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40.生きるのも楽じゃない

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 関西弁、細い目、(染めた)金髪。三拍子揃った怪人、大幣先生は化け狸だった。とうにエイリアンを見ている俺は、元々怪しさ満点だった先生が人外でも別に驚きはしない。
 
 しかし、てっきり狐だと思っていたので少々面食らった。


 呆然と眺めていたら、大幣先生は眉間に皺をよせた。


 「おうおうなんやナナイ。狸やったらなんか悪いことでもあるんか?別にええやろ狸でも」
 

 そう言いつつ俺に顔を突きつけてきた。下から覗き込むように近付いてきたので、ちょうど目の前に丸い耳が来る。本気で詰めてきているのだろうが、ちょっと和んでしまう俺がいる。


 「おちょくってるんか、あんた。どこを見てるんや」

 「いえ、そんなこと全然思ってませんよ」

 「思うてたやろ、さっき!『そっちかぁ』って!狐ちゃうくて狸かあ、って聞こえたで」

 「思考盗み見てイチャモンつけんのは反則ですよ」

 「……確かにそうやな」


 大幣先生は一歩引いて、溜息をつきつつ額に手を当てた。


 「あかん。生徒相手にムキになってもうたわ、申し訳あらへん」

 
 気まずそうに目を逸らし、謝意を口にした。いつも飄々としている大幣先生にしては珍しく、感情に振り回されている様子だ。

 すかさず、俺の制服の襟をコズハが数度引っ張る。身をかがめると、コズハが耳打ちしてきた。


 「大幣先生はどうやら、狐にコンプレックスがあるそうなのです」

 「狐に?」


 小声で聞き返すと、コズハは頷いた。


 「ええ。つぶらな目も格好がつかないからと無理に細めているらしいですし、髪もブリーチをかけているのだとか」
 
 「へぇ、意外だな。てっきりもっとドス黒い裏があるもんだと思ってたが」

 「気ぃ使うて小声で話してくれてるとこ悪いんやけど、全部聞こえてるさかい意味はあらへんで」


 大幣先生は死んだ目でこちらをたしなめてきた。これは根が深そうだ、あまり触れるべきではあるまい。

 
 「……それで気になったんですけど、肝試しへの協力と先生が化け狸であることになんの関係があるんですか?」

 
 俺は仕切り直すように、先生に問いかける。先生は胡座をかきなおし、いつも通りの笑顔を俺らに向けた。

 
 「僕は化生でも、人間社会に順応して生きられるように手助けをしてるんや」

 「……手助け?具体的にはどんなことをしているんですか?それと肝試しになんの関係が?」

 「あーその辺の話は複雑やけど、断片的に伝えてもしゃあないしな。長なるで、とりあえず座りや」

 「は、はぁ」


 顔を顰めていた俺は、促されるままコズハとユーの間に座った。


 「よろしい。ほな誤解あらへんよう、いちはなだって伝えとくけど、便宜上『化生』言うただけで僕らはユーと似たような分類のや」

 「化生と言っても『化け物』では無く『特殊な生命体』という認識を持って欲しいってことですか?」

 「そうや。ちょい念動力使えたり人の心読めたり変身でけるだけで真っ当な生き物やねん」
 

 うんうん、と大幣先生は頷いた。
 
 しかしどこか腑に落ちない。人知を超えた超常現象を起こしている時点で、十分真っ当な生き物から外れている気がするのだが。

 そんなことを考えていると、大幣先生の口角がやや下がった。


 「いや、わかるで。確かに信じられへん離れ業をされたら化け物や思てもしゃあない。
 そやけど、人間かて人間のこと全部理解してる訳でもあらへんやろう?それに人間がやってる土地開発やら各種産業かて他の動物から見たら離れ業なんやぞ。
 やとしたら種族差の線引きはあれど、おんなじ生き物やとは言えへんか?」 

 「……確かに」


 腕を組んで考える。生物によって出来ることはそれぞれ異なり、姿かたちもそれぞれ違う。

 しかし、俺もコズハもユーも大幣先生だって『生き物』という広い括りなら一纏めにできるはずだ、と言いたいのだろう。


 何となく掴めてきた辺りで大幣先生は続けた。


 「僕が何言いたいか言うと、化生も実は生きてるってこっちゃ。飯を食べて、寝て、繁殖する必要があるのんは、どないな生物とも変わりのう必要なもんや。
 そやけど、人と共生する化生にはもう一つ必要なものがある」


 先生は目をぱっちりと開いて俺の方を見た。


 「それがな、人に化生として認識されるこっちゃ」

 「……矛盾してませんか?」

 
 反射的に口から滑り出た。人と共生するために、人の社会に溶け込む必要はあるのだろう。しかし、同時に社会から逸脱する化け物の姿を人に認められなくてはならない。

 同時に認めてもらおうだなんて無理じゃないのか?

 相反する側面が、コインの表裏のように共存できているとは思えなかったのだ。


 「そやねん。矛盾してるけど、両方とも人間と共生するためには必要なものなんや」


 すんなりと認めつつ、先生は続ける。


 「ナナイも考えてるように、人は人、化け物は化け物や。思考も、食性も、体の構造もちゃう。その違いを認め、理解せな人に化けるやなんて出来やしいひん。つまり、人の目ぇ誤魔化せへんようになるんや」

 「つまり人の目を誤魔化すため、化け物としての自分を客観視するってことですか?」

 「そうや。そうやが、なんから何まで自覚するのんは無理やろ。ユーもちょいちょい人間らしさを手に入れていったのやろ?知らへんものに成り代わるなんてそうそう簡単とちゃうねん」

 
 確かにユーも来てすぐは基礎的な『食べる』『寝る』と言った行動を知らなかった。曲がりなりにも、人である俺が教えることでユーは人間らしくなったのだ。


 「それに少しでも『化生である自分』が大切や思えな人との共生自体に嫌気がさしてくる。『自分は人間に化けた化生どす』っちゅう風に胸を張って主張できる場も大切なんやわぁ」

 「……胸を張って、主張できる場」


 若干耳が痛くなる言葉を言いつつ、大幣先生は締めくくった。


 「前置きが長なったけど、僕は化生が人間と共生できるように『自身の客観視』と『アイデンティティの確立』を人間を通じて行うのが大事や思うんや。ここまでで質問は?」

 「ないです」

 「ありませんよ」

 「大丈夫ですゆー」

 「よろしい。では……次の話としてこれを見てほしい」


 先生は懐からスマホを取り出し、画面を開く。開かれていたのはとあるサイトのページ。俺は、その画面に酷く見覚えがあった。


 「えっ、これって……」
 

 黒色の背景、虹色に光る創英角ポップ体。この絶妙なダサさは、間違いなくコズハが見せてきたオカルトブログだった。
 

 「これ、僕が運営してんねん」


 先生は、少し自慢げにそう言った。
 
 この人のファッションは擬態を意識したものではなく、素のセンスが微妙だったのだと判明してしまった。
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