友人に裏切られて勇者にならざるを得なくなったけど、まだ交渉の余地はあるよね?

しぼりたて柑橘類

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一章R:勇者リンは旅立つ

二話:勇者リンは旅立つ

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 「乾杯!」 

 「かんぱーい!」


 今日何回目かも分からない乾杯をし、ローレルはすっかり出来上がってしまっていた。もう耳まで真っ赤になっている。かくいう私も少し火照ってしまっている。早めにとめないと後が大変そうだ……。

  
 「ろ、ローレル……シードルを飲むのもそのくらいに……」

 「うるひゃい! わらひのしゃけがのめんのか!!」
 

 もう呂律が回っていなかった。
 ローレルはコップを突き出してきた。へにゃへにゃになりながら垂れかかってくる。いつも気を張っているローレルがこうやって私の前で素を出してくれるのはなんとも嬉しい。私が居なくなることを、ローレルも気にしてくれていたようだ。

  
 
 「りん……なんでいっちまうんだよう……」


 そう言い残してローレルは潰れた。
 テーブルに突っ伏して気持ちよさそうに寝ている。その表情はどこか満足気で。


 「私も行きたくないよ……」


 そう呟いてローレルのコップのシードルを一気にあおる。喉に鋭い痛みが走った。目の辺りが少し熱くなってきた。


 「少し……すずんでくるよ。ローレル」


 私は貰った金額1枚を置いて離席した。

   
 外には青白い付きがぼんやりと出ていた。私はその月に照らされた城の堀を、ただ眺めていた。この城ももう見納めなのだ。私は目に焼き付けんばかりにずっと城を眺める。真っ白な城壁は月明かりに照らされて昼と見紛うほど眩かった。
 新兵としてこの城に初めて入った日を思い出す。その日も今日のように輝いて見えたものだ。


 「嫌だなぁ……行きたくないよ……」

 
 王はなぜこんなことを私に命令したのだろう?  確かに騎士団のメンバーには、冗談で勇者に向いていると言われたことはあった。まさかそれが本当になるだなんて……。 悪い夢でも見ているみたいだ。
 フラフラと、おぼつかない足で暗い道を進む。真っ白な月が道を照らし、私を導いているかのようだった。
 

「きれいなつきだなぁ……」


 こんな時ローレルが居てくれたら、もっと詩的に言い表してくれただろう。私のつたない語彙では綺麗なものは綺麗としか言えない。勇者の旅も初めて見るものばかりなはずだ。ローレルが居てくれたら行く先全て楽しくなるかもなぁ……。
  ……ローレルがいてくれたら?私はハッとした。


 「ローレルがいてくれたらいいんだ!」

 
 どうして気が付かなかったんだろう!ローレルさえいてくれれば百人力じゃないか!冒険には仲間がつきもの!!ローレルなら誘えばきっと来てくれるはず!
 私は急いで酒場へと走った。きっとまだ居るはずだ!今すぐ!今すぐに伝えなければ!
 急ぐ帰り道の途中、路地裏がチラリと目に入る。見知った背中が見えたのだ。黒い短髪、銀色の鎧、その上のマント。間違いなくローレルだ!きっと私と同じで少し涼みに来たのだろう!だが……このまま行っても驚かしてしまうかもしれないな……むしろ驚かしてしまおうか!


 「ふふふ……」


 驚かしてやろう!
 ちょっと魔が差した私は、そのまま忍び足でローレルに近づいた。少しずつ寄っていくにつれ、ハッキリと見えてくる。ローレルは黒いフードを被った誰かと話をしているようだ。


「くくっ……」
「ひゅっひゅっひゅっ……」
 

 なんだか楽しそうだ。2人とも笑っている。
 どんな話をしているんだろう?

 私は物陰で聞き耳を立ててみる。



 「えぇ……。 これが例のブツですよ旦那。ご注文通り、ワインに似せて良く細工してあるでしょう? ひゅひゅっ……!」

 「ええ。ありがとうございます。 コレがあれば……やつを……リンを……」 


 うん?今私の名前が呼ばれた?
 プレゼントでも選んでくれていたのだろうか!?漏れ出る興奮に悶えながら耳をそば立てた。


 「リンを……殺せる」


 先程の興奮が全て冷たい何かに変わったかのごとく、全身が冷えきった。胸の内のワクワクが鋭い刃物か何かになって喉に刺さっているかのような、酷い息苦しさだ。


 「……」


 立っていられなくなって、私は壁伝いに歩く。その場を必死になって離れた。
 その後どうやって戻ったかは分からない。ただ、目が覚めると酒場のテーブルで寝ていて、空のジョッキが山積みになっていた。

 空はもう明るい……というか真昼間だ。
 
 少しだけ痛い頭を回して思い出す。確かあの後シードルを浴びるほど飲んだんだっけ……?まあそんなことはどうでもいい。時間の前後感覚がはっきりしないのだ。正直、そんなことはどうでもいい。エールが見せた悪い夢だったのだ。やっぱりお酒は良くないのだ。聖書にも書いている。そうだ、そうに違いない。
 これからまずローレルに会って、仲間になってくれるように言おう!それから……!
 突如、肩を叩かれた。振り返るとそこにはローレルが。都合が良いとはまさにこの事だ!しかし、ローレルは私が口を開くより先に私にバスケットを突き出してきた。先程の、嫌な感覚がフラッシュバックしてきた。冷や汗が頬を伝う。


 「何も言わず、これを貰ってくれないか?」

 「う、うん」 


 少しだけ嫌な予感がする。そんなまさか……ローレルに限ってそんなことをするはずが……。私は少しずつ目を開く。中身はパン……干し肉……金貨に……あれ?  あとはエールが入っているくらいだ。


 「これは……?」

 「少しでも日持ちするものを……と思ってさ。 ここから離れるとしばらくは町がないだろう? 金貨は魔王国側に着くまで取って置いた方がいいだろ?」

 「ローレル……!」

  
 疑った私が愚かだった!やはりローレルは私のことを    ずっと案じてくれていたんだ!私の中に罪悪感が募る中、ローレルは続ける。


 「明日、城で出発式をやるから今日のうちに準備をしておいた方がいい。せっかくだから親御さんにも伝えとけ。なにせ国を挙げての行事だからな」


 そう言うなり、私に背を向けて歩き出した。急いで私は呼び止める。


 「ろ、ローレルこれからどうするの!?」

 「あぁ、今日は大忙しでな。 明日はちゃんと見送るからさ」


 そう言ってローレルは手を振って出ていった。
 私は手を振り返して見送り、出ていく様をぼんやりと眺めていた。まあ……仕方ないか。ローレルは忙しいのだから。私は私の準備をしよう!麓の村まで降りて父と母に挨拶をしに行かなければ。そう思って立ち上がった時だった。


 「よいっ ……しょ?」



 重い。明らかに重い。パッと見た限りの想像よりずっしりとした重さがこのバスケットにはあった 。
 まさか……ね。私は震える指でパンを寄せ、エールをテーブルに乗せた。


 「嘘……」


 バスケットの底には大きな瓶に入ったワインが鎮座していたのだった。ワインは高級品である。我々のような平民に毛が生えた程度の者がおいそれと、ましてこんな量、買えるはずもない。
 ……毒だ。そうに違いない。これで私を殺す気だ。ローレルが?なぜ私を?何のために!?


 「……逃げよう」


 勝手にそう口走っていた。そしてもう既に、その気だった。けれどだ、逃げるってどこに? この王国にもはや逃げ場はない。何せ私を死地に送り出そうとすらしているのだ。今死んだって、後で死んだってきっと同じだ。逃げ道はないんだ。
 なら、前進するしかない。全てを捨てる覚悟で。
 私はまだ式典に出ていない。つまり正式にはまだ勇者ではない。きっと今逃げたら追っ手が来る。この追っ手として最有力になるのはローレルだ。ローレルは私と並ぶくらいの実力者。逆に言えばローレルにしか私は追えない。
 今のローレルに話をしたって聞いてくれはしないだろう。ローレルが私を追ってきたその時が、話ができる唯一のチャンスだ。
 なぜローレルが私を殺そうとするのか。私は真相を掴むため、王国に背いて魔王国へと歩き始めるのだった。
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