友人に裏切られて勇者にならざるを得なくなったけど、まだ交渉の余地はあるよね?

しぼりたて柑橘類

文字の大きさ
上 下
32 / 90
三章R:汝、剣を振るえ

九話:それぞれの戦いへ

しおりを挟む
 「急いで! 危険ですから皆さんは早く地下へ!!」
 
 修道士のそんな声が聞こえた。子供たちの叫び声と忙しない足音が遠くでする。
 

 孤児院の外が焦げ臭い。オマケに野太い叫び声がして騒々しいが、煙と夜の闇で何も見えない。外に出てみないと状況はつかめなさそうだ。

 しかし混沌とした今の状況、闇雲に飛び出しても何が起こるかわからない。特に……。
 
  「ひえぇぇえっ!!どうしましょう!?どうしましょう?! まだ魔術の準備全然できてないですぅ!!」

 ステラは両手を振り上げて部屋の中を走り回る。驚きと焦りを全力で体現している。私は大慌てのステラの手を取り、甲をさする。


 「落ち着いてね?ステラ。 まずは深呼吸から」

 「すぅぅぅ……ふぅぅぅ……すぅぅ……ふぅぅ…… お、落ち着きましたぁ……」


 いつもの笑顔を取り戻したステラ。そちらはどうだろうと二人の方を見ると、こちらはこちらで焦るアングラさんをカノコさんが制していた。カノコさんは向かい合って、アングラさんに淡々と告げる。

 「落ち着きなさいアングラ。 まずは状況報告を」
 

  アングラさんの肩に手を置いた。アングラさんはハッとした様子で、一息入れてから言い始めた。

 「魔王軍の小隊が攻めてきやがった。三十人ほどの兵でボウガンと槍を持ってるのが大多数で、何体か後ろの方に爆弾を抱えてる奴がいる。それに── 」


 アングラさんは目を瞑り、息を大きく吸った。そして、

 「……ツメクがいやがった」 

 吐き捨てるように言った。カノコさんは目を丸くする。


 「なに? ツメクが?」

 「ああ。確かにツメクがいたんだ……」
  

 
 「子供たちをさらった時には、居なかったと言うのに今更ですか?  大体、何故ツメクだとわかるのです? 私たちはその姿を見てすらいないのですよ?」
 



 「魔王軍なのに……そこに居たのは人間の兵士だった。それに人間の兵士を従えてる頭がいたんだ。その女がツメクだ……。
 証拠も何も無い。だがアイツは間違いなくツメクなんだ!  あんなに獰猛さが滲み出てる人間は初めて見た……!」

 頭を抱え、思い詰めた目でそう言った。そして、そのままカノコさんを見つめる。

 「カノコさん。 本当に行く気か? あいつは人の話なんざ聞く気はねえと思うぜ?」

 
 対して、カノコさんは微動だにしなかった。
 
 「ええ。行きましょう」 


 非常にあっさりと、そう答えたのだ。アングラさんもその呆気なさに、驚きを隠せないようでしばらく固まっていた。カノコさんは続ける。

 「今更何を恐れるというのですか。私が怖いのは子供たちを失うことだけです。だから、成すべきことを成すのです」
 

 それを聞いたアングラは、少し力が抜けたようで笑った。そして、兜を被り大槌を構えた。

「ははっ……いつまでたっても、アンタには敵わねえ。おかげで気合が入ったぜ。オレはこの建物でガキ共を守る! 今度こそ……絶対にだ!」

 その声には、最初に会った時の気迫が篭もっていた。

 「了解。ご武運を!」

 カノコさんがそう言うと共に、アングラさんは下へと走り出す……と思いきや、部屋の入口のところで急ブレーキをかけた。そして私の方に振り返る。
 

 「ああっと、あぶねえ言い忘れてた! おい、リン! カノコさんのこと頼んだぜ!お前なら安心して任せられる!!」

 「はい。無論です!」


  私がそう言うと、アングラさんの微かな笑い声が聞こえた。きっとその兜の下は笑っていることだろう。
 
 ほっこりしたのも束の間。カノコさんは私たちに発破をかけた。


 「さあ私たちも、行きますよ!」

 「はい!」

 「ひゃいっ!」

 アングラさんが地下へ向かうのに少し遅れて、私たちも外へと向かった。



外には黒煙がたちこめている。アングラさんが言っていた爆弾のせいだろうか?

 「げふっ!げふっ!!  な、なんなんですかぁ……!? すごい煙ですぅ……」
 
 「あまり吸い込んではいけませんよ。何が入っているか分かりませんから」





 私たちは煙をぬけ、ようやく敵陣が見えた!


 「はい! すと~っぷ!!」



 敵陣の真ん中、やけに目立つ赤いドレスを着たやつがそう言った。不気味に笑みを浮かべながら、部下らしい男の人をイス代わりに座っている。



 「よくもまあ、のこのこと来たわね~。あ、報告通り勇者さんも居るわね。あとその横にもう一人いるわね~。追加オーダーは大歓迎よ~! いらっしゃ~い!」

 
 ニコニコ笑顔で私とステラにも手を振るツメク。奴の持っているナイフとフォークが、鈍く妖しく輝いていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

転生勇者の三軒隣んちの俺

@aozora
ファンタジー
ある日幼馴染のエミリーと遊んでいる時に木の枝から落ちて気を失ったジェイク。目を覚ました時、彼は自分が転生したと言う事を自覚する。ここはRPGファンタジーゲーム”ソードオブファンタジー”の世界、そして俺はオーランド王国の勇者、”赤髪のジェイク”。あのゲームで主人公は国王からの依頼で冒険の旅に旅立ったはず。ならばそれまでにゲーム開始時以上の力を手に入れれば。滾る想い、燃え上がる野心。少年は俺Tueeeをすべく行動を開始するのだった。 で、そんな様子を見て”うわ、まさにリアル中二病、マジかよ。”とか考える男が一人。 これはそんな二人が関わったり関わらなかったりする物語である。 この作品はカクヨム様、ノベルピア様、小説になろう様でも掲載させて頂いております。 よろしくお願いします。

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

家出したとある辺境夫人の話

あゆみノワ@書籍『完全別居の契約婚〜』
恋愛
『突然ではございますが、私はあなたと離縁し、このお屋敷を去ることにいたしました』 これは、一通の置き手紙からはじまった一組の心通わぬ夫婦のお語。 ※ちゃんとハッピーエンドです。ただし、主人公にとっては。 ※他サイトでも掲載します。

とある元令嬢の選択

こうじ
ファンタジー
アメリアは1年前まで公爵令嬢であり王太子の婚約者だった。しかし、ある日を境に一変した。今の彼女は小さな村で暮らすただの平民だ。そして、それは彼女が自ら下した選択であり結果だった。彼女は言う『今が1番幸せ』だ、と。何故貴族としての幸せよりも平民としての暮らしを決断したのか。そこには彼女しかわからない悩みがあった……。

大好きなおねえさまが死んだ

Ruhuna
ファンタジー
大好きなエステルおねえさまが死んでしまった まだ18歳という若さで

だってお義姉様が

砂月ちゃん
恋愛
『だってお義姉様が…… 』『いつもお屋敷でお義姉様にいじめられているの!』と言って、高位貴族令息達に助けを求めて来た可憐な伯爵令嬢。 ところが正義感あふれる彼らが、その意地悪な義姉に会いに行ってみると…… 他サイトでも掲載中。

【完結】私が王太子殿下のお茶会に誘われたからって、今更あわてても遅いんだからね

江崎美彩
恋愛
 王太子殿下の婚約者候補を探すために開かれていると噂されるお茶会に招待された、伯爵令嬢のミンディ・ハーミング。  幼馴染のブライアンが好きなのに、当のブライアンは「ミンディみたいなじゃじゃ馬がお茶会に出ても恥をかくだけだ」なんて揶揄うばかり。 「私が王太子殿下のお茶会に誘われたからって、今更あわてても遅いんだからね! 王太子殿下に見染められても知らないんだから!」  ミンディはブライアンに告げ、お茶会に向かう…… 〜登場人物〜 ミンディ・ハーミング 元気が取り柄の伯爵令嬢。 幼馴染のブライアンに揶揄われてばかりだが、ブライアンが自分にだけ向けるクシャクシャな笑顔が大好き。 ブライアン・ケイリー ミンディの幼馴染の伯爵家嫡男。 天邪鬼な性格で、ミンディの事を揶揄ってばかりいる。 ベリンダ・ケイリー ブライアンの年子の妹。 ミンディとブライアンの良き理解者。 王太子殿下 婚約者が決まらない事に対して色々な噂を立てられている。 『小説家になろう』にも投稿しています

処理中です...