友人に裏切られて勇者にならざるを得なくなったけど、まだ交渉の余地はあるよね?

しぼりたて柑橘類

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三・五章R:惨事、現に狂え

五話:魔術とは何か。

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 「え……えぇ!?」


 ロゼの工房に入ったリンは驚愕の声をあげた。
 外から見るとこじんまりとしていた工房。しかし、リンの目の前に広がるのは見上げるほどの本棚! 
 本棚は天高く上へ上へと続き、天井は見えない。 四方を本に囲まれるその空間で、リンは周りを見回すことしか出来なかった。 
 

  「何この本の量……! ステラが持ってるのと同じ字が書かれてる本ばっかりだ! それに建物も外と中で全然大きさが違う……どうなってるのコレ……!?」

  
 見とれるリンをロゼが小突いた。慌てて振り返ると、目の前にハーブティー入りのカップと茶菓子が乗ったテーブルが。その前には三人がけソファーが置いてあり、既に、ロゼはその上でカップをあおっている。
 ロゼは既にソファーに座り、リンに「座れ」と座面を叩いて訴えかける。
 リンは大人しくしたがい、ロゼの隣でハーブティーに口をつけた。
 ロゼは満足そうにその様子を見て、口を開いた。


 「さて。お前にはステラを預けている以上、お前にこれから魔術の最低限の知識を詰め込ませてもらう」
 

 そう言って目の前のクッキーを三枚とって軽く放り投げる。クッキーはしばらく中を舞い、


 「──ッ!?」


 リンの目の前で横並びに止まった。驚くリンを前にしたり顔のロゼは続ける。


 「魔術とは端的に言えば、『空間と時間を歪める技』だ。例えば一番右のクッキーは指定した空間に固定することで浮かせている。
 真ん中はクッキーに作用する時間を止めることで、最後のひとつは両方で浮かせている」


 ロゼは一番右のクッキーを指さした。


 「これを砕かんようにつまんで、動かしてみよ」

 「……? わかりました……」


 リンはそれをつまんでみる。……やはり動かない。
 しかしリンの手にはクッキーの粉がついた。


 「これは空間に固定しているがゆえ壊せるのだ 。お前に触れていた時、お前は動けなかっただろう? あれはお前の体や各関節の位置を固定していたからだ」

 「なるほど……なら、時間を固定するとどうなるんですか?」


 リンは真ん中を指さす。

 
 「私が急にお前に抱きついていたが、お前はそれに気づけなかっただろう? それと同じだ。このクッキーも止まっていることに気づいていない」


 リンはところどころ腑に落ちたかのようにうなづく。


 「最初、空間と時間を歪めると言ったな? 基本的に増やそうが飛ばそうが加速させようが『歪んだ』ということになるのだ」


 ロゼが最後の一枚に目を向ける。急速に劣化し始めたクッキーは、黒い灰になって散った。


「今のが時間の加速。空間転移で例を挙げると……例えば」


 そう言って口を手で覆うロゼ。もう片方の手のひらをリンに向ける。


 「──ッ!」 


 リンはまたもぎょっとした。ロゼの手からロゼの口が生えていたのだ。ロゼの口は開かれた。


 「驚いただろう? これが魔術を使う者の中での通信手段なのだ。口を直接飛ばして話をする。魔力さえあれば手紙より正しいニュアンスで伝えられる。オマケに早い」

 「へ、へぇ……」

 「さらに複製することも容易い」

  
 そう言うとテーブルの上、更にはリンの手にも口が浮かび上がった。


 「うわっ! 」


 リンは驚いて手で払い除けようとするも、口はそこについたまま。ロゼはその様子を笑いながら魔術を解いた。


 「ハハハ! これもそれも全て魔術、そして魔力のなせる技だ」


 リンはロゼに問いかける。


 「そういえば、魔力ってなんなんですか? しきりに口にしていたようですが」


 「魔力は魔術を使うための燃料だ。魔術師の脳に発生する物質でな、これがあるために魔術を視認したり、常識外のものを見ても正気を保てたりする。逆に脳内のこれが不足することで、何も無いところでもパニックに陥ることがある」

 「……そうかだからステラは……」


 リンはステラが修道士を助けた時のことを思い出した。あの情緒の不安定さはそれが故だったのだ。
 ロゼは立ち上がり、声を張り上げた。


 「そしてだ……もうひとつ! 魔術の力はあるものに左右される!」

 「あるもの……?」


 ロゼはリンの胸を数度つついた。


 「心だ。 初めて魔術を使用した時の心情が、魔術を使う原動力となる。そしてその心情が強ければ強いほど、魔術は強くなる」


 そして締めくくるように、リンに向かって言う。


 「……ここでもう一つ、お前に言わねばならないことがある」

 
 リンは生唾を飲み込む。ロゼの顔は明るかったが、声色は冷ややかだったのだ。
 


 「私の……弟子になれ」


 そう言って、ロゼはニヒルな笑みを浮かべた。
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