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32.宿が無いらしい
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「助けて欲しいゆー!!」
外は豪雨。どうした訳かびしょ濡れなユーが、俺の家を訪ねてきた。掴んできた手は冷えきって氷のようだし、髪も乱れて頭の横の触手から水が滴っている。流石の俺も傘もささずにこの雨を歩いてきたら、こうもなろうとは容易に想像出来る。しかし、一体どうして雑木林から俺の家に?
とにかく、今わかる確かなことがひとつ。このままユーを家に上げると、滴る水分で床が浸水するということだ。
「とりあえずドア閉めて待ってろ!今タオル取ってくるから!」
「わ、わかったゆー」
お急ぎでバスタオルを数枚取ってきた俺は、ユーに一枚手渡した。ユーは震える手でそれを受け取ると、丹念に自分の体を拭き始めた。
折られたままのタオルを、ぽんぽんと体に当てるように水気を取っていく。一瞬、要領を得ないやり方のようにも見えた。しかしユーの純白の肢体はあまりにキメ細やかで線が細かったので、骨董品屋や調度品を扱っていると考えれば自然な動作のようにも感じる。例えるならば日本刀の手入れを彷彿とさせるような。
そして一連の動作に見入っていた俺は、向けられていたユーの視線に気が付かなかった。
“ナナイ、不躾な視線を人に向けるものでは無いぞ”
低い声が頭に響いていてきて、ハッとした。慌てて目線を逸らして目を覆った。
「えっ、ああ……すまん!」
「全く、気をつけて欲しいゆー。
まあ、ぼくの体が美しいのは火を見るより明らかだから、仕方無い気もするけどゆー!」
「……なんかコズハの自信満々っぷりが、だんだん移ってきてねえかお前」
そうは言ったが、一緒にいるくらいで自己肯定感が上がるなら、俺は今頃自己肯定感に足を生やした化け物になっていることだろう。
無駄な思考を振り払いつつ、ようやく落ち着いたらしいユーに問いかけた。
「そういや、さっき助けてくれーとか叫んでたけど、あそこまで慌てて濡れてただけじゃねえだろ?一体何があったんだ?」
「ゆ、ゆー……」
ユーはしばらく渋い顔をしてから、目を逸らしつつ答えた。
「……宇宙船を壊しちゃったんだゆー……」
「壊したぁ!?あれを!?」
とても信じ難い言葉に、声が裏返る。
あれはコズハが相対して、唯一壊せなかったものと言っても過言では無い。何をどうしたらあの何も無い雑木林で壊れるというのだろうか。
当惑する俺に対し、ユーは焦ったように腕を振り回しつつ詰めてきた。
「そ、そんな大きな声で言わないで欲しいゆー!不運な……!不運な事故が重なったんだゆー!」
「そこまで言うなら聞いてやるよ。不運な事故……って具体的には何があったんだ?」
ユーはタオルを首にかけ、指折り数えながら弁明を始めた。
「まず、ぼくは宇宙船内で作業をしてたんだゆー。繊細な作業を邪魔されたくなかったぼくは、宇宙船のバリアーの感度を最大にしてたんだゆー」
「バリアって言うと、コズハが吹っ飛ばされたあれか?」
「そう、それだゆー。
次に、めちゃめちゃな雨が降ってきたんだゆー。普通の雨ならバリアは反応をしないはずなんだゆーけど、文字通りバケツをひっくり返したような水を異物だと思ったらしくて起動しちゃったんだゆー」
「……それで?」
「あのバリアには、一度作動させると矢継ぎ早に展開できないって弱点があるんだゆー。加えて物体に無理やり斥力を生じさせるんだゆーけど、その過程で宇宙船と周囲が帯電状態になるんだゆー。
つまり、無防備かつ電気を帯びている状態になったんだゆー」
「あーうん。なるほど?」
「ほんとにわかってるのかゆー?
……まあ、ぼくはそうとも知らず内側から足場を下ろしてしまって、感電したんだゆー」
「なるほどなぁ」
正直いって理数系がさっぱりな俺は、ざっくりとしか分からない。フィーリングで読解した結果、どうやらユーは冬場のドアノブとかでよくある、静電気でバチッとするやつのでっかい版を起こしたらしい。
「つまり……お前の不注意で宇宙船の中身がショートしたってことか?」
「そういうことだゆー!住居無くなったついでに感電もしたゆー!」
ユーは俺に向けて、サムズアップして見せた。
「……なんかお前、色々大丈夫か?安全管理とかもうちょっとしっかりしてねえとダメじゃねえの?」
「あー聞きたくないっ……!ガチトーンの心配と説教は聞きたくないゆー!安全管理の方は厳密には専門外なんだゆー!」
ユーは耳の穴に触手を突っ込んで、上から手を覆った。なんと器用なことを。
「専門外って、まるで専門があるみてえな言い方だな。まあ、お前かなり宇宙船とかに詳しいみたいだし何か凝ってるのか?」
「え?ぼく時空航行術に関する研究してたって話してなかったかゆー?」
「えっ」
ユーは首を傾げながら、さらっとそんなことを言った。
「尚更、何やらかしてんだ専門家ァ!!」
「ぼ、ぼくは航空安全学の専門じゃないゆー!ぼくの畑ではそちらより優先すべきものが沢山あるんだゆー!」
「基礎だろ安全性は!!何かあったらどうするつもりだったんだお前!!」
「そんなこといちいち気にしちゃダメだゆー!ミスは誰しもすること……!注意一秒事故一瞬なんだゆー!防ぎようのないことだって沢山あるゆー!」
「そういう意味の言葉じゃねえだろ、開き直んじゃねぇ!!」
「いいじゃないかゆー!現にこうしてぼくは無事だゆー!」
ムスッとしたユーは腕を組んで仁王立ちした。
あまりに堂々たるその態度。なかなかに説得力が……あるか?そもそも無事か?さっき感電したとか言ってたよな?有事じゃねえのか??
俺の困惑をよそに、ユーはさらに詰め寄ってきた。
「と、とにかく!説明した通り、ぼくは今家なしなんだゆー!」
「……そうらしいな」
嫌な予感が全身を駆け巡ったその瞬間、ユーは俺の前で手を合わせた。そして深深と最敬礼をしたのである。
「当面の間ぼくを泊めてほしいゆー!このとおり……!このとおりだゆー……!!」
「やっぱ、そうなるよな……」
俺は頭を抱えた。
外は豪雨。どうした訳かびしょ濡れなユーが、俺の家を訪ねてきた。掴んできた手は冷えきって氷のようだし、髪も乱れて頭の横の触手から水が滴っている。流石の俺も傘もささずにこの雨を歩いてきたら、こうもなろうとは容易に想像出来る。しかし、一体どうして雑木林から俺の家に?
とにかく、今わかる確かなことがひとつ。このままユーを家に上げると、滴る水分で床が浸水するということだ。
「とりあえずドア閉めて待ってろ!今タオル取ってくるから!」
「わ、わかったゆー」
お急ぎでバスタオルを数枚取ってきた俺は、ユーに一枚手渡した。ユーは震える手でそれを受け取ると、丹念に自分の体を拭き始めた。
折られたままのタオルを、ぽんぽんと体に当てるように水気を取っていく。一瞬、要領を得ないやり方のようにも見えた。しかしユーの純白の肢体はあまりにキメ細やかで線が細かったので、骨董品屋や調度品を扱っていると考えれば自然な動作のようにも感じる。例えるならば日本刀の手入れを彷彿とさせるような。
そして一連の動作に見入っていた俺は、向けられていたユーの視線に気が付かなかった。
“ナナイ、不躾な視線を人に向けるものでは無いぞ”
低い声が頭に響いていてきて、ハッとした。慌てて目線を逸らして目を覆った。
「えっ、ああ……すまん!」
「全く、気をつけて欲しいゆー。
まあ、ぼくの体が美しいのは火を見るより明らかだから、仕方無い気もするけどゆー!」
「……なんかコズハの自信満々っぷりが、だんだん移ってきてねえかお前」
そうは言ったが、一緒にいるくらいで自己肯定感が上がるなら、俺は今頃自己肯定感に足を生やした化け物になっていることだろう。
無駄な思考を振り払いつつ、ようやく落ち着いたらしいユーに問いかけた。
「そういや、さっき助けてくれーとか叫んでたけど、あそこまで慌てて濡れてただけじゃねえだろ?一体何があったんだ?」
「ゆ、ゆー……」
ユーはしばらく渋い顔をしてから、目を逸らしつつ答えた。
「……宇宙船を壊しちゃったんだゆー……」
「壊したぁ!?あれを!?」
とても信じ難い言葉に、声が裏返る。
あれはコズハが相対して、唯一壊せなかったものと言っても過言では無い。何をどうしたらあの何も無い雑木林で壊れるというのだろうか。
当惑する俺に対し、ユーは焦ったように腕を振り回しつつ詰めてきた。
「そ、そんな大きな声で言わないで欲しいゆー!不運な……!不運な事故が重なったんだゆー!」
「そこまで言うなら聞いてやるよ。不運な事故……って具体的には何があったんだ?」
ユーはタオルを首にかけ、指折り数えながら弁明を始めた。
「まず、ぼくは宇宙船内で作業をしてたんだゆー。繊細な作業を邪魔されたくなかったぼくは、宇宙船のバリアーの感度を最大にしてたんだゆー」
「バリアって言うと、コズハが吹っ飛ばされたあれか?」
「そう、それだゆー。
次に、めちゃめちゃな雨が降ってきたんだゆー。普通の雨ならバリアは反応をしないはずなんだゆーけど、文字通りバケツをひっくり返したような水を異物だと思ったらしくて起動しちゃったんだゆー」
「……それで?」
「あのバリアには、一度作動させると矢継ぎ早に展開できないって弱点があるんだゆー。加えて物体に無理やり斥力を生じさせるんだゆーけど、その過程で宇宙船と周囲が帯電状態になるんだゆー。
つまり、無防備かつ電気を帯びている状態になったんだゆー」
「あーうん。なるほど?」
「ほんとにわかってるのかゆー?
……まあ、ぼくはそうとも知らず内側から足場を下ろしてしまって、感電したんだゆー」
「なるほどなぁ」
正直いって理数系がさっぱりな俺は、ざっくりとしか分からない。フィーリングで読解した結果、どうやらユーは冬場のドアノブとかでよくある、静電気でバチッとするやつのでっかい版を起こしたらしい。
「つまり……お前の不注意で宇宙船の中身がショートしたってことか?」
「そういうことだゆー!住居無くなったついでに感電もしたゆー!」
ユーは俺に向けて、サムズアップして見せた。
「……なんかお前、色々大丈夫か?安全管理とかもうちょっとしっかりしてねえとダメじゃねえの?」
「あー聞きたくないっ……!ガチトーンの心配と説教は聞きたくないゆー!安全管理の方は厳密には専門外なんだゆー!」
ユーは耳の穴に触手を突っ込んで、上から手を覆った。なんと器用なことを。
「専門外って、まるで専門があるみてえな言い方だな。まあ、お前かなり宇宙船とかに詳しいみたいだし何か凝ってるのか?」
「え?ぼく時空航行術に関する研究してたって話してなかったかゆー?」
「えっ」
ユーは首を傾げながら、さらっとそんなことを言った。
「尚更、何やらかしてんだ専門家ァ!!」
「ぼ、ぼくは航空安全学の専門じゃないゆー!ぼくの畑ではそちらより優先すべきものが沢山あるんだゆー!」
「基礎だろ安全性は!!何かあったらどうするつもりだったんだお前!!」
「そんなこといちいち気にしちゃダメだゆー!ミスは誰しもすること……!注意一秒事故一瞬なんだゆー!防ぎようのないことだって沢山あるゆー!」
「そういう意味の言葉じゃねえだろ、開き直んじゃねぇ!!」
「いいじゃないかゆー!現にこうしてぼくは無事だゆー!」
ムスッとしたユーは腕を組んで仁王立ちした。
あまりに堂々たるその態度。なかなかに説得力が……あるか?そもそも無事か?さっき感電したとか言ってたよな?有事じゃねえのか??
俺の困惑をよそに、ユーはさらに詰め寄ってきた。
「と、とにかく!説明した通り、ぼくは今家なしなんだゆー!」
「……そうらしいな」
嫌な予感が全身を駆け巡ったその瞬間、ユーは俺の前で手を合わせた。そして深深と最敬礼をしたのである。
「当面の間ぼくを泊めてほしいゆー!このとおり……!このとおりだゆー……!!」
「やっぱ、そうなるよな……」
俺は頭を抱えた。
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