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56.『彼』の名は和唐ナナイ

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 「……ぼくはその時、地球に不時着したんだゆー」

 「……そうですか」


 コズハは歯切れ悪く相槌をする。何か言いたいことの一つや二つがあるのかもしれない。

 が、俺はまだピンと来ていない。


 「不時着って、その時も宇宙船に乗ってたのか?」

 「時空航行術の研究の一環だゆー。その時は試作段階だった、長距離亜光速飛行術とワームホール式の時空跳躍術のテストパイロットをしてたんだゆー」
 
 
 俺は隣で目を丸くするコズハに助けを求めた。


 「……すまん。コズハ、何言ってるかわかるか?」

 「長距離亜光速飛行術は恐らく極めて光に近い速度で走行することです。
 ワームホール式の時空跳躍術というのは……ナナイ君に置かれましてはワームホールをそもそもご存じですか?」

 「いや、初耳だ」

 「そうですか。一緒に見た作品にもでてきましたが……興味がなければ忘れてしまうでしょうね」

 
 コズハは椅子から立ち上がると、ダイニングテーブルの中央を指先でつついた。


 「ナナイ君はこのテーブルの中央から、裏側の中央まで最短距離で線を結ぶにはどうしたら良いと思いますか?」

 「そりゃ直線で縁まで行って、裏側に向かったら縁からも直線で中心に向かえばいいんじゃねえの」

 「はい、それが普通に進んだ時の最短経路です。では中心から縁まで進むのに10年かかるとしたら、向こう側に行くのに何年かかりますか?」

 「……20年か?」

 「よろしいです。では往復したとしたら何年かかりますか?」

 「40年だな」

 「そうです。このように、真っ直ぐ進むと道のりによって航行時間が左右されてしまうのです。しかし、ここにを開けたらどうなりますか?」

 
 コズハはテーブルの中央を叩いた。


 「……屁理屈っぽいが、確かにそこを通ればすぐ裏に行けるだろうな」
  
 「そうなのです。この穴をワームホール、穴を通って裏の地点に行くことをワープとここでは呼びます。ここまでで、よろしいですか?」

 「原理はわかったけどよ、結構めちゃくちゃじゃねえか?」

 「……実用化における問題点はこの際置いておきましょう。こちらに、紛れもない成功例がいるのですから」


 いつもより強ばった顔で、コズハは目線を上げた。最初にユーと会った時に似た、警戒混じりに相手を射止める目。俺ですらデタラメだと感じた技術なのだ、SFやら科学やらに傾倒していたコズハにとってはどれほど滅茶苦茶なものか知れない。

 反してユーは穏やかな微笑を保ったまま……寂しそうに視線を落とした。


 「まあ、経緯は置いておいて。ぼくは失敗したんだゆー。ワームホールを超えた先がちょうど小惑星帯、宇宙船は大破して引き返すことも出来ずに残りの推力を利用して不時着できそうな地球に落ちたんだゆー」

 「……凄いですね大破しても大気圏を突破できたのですか。そして各国のレーダーに捉えられることも無く不時着と」

 「元々事故前提の試作型だから滅茶苦茶頑丈だったんだゆー。あとよくわからないけど、ステルスは生きてたんだゆー。だから着地後もほぼバレることなく済んだんだゆー」

 「なんか妙にふわっとしてんな」

 「とにかく良いでしょう、アメリカ軍とかに拉致されることなくユーちゃんが無事だったのですから」

 「妙に生々しいタラレバやめて欲しいゆー。考えただけで寒気がするゆー」

 「話が逸れてしまいましたね。さあ続きをユーちゃん。肝心の『和唐ナナイ』君はいつ出るのですか?」


 前のめりになって聞いているコズハは口を尖らせた。その勢いに、若干押されながらユーは続ける。


 「……それで、命は無事だったんだけど……所詮は研究のための試作船。構造にそこそこ欠陥もあって、全機能がシャットダウンしたままぼくは生き埋めになったんだゆー」


 救難信号も出せないまま、動くことも出来ずに来るかも分からない助けを、ユーはその場で待ち続けるしか無かったということか。


 「この星で死ぬしか無いんだと思って、諦めかけたその時……虫取り網片手にぼくを見つけた子がいたんだゆー。鼻のてっぺんも膝も、目立つところを全部擦りむいていた……ここの言葉で言うと『ヤンチャな子』……その子が『和唐ナナイ』だったんだゆー!!」

 「……はぁ?」

 「たまたま川を遡上して『探検』してたらしいんだゆー。それで宇宙船からぼくを引っ張り出してくれたんだゆー!」

 
 耳を疑った。黙って聞いてれば、俺じゃなくて全部コズハの要素じゃねえか。


 「……」


 コズハも口を開けて絶句している。おぞましいほどに他人だった。

 しかし、ユーは一切気付いていないようでノリノリで語り続ける。


 「ほんとカッコよかったんだゆー!当時人間と義体すら作ってない触手の塊みたいなぼくに代わってアンテナの設置も、エネルギー供給台の取り付けもしてくれて、ナナイがいなかったらぼくは自分の星に帰れなかったまであるゆー!」

 「……世話焼きな方だったんですね」

 「そうだゆー!ほんと、命の恩人だゆー!
 でも、どうしてだか毎日来てたナナイが段々来なくなったんだゆー。ぼくも航行レポートの回収してたから、気にしてる余裕がなかったんだけど……」


 ユーは思い出したように抹茶ラテをすすり、頬杖をついてそっぽを向いた。


 「そんなある日、いきなり母船に連絡がついたんだゆー。『まもなく救助を始めるから準備するように』とだけ連絡されたから、急いでナナイに連絡したんだゆー」

 「へぇ、でも帰る直前に挨拶は出来たのか」

 「一応は……。でもナナイは『帰るなら、会わせたい奴がいるんだ!』って言って戻ってこなかったんだゆー」

 「……なるほど。それでは消化不良もいい所ですね」
 
 「そうだゆー。宇宙船の中で眠らせられて気がついたら母星で検査入院……ほんと情緒もへったくれも無かったゆー」

 
 ユーは口を尖らせつつ続けた。
 

 「でも、まだワームホールは開いてたし、こっそり病室を抜け出してナナイに挨拶しようと地球に戻ったんだゆー。
 それで……」


 ユーは言い淀んだ。言葉に詰まった、と言うより思い詰めたように。目を泳がせて頭を抱える。


 「それで」


 声はワントーン下がり、目から覇気が抜けた。力無く俯いたユーは、それでも何かを伝えようとしている。


 「……それで」


 口を噤み、両手で顔を覆う。広いダイニングは、互いの息遣いが聞こえるほど静まり返った。


 「……それでっ、ぼくが戻ってきた時……もう地球は無くなってたゆー……」

 
 沈痛に顔を歪ませ、ユーはそう言った。
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