惨めな男の話を掘り返さないでいただきたい……──っ!?」
そう言って首をそっぽに向けようとするも、顎を掴まれ前に向けられる。ゼラはまっすぐに、覗き込むように俺の目だけを見ていた。
「アンタの言う話で、そこが信じらんないのよ。アンタは理由なくそんなことをする人間じゃない。それに、理由があってもそんなことはしないはず。 何がアンタをそうさせたの?」
「なんだっていいでしょう? 一時の気の迷いですよ。というか、過ぎた推理は身を滅ぼしますよ? 人間には……触れられたくないことの一つや二つ……」
「……」
しばしの沈黙の後、いきなりゼラは俺の背中に手を回して体重を預けてきた。
「な、何を……」
困惑しているのもつかの間、気がつけばゼラは俺を抱きしめていた。
「……ゼラ?」
俺の左肩に顎を預け、痛いほどに両腕を締める。
「ごめんなさい……リンさんの話を聞くのに乗じて聞き出せるかなって思ったの。 前々から……その……気になってたんだけど……いざ聞くとなるとちょっと照れくさくて……それで……」
少しずつ、ゼラの声が震えていく。
「……」
俺はゼラの肩を掴んで引き剥がした。
「ローレル……」
「はぁ……今回ばかりは、私の負けです。 言いますよ」
「……本当に?」
ゼラは伏し目がちにこちらを見る。
「ええ。 私に二言はありませんか……ら……」
俺は言葉を失う。上げられたゼラの顔はニンマリと笑っていたのだ。
「……騙しましたね? 泣き落としは卑怯ですよ」
「ふふふっ。 騙される方が悪いのよ」
そう返す声も、どこか震えている。なんでこんな伝え方しか出来ないんだ俺らは。内心そう嘆きながら、不敵な笑みを浮かべるゼラの方を見る。口元の微笑みはあるが、目は真剣そのものだった。
「アンタの全てが知りたいわ。一から十まで全部言いなさい。 この先で腹の底がわかってないやつと一緒に骨を埋めるかもしれないなんて、アタシは……嫌よ」
「……わかりました。言えばいいんでしょう? 後悔したって知りませんから」
ため息を一つつき、口を開く。少し緊張して口先が震える。今まで数々の話をしてきた俺だが、俺自身の話をするなんて初めてだ。
「この話は、私がリンと出会った頃までさかのぼります。私がリンと初めて会ったのは十年以上前ですが……その頃私は乞食をしていました」
「……は、はぁ!? 」
まったく、俺も良いリスナーを得たものだ。ゼラは目を白黒させて口を開けていた。
0
お気に入りに追加
6
あなたにおすすめの小説

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった
なるとし
ファンタジー
鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。
特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。
武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。
だけど、その母と娘二人は、
とおおおおんでもないヤンデレだった……
第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

転生勇者の三軒隣んちの俺
@aozora
ファンタジー
ある日幼馴染のエミリーと遊んでいる時に木の枝から落ちて気を失ったジェイク。目を覚ました時、彼は自分が転生したと言う事を自覚する。ここはRPGファンタジーゲーム”ソードオブファンタジー”の世界、そして俺はオーランド王国の勇者、”赤髪のジェイク”。あのゲームで主人公は国王からの依頼で冒険の旅に旅立ったはず。ならばそれまでにゲーム開始時以上の力を手に入れれば。滾る想い、燃え上がる野心。少年は俺Tueeeをすべく行動を開始するのだった。
で、そんな様子を見て”うわ、まさにリアル中二病、マジかよ。”とか考える男が一人。
これはそんな二人が関わったり関わらなかったりする物語である。
この作品はカクヨム様、ノベルピア様、小説になろう様でも掲載させて頂いております。
よろしくお願いします。
【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる
三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。
こんなはずじゃなかった!
異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。
珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に!
やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活!
右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり!
アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる