56 / 63
56.『彼』の名は和唐ナナイ
しおりを挟む
「……ぼくはその時、地球に不時着したんだゆー」
「……そうですか」
コズハは歯切れ悪く相槌をする。何か言いたいことの一つや二つがあるのかもしれない。
が、俺はまだピンと来ていない。
「不時着って、その時も宇宙船に乗ってたのか?」
「時空航行術の研究の一環だゆー。その時は試作段階だった、長距離亜光速飛行術とワームホール式の時空跳躍術のテストパイロットをしてたんだゆー」
俺は隣で目を丸くするコズハに助けを求めた。
「……すまん。コズハ、何言ってるかわかるか?」
「長距離亜光速飛行術は恐らく極めて光に近い速度で走行することです。
ワームホール式の時空跳躍術というのは……ナナイ君に置かれましてはワームホールをそもそもご存じですか?」
「いや、初耳だ」
「そうですか。一緒に見た作品にもでてきましたが……興味がなければ忘れてしまうでしょうね」
コズハは椅子から立ち上がると、ダイニングテーブルの中央を指先でつついた。
「ナナイ君はこのテーブルの中央から、裏側の中央まで最短距離で線を結ぶにはどうしたら良いと思いますか?」
「そりゃ直線で縁まで行って、裏側に向かったら縁からも直線で中心に向かえばいいんじゃねえの」
「はい、それが普通に進んだ時の最短経路です。では中心から縁まで進むのに10年かかるとしたら、向こう側に行くのに何年かかりますか?」
「……20年か?」
「よろしいです。では往復したとしたら何年かかりますか?」
「40年だな」
「そうです。このように、真っ直ぐ進むと道のりによって航行時間が左右されてしまうのです。しかし、ここに抜け穴を開けたらどうなりますか?」
コズハはテーブルの中央を叩いた。
「……屁理屈っぽいが、確かにそこを通ればすぐ裏に行けるだろうな」
「そうなのです。この穴をワームホール、穴を通って裏の地点に行くことをワープとここでは呼びます。ここまでで、よろしいですか?」
「原理はわかったけどよ、結構めちゃくちゃじゃねえか?」
「……実用化における問題点はこの際置いておきましょう。こちらに、紛れもない成功例がいるのですから」
いつもより強ばった顔で、コズハは目線を上げた。最初にユーと会った時に似た、警戒混じりに相手を射止める目。俺ですらデタラメだと感じた技術なのだ、SFやら科学やらに傾倒していたコズハにとってはどれほど滅茶苦茶なものか知れない。
反してユーは穏やかな微笑を保ったまま……寂しそうに視線を落とした。
「まあ、経緯は置いておいて。ぼくは失敗したんだゆー。ワームホールを超えた先がちょうど小惑星帯、宇宙船は大破して引き返すことも出来ずに残りの推力を利用して不時着できそうな地球に落ちたんだゆー」
「……凄いですね大破しても大気圏を突破できたのですか。そして各国のレーダーに捉えられることも無く不時着と」
「元々事故前提の試作型だから滅茶苦茶頑丈だったんだゆー。あとよくわからないけど、ステルスは生きてたんだゆー。だから着地後もほぼバレることなく済んだんだゆー」
「なんか妙にふわっとしてんな」
「とにかく良いでしょう、アメリカ軍とかに拉致されることなくユーちゃんが無事だったのですから」
「妙に生々しいタラレバやめて欲しいゆー。考えただけで寒気がするゆー」
「話が逸れてしまいましたね。さあ続きをユーちゃん。肝心の『和唐ナナイ』君はいつ出るのですか?」
前のめりになって聞いているコズハは口を尖らせた。その勢いに、若干押されながらユーは続ける。
「……それで、命は無事だったんだけど……所詮は研究のための試作船。構造にそこそこ欠陥もあって、全機能がシャットダウンしたままぼくは生き埋めになったんだゆー」
救難信号も出せないまま、動くことも出来ずに来るかも分からない助けを、ユーはその場で待ち続けるしか無かったということか。
「この星で死ぬしか無いんだと思って、諦めかけたその時……虫取り網片手にぼくを見つけた子がいたんだゆー。鼻のてっぺんも膝も、目立つところを全部擦りむいていた……ここの言葉で言うと『ヤンチャな子』……その子が『和唐ナナイ』だったんだゆー!!」
「……はぁ?」
「たまたま川を遡上して『探検』してたらしいんだゆー。それで宇宙船からぼくを引っ張り出してくれたんだゆー!」
耳を疑った。黙って聞いてれば、俺じゃなくて全部コズハの要素じゃねえか。
「……」
コズハも口を開けて絶句している。おぞましいほどに他人だった。
しかし、ユーは一切気付いていないようでノリノリで語り続ける。
「ほんとカッコよかったんだゆー!当時人間と義体すら作ってない触手の塊みたいなぼくに代わってアンテナの設置も、エネルギー供給台の取り付けもしてくれて、ナナイがいなかったらぼくは自分の星に帰れなかったまであるゆー!」
「……世話焼きな方だったんですね」
「そうだゆー!ほんと、命の恩人だゆー!
でも、どうしてだか毎日来てたナナイが段々来なくなったんだゆー。ぼくも航行レポートの回収してたから、気にしてる余裕がなかったんだけど……」
ユーは思い出したように抹茶ラテをすすり、頬杖をついてそっぽを向いた。
「そんなある日、いきなり母船に連絡がついたんだゆー。『まもなく救助を始めるから準備するように』とだけ連絡されたから、急いでナナイに連絡したんだゆー」
「へぇ、でも帰る直前に挨拶は出来たのか」
「一応は……。でもナナイは『帰るなら、会わせたい奴がいるんだ!』って言って戻ってこなかったんだゆー」
「……なるほど。それでは消化不良もいい所ですね」
「そうだゆー。宇宙船の中で眠らせられて気がついたら母星で検査入院……ほんと情緒もへったくれも無かったゆー」
ユーは口を尖らせつつ続けた。
「でも、まだワームホールは開いてたし、こっそり病室を抜け出してナナイに挨拶しようと地球に戻ったんだゆー。
それで……」
ユーは言い淀んだ。言葉に詰まった、と言うより思い詰めたように。目を泳がせて頭を抱える。
「それで」
声はワントーン下がり、目から覇気が抜けた。力無く俯いたユーは、それでも何かを伝えようとしている。
「……それで」
口を噤み、両手で顔を覆う。広いダイニングは、互いの息遣いが聞こえるほど静まり返った。
「……それでっ、ぼくが戻ってきた時……もう地球は無くなってたゆー……」
沈痛に顔を歪ませ、ユーはそう言った。
「……そうですか」
コズハは歯切れ悪く相槌をする。何か言いたいことの一つや二つがあるのかもしれない。
が、俺はまだピンと来ていない。
「不時着って、その時も宇宙船に乗ってたのか?」
「時空航行術の研究の一環だゆー。その時は試作段階だった、長距離亜光速飛行術とワームホール式の時空跳躍術のテストパイロットをしてたんだゆー」
俺は隣で目を丸くするコズハに助けを求めた。
「……すまん。コズハ、何言ってるかわかるか?」
「長距離亜光速飛行術は恐らく極めて光に近い速度で走行することです。
ワームホール式の時空跳躍術というのは……ナナイ君に置かれましてはワームホールをそもそもご存じですか?」
「いや、初耳だ」
「そうですか。一緒に見た作品にもでてきましたが……興味がなければ忘れてしまうでしょうね」
コズハは椅子から立ち上がると、ダイニングテーブルの中央を指先でつついた。
「ナナイ君はこのテーブルの中央から、裏側の中央まで最短距離で線を結ぶにはどうしたら良いと思いますか?」
「そりゃ直線で縁まで行って、裏側に向かったら縁からも直線で中心に向かえばいいんじゃねえの」
「はい、それが普通に進んだ時の最短経路です。では中心から縁まで進むのに10年かかるとしたら、向こう側に行くのに何年かかりますか?」
「……20年か?」
「よろしいです。では往復したとしたら何年かかりますか?」
「40年だな」
「そうです。このように、真っ直ぐ進むと道のりによって航行時間が左右されてしまうのです。しかし、ここに抜け穴を開けたらどうなりますか?」
コズハはテーブルの中央を叩いた。
「……屁理屈っぽいが、確かにそこを通ればすぐ裏に行けるだろうな」
「そうなのです。この穴をワームホール、穴を通って裏の地点に行くことをワープとここでは呼びます。ここまでで、よろしいですか?」
「原理はわかったけどよ、結構めちゃくちゃじゃねえか?」
「……実用化における問題点はこの際置いておきましょう。こちらに、紛れもない成功例がいるのですから」
いつもより強ばった顔で、コズハは目線を上げた。最初にユーと会った時に似た、警戒混じりに相手を射止める目。俺ですらデタラメだと感じた技術なのだ、SFやら科学やらに傾倒していたコズハにとってはどれほど滅茶苦茶なものか知れない。
反してユーは穏やかな微笑を保ったまま……寂しそうに視線を落とした。
「まあ、経緯は置いておいて。ぼくは失敗したんだゆー。ワームホールを超えた先がちょうど小惑星帯、宇宙船は大破して引き返すことも出来ずに残りの推力を利用して不時着できそうな地球に落ちたんだゆー」
「……凄いですね大破しても大気圏を突破できたのですか。そして各国のレーダーに捉えられることも無く不時着と」
「元々事故前提の試作型だから滅茶苦茶頑丈だったんだゆー。あとよくわからないけど、ステルスは生きてたんだゆー。だから着地後もほぼバレることなく済んだんだゆー」
「なんか妙にふわっとしてんな」
「とにかく良いでしょう、アメリカ軍とかに拉致されることなくユーちゃんが無事だったのですから」
「妙に生々しいタラレバやめて欲しいゆー。考えただけで寒気がするゆー」
「話が逸れてしまいましたね。さあ続きをユーちゃん。肝心の『和唐ナナイ』君はいつ出るのですか?」
前のめりになって聞いているコズハは口を尖らせた。その勢いに、若干押されながらユーは続ける。
「……それで、命は無事だったんだけど……所詮は研究のための試作船。構造にそこそこ欠陥もあって、全機能がシャットダウンしたままぼくは生き埋めになったんだゆー」
救難信号も出せないまま、動くことも出来ずに来るかも分からない助けを、ユーはその場で待ち続けるしか無かったということか。
「この星で死ぬしか無いんだと思って、諦めかけたその時……虫取り網片手にぼくを見つけた子がいたんだゆー。鼻のてっぺんも膝も、目立つところを全部擦りむいていた……ここの言葉で言うと『ヤンチャな子』……その子が『和唐ナナイ』だったんだゆー!!」
「……はぁ?」
「たまたま川を遡上して『探検』してたらしいんだゆー。それで宇宙船からぼくを引っ張り出してくれたんだゆー!」
耳を疑った。黙って聞いてれば、俺じゃなくて全部コズハの要素じゃねえか。
「……」
コズハも口を開けて絶句している。おぞましいほどに他人だった。
しかし、ユーは一切気付いていないようでノリノリで語り続ける。
「ほんとカッコよかったんだゆー!当時人間と義体すら作ってない触手の塊みたいなぼくに代わってアンテナの設置も、エネルギー供給台の取り付けもしてくれて、ナナイがいなかったらぼくは自分の星に帰れなかったまであるゆー!」
「……世話焼きな方だったんですね」
「そうだゆー!ほんと、命の恩人だゆー!
でも、どうしてだか毎日来てたナナイが段々来なくなったんだゆー。ぼくも航行レポートの回収してたから、気にしてる余裕がなかったんだけど……」
ユーは思い出したように抹茶ラテをすすり、頬杖をついてそっぽを向いた。
「そんなある日、いきなり母船に連絡がついたんだゆー。『まもなく救助を始めるから準備するように』とだけ連絡されたから、急いでナナイに連絡したんだゆー」
「へぇ、でも帰る直前に挨拶は出来たのか」
「一応は……。でもナナイは『帰るなら、会わせたい奴がいるんだ!』って言って戻ってこなかったんだゆー」
「……なるほど。それでは消化不良もいい所ですね」
「そうだゆー。宇宙船の中で眠らせられて気がついたら母星で検査入院……ほんと情緒もへったくれも無かったゆー」
ユーは口を尖らせつつ続けた。
「でも、まだワームホールは開いてたし、こっそり病室を抜け出してナナイに挨拶しようと地球に戻ったんだゆー。
それで……」
ユーは言い淀んだ。言葉に詰まった、と言うより思い詰めたように。目を泳がせて頭を抱える。
「それで」
声はワントーン下がり、目から覇気が抜けた。力無く俯いたユーは、それでも何かを伝えようとしている。
「……それで」
口を噤み、両手で顔を覆う。広いダイニングは、互いの息遣いが聞こえるほど静まり返った。
「……それでっ、ぼくが戻ってきた時……もう地球は無くなってたゆー……」
沈痛に顔を歪ませ、ユーはそう言った。
0
お気に入りに追加
5
あなたにおすすめの小説
小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話
矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」
「あら、いいのかしら」
夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……?
微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。
※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。
※小説家になろうでも同内容で投稿しています。
※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。
令嬢の名門女学校で、パンツを初めて履くことになりました
フルーツパフェ
大衆娯楽
とある事件を受けて、財閥のご令嬢が数多く通う女学校で校則が改訂された。
曰く、全校生徒はパンツを履くこと。
生徒の安全を確保するための善意で制定されたこの校則だが、学校側の意図に反して事態は思わぬ方向に?
史実上の事件を元に描かれた近代歴史小説。
小説書きたい思春期男子の悩み事
なななのな
青春
もし魔法使いになれたら…
もし寝て起きたら女子だったら…
俺があのアニメの主人公だったら…
起きても寝ても、勉強しててもご飯食べてても、そんな事ばっかり考えちゃう
…ん?そんなに色々思いつくなら、もっと世の中に発信しちゃえば…いずれ本も出版されちゃったりして…
↑これが妄想です。
こんな妄想の中でも唯一実現できそうとか甘いこと考えて小説を描き始めた
妄想が止まらないある思春期男子の
ネタ探しの旅です。
蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる
フルーツパフェ
大衆娯楽
転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。
一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。
そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!
寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。
――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです
そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。
大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。
相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。
ぱらぱら 初恋交換ノート
篠原愛紀
青春
中学入学して初めてのテストは散々。期末テストの結果も悪くスマホを没収された夏空は、親から課された問題集を解くために放課後は旧図書室へ。そこで忘れられたノートを見つける。
それは、誰にも知られずに忘れられていく初恋が綴られていた。
イラスト/ノーライトコピーガール
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる