友人に裏切られて勇者にならざるを得なくなったけど、まだ交渉の余地はあるよね?

しぼりたて柑橘類

文字の大きさ
上 下
60 / 90
三・五章R:惨事、現に狂え

四話:魔女の手のひらの上

しおりを挟む
 うずくまるリザードマンの死体。リンは立ち上がると、その近くから退いた。


 「うむ。それでいい」


 魔女のような格好をしたその女は頷いて言う。その間も張り付いたような笑みをずっと浮かべていた。髪は黒く目も黒い。身にまとうローブも黒い。それ故に、病的に白いその肌が目立つ。
 警戒するリンを前に、その三日月のような口を開いた。

 
 「それにしても鮮やかな手つき、種族差をものともしない力……。お前は、さぞ名のある戦士なのだろうな。
 見えなかったが、どんな魔術を使ったんだ?」


  そう言って距離を詰めてくる。リンは剣を引き抜いて構える。


 「魔術なんか使わないよ。それより、お前は──」
 
 「ほうほう。口ではそんなこと言っておるが、体には魔力が充ちているではないか」

 「……ッ!?」


 次の瞬間、魔女はリンの体に抱きついていた。鼻先を胸に埋め、体を寄せる。そして、わざとらしく鼻をすんすん鳴らして匂いを嗅いでいた。


 「なっ、ななっ!?」


 リンはうろたえる。それをよそに隅々にまで鼻を当てる魔女。


 「臭う、臭うぞ。魔術の……異界の匂い。それと女の……魔術師の匂い」

 「──ッ!!」


 リンは剣を振り抜こうとした。しかし、


 「体が……動かない……?」
  

 抱きつかれている部分だけでなく、足、首に至るまで関節という関節が全く動かない。すごい力で固められているように……!
 当惑するリンだが、魔女は止まらない。


 「無駄だ。拘束させてもらっているからな。大人しく調べさせろ」


 なにかの痕跡でも辿るように、鼻を擦り付けていた。
 そして五分後、


 「ふむ、だいたいわかった。もう良いぞ」


 そう言って魔女は離れる。しかし相変わらず関節は動かない。


 「拘束を解け!」


 凛がそう言うも、魔女はリンを担ぎあげた。
 魔女は凛より頭二つ分小さいのだが、体格差を感じさせないほど軽々と行って見せた。


 「断る。 貴様に問いただしたいこと、教えねばならぬことその両方が山ほどあるのだ」


 そう言ってリンを片手で持ち上げ直し、リザードマンの死体を抱える。そして市場のはずれ、細い路地をずんずん進む。
 真っ暗なその空間の先、魔女は立ち止まった。
 そこには小さな家が建っていた。ランタンがつきっぱなしになっているそこは、別世界のように明るかった。家の屋根瓦、窓やドアに至るまで丸く、ファンシーなデザインで、夢の国にでも迷い込んだようだった。
 

 「……ここは……!」


 魔女はリンを下ろし、拘束を解いた。


 「ようこそ我が工房へ。 私の名はロゼ……ステラの母だ」

 「お、お母様!?」


 リンの喉から変な高音が出た。答える代わりにニヤリと笑い、リンを手招きしつつ工房のドアを開ける。


 「積もる話もあるだろう? どうぞ中へ」

 
 リンは誘われるままに、不思議な建物の中に入った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

転生勇者の三軒隣んちの俺

@aozora
ファンタジー
ある日幼馴染のエミリーと遊んでいる時に木の枝から落ちて気を失ったジェイク。目を覚ました時、彼は自分が転生したと言う事を自覚する。ここはRPGファンタジーゲーム”ソードオブファンタジー”の世界、そして俺はオーランド王国の勇者、”赤髪のジェイク”。あのゲームで主人公は国王からの依頼で冒険の旅に旅立ったはず。ならばそれまでにゲーム開始時以上の力を手に入れれば。滾る想い、燃え上がる野心。少年は俺Tueeeをすべく行動を開始するのだった。 で、そんな様子を見て”うわ、まさにリアル中二病、マジかよ。”とか考える男が一人。 これはそんな二人が関わったり関わらなかったりする物語である。 この作品はカクヨム様、ノベルピア様、小説になろう様でも掲載させて頂いております。 よろしくお願いします。

大好きなおねえさまが死んだ

Ruhuna
ファンタジー
大好きなエステルおねえさまが死んでしまった まだ18歳という若さで

悪意のパーティー《完結》

アーエル
ファンタジー
私が目を覚ましたのは王城で行われたパーティーで毒を盛られてから1年になろうかという時期でした。 ある意味でダークな内容です ‪☆他社でも公開

家出したとある辺境夫人の話

あゆみノワ@書籍『完全別居の契約婚〜』
恋愛
『突然ではございますが、私はあなたと離縁し、このお屋敷を去ることにいたしました』 これは、一通の置き手紙からはじまった一組の心通わぬ夫婦のお語。 ※ちゃんとハッピーエンドです。ただし、主人公にとっては。 ※他サイトでも掲載します。

【完結】私が王太子殿下のお茶会に誘われたからって、今更あわてても遅いんだからね

江崎美彩
恋愛
 王太子殿下の婚約者候補を探すために開かれていると噂されるお茶会に招待された、伯爵令嬢のミンディ・ハーミング。  幼馴染のブライアンが好きなのに、当のブライアンは「ミンディみたいなじゃじゃ馬がお茶会に出ても恥をかくだけだ」なんて揶揄うばかり。 「私が王太子殿下のお茶会に誘われたからって、今更あわてても遅いんだからね! 王太子殿下に見染められても知らないんだから!」  ミンディはブライアンに告げ、お茶会に向かう…… 〜登場人物〜 ミンディ・ハーミング 元気が取り柄の伯爵令嬢。 幼馴染のブライアンに揶揄われてばかりだが、ブライアンが自分にだけ向けるクシャクシャな笑顔が大好き。 ブライアン・ケイリー ミンディの幼馴染の伯爵家嫡男。 天邪鬼な性格で、ミンディの事を揶揄ってばかりいる。 ベリンダ・ケイリー ブライアンの年子の妹。 ミンディとブライアンの良き理解者。 王太子殿下 婚約者が決まらない事に対して色々な噂を立てられている。 『小説家になろう』にも投稿しています

とある元令嬢の選択

こうじ
ファンタジー
アメリアは1年前まで公爵令嬢であり王太子の婚約者だった。しかし、ある日を境に一変した。今の彼女は小さな村で暮らすただの平民だ。そして、それは彼女が自ら下した選択であり結果だった。彼女は言う『今が1番幸せ』だ、と。何故貴族としての幸せよりも平民としての暮らしを決断したのか。そこには彼女しかわからない悩みがあった……。

処理中です...