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12.まるで知れない
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数分前のことだった。
朝の会の終わり際、日直が担任に話を振った。
「それでは先生のお話です。大幣先生、お願いします」
「はいよ~」
気の抜けた返事とともに教卓に立つのは、ブリーチをかけた天パを頭のてっぺんで結わえた男。どう見ても教室ではなく、都会の美容室にいる方がしっくりくる。
「みんなおはようさん、4月も二週目に入ってさすがに他のクラスメートの名前も覚えたとこやろ?」
そして、関西弁。常にニマニマ笑ってるし、柄物のワイシャツが絶妙に胡散臭い。羽織っている白衣は奴を生物教師たらしめていたが。彩度のコントラストで風邪を引きそうだ。
「先生はみんなに仲良くなって欲しいんは山々なんやけど、どないしても合わへんこともあるし無理だけはせんようにな」
ついでに言えば性格がいい。初日こそ外見に度肝を抜かれたが、話してみれば分かりやすく生徒の味方に立つタイプの先生である。しかしその程度で外見の胡散臭さをチャラにできやしない。繕いきれない黒々とした闇がある。立てば美容師、座れば詐欺師、教鞭取れば生物教師と、3つの顔が同時に存在しているのだ。阿修羅かこいつは。
途切れない話ぶりに感心しつつ、実は本職は詐欺師なのではないかと疑っていると、後ろから肩を叩かれた。背もたれに体をあずけて聞き耳を立てる。
「ナナイ君。ナナイ君」
すぐ後ろから小さな声が聞こえた。そう、俺の真後ろがコズハの席なのだ。何されるかわかったものでは無いため、常に危機感は持っている。
俺は前を向いたまま、小声で返す。
「……何だ?」
また、コズハは俺に囁いた。
「今日の大幣先生、目に見えて調子よさそうですよね」
「いつもあんな調子だろあの人は」
「それにしても浮ついているというかはしゃいでいるというか、何だか嬉しそうですよ?」
「すまん、俺には分からねえ。どのへんが?」
「表情ですかね?口元が特に緩んでいるというか」
「……はあ?」
大幣先生はまるでいつもニコニコしているので、俺にはその感情の起伏がまるで分からない。しかし、コズハは敏感に機微を読み取る。一体こいつには何が見えているのだろうか。
そんな些細なことは置いておいて。大幣先生は何かを思い出したかのように、ぽんと手を打った。
「そーやったわ、今日はみんなにビッグニュースがあってん。長話しとる暇あらへんのやったわ」
そしてニヤリと笑みを浮かべた。途端に教室はざわつき始めた。
「なになに、抜き打ちテストとか?」
「次の時間生物だしありそうだよなー」
「え、まじで。前回のノート見せてくんね?寝てたから範囲とか分かんねえんだけど」
「やばいやばいやばい、テスト出るような範囲やってたっけ!?単元ごと?ワークとかの内容?」
そんな生徒たちの悲痛な集団ヒステリーを、
「はいはーい落ち着いてなー。先生そんな鬼や無いし、たった2回の授業でテストとかできへんで」
大幣先生は手を叩きながら制した。そして、
「転校生のご紹介や」
この一言でクラスを沸かしに沸かした。盛り上がりに反して、コズハの声は落ち着いている。
「……転校生?時期的に不自然ではありませんがいささか急ではありませんか?」
「転校生ってのは急に来るもんじゃねえのか?相手側に事情もあるだろうしよ」
「だったとしても耳聡い子や、情報網のある子は噂していて然るべきです。今日の朝にそんな話は一ミリも出ませんでした。SNS全盛の世の中において、なんの前触れもなく引っ越しだの転校だのをするのは不可能に近いでしょう」
「そう言われればそうだな」
しかし何事にも例外は付き物なはずだ。とにかく、俺が今言えることはその転校生とやらがコズハの隣の座席……つまり俺の左斜め後ろの空き座席に座る可能性が高いってことだ。コズハが変なこととか吹き込まなけりゃいいが。
クラスの話し声でコズハの声が聞き取りにくくなった頃、大幣先生の通る声が響く。
「はいはーい。みんな落ち着いてなー。あんまし盛り上げても転校生の子入りにくいでーあくまでどんな子か知った上で歓迎したってな。先生やって出囃子鳴らしときたいの必死で我慢しとるんやで」
先生が言う出囃子の種類にもよるが、方言のせいで某漫才選手権のアレか、喜劇集団のソレしか出てこない。もしそうなら最悪だ。どう転んでも入った瞬間芸人じゃないか。この人に理性があって本当に良かった。
「はい、じゃー入ってきてもらおか!どうぞー!」
大幣先生は教室のドアの外に、手を振って合図した。
瞬間、ガラリと開かれる教室の引き戸。待望の転校生の正体が明らかになった。
「ゆー!!」
1-B教室に飛び込んで来たのは、情報量の塊だった。
まず目を引くは校則違反も甚だしい白のツーサイドアップ。風どころか自発的に揺れてたなびいている毛先は、不自然なほど完璧に整っている。
次に制服は俺らの学校のセーラー服……に早速白いパーカーを羽織っている。丈とかは弄っていないが、初日からやってくるのは中々いかつい。
最後に、特徴的すぎる感嘆詞と声。「ゆー」なんて言葉を使う高い声のやつを、俺は一人しか知らない。
──あのエイリアンだ。直感した。
「はじめまして!転校生だゆー!」
「……は?」
ぼきり、と後ろの席からシャーペンの断末魔が聞こえた。恐らく転校生に興味を持ったコズハが、メモを取ろうと構えたものの困惑のあまりあまり、思わず力が入ったのだろう。コズハは素手ででシャーペンを折れる。その事実を知れただけで十分に価値はあった。次は手にも気をつけなければ命はないだろう。
ともかく、エイリアンは本当にJKみたいな格好で教室に乗り込んできたのだ。
……なんで?
本当に何故だ。話を整理すると言って翌朝やることが、カツ丼のドカ食いと女子高生への転身って何考えたらその発想に行き着くんだよ。俺の周りには狂ってるやつしかいないので、このままではオセロでも故事成語でも俺は黒くなるに違いない。嫌だ、まだ狂いたくない。
俺が怯えながらことの行く末を見守っていると、エイリアンはつらつらとチョークで文字を書き始めた。転校生特有の名前を書くやつである。
しかし……。
「ゆー……ゆ、ゆーっ!!」
必死にエイリアンは書きなぐっているが、長い。長いのだ。後ろにも見えるように配慮された文字の大きさとはいえ、それにしても長い名前だ。とうとう黒板に横2列のカタカナが書かれ、エイリアンの自己紹介は締めくくられた。
「ぼくは留学しに来た、ユースティン・エスティン・キディンバブルだゆー!
気軽に『ユーちゃん』って呼んで欲しいゆー!」
そして、やつは……ユーは、ニヤリと笑った。
“よろしく頼むぞ、和唐ナナイ君”
「……!」
やつの灰色の目は、俺をまっすぐ見ていた。
朝の会の終わり際、日直が担任に話を振った。
「それでは先生のお話です。大幣先生、お願いします」
「はいよ~」
気の抜けた返事とともに教卓に立つのは、ブリーチをかけた天パを頭のてっぺんで結わえた男。どう見ても教室ではなく、都会の美容室にいる方がしっくりくる。
「みんなおはようさん、4月も二週目に入ってさすがに他のクラスメートの名前も覚えたとこやろ?」
そして、関西弁。常にニマニマ笑ってるし、柄物のワイシャツが絶妙に胡散臭い。羽織っている白衣は奴を生物教師たらしめていたが。彩度のコントラストで風邪を引きそうだ。
「先生はみんなに仲良くなって欲しいんは山々なんやけど、どないしても合わへんこともあるし無理だけはせんようにな」
ついでに言えば性格がいい。初日こそ外見に度肝を抜かれたが、話してみれば分かりやすく生徒の味方に立つタイプの先生である。しかしその程度で外見の胡散臭さをチャラにできやしない。繕いきれない黒々とした闇がある。立てば美容師、座れば詐欺師、教鞭取れば生物教師と、3つの顔が同時に存在しているのだ。阿修羅かこいつは。
途切れない話ぶりに感心しつつ、実は本職は詐欺師なのではないかと疑っていると、後ろから肩を叩かれた。背もたれに体をあずけて聞き耳を立てる。
「ナナイ君。ナナイ君」
すぐ後ろから小さな声が聞こえた。そう、俺の真後ろがコズハの席なのだ。何されるかわかったものでは無いため、常に危機感は持っている。
俺は前を向いたまま、小声で返す。
「……何だ?」
また、コズハは俺に囁いた。
「今日の大幣先生、目に見えて調子よさそうですよね」
「いつもあんな調子だろあの人は」
「それにしても浮ついているというかはしゃいでいるというか、何だか嬉しそうですよ?」
「すまん、俺には分からねえ。どのへんが?」
「表情ですかね?口元が特に緩んでいるというか」
「……はあ?」
大幣先生はまるでいつもニコニコしているので、俺にはその感情の起伏がまるで分からない。しかし、コズハは敏感に機微を読み取る。一体こいつには何が見えているのだろうか。
そんな些細なことは置いておいて。大幣先生は何かを思い出したかのように、ぽんと手を打った。
「そーやったわ、今日はみんなにビッグニュースがあってん。長話しとる暇あらへんのやったわ」
そしてニヤリと笑みを浮かべた。途端に教室はざわつき始めた。
「なになに、抜き打ちテストとか?」
「次の時間生物だしありそうだよなー」
「え、まじで。前回のノート見せてくんね?寝てたから範囲とか分かんねえんだけど」
「やばいやばいやばい、テスト出るような範囲やってたっけ!?単元ごと?ワークとかの内容?」
そんな生徒たちの悲痛な集団ヒステリーを、
「はいはーい落ち着いてなー。先生そんな鬼や無いし、たった2回の授業でテストとかできへんで」
大幣先生は手を叩きながら制した。そして、
「転校生のご紹介や」
この一言でクラスを沸かしに沸かした。盛り上がりに反して、コズハの声は落ち着いている。
「……転校生?時期的に不自然ではありませんがいささか急ではありませんか?」
「転校生ってのは急に来るもんじゃねえのか?相手側に事情もあるだろうしよ」
「だったとしても耳聡い子や、情報網のある子は噂していて然るべきです。今日の朝にそんな話は一ミリも出ませんでした。SNS全盛の世の中において、なんの前触れもなく引っ越しだの転校だのをするのは不可能に近いでしょう」
「そう言われればそうだな」
しかし何事にも例外は付き物なはずだ。とにかく、俺が今言えることはその転校生とやらがコズハの隣の座席……つまり俺の左斜め後ろの空き座席に座る可能性が高いってことだ。コズハが変なこととか吹き込まなけりゃいいが。
クラスの話し声でコズハの声が聞き取りにくくなった頃、大幣先生の通る声が響く。
「はいはーい。みんな落ち着いてなー。あんまし盛り上げても転校生の子入りにくいでーあくまでどんな子か知った上で歓迎したってな。先生やって出囃子鳴らしときたいの必死で我慢しとるんやで」
先生が言う出囃子の種類にもよるが、方言のせいで某漫才選手権のアレか、喜劇集団のソレしか出てこない。もしそうなら最悪だ。どう転んでも入った瞬間芸人じゃないか。この人に理性があって本当に良かった。
「はい、じゃー入ってきてもらおか!どうぞー!」
大幣先生は教室のドアの外に、手を振って合図した。
瞬間、ガラリと開かれる教室の引き戸。待望の転校生の正体が明らかになった。
「ゆー!!」
1-B教室に飛び込んで来たのは、情報量の塊だった。
まず目を引くは校則違反も甚だしい白のツーサイドアップ。風どころか自発的に揺れてたなびいている毛先は、不自然なほど完璧に整っている。
次に制服は俺らの学校のセーラー服……に早速白いパーカーを羽織っている。丈とかは弄っていないが、初日からやってくるのは中々いかつい。
最後に、特徴的すぎる感嘆詞と声。「ゆー」なんて言葉を使う高い声のやつを、俺は一人しか知らない。
──あのエイリアンだ。直感した。
「はじめまして!転校生だゆー!」
「……は?」
ぼきり、と後ろの席からシャーペンの断末魔が聞こえた。恐らく転校生に興味を持ったコズハが、メモを取ろうと構えたものの困惑のあまりあまり、思わず力が入ったのだろう。コズハは素手ででシャーペンを折れる。その事実を知れただけで十分に価値はあった。次は手にも気をつけなければ命はないだろう。
ともかく、エイリアンは本当にJKみたいな格好で教室に乗り込んできたのだ。
……なんで?
本当に何故だ。話を整理すると言って翌朝やることが、カツ丼のドカ食いと女子高生への転身って何考えたらその発想に行き着くんだよ。俺の周りには狂ってるやつしかいないので、このままではオセロでも故事成語でも俺は黒くなるに違いない。嫌だ、まだ狂いたくない。
俺が怯えながらことの行く末を見守っていると、エイリアンはつらつらとチョークで文字を書き始めた。転校生特有の名前を書くやつである。
しかし……。
「ゆー……ゆ、ゆーっ!!」
必死にエイリアンは書きなぐっているが、長い。長いのだ。後ろにも見えるように配慮された文字の大きさとはいえ、それにしても長い名前だ。とうとう黒板に横2列のカタカナが書かれ、エイリアンの自己紹介は締めくくられた。
「ぼくは留学しに来た、ユースティン・エスティン・キディンバブルだゆー!
気軽に『ユーちゃん』って呼んで欲しいゆー!」
そして、やつは……ユーは、ニヤリと笑った。
“よろしく頼むぞ、和唐ナナイ君”
「……!」
やつの灰色の目は、俺をまっすぐ見ていた。
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