38 / 90
三章R:汝、剣を振るえ
十五話:ステラのやさしい魔術概論
しおりを挟む
あくる朝。
私は半分眠っている頭で荷支度をしている。まだあたりは真っ暗で、ベイが静かに草を食んでいる音が聞こえた。
昨日のステラの魔術教室は、ノンストップで半日以上みっちり行われた。カノコさんからチョークと黒板を借りて、教壇に立っていた。
「えーっと、まず宇宙! この星を取り巻く永遠に続く闇です!」
そう言って黒板の中心に、まん丸を書いた。私はすかさず手を挙げる。
「は、はい! リンさん……!」
「ステラ先生? 星ってキラキラ光ってるアレでしょ? 空に着いてるもののことでしょ? っていうか地面の書き方おかしくない?」
「ふっふっふ……リンさん! わたしも小さい頃はそう思っていましたよ!
でも、この地面は丸いんです! テーブルみたいな形じゃなくて、リンゴみたいに丸いんです! そして、ぷかぷか浮いてるんです!」
そう言って棒人間をその円に何体も書きなぐる。冷静に見れば、下の方の人間は足が上を向いている。私は再び手を挙げた
「ステラ先生……どういうこと? この裏側の人は落ちないように足でぶら下がれるくらい力持ちなの?」
「違いますよリンさん。 どんな場所でも、この星の上ならこの星に引っ張られるんです!」
「……ごめん、頭痛くなってきた」
思わず額を押える。ステラの神様の話を理解するには、手始めに天と地の作りから考え方を学ばなきゃいかないらしい。
しかし地面は球体で浮いているだなんて急に言われても、地面はテーブルのような形で朝と夜の天井が切り替わると教えられてきた私には理解がしがたい。
えっと……まず、太陽がある。それが中心に何個か並んでいる。そして地面の球……『地球』は、その周りを回りながら回る……。確かにその理論から行けば、昼と夜が切り替わって見えるかもしれない。
でもそれなら……なんで私たちはこうして立てている?なんで振り落とされない? 反対側になってもどうして落ちないんだ……?
分からない……! 本当に分からない!! 小さい頃から勉強は得意だったはずだが、まるで理解ができない!
ステラ曰く『天体論』を三十分でやさしーく教えてもらったのだが、 まるで理解できない。常識が片っ端から否定されているようで、脳が理解を拒んでいるのがよくわかった。
そして悶える私の手が、急に引かれた。
辛抱たまらないと言った顔をしたステラが、ヨダレを垂らしながら私の両手を掴んだのだ。
「大丈夫ですよリンさん!まだ序の口、ここから面白くなりますっ!! 」
「待って、ステラ。これ以上は無理、死んじゃう」
「安心して……私に任せてください!! さて、次はいよいよ他の星についてです! まずは手始めに火星のお話から!」
「ぎゃああああああああ!!」
怪我を負って動けない自分の体を呪った。
そんなとんでもない勉強会の私の成果は、ステラの魔術のメカニズムは『ヒール』などの祈祷に似ていると言うくらいだ。外なる……宇宙にいるらしい神々の力を模倣したり間借りしたりすることで超常的な力を操れるらしい。
ステラが良く使う『鉄拳』はステラの体と親和性が高いらしいのだ。そのため、練習としてステラの母親がそれを教えてくれたらしい。
ちなみに、なんて名前の神様かは全く教えてくれなかった。みだりに名を出してはならないのは、どこの神様も同じらしい。
とまあ、こんな理由で夜遅くまで起きていたのだ。それに不思議なもので、考え出すと眠れないほどに面白い。自分にはまだこんなにも知らないものがあったのかと驚いた。
ちなみにステラは言い終えたあとすっかり眠ってしまった。ハイテンションでずっと話していたし、魔術を使った反動もあって疲れていたのだろう。今はベッドの上で夢の中だろう。
私はステラを起こしにやってきた。出発は早朝。子供たちが起きる前ならあまり寂しい思いをさせなくて済むと、カノコさんが提案したのだ。
部屋の前でノックを三回。中でドタバタと音が聞こえて、ドアノブが回った。
「ふわぁ~……おはようございますぅ……」
ドアが開くとあくびまじりに挨拶してきた。寝ぼけたその目はほとんど開いていない。 どこかフラフラしていて危なっかしい。
「ふぁ……ぁぁ……おはよう、ステラ」
ステラのあくびが移った。口を押さえながらそう返す。ステラの手を引いて、外へと向かう。
「……?」
ステラと繋いでいた方の手が二回ほど引かれる。首だけ後ろに向けると、ステラがちょっとだけ頬を赤らめていた。
「きのうは……ごめんなさい……難しいお話を私が好きなだけしてしまって……」
「ううん。 たしかに難しかったけど……その分面白かったよ。 新しく貰った方の本も、読み終わったら教えて」
「は、はい……! わかりました! リンさんに教えられるように頑張って隅々まで読みます!!」
そう言って胸をはるステラの目に、眠気など残っていなかった。
玄関をあけると、孤児院前の芝生の露がキラキラと光っていた。私は眠い目をこすりながら、顔を出したばかりの朝日に向かって伸びをする。
「……う~ん!」
いくらかマシになった。少しずつ頭が動き始めた。
ちょうどその頃、玄関先に見慣れた二人組がたっていた。
カノコさんと、アングラさんだ。アングラさんは相変わらず兜を被ったままだ。表情のしれない姿のまま、アングラさんは私に手を差し伸べた。
「子供たちを救えたのは……お前の武勲もある。礼を言う」
「いいや。アングラさんが強いから、ちゃんと守れたんだよ。 私はそう思う」
そう言って握り返した。ステラはステラで、カノコさんとハグを交わしていた。そして、そんな時間も終わりが来る。
「それではお二方……お元気で」
「……死ぬなよ。 戦えなくなるからな」
そう言って手を振ってきた。私達も負けずに振り返す。
「それじゃあ。元気で!」
「ま、またお会いしましょう……!」
「プルル♪」
一人だけ鼻の頭だったが。
カノコさんいわく、ここから『角尾村』までは街道を真っ直ぐ下れば着くらしい。ようやくゆったりとした旅になりそうだ。
私は荷車をベイに着け、手綱を持った。ステラが荷車に乗ったのを確認して、私たちは歩みを進めた。
私は半分眠っている頭で荷支度をしている。まだあたりは真っ暗で、ベイが静かに草を食んでいる音が聞こえた。
昨日のステラの魔術教室は、ノンストップで半日以上みっちり行われた。カノコさんからチョークと黒板を借りて、教壇に立っていた。
「えーっと、まず宇宙! この星を取り巻く永遠に続く闇です!」
そう言って黒板の中心に、まん丸を書いた。私はすかさず手を挙げる。
「は、はい! リンさん……!」
「ステラ先生? 星ってキラキラ光ってるアレでしょ? 空に着いてるもののことでしょ? っていうか地面の書き方おかしくない?」
「ふっふっふ……リンさん! わたしも小さい頃はそう思っていましたよ!
でも、この地面は丸いんです! テーブルみたいな形じゃなくて、リンゴみたいに丸いんです! そして、ぷかぷか浮いてるんです!」
そう言って棒人間をその円に何体も書きなぐる。冷静に見れば、下の方の人間は足が上を向いている。私は再び手を挙げた
「ステラ先生……どういうこと? この裏側の人は落ちないように足でぶら下がれるくらい力持ちなの?」
「違いますよリンさん。 どんな場所でも、この星の上ならこの星に引っ張られるんです!」
「……ごめん、頭痛くなってきた」
思わず額を押える。ステラの神様の話を理解するには、手始めに天と地の作りから考え方を学ばなきゃいかないらしい。
しかし地面は球体で浮いているだなんて急に言われても、地面はテーブルのような形で朝と夜の天井が切り替わると教えられてきた私には理解がしがたい。
えっと……まず、太陽がある。それが中心に何個か並んでいる。そして地面の球……『地球』は、その周りを回りながら回る……。確かにその理論から行けば、昼と夜が切り替わって見えるかもしれない。
でもそれなら……なんで私たちはこうして立てている?なんで振り落とされない? 反対側になってもどうして落ちないんだ……?
分からない……! 本当に分からない!! 小さい頃から勉強は得意だったはずだが、まるで理解ができない!
ステラ曰く『天体論』を三十分でやさしーく教えてもらったのだが、 まるで理解できない。常識が片っ端から否定されているようで、脳が理解を拒んでいるのがよくわかった。
そして悶える私の手が、急に引かれた。
辛抱たまらないと言った顔をしたステラが、ヨダレを垂らしながら私の両手を掴んだのだ。
「大丈夫ですよリンさん!まだ序の口、ここから面白くなりますっ!! 」
「待って、ステラ。これ以上は無理、死んじゃう」
「安心して……私に任せてください!! さて、次はいよいよ他の星についてです! まずは手始めに火星のお話から!」
「ぎゃああああああああ!!」
怪我を負って動けない自分の体を呪った。
そんなとんでもない勉強会の私の成果は、ステラの魔術のメカニズムは『ヒール』などの祈祷に似ていると言うくらいだ。外なる……宇宙にいるらしい神々の力を模倣したり間借りしたりすることで超常的な力を操れるらしい。
ステラが良く使う『鉄拳』はステラの体と親和性が高いらしいのだ。そのため、練習としてステラの母親がそれを教えてくれたらしい。
ちなみに、なんて名前の神様かは全く教えてくれなかった。みだりに名を出してはならないのは、どこの神様も同じらしい。
とまあ、こんな理由で夜遅くまで起きていたのだ。それに不思議なもので、考え出すと眠れないほどに面白い。自分にはまだこんなにも知らないものがあったのかと驚いた。
ちなみにステラは言い終えたあとすっかり眠ってしまった。ハイテンションでずっと話していたし、魔術を使った反動もあって疲れていたのだろう。今はベッドの上で夢の中だろう。
私はステラを起こしにやってきた。出発は早朝。子供たちが起きる前ならあまり寂しい思いをさせなくて済むと、カノコさんが提案したのだ。
部屋の前でノックを三回。中でドタバタと音が聞こえて、ドアノブが回った。
「ふわぁ~……おはようございますぅ……」
ドアが開くとあくびまじりに挨拶してきた。寝ぼけたその目はほとんど開いていない。 どこかフラフラしていて危なっかしい。
「ふぁ……ぁぁ……おはよう、ステラ」
ステラのあくびが移った。口を押さえながらそう返す。ステラの手を引いて、外へと向かう。
「……?」
ステラと繋いでいた方の手が二回ほど引かれる。首だけ後ろに向けると、ステラがちょっとだけ頬を赤らめていた。
「きのうは……ごめんなさい……難しいお話を私が好きなだけしてしまって……」
「ううん。 たしかに難しかったけど……その分面白かったよ。 新しく貰った方の本も、読み終わったら教えて」
「は、はい……! わかりました! リンさんに教えられるように頑張って隅々まで読みます!!」
そう言って胸をはるステラの目に、眠気など残っていなかった。
玄関をあけると、孤児院前の芝生の露がキラキラと光っていた。私は眠い目をこすりながら、顔を出したばかりの朝日に向かって伸びをする。
「……う~ん!」
いくらかマシになった。少しずつ頭が動き始めた。
ちょうどその頃、玄関先に見慣れた二人組がたっていた。
カノコさんと、アングラさんだ。アングラさんは相変わらず兜を被ったままだ。表情のしれない姿のまま、アングラさんは私に手を差し伸べた。
「子供たちを救えたのは……お前の武勲もある。礼を言う」
「いいや。アングラさんが強いから、ちゃんと守れたんだよ。 私はそう思う」
そう言って握り返した。ステラはステラで、カノコさんとハグを交わしていた。そして、そんな時間も終わりが来る。
「それではお二方……お元気で」
「……死ぬなよ。 戦えなくなるからな」
そう言って手を振ってきた。私達も負けずに振り返す。
「それじゃあ。元気で!」
「ま、またお会いしましょう……!」
「プルル♪」
一人だけ鼻の頭だったが。
カノコさんいわく、ここから『角尾村』までは街道を真っ直ぐ下れば着くらしい。ようやくゆったりとした旅になりそうだ。
私は荷車をベイに着け、手綱を持った。ステラが荷車に乗ったのを確認して、私たちは歩みを進めた。
0
お気に入りに追加
6
あなたにおすすめの小説
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった
なるとし
ファンタジー
鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。
特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。
武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。
だけど、その母と娘二人は、
とおおおおんでもないヤンデレだった……
第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
転生勇者の三軒隣んちの俺
@aozora
ファンタジー
ある日幼馴染のエミリーと遊んでいる時に木の枝から落ちて気を失ったジェイク。目を覚ました時、彼は自分が転生したと言う事を自覚する。ここはRPGファンタジーゲーム”ソードオブファンタジー”の世界、そして俺はオーランド王国の勇者、”赤髪のジェイク”。あのゲームで主人公は国王からの依頼で冒険の旅に旅立ったはず。ならばそれまでにゲーム開始時以上の力を手に入れれば。滾る想い、燃え上がる野心。少年は俺Tueeeをすべく行動を開始するのだった。
で、そんな様子を見て”うわ、まさにリアル中二病、マジかよ。”とか考える男が一人。
これはそんな二人が関わったり関わらなかったりする物語である。
この作品はカクヨム様、ノベルピア様、小説になろう様でも掲載させて頂いております。
よろしくお願いします。
【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる
三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。
こんなはずじゃなかった!
異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。
珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に!
やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活!
右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり!
アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」
音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。
本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。
しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。
*6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる