友人に裏切られて勇者にならざるを得なくなったけど、まだ交渉の余地はあるよね?

しぼりたて柑橘類

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四章RL:探り当てし交渉の地

一話:鏡に映ったお前は

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 リンは木の上にいた。おそらく枝に腰かけているのだろう。月光に照らされて、屈託のない笑みを浮かべるその顔が、うっすらと見える。
 なんでここにいる?お前角尾村にいるんじゃなかったのか!?どうしてそんなところに?というかこの空間どこだよ!


 「久しぶり!!  えへへ、びっくりした?」


 こっちの事なんか気にも留めずに、気軽にそんなことを言いやがる。
 俺がまいた種であろうとはいえ、いささか腹が立ってきた。 

 「リン、お前は角尾村にいるって聞いたんだが……」

 「あ~! そこで色々勉強して来たんだ! ローレルはどう?」

 「お前のせいで早死にしそうだよ。 さっさとこっちに来たらどうだ? お前も国に帰りたいだろ?」


 俺は笑顔を崩さずにそう言うも、一切の反応がない。
 俺の話なら一言につき三言ぐらいで返すリンが、ピクリとも動かずにずっとうつむいている。
 ……墓穴を掘った。そう自覚した時には全てが遅かった。
 リンはそのままゆっくり口を開いた。


 「帰るところなんて……もうないでしょ?」
  
 「……ッ!」


 
 消えそうな声で一言つぶやかれた。深く、胸に突き刺さる。絡みつき、締めあげられる。
 リンの居場所を職を奪ったのは、私怨で報復したのは、間違いなく俺なのだ。


 「そ、そんなことはない! お前の嫌疑さえ晴れれば晴れてお前は復職! 勇者がそんなに嫌なら、他の奴に代わってもらえばいいだろう? 」

 「そうじゃない」


 振り絞って出した詭弁きべんは、容易く一蹴された。さらに締められる。
 喉奥から酸が込み上げてくる。


 「……えっと、お前に聞きたいことが山のようにあるんだ! 帰ってからその話を聞かせて欲しい!」

 「違うよ」
 

 リンはゆっくりと顔を上げる。その両頬には涙が伝っていた。
 思わず呼吸が止まった。罪の意識が溢れかえって、俺を窒息させようとしてくる。思いと言葉と自責の念で詰まる喉元を、震える両手で掴んだ。
 

「なんで私を殺そうとしたの」


 リンは通る声でそう言った。
 それと同時に俺の思考は止まった。頭の中で反響し、何度も勝手に反芻される。頭が割れそうだ。心臓が悲鳴をあげて高鳴る。目の焦点が狂ってきた。視界が、思考が歪んできた……。

  
 「ちがう……違うんだ俺は……俺は……!」


 うわ言のように口に出す。頭が右へ左へと揺さぶられるような感覚の中、まだ保身しようと最後の抵抗を反射的にする。
 

「何言ってるのローレル。私とローレルの仲じゃない。隠し立ては無しにしていたでしょ? なにか事情があった。そうでしょ?」


 ──光明が差した。俺は無意識のうちにリンの方に顔を向ける!


 「そ、そうだ! 俺には……!」

 「まあ、君は破ったけどね」

 「あっ──あぁぁぁぁ……」


 俺は地面に手をついた。もう立ってなど居られない。


 「──ごぶっ」


 堪えきれずに目の前の地面に吐き出す。血だ。鮮血が口からこぼれ落ちた。舌を通るのは鉄臭い味だけだった。
 笑おうとするも、口角が痙攣けいれんするばかり。
 こんな時は鏡を見るんだ……鏡を……鏡を見れば……自分を客観的に見られる。真っ赤な水溜まりを覗く。そこに映るのはだ。
 泥だらけの顔に、やつれた輪郭。口元から鮮血が垂れていた。俺は……このまま死ぬのか……?
 水溜まりの先の像がぼやける。俺の顔はリンの顔に成り代わった。目の前のリンは侮蔑の目を俺に向けた。


 「本当に私は悲しいよローレル。君とは確かな友情があるものだと、私はただ盲信していたんだ。
滑稽でしょ?」
 
 「そんな……お、俺だって……! おれだって!」

 「毒入りの葡萄酒を手土産に持たせたのは?」

 「待って……それはちがう……ちがうんだって!」

 「取引してたの見たんだけど?」
  
 「……っ」

   
 もう、何も言いかえせない。どうしようもなくなって、丸くうずくまる。
     
  
 「いやだ……こわいよぅ……」


 なにが怖いのだろう。なにがいやなんだっけ……。もう分からない。くやしくて、いやで、こわくて、ずっとないている。


 「大丈夫だよ」


やさしいこえが、上からきこえてきた。

「仲直りしようか、ローレル」


 リンが、やさしく声をかけてくる。


 「なか、なおり?」

 「そう、仲直り。 私はこんなことでローレルを嫌いになんかならないよ。さぁ手を……手を取って、ローレル」


 おれはゆっくり、ゆっくりてを……。


 [ブチッ]

 「──ッッ……! 馬鹿にすんじゃねぇっっ!!」

 
 目が覚めた。
 俺はリンの手をぶっ叩いて払い除ける。

そのまま数歩退いた。どうやら俺は誘われるがままに森の方まで歩いていたようだ。危ない……持っていかれるところだった。あのまま手を取っていたらどうなっていたことだろうか。考えたくもない。
  リンが泣き顔を見せてきた時、俺の中の何かが書き換えられるような気がしたのだ。だから抵抗しようと舌の先をずっと噛んでいた。
 口の中の切れた舌の先を流血と共に吐き捨てる。出血は酷いが、最悪ゼラに治してもらえばいい。
 リンは相変わらず笑顔を崩さず、木の上に腰かけているようだった。
 

 「……残念。やっぱりローレルに言葉で勝つのは難しいね! あとちょっとだったのになぁ……やっぱり虫けら共の使う洗脳なんて信用出来ないや」

 
 虫けら共? リンの口から出てきそうもない言葉が急に出てきて困惑する。その上に洗脳とか言ったか?


 「お前がそんな汚い手を使うだなんてな。お前には向いてないと思うが、一体誰の真似だ?」

「わかってるくせに~! ……というか、一応悪いことしてるなって分かっててやってたんだね」

 「当たり前だろ、俺は悪人だからな」


  俺は布の切れ端で口元を拭いながら言う。


 「悪人には悪人なりの哲学がある。矜恃がある。それを乱すのならお前を許さない。無自覚な悪事ほど惨いものは無いからな」

「へぇ。 やっぱりローレルはすごいなぁ!」


 相変わらず間抜けな声だ。ずっと笑顔で何を考えてるか分かりやしない。いつもならすぐ顔に出るのに。
 俺はとりあえず一番気になることを聞いた。


 「ところで俺を誘拐するつもりだったんだろ? なんのためにだ?」

 「やっぱりそれ気になるよね!単刀直入に言うね!」


 ぬっと首を突き出してリンは言う。あいつの長い金髪が夜風に揺れた。


 「私を魔王にしてよ」


 まるで物をねだる子供のように、リンは言った。
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