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53.恐ろしく甘い

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 街頭にポツポツと照らされた、住宅街を急ぎ足で歩く。DVDを返してしまったあとも、俺は胸騒ぎに苛まれていた。


 大幣先生に詰め寄っていた茶コートは何者なのだろうかと、頭を捻る。


 髪は白、体格は俺とコズハの中間で平均的な女子と同じくらい。

 そして声の高さに似つかぬ『~なんだい』という不自然な語尾。

 化生サイドにありそうな風貌ながら、大幣先生がえらく他人行儀だった。

 さらにはユーを『ユースティン』と呼んでいた。

 
 状況証拠は、アレがエイリアンだと物語っている。
 

 懸念すべきはああも力を入れてユーを探していれば、もうじきユーと接触する恐れがありそうなことだ。

 ユーは己が宇宙人であることを隠してはいない。同時にその他の出自を明かしていない。俗っぽく言えば何星人なのかも分からないレベルで、母星のことを話さない。

 オーバーテクノロジーをなんでも明け透けに喋る奴が、積極的に話そうとしない時点で話したくないのだと分かってしまう。そんなユーを捜索する同郷者が友好的とは考えにくい。


 さすればユーにこの危機を、迅速に伝えるべきだ。周囲の人影を警戒しつつ、ますます家路を急いだ。


 新たなエイリアンも気になるが、どちらかと言うと家の状況の方が気になる。俺が外出して約20分、そろそろカレーが出来てもおかしくない頃合いだ。

 二人の安否、家と鍋とコンロ、肝心のカレー。今は全てが心配で仕方ない。


 時々振り返りながらも、とうとう家のドア前までやってきた。しかし、ドアノブは重い。急いで戻ってきたとは言え、この向こうでいかなるサバトが執り行われているか想像もつかないのだ。

 俺は深く息を吸い、覚悟を決める。


 「よし、行くか」
 
 
 俺はできる限りゆっくりとドアを開けて、鼻先だけ隙間から入れた。そしてしばらく臭いを嗅いでみる。


 「……カレーだ」


 カレーの匂いがする。香辛料と具材を煮合わせた、香ばしい香りが漂ってきている。驚くべきことに、奴らはカレーを作りあげたらしい。


 「なんだ、アイツらもやればできるのかよ!」


 いそいそと家に入り、台所に向かう。俺の心配をよそに料理を仕上げたのだ、それはそれは労ってやらなくてはならない。そしてあわよくば明日からの家事を少しでも手伝って貰いたい。

 下心を抱えつつ、ダイニングに繋がる扉に手をかけると、不意にコズハの声が聞こえた。


 「何とか完成しましたね、一時はどうなることかと思いました」

 「ほんと、なんで鍋から火が出たのか不思議でならないゆー」

 
 鍋から火……?カレーなのにフランベでもしたのか?急に心配になってきた。やはりすぐにでも入って確認すべきだろうか。


 「しかし、ようやくナナイ君に多少でも恩を返せるというものです」


 ……恩?俺に?

 耳を疑った。普段のコズハからは口が裂けても出ないようなフレーズだからだ。俺は息を潜めて、ドアの後ろで耳をそば立てた。

 
 「ほんとそうだゆー、誰かさんがもうちょっと素直ならナナイを追い出さなくても済んだはずだゆー」

 「何を言っているのですか。私は合理的な判断の元動いているまでです。趣味と実益がかね備えられるなら越したことはございません」

 「ほんとかゆー?今回ばかりは私欲全開じゃ……いだだだだ!!
 何事だゆー!?なんだか腕関節があらぬ方向に向かってるゆーっ!!」

 「卍固めです。取り消すまで拘束は継続します」

 「いだだだっ!!わかった……!わかったから暴力に訴えるのやめるんだゆー!!」

 「分かれば良いのですよ。私が強いことを忘れないでください」

 「ゆ、ゆー……」


 ちょっと大人しくなったかと思えば、しれっと友人に暴力をふるうコズハ。卍固めってことは、30センチもの身長差で腕に飛びついて抱えたってことか。 
 
 やってることを単体で見れば、それぞれ殊勝だし見事なのだが、どうか素直に関心させて欲しい。


 「……ところで、ナナイ君はそんなところに居ないで早く出てきてください」

 「なっ!?」


 部屋の中から直々にお呼びがかかったので部屋の中に入る。ドアのすぐ前で、コズハが出迎えにやってきた。


 「おかえりなさい。ご飯はもうできていますよ」


 未知の感覚に面食らった。安心感と共に、妙な昂りを覚える。少しよろめいたが、直ぐに取り直した。
 

 「……ただいま。もしかして最初から気付いてたのか?」

 「ええ。ドアが開く音がしたので、確信していました」
 

 そう言って、コズハは胸を張る。


 「相変わらず耳いいなお前」

 「いえいえ、ナナイ君程ではありませんよ」
 
 「ところで、さっきから声しねぇけどユーはどこにいるんだ?」   

 「ああ、ユーちゃんでしたらあちらに」


 コズハはドアを開いて後ろを指さす。ダイニングテーブルの上にはカレーライスが3つ、丸いテーブルを囲う3つの椅子の前にそれぞれ置かれている。

 その椅子のうちひとつ、


 「ゆ、ゆー……」


 背もたれに体を預けるようにユーが伸びていた。関節を極められた後、コズハに載せられたのだろう。真っ白な髪と肌も相まって、燃え尽きたかのようにすら見える。可哀想に。
 
 ユーは震える右腕を押さえながら、わなわなと俺を見上げた。


 「み、右肩と脇腹の感覚が無いけど、ぼく死んでないかゆー……?」
 
 「まあ、一応繋がってはいるな」

 「一応ってなんだゆー!ぼく死にかけてるのかゆー!?」

 「何を言いますか、私の卍固めは完璧でした。命に関わるかかり方はしていませんよ」

 「えー……まあいいゆー。とりあえず、冷めないうちに食べようゆー」

 
 ユーは左手でスプーンを持ち、目の前のカレーを指さした。


 「そうでした、会心の出来なのですよ。早くナナイ君にも食べてもらいませんと」

 「……ああ。そうだな」


 手を引かれるまま椅子に座り、手を合わせる。コズハは俺らに目配せしてから手を合わせた。


 「よろしいですね、ではご唱和ください」

 「「「いただきます」」ゆー!」


 早速、俺はカレーをすくって口に入れる。コズハが作った『料理』を食べるのはこれが初めてだ。正直言って不安はあるが、カレーなんてどう転んでも美味しいに決まって……。


 「……!」

 
 一口入れた瞬間、思わず固まった。


 甘い。

 不自然に甘い。

 甘くてコクがある。

 鼻を抜けるスパイシーな香り、だがしかし形容しがたいほどに甘い。今まで経験したことがないほどの甘さだ。米と人参とじゃがいもに絡まってどんどん甘くなっていく。舌にまとわりつき、下顎に絡まり、喉元を痺れさせる。

 なんだこの甘さは!ミルクチョコレートより甘いぞ!?コズハはなんのためにこんなめちゃくちゃなものを作ったんだ!?


 「……!っ……!」


 一瞬、イメージとあまりにかけ離れた味過ぎて戻しかけた。

 水でも飲めればマシになるだろうが、しかし手元にコップはない。口に物入ったまんま立つことも、立ち上がることもかなり汚いし避けたい……!

 2人に水をもらうか?ダメだ、口を開こうとしても甘すぎて飲み込めないから何も言えねぇっ!というか呼吸すらままならねえっ!
 

 「……ふーっ……ふーっ……」


 どうにか鼻呼吸に切りかえ、荒ぶる心臓を沈める。

 落ち着け、ナナイ。友人が……ましてコズハが作ったものを戻すなんて、到底許されることでは無い。というか俺が俺自身を許せなくなりそうだ。

 であれば、俺がすべきことは必然的に決まった。


 「……っ!」


 息を整え、口の中のものをゆっくり飲み下す。

 口から殺人的な甘味は消え、去り際にチョコの概念を口にしたかのような強烈なカカオの香りを置いていった。


 「な、なんだこれ……」


 例えるならば、死ぬほど甘いチョコレートの掛かった米。喉を内側から刺すような甘さを孕んでいる。寒気がしてきて、脂汗が吹き出てきた。

 
 「いやー美味しいですね」

 「美味しいゆー!」

 
 そして、それらをさもカレーのようにバクバク食べるコズハとユー。なんだコイツら、俺が見てない間に気でも狂ったか?

 しばらく呆然と見ていると、コズハがこちらに気がついたらしくスプーンを動かす手を止めた。


 「どうですかナナイ君、こんなことを言うと自画自賛になってしまうようですが素晴らしい味でしょう?」

 「い、いや……その……」

 「そうだゆー!めちゃくちゃ一口を味わって食べてたし、気に入ったに違いないゆー!それにしても、カレーってこんな味なのかゆー!」

 「ええ、隠し味にと用意しておいた板チョコを思い切って10枚入れたのが効いていますね」


 それ最早チョコライスじゃねえかよ!!

 しかし、最早突っ込むタイミングを完璧に失った。

 俺は、必死に口角を上げてコズハに笑いかける。


 「……っ……あ、ああ。結構……上手くできてんじゃねえか……?」

 
 コズハは目を輝かせて、拳を握りしめた。


 「やりましたねユーちゃん。ナナイ君のお墨付きですよ」

 「やったゆー!コズハも頑張った甲斐があってよかったゆー」

 「はい?ユーちゃんと一緒に作ったのにその言い方はどうなのですか?」

 「別に気にしなくていいゆー」

 「は、はぁ」


 コズハは首を傾げつつ、カレーを頬張った。
 まさかこれが2人にとって『旨いカレー』だとはつゆも考えなかったが、しばらく話を聞き流すうちに口はかなりマシになった。

 ここまで来たら乗りかかった船。この調子でおはぎみたいなものだと割り切ろう。覚悟を決めて、俺はカレーを口に入れた。


 「そうだゆー!おかわりもあるから、遠慮せずに食べて欲しいゆー!!」


 ユーはコンロに載せられた大鍋を指さして、そう言った。


 「……は、はは……そうか……」


 もはや俺は笑うことしかできなかった。
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