友人に裏切られて勇者にならざるを得なくなったけど、まだ交渉の余地はあるよね?

しぼりたて柑橘類

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四章RL:探り当てし交渉の地

十話:終電時刻となりました

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 「え、えぇっ!? ここどこですかぁ!?」


 ステラは慌てふためく。
 無機質な壁と天井、突起のついた黄色いブロックが床に横一列に並ぶ。白い線の先は切り立っており、粗めの砂利の上に金属製の棒が並行に置いてある。吊り下げられた光る板には見たこともないような文字の羅列。
 目につくもの全てが規則的で、気が狂いそうになる。
 リンはステラに声をかけた。

 「落ち着いて、ステラ。 私たちが作った森の幻覚と一緒だから。 ……ただ、ここがどういうところなのか、まるっきり分からないけど」


  口ではそう言うも、辺りを警戒するその姿からは焦りが感じられる。


 「……あ、あのっ! リンさんっ!これって何か分かりますかぁ……? 文字は読めるのにちんぷんかんぷんでぇ……」


 ステラは震える指で看板を指す。


 「えっと……構内案内図……。地図みたいなものだと思うけど……駅って……なんなんだろう?」


 二人は首を傾げた。
それもそのはず。リンもステラも『駅』という概念すら知らない。なぜガーベラがここに連れてきたのかすら二人にはわからない。
 しかし、その人為的な精巧さと薄暗さには嫌悪感を覚えた。わずかな灯りさえ明滅を繰り返しているせいで、不気味さは輪をかけて強まる。
 

 「ひ、ひぇっ……こんな怖いところ……見ないで作れるはずないですぅっ……」

「悪趣味にも程があるよ。 何がしたくてこんな空間を出したんだろう。 私たちを惑わすにしたって他の方法があるはずなのに。恐らく本来の目的は他に……」


異質にも程があるその空間に、ノイズ混じりのアナウンスが流れた。

 
『その通り。 ここはただの見せかけではない』
 
 「「──ッ!!」」


 口調が明らかに違うが、ガーベラの声だ。
 二人が振り返るも、ガーベラの姿はない。その代わりに、格子の着いた黒い箱が天井についている。音はそこからしているようだ。
 

  「……そ、そこにいるんですかぁ……?」


 オドオドしながらステラはたずねた。


『そう、今目を向けているそれだ。上から失礼する』

 「ひゃああああっ!?」

 
 声が聞こえるとステラはたまげて転がり、リンの後ろに隠れた。
 リンはステラの背中に手を伸ばし、擦りながら聞く。

 
 「まさかこの空間は丸ごと魔術?」

『そうだ。これはわたしの畏怖を具現化した箱庭だ 。君らが展開した見せかけばかりのそれとは格が違う。わたしが魔王の右腕たる所以ゆえんだよ』


リンはロングソードを引き抜く。


 「そっか、解説ありがとう。空間がそこにあるんなら、物理的に破壊させてもらうよ?」

 『その前に、君らにはわたしの術中にハマってもらう』

 「な、何をする気なんですか……?」

『端的に言おう。君らにはこれから投身自殺をしてもらう』

 
 ガーベラがそう言い終える同時。木琴のリズムが響いた。


 「──ッ!! 」


 リンの体は棒立ちのまま硬直した。息は荒く、目は虚ろ。足は勝手に線路の方へ向いた。その様子を、不思議そうに眺めるステラ。

 
 「り、リンさぁん……?」

『まもなく一番線に、列車が参ります。 白線の内側まで下がってお待ちください』


 反響するガーベラの声。それを耳にしたリンは、身震いする。顔から滝のように汗を流し、小刻みに唇を震わせる。


 「……飛び……込まなきゃ……飛び込まなきゃ……飛び込まなきゃ……!」


 そして大股で道の端へと進んでいく。黄色いブロックまで足が差しかかる。


 「……だ! ダメですぅっ!! リンさぁん……!」


 ステラが羽交い締めにするも、逆に引きずられてしまう。


 「うぅぅ……! そっち行っちゃダメですっ……!なんだか嫌な予感がするんですぅぅっ……!!」

 「 ……飛び込ま……なきゃ……」

 「目を覚ましてください!  ──っっ……!」


 ステラは右に目を向けた。けたけましい笛の音と、馬の足音を何倍にも大きくしたような轟音が聞こえてきたからだ。


 「うっ……!」


 思わず顔をしかめる。音の主は眩く光る一つ目を持っていた。線路上をそれはひた走る。ステラの目には銀色の怪物にしか見えなかった。
 気を取られた隙にリンの体は、するりとステラの腕を抜けた。

 
 「飛び込めば……楽に……」


 銀色の怪物の目の前にリンは身を投げる。


 「リンさぁん!!」


それを追い、ステラも飛び上がる!


 「人は弱い生き物だ。 思い詰め、すぐに周りが見えなくなる」

 「……っ!?」 


 次の瞬間、ゼラが見たのは目の前に広がる森と納刀するガーベラの姿。
 ステラはリンに覆い被さるように転んだ。


 「あ、あうぅ……いたい……いたいっ……」


 ステラは前かがみに縮こまり、横に転がる。
 その一文字に切られた腹部からは、鮮血が垂れていた。
 

 「恐れ入った。 肉を切ったつもりが、薄皮一枚切り込みを入れることしか出来ぬとは……しかし、これで追えぬであろう」

 「ま、待って……!」


 必死に手を伸ばし、立ち去ろうとするガーベラを引き止めた。


 「リンさんは……! リンさんは……大丈夫なんですか!?」


 ステラの腕の中、目を閉じたリンは顔をしかめて苦しそうにうなる。


 「心配なさるな。今一時、悪い夢を見てもらっている。明日の朝日が昇るまでには良くなっているだろうよ」

 「よ、良かったぁ……うぅ……」


 ステラは安心したのか、リンにもたれかかるようにして意識を手放した。どさりと倒れ込む。
 ガーベラはそれを確認してから、口を手で覆った。


 「ガーベラが魔王様に報告いたします。リンは魔王様の想定より早いペースで力に順応しています……そしてステラですが手加減していたとはいえ、わたしの秘術に耐えました」
 

 もう片方の手。そちらからは色白の肌の口が現れた。青紫の紅を引いた不気味な口元はその報告を聞き、わずかに上がる。


 「ひゅっひゅっひゅっ……でかしたぞガーベラ。 次期魔王たる器が着々と出来つつあるな……引き続き、監視を頼む」

 「分かりました。 それでは……」


 口から手を離したガーベラ。
彼の下駄の軽快な音だけが、暗い森に響いていた。
 リンとローレル。彼らが再び見えるのは、まだ先の話。
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