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22.怖いなら怖いでいい
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ドアノブに手をかけると玄関の鍵は掛かっていなかった。コズハが降りてきた様子は無いし、俺らが来ることを見込んでいたのだろうか。我が幼馴染ながら、底が知れない。にわかに湧き上がってきた怖気に蓋をして、前に進もうとした寸前で踏みとどまった。
ユーが俺の3歩後ろで立ちすくんでいるのだ。
おそらく、怯えている。コズハという人間の逸脱さに、頭脳の類稀無さに。
今日一日でユーはコズハの異常性にひたすら気付かされていた。その限界が、とうとうやってきたのかもしれない。
「ユー。行けそうか?」
俺の問いかけに、ユーは肯定も否定もせず視線を地面に落とした。
「すまないゆー。やはりこの話し方をしていると……精神的にもこの体に引っ張られてしまう気がするゆー」
ユーの声色は雑木林で最初出会った時と、同様の平静さを取り戻していた。ふと、我に返り恐怖の波に襲われたのだろう。その姿に、妙な人間味を感じた。
俺はコズハに、「少し遅れる」とだけメールで送ると玄関先に腰かけた。
「とりあえず、落ち着くまで待つか」
そう言って隣のタイルを叩く。
ユーは静かに頷いて体育座りで俺の隣に座る。
夜の住宅街は風も吹かず、虫も鳴かず、あまりに静かだった。
俺らは何をする訳でもなく、向かいの家の吸い込まれそうなほど黒々とした窓をただ眺めていた。
「……ナナイ」
ぽつりとユーは呟いた。
「なんだ?」
「何故、コズハはぼくのことも呼んだんだゆー?」
落ち着かない様子のユーは、膝を抱えたまま体を揺らした。
「さあな」
「ぼくが異星人だって分かったら、コズハはぼくに何をすると思うゆー?」
「知らねえよ。ただ、お前について知ろうとするのは確かだ」
「……じゃあ、ほかのオカルトみたいなものに何をしてきたんだゆー?」
俺は少しだけ言葉を選んでから、口を開いた。
「ことごとくを調べて、最終的に二度と発生しないように殲滅してきた」
「なんでこんなにしんみりした雰囲気で恐ろしいことが言えるんだゆー???」
ユーは信じられないような顔をして俺の方を見てきた。
「だって事実だし、危険性の共有はしとくべきだろ」
「……ナナイに期待したぼくが馬鹿だったゆー」
途端にユーは呆れたような顔をして、玄関マットの上で大の字に寝た。
「あーどうせぼくも怪異の端くれ。コズハにぶっ殺されるんだゆー」
そして見るからにヤケになっている。先程までの冷静さは何処へやら、三日目の雪だるまみたいになってしまった。どれもこれも俺のデリカシーが無いせいだが、あんな女と一緒にいて情操教育なんぞを平静に終わらせられるわけが無いだろう。
話が逸れたが、西上コズハに攻略法はないのだ。目的に対して常識と倫理から外れたアプローチを試みまくる。その恐怖を、どうか伝えなければならない。
「ユー。確かにお前がこれから会う女は、幽霊の正体だった枯れ尾花を根こそぎ刈り取った挙句、幻視が発生する時間帯と角度と天候を特定して観光スポットに昇華した狂人だ。お前に対して似たことを仕向け無いとも限らねぇ」
「なんで余計に解像度を上げてくるんだゆー?ぼくナナイになにか悪いことしたかゆー?」
「コズハに変に期待をするなってことだ。あいつは油断も隙もない。一瞬でも気を許せば、次に身ぐるみを剥がされるのはお前だと思え」
「……剥がされたのかゆー?」
「俺の尊厳のために黙秘する」
ユーはむくりと起き上がり、俺の服の裾を引っ張った。
「……やっぱりぼく、異星人ってことを隠そうかなって思うゆー」
「怖いか?コズハが」
ユーは不貞腐れたように頬を膨らませた。また膝を抱えて顔を埋めた。
「……ナナイのせいだゆー」
「なんだ、そんなにあの脅しが怖かったのか?」
「半分そうだゆー、もう半分は違うゆー。そして全面的にナナイのせいだゆー」
「ふざけんじゃねえ。釈然としねぇ言い方で俺に責任をなすりつけんな」
「だって、コズハと一緒に居られないと、ナナイと友達でいられないんだゆー?」
思いがけず無い言葉に思わず姿勢を正した。
ユーはパーカーを深く被って膝に顔を埋めているので、その表情を窺い知ることは出来ない。
「ぼくはナナイともコズハとも友達でいたと思うんだけど、もしぼくがコズハの求めるエイリアンだった時……友達できちんと居てくれるかが分からないゆー……」
弱りきったユーは、ボソボソとそんなことを言った。小さく纏まったユーの白い体は、夜の闇に溶けだしてしまいそうだった。
俺はユーが強い心を持っているだなんて勘違いしていたのだ。どんなに技術が優れていても、どんなに卓越した身体能力があったとしても、心は人間なのだ。それを受け止めることが出来ていなかった、俺の落ち度だ。
勝手に自責の念を募らせつつ、
「そうか。それもありなんじゃねえの?」
と、気にも止めてないふりをして呟いた。ユーの体は動かない。
「そう思うのかゆー?」
「ああ。そりゃ、隠し事無しでありのまま受け入れられた方が嬉しいに決まってる。
だが、自分の本当の姿を隠してでも一緒にいたい奴ってのは居るだろ」
「……」
「仮にいつかバレる嘘を吐いたとしても、お前は俺の友達だ。それは揺るがねえよ」
「……ゆー」
ユーは黙ったまま、すくっと立ち上がった。被っていたフードを脱ぎ、黙って俺の目を見ていた。
俺が真意を聞こうとしたその時に、口の動きを察知してかユーの目つきが険しくなった。言葉は不要ということだろう。
俺は何も言わずに振り返り、ドアノブに再び手をかけた。
「おじゃましまーす」
「……じ、邪魔するゆー……」
ゆっくりとドアを開け、暗い土間で靴を脱ぐ。ユーも俺に倣って、ローファーを脱いで揃えた。
「こっちだ。足元気をつけろよ」
「ゆ、ゆー……」
俺はおっかなびっくり進むユーの手を引き、コズハの家を歩いた。毎朝通っているともはや自分の家のようなものだ。電気も付けずに廊下を歩き、階段を上り、明かりの漏れるドアの前までやってきた。この先が今朝も入ったコズハの部屋である。
俺がドアを開けようと手を伸ばしたその時、
「ああ、来ていたのですね。上がってください」
ネグリジェ姿のコズハが部屋からひょっこり顔を出した。
ユーが俺の3歩後ろで立ちすくんでいるのだ。
おそらく、怯えている。コズハという人間の逸脱さに、頭脳の類稀無さに。
今日一日でユーはコズハの異常性にひたすら気付かされていた。その限界が、とうとうやってきたのかもしれない。
「ユー。行けそうか?」
俺の問いかけに、ユーは肯定も否定もせず視線を地面に落とした。
「すまないゆー。やはりこの話し方をしていると……精神的にもこの体に引っ張られてしまう気がするゆー」
ユーの声色は雑木林で最初出会った時と、同様の平静さを取り戻していた。ふと、我に返り恐怖の波に襲われたのだろう。その姿に、妙な人間味を感じた。
俺はコズハに、「少し遅れる」とだけメールで送ると玄関先に腰かけた。
「とりあえず、落ち着くまで待つか」
そう言って隣のタイルを叩く。
ユーは静かに頷いて体育座りで俺の隣に座る。
夜の住宅街は風も吹かず、虫も鳴かず、あまりに静かだった。
俺らは何をする訳でもなく、向かいの家の吸い込まれそうなほど黒々とした窓をただ眺めていた。
「……ナナイ」
ぽつりとユーは呟いた。
「なんだ?」
「何故、コズハはぼくのことも呼んだんだゆー?」
落ち着かない様子のユーは、膝を抱えたまま体を揺らした。
「さあな」
「ぼくが異星人だって分かったら、コズハはぼくに何をすると思うゆー?」
「知らねえよ。ただ、お前について知ろうとするのは確かだ」
「……じゃあ、ほかのオカルトみたいなものに何をしてきたんだゆー?」
俺は少しだけ言葉を選んでから、口を開いた。
「ことごとくを調べて、最終的に二度と発生しないように殲滅してきた」
「なんでこんなにしんみりした雰囲気で恐ろしいことが言えるんだゆー???」
ユーは信じられないような顔をして俺の方を見てきた。
「だって事実だし、危険性の共有はしとくべきだろ」
「……ナナイに期待したぼくが馬鹿だったゆー」
途端にユーは呆れたような顔をして、玄関マットの上で大の字に寝た。
「あーどうせぼくも怪異の端くれ。コズハにぶっ殺されるんだゆー」
そして見るからにヤケになっている。先程までの冷静さは何処へやら、三日目の雪だるまみたいになってしまった。どれもこれも俺のデリカシーが無いせいだが、あんな女と一緒にいて情操教育なんぞを平静に終わらせられるわけが無いだろう。
話が逸れたが、西上コズハに攻略法はないのだ。目的に対して常識と倫理から外れたアプローチを試みまくる。その恐怖を、どうか伝えなければならない。
「ユー。確かにお前がこれから会う女は、幽霊の正体だった枯れ尾花を根こそぎ刈り取った挙句、幻視が発生する時間帯と角度と天候を特定して観光スポットに昇華した狂人だ。お前に対して似たことを仕向け無いとも限らねぇ」
「なんで余計に解像度を上げてくるんだゆー?ぼくナナイになにか悪いことしたかゆー?」
「コズハに変に期待をするなってことだ。あいつは油断も隙もない。一瞬でも気を許せば、次に身ぐるみを剥がされるのはお前だと思え」
「……剥がされたのかゆー?」
「俺の尊厳のために黙秘する」
ユーはむくりと起き上がり、俺の服の裾を引っ張った。
「……やっぱりぼく、異星人ってことを隠そうかなって思うゆー」
「怖いか?コズハが」
ユーは不貞腐れたように頬を膨らませた。また膝を抱えて顔を埋めた。
「……ナナイのせいだゆー」
「なんだ、そんなにあの脅しが怖かったのか?」
「半分そうだゆー、もう半分は違うゆー。そして全面的にナナイのせいだゆー」
「ふざけんじゃねえ。釈然としねぇ言い方で俺に責任をなすりつけんな」
「だって、コズハと一緒に居られないと、ナナイと友達でいられないんだゆー?」
思いがけず無い言葉に思わず姿勢を正した。
ユーはパーカーを深く被って膝に顔を埋めているので、その表情を窺い知ることは出来ない。
「ぼくはナナイともコズハとも友達でいたと思うんだけど、もしぼくがコズハの求めるエイリアンだった時……友達できちんと居てくれるかが分からないゆー……」
弱りきったユーは、ボソボソとそんなことを言った。小さく纏まったユーの白い体は、夜の闇に溶けだしてしまいそうだった。
俺はユーが強い心を持っているだなんて勘違いしていたのだ。どんなに技術が優れていても、どんなに卓越した身体能力があったとしても、心は人間なのだ。それを受け止めることが出来ていなかった、俺の落ち度だ。
勝手に自責の念を募らせつつ、
「そうか。それもありなんじゃねえの?」
と、気にも止めてないふりをして呟いた。ユーの体は動かない。
「そう思うのかゆー?」
「ああ。そりゃ、隠し事無しでありのまま受け入れられた方が嬉しいに決まってる。
だが、自分の本当の姿を隠してでも一緒にいたい奴ってのは居るだろ」
「……」
「仮にいつかバレる嘘を吐いたとしても、お前は俺の友達だ。それは揺るがねえよ」
「……ゆー」
ユーは黙ったまま、すくっと立ち上がった。被っていたフードを脱ぎ、黙って俺の目を見ていた。
俺が真意を聞こうとしたその時に、口の動きを察知してかユーの目つきが険しくなった。言葉は不要ということだろう。
俺は何も言わずに振り返り、ドアノブに再び手をかけた。
「おじゃましまーす」
「……じ、邪魔するゆー……」
ゆっくりとドアを開け、暗い土間で靴を脱ぐ。ユーも俺に倣って、ローファーを脱いで揃えた。
「こっちだ。足元気をつけろよ」
「ゆ、ゆー……」
俺はおっかなびっくり進むユーの手を引き、コズハの家を歩いた。毎朝通っているともはや自分の家のようなものだ。電気も付けずに廊下を歩き、階段を上り、明かりの漏れるドアの前までやってきた。この先が今朝も入ったコズハの部屋である。
俺がドアを開けようと手を伸ばしたその時、
「ああ、来ていたのですね。上がってください」
ネグリジェ姿のコズハが部屋からひょっこり顔を出した。
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